14 魔女との対峙
テッタは血塗れのダッグに「洗浄」をかけた。
洗い立てのようにツヤツヤ、ピカピカになった。
「ありがとう。私は返り血を浴びただけだったのだね」
「そっす。オーク・キングがいきなり出血したっす。ダッグの旦那の魔法っすか? あんなの使えるなら最初からやってほしかったっす」
「いや。あれは私ではない。リブ君だろう」
リブをおんぶしたシロノが2人の所に歩いてきた。
2人ともおでこが真っ赤だ。
「2人とも何してたっすか?」
「テッタ君、それは後にしよう。まず、オークだ」
「ダッグの旦那はブレないっすねぇ」
オーク・キングの下に向かうダッグを、シロノが止める。
「……ダッグ。オーク・キングは諦めろ」
シロノにしては、やけに偉そうな口調だった。
「シロノさん? ……もしかして、リブちゃんと魂でも入れ替わったっすか?」
「あ、まだリブが本調子じゃないから、代わりに喋ってるんだ」
「は、はぁ……」
「シロノ君。いや、リブ君。納得のいく説明をしてほしい」
「……お前はオーク・キングが『マナ喰らい』だと気づいたんじゃないのか?」
「薄々は。確信を得たのは先ほどだが」
「……なら、あんな得体の知れないモノを食うのはよせ……マナ喰らいは謎が多い……死肉でもマナを吸い続けるかもしれん」
「だ、だが、大丈夫かもしれないだろう? もう一生あのようなオーク・キングに出会うことはないかもしれない」
ダッグは伏せをして、上目遣いにリブを見た。
「……まあ、そこまで言うなら好きにするがいい、って、ダメだよリブ。落ち着いてダッグ。死んじゃったら、もう明日からオーク食べられないんだよ? もっとおいしいオークがいるかもしれないのに」
「私は……なんて愚かだったのだ……」
ダッグは天を仰いだ。
「それじゃあ、どうするっすか? 毒みたいな物なら、肉屋に持ってくのも不味いっすよね」
「……あれは放っておいて、オークだけ持って帰ればいいんじゃないか?」
「もったいない気もしやすが、仕方ないっすね。昨日の分もありやすし、欲をかくとろくな目に合わないっす」
オークの下へ走るダッグ。
首を捻り、じっとシロノが撃った箇所を観察する。
「なんということだ」
「どうしたっすか?」
「出血が少ない。これでは肉の味が悪くなる」
「……ふん。だいたい想像がつくが、終わったことだ……テッタ、短刀を持ってるか? ……首の辺りを切っておけ」
「護身用に1本持ってるっす。あっしは解体はよく分からないっす」
テッタが懐から出した短刀を、ダッグは即座に奪い、オークの首に突き刺した。
短刀は涎まみれになって返ってくる。
ダッグはオークの額に肉球を押し付け「浮遊」をかけた。
今度は後ろ足で自分にも肉球を押し付け、オークの上に乗る。
「悪いがテッタ君。私はマナ切れで体が動かない。軽くしたので一緒に運んでほしい」
「さっき走ってたし、今すごい機敏に動いてたっすよね?」
テッタは短刀を拭きながら文句を言う。
ダッグは伏せをして上目遣いになった。
「……分かったっす。その代わりオークの調理方法を教えてほしいっす」
「お安い御用だ」
一行は街へ戻る。
オークは60万ジーで売れた。
テッタとダッグは肉だけもらい、お金は辞退した。
「こんなに大金持ったら金銭感覚が狂いそうで怖いっす」とのこと。
テッタは野菜を受け取りに大通りへ戻っていった。
ダッグもどこかへ帰っていく。
「リブ、調子はどう?」
「脈は安定している。喋るくらいはいいが、歩くのはまだ不安があるな」
「そっか。ボク、疲れた時に効く薬をくれる人を知ってるんだ。年下扱いしなきゃ怒るけど、優しいからきっとリブにも薬をくれるよ」
シロノはリブを背負ったまま、マリンの家に向かう。
行き止まりに辿りつき、シロノは壁がすり抜けられることを説明した。
「その話からすると、薬は期待できそうだな」
「寝たら体がすっごく軽くなったよ」
2人は壁を通り、マリンの家に入った。
壁を抜けた先は台所で、マリンが待ち構えていた。
「いらっしゃいシロノ。昨日の今日で訪ねてくれるとは思わなかったわ。でも、ちょっと訳ありみたいね?」
マリンは体を傾けてリブの方を見る。
すぐに目が細まり、髪が浮き上がり始めた。
「あなた、何者? 守護のアミュレットも無しに、どうして私の『看破』が防げるの?」
「おいシロノ。こんなに好戦的な奴だとは聞いてないぞ」
「あれ? 落ち着いてマリン。この子はリブっていって」
「リブ? 魔神の名前を名乗るなんて、大した自信ね」
『シロノ。こいつが使う魔法を知ってるか?』
『えっと‘転移’だけ』
『詠唱なしか?』
『うん』
『熟練の魔女か。同時に襲いかかっても転移させられるのが落ちか。せいぜい20歳くらいのガキかと思ったら、とんだ若作りのようだな』
マリンが迫力のある笑顔に変わる。
「今、失礼なこと考えなかったかしら」
『ほら! 怒るって言ったじゃない! マリンは本当は30歳以上だけど、永遠の12歳って言い張るくらい気にしてるんだから』
『これは念話だぞ! 鋭いにも程があるわ! ……待てよ。薬か』
リブはにやりと微笑んだ。
マリンの髪が一気に広がる。
「おい、マリンとかいったか。その姿、薬で保ってるんじゃないか?」
「……それが?」
「今でも伝わっているか知らんが、かつて若作……若返りの薬と言えば『コアテリカ』だった。ここはお互い手を引かないか? 完全な『コアテリカ』のレシピを、私は知っている」
「……今もその薬が主流よ。改良の余地があるから、私も研究中。でも、完全な『コアテリカ』は誰も作り出せていないわ。あなたが知ってるとは思えない」
「レシピに書かれた意味不明な素材、エルスティン。それさえ分かれば完成する。ヒントはここまでだ」
リブは手を広げた。
青い魔法陣が浮かび上がる。
「我はリブ。マリンが手を引かない限りエルスティンを秘匿する」
魔法陣はリブの手に吸い込まれていった。
しばらくリブとマリンの睨み合いが続く。
ふいに、マリンの髪がパサリと下がった。
「少なくても、リブっていうのは本名みたいね。いいわ。『契約』まで使って本名を明かしたことに免じて、ここは手を引いてあげる」
「はぁ……良かったよ。いきなり険悪になったから焦っちゃった」
シロノは魔銃を鞘に戻した。
「ちょっと。いつの間に武器を持ってたの? 私、気づかなかったわ」
「リブの手に視線がいった時」
「……ちなみに、私が手を引かなかいって言ってたら?」
「撃ったけど?」
「リブ。シロノの手綱はちゃんと握ってね。この子は私よりあなたに懐いているみたいだから」
「当然だな。私はシロノの主だぞ」
マリンはきょとんとした後、柔らかく微笑んだ。
「そう。良かったわねシロノ。リブ、シロノを大事にしてあげてね」
「どこかの馬鹿と一緒にするな。生み出しておいて放り出すなど、私の時代では考えられんことだ」
リブはぎゅっとシロノを抱きしめた。