13 オーク・キング後編
ダッグはハッハッハッと舌を出しながら息をしていた。
四肢に力は入らず、異様に体が重い。
(ふむ。この症状はマナ切れ……カラクリは見えた。だが、しかし……)
ジャリ、と土を踏みしめる音。
見上げると、突き出た大きな腹があった。
何箇所か赤く変色している。
頭の上から声がする。
「ピギィ! (犬と思い侮ったが、お前は戦士だった。最後の情けに、楽に殺してやろう)」
「ワウ! (ふむ。あの幼かった子オークが、よもやここまで育つとは。こうなると分かっていれば、あの時食べていたものを。いや、今さら言っても仕方のないことか)」
「ピギィ? (まさか……子供の頃、人間の罠から救ってくれた犬はお前だったのか?)」
「ワウ……(昔の話だ……さあ、楽にしてくるのだろう? 色々あったが、まあ、悪くない犬生だった)」
「ピギィ! (命の恩人をこの手にかけるのは心苦しいが、ここで見逃してはコブタに会わせる顔がない)」
「ワウ! (気にするな。最期はオークに食われる。私にふさわしい死に方だ)」
「ピギィ! (俺はブオウ)」
「ワウ! (私はダッグ。オークを愛する者)」
「ピギィ! (さらばだダッグ。強き戦士よ!)」
ダッグは頭をぺたんと地面に下ろし、目を閉じた。
昨夜食べたオークの味を思い出す。
(ああ、美味い……)
嗅ぎ慣れた血の匂いが、鼻