17 決闘
シロノは魔銃「塩の矢」の使い方を聞いた。
塩も分けてもらい、店を後にする。
時間もあるので、狩りのメンバーを集めるためにギルドを訪れた。
ギルドには何人か冒険者がいるが、既に組んでいるのかテーブルに固まって座っていた。
(んー、出直そうかな)
テーブルに座っている魔法使いらしき女性が、シロノを指さした。
隣に座っている男もすぐに気づき、近づいてくる。
男は緑色の髪をした20代の戦士だった。
冷たい表情をしている。
「俺は剣士ミラルダ」
「ボクはシロノ。狙撃手です」
「やはりそうか。レッダの死体を見つけたのは、お前で間違いないな?」
「え?」
何故、そのことを。
シロノの頭に老いたドワーフが思い浮かぶ。
「お前に決闘を申し込む」
シロノは男から飛びのいた。
魔銃「氷の矢」を突きつける。
「断るよ」
「知らないようだが、断ったら殺されても文句は言えないぞ」
シロノはマシブを見た。
マシブは頷く。
(決闘って断れないの?)
自分は悪くないのに。
シロノは腹が立った。
「ボクを殺す気?」
「レッダは死んだ。怪しい奴は全員殺す。お前の次は金髪の子供。その次はフードの女だ」
「待って。子供にまで手を出すの?」
「聞けばマシブに勝ったらしいじゃないか。一番怪しい奴だ」
耳の奥で「カチン」という音が聞こえた。
「死にたくないから言うよ。やったのは」
シロノはミラルダの後ろを指さす。
ミラルダはシロノをじっと見つめている。
「狙撃手から目を逸らすのは自殺行為だ。裏庭に出ろ」
(ちぇー。「塩の矢」で撃てると思ったのに……)
シロノは次の手を考える。
「お先にどうぞ」
「後ろから撃つ気だろう。いいから外に出ろ」
「はーい」
シロノは歩き出す。
「待て。銃も仕舞え。勘で撃つつもりだろう」
「……マシブさん、有り金全部あげるから、この人止めてよ」
「身内の敵討ちは、決闘なら認められる……」
「そのために何人殺してもいいって言うの?」
「それが今の法だ。気持ちは分かるが、お前が逆の立場ならどうだ? 抑えられるか?」
シロノはしぶしぶ裏庭に出た。
ミラルダはゆっくり後ずさり、5メートル離れる。
「証人は俺がやる! 2人とも正々堂々と」
シロノは撃った。
ミラルダの太腿に「氷の矢」が刺さる。
(1秒、出ない)
「だあ! 中止だ! 何やってやがるシロノ!」
(2秒、出ない)
ミラルダは苦痛に顔を歪めながら剣を抜いた。
(3秒)
ヒュ。
狙いは逸れ、ミラルダの肩に当たる。
「おいこら! 中止だっつってんだろ! ってうおお?!」
マシブを撃つ。
ミラルダの視線は逸らせなかった。
「塩の矢」は温存。
次の3秒まで距離を取る。
マシブが2人の間に割って入った。
「いい加減にしろ! 傷が治ってから再戦だ!」
「マシブさん、俺はいい。このまま続ける。ぐあっ」
ミラルダはもう片方の太腿も撃たれた。
シロノはミラルダとの距離を詰める。
「ちっ、馬鹿野郎が! あいつはお前を殺すまで止まらないぞ!」
マシブは大急ぎで離れていく。
シロノとミラルダの距離は3メートル。
シロノは2丁とも構えた。
撃つ。
「塩の矢」が腹に着弾。
撃つ。
「氷の矢」が右手に着弾。
ミラルダは剣を落とす。
「くっ」
とっさに左手を伸ばす。
左腕に激痛が走る。
続いて、剣が弾かれて届かなくなる。
悔しさに歯を食いしばるミラルダ。
脇腹に激痛が走る。
「シロノ! もう止めろ! 決着だ!」
大盾を持ったマシブがシロノ前に立ち塞がる。
どいて、などと無駄なことは言わない。
シロノは横に跳んで魔銃を構える。
「くそ! お前ら! 見てないで止めろ!」
マシブが吹き飛んだ。
「え?」
そこにはリブが立っていた。
リブは真剣な目でシロノを見つめる。
「シロノ」
「なあに?」
「こいつはもう死にかけだ。お前の勝ち。もういいだろう」
「勝ち負けはいいよ。まだ死んでないから撃つだけ」
「何故だ? 優位に立って、相手をなぶるのが楽しくなったか?」
「そんな余裕ないよ。その人、本気でボクとリブを殺す気みたい。今逃がしたら、こっちが死ぬ。森の中で不意打ち。仲間を集めて数で押しつぶす。ボクらはいつも元気いっぱいってわけじゃない。弱ったところを狙われたらひとたまりもないよ」
リブは溜息をついた。
「身を守るためか。だが、決闘でいきなり不意打ちしたのは良くなかった。そこは反省した方がいいぞ?」
