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15 和解

「それじゃ、一応エルスティンが何か聞いておこうかしら?」


 マリンの手には、いつの間にか革張りの本と羽ペンが握られていた。

 あまりの手際の良さに、リブは内心呆れる。


「先に断っておくが、発見者が自慢げに言っていたことだ。信じたくないだろうが、奴の性格上、嘘ではないだろう」

「さっきから私の時代だの作者から直接聞いただの。よっぽど魔神になりきりたいのね。ろうば……先達として忠告してあげるけど、かなり痛々しいわよ?」

「お前には隠してもいずれバレそうだからな……さて、エルスティンは女の敵、太る原因である砂糖の塊だ」


 マリンは固まった。

 しばらく硬直した後、ギギギ、とぎこちなく本から顔を上げる。


「冗談、よね?」

「だといいんだがな。満面の笑顔で言ってたぞ。『若くありたい、でも太っちゃう。悶々とする女の子って可愛いわよねー』だとさ」

「くっ、それが本当なら、かなり性質が悪いわね」

「痩せ薬の製法を発見したくせに、公表しなかったような奴だからな。そこは同意する」


 バキッと羽ペンが折れた。


「そいつは全世界の女性を敵に回したわ。少なくとも私を敵に回したわ。リブ、そいつの名前はなんていうの? 若返りの作者ならまだ生きてる可能性があるわ」

「お前みたいなのを歯軋りさせるのが大好きだったから、とっくに死んでる気もするが……シダという」


 今度はマリンの手から本が落ちた。


「嘘。『白き豊穣の杖』の? そんな人だったなんて……」

「待て。そのこっぱずかしい二つ名はなんだ」

「え? 『白き豊穣の杖』のシダといえば魔法薬の権威だもの。有名よ?」


 リブは顔を覆った。

 プルプル震えるので見てみると、耳まで真っ赤だった。


『あの女……どこまでも人をこけにしてくれる!』

『え? どうしたの?』

『……あれは、子供の頃に私が考えた……その……最強の魔法使いの二つ名だ……秘密だぞ?』


 リブはマリンに手をさし出した。


「マリン。私も協力する。シダを見つけたら問答無用で懲らしめよう」

「え……『白き豊穣の』」

「その2つ名は口にするな」

「……魔法薬の権威を懲らしめるのは、さすがに気が引けるわ。私もかなり勉強になったし、あの深い知識と考察は尊敬に値するもの」

「懲らしめるついでに、痩せ薬の製法を吐かせよう」


 マリンは強く手を握り返した。


「そうね。それさえあれば、砂糖なんて飲み放題だったわね」

「マリン。仲良くなったところで、リブに薬を分けてほしいんだけど。マナ切れでふらふらなんだ」


 マリンは手の平を上に向けた。

 降ってきた小瓶をリブに渡す。


「それはマナ生成促進の効果があるわ」

「助かる……んく、んく……ほう、これはなかなか口当たりが良いな。シロノも飲むか?」

「いいの? じゃぁ、ちょっとだけ」


 シロノも小瓶に口をつける。

 爽やかな甘みが口の中に広がった。


「今の子ってすごいわね。回し飲みも平気なの? 間接キスよ?」

「古臭い考えだな。実は私より年上もごもご」

「か、間接キスってなにかなー?」

「ぷはっ。なんだ、その辺の知識はないのか。今夜、寝物語の代わりに教えてやろう」

「リブ……人の趣味をとやかく言う気はないけど、何も知らない子を無理やり引きずり込むのはどうかと思うわ」

「何か勘違いしてないか? まあいい。シロノが何を知っていて、知らないことは何か。主として把握するのは当然のことだ」

「言ってることは正しいんだけど……シロノ、襲われたら逃げなさい? あなたは可愛いんだから、つい魔がさすこともあると思うの」

「うーん。リブには適わないと思うけどなぁ」


 シロノはリブがマシブと拳で渡り合ったこと、オーク・キングを殴り飛ばしたことなどを話した。

 マリンは呆気に取られる。


「リブ、あなた魔法使いじゃなくて戦士だったの? 『看破』は防ぐし、魔法薬にも詳しそうだからてっきり……」

「いや、魔法使いなんだがな」

「拳で戦う魔法使いなんていないわよ」

「うーむ。元から少数派だったが、まったくいないのか? 仕方がない。素直に武闘家ということにするか。かなり釈然とせんが」

「こっちの台詞よ?」


 その後、マリンは2人を客間に通した。

 お茶を飲みながら雑談をする。

 他愛もない会話ばかりだったが、気がつけば夜も遅くなっていた。


「少し長居しすぎたな。マリン、邪魔したな。美味い茶だったぞ」

「私も楽しかったわ。シロノは素直で可愛いし、あなたは戦士なのに意外と博識で飽きなかったわ。またいらっしゃい」

「ごちそうさま、マリン。またね」

「ええ。今夜は気をつけるのよ、シロノ」

「まだ言うか」


 マリンに宿へ転移させてもらった2人は、同じ部屋に泊まることを店主に伝えた。

 遅い夕食を摂り、部屋に戻る。

 リブはベッドに身を投げた。

 封印から開放されて早々、色々あったな、と天井を見上げる。


 ファサッ。


(ん……?)


 シロノが服を脱いで、裸になっていた。

 ギシ、とベッドに上ってくる。


「シ、シロノ?」

「キスとか、色々教えてくれるんでしょ? 襲ってもいいけど、優しくしてね」


 ゆっくり近づいてくるシロノにリブは慌てる。


「待て待て! お前本当はかなり詳しいだろ! あと、私はそういう趣味ではない!」

「え? ボク、何も知らないけど」

「じゃあ、なんで裸なんだ!」

「目が覚めたとき裸だったから……寝るときは裸になるんじゃないの?」

「違うわ!」

「あ、そうなんだ」

「それは分かった。だが『襲ってもいいけど、優しくしてね』とはなんだ。明らかに誘い文句だろう」

「マリンが襲われるかもって言ってたから。リブに力でこられたら、ボク、どうやっても適わないし。それなら、せめて痛くしないで欲しいなーって」

「そういうことか……安心しろ。知識を聞かせるだけだ」


 脱力するリブ。

 シロノはそんなリブの頭を撫でる。


「もちろん、リブはひどいことしないって思ってるよ」

「むぅ……」


 ひとしきり撫でられた後、リブは色々話をして「絶対するな。させるな」と締めくくった。

 余談になるが、リブは薬のせいでドキドキして「まさか、いや、これは何かの間違いだ!」と悶々とするのだった。

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