「リブ。これは殺し合いだよ? 決闘に色々ルールがあるのは分かったけど、そんな余計な手順を踏もうとしたその人が悪い。やられる前にやる。殺すと宣言した次の瞬間に殺される。文句は言えないはずだよ」
リブは難しい顔になった。
「それがお前の考え方か……分かった。お前は冷徹な狩人だ。それが分かっただけでも、今回は上々だ」
リブは小瓶を取り出し、ミラルダに飲ませた。
みるみるうちに傷が塞がっていく。
「ちょ、ちょっとリブ?!」
「シロノ。いい機会だ。お前にひとつ、殺さなくても済む方法を教えよう。完膚無きまでに叩き潰すんだ」
ぼろぼろのマシブが口を挟む。
「いや、その辺にしといてやれよ……あと、なんで俺は殴られたんだ?」
「邪魔だからどかした」
「おい?」
「うるさい。こっちも急いでいたんだ。シロノの前に転移すると思ってたら、むさ苦しい肉壁だ。殴りたくなっても仕方ないだろう」
リブはミラルダの方を向く。
ミラルダは剣を構えた。
「さて、私のシロノが世話になったな……殺してくれと泣き叫べ! 生まれたことを後悔させてやる!」
想像以上の速度で迫るリブに、ミラルダは慌てて剣を振る。
剣は掴まれ、バキッっと真っ二つに折れた。
「なっ」
「いい剣だな! 大事にとっておけ!」
「がふっ」
折れた刃を腹に刺された。
「利き手はどっちだ! 両方砕くがな!」
「や、やめ」
リブは止まらない。
「知っているか? 結局生き残るのは、最後まで走れる奴だということを! そらあ!」
「ぐあああ!」
しばらくお待ち下さい。
「とまあ、こんなもんだ」
「すごいねリブ。でも、さすがにこれは、止めを刺してあげるのが慈悲ってものじゃない?」
ミラルダは、首以外は見るも無残な姿だった。
糸の切れた操り人形よりも、手足の向きがおかしい。
リブは小瓶を取り出し、ミラルダに飲ませる。
みるみる傷が治っていく。
「う、うう……」
「なかなかの根性だ。さあ、もう一度やろうか」
「!!」
ミラルダは土下座した。
「しゅみませんでした!」
「今のはシロノの分だ。次は私を狙ったことを後悔させてやる」
「ほんとにすみませんでした!」
「口ではなんとでも言える」
リブは無理やり立たせて手の平をかざす。
「シロノの言葉も一理ある。私もいちいち暗殺なんぞ警戒する生活はまっぴらだ。お前をここで殺すことに異論はない」
「あ……あ……」
「だが、今回のことで分かった。私だけではシロノを守りきれん。お前にはシロノの護衛をやってもらおう。見たところ、それなりに腕は立つようだしな」
「お、俺はあなた達を殺そうとしたんですよ? そんな人間、信用できるのですか?」
「嫌なら別にいい。そうだな。心を入れ替えてシロノに仕えると誓えば許そう。姫を守る騎士になると思えばいい」
リブの手に青い魔法陣が浮かび上がる。
「これは『契約』の魔法。命を懸けてシロノを守ると誓うか? 誓いを破れば死ぬ。心臓に打ち込むからな」
「……1つ教えてください。妹を殺した奴を知っていますか?」
「あ、ボクだよ」
「こらシロノ! いい感じに纏まりかけていたのに、余計なことを言うな!」
「でも、あれは仕方なかったっていうか」
シロノはレッダの最期を説明した。
冒険者くずれに身を落としていたこと。
背後から殺されかかったこと。
話を聞いたミラルダはうな垂れた。
「そうでしたか。たぶん、妹はわざと撃たれたんでしょう。急所を守る鍛錬は、血反吐が出るまでやりましたから」
「弱みでも握られて、嫌々やっていたということか」
「はい……分かりました。妹を苦しみから解放してくれた恩、返させてもらいます」
ミラルダは皮鎧を脱いで、上着を捲り上げた。
「お願いします」
リブは左胸に魔法陣を打ち込む。
魔法陣は強く光った後、ミラルダの体に溶けていった。
「一緒にいたというフードの女が黒幕だと思いますが、シロノさん、あなたを守ることを優先します。お互い複雑だとは思いますが、よろしくお願いします」
ミラルダは頭を下げた。
『リブ……教えてあげた方がいいよね?』
『いや、私が魔神だと言わねばならん。それに、あの棺から奴を出すには身代わりが必要になる。実質、死んだようなものなんだ。黙っておこう」
『うーん、ちょっと可哀相な気もするけど、いっか』
復讐に手を貸す程仲が良いわけでもないし、とシロノは納得することにした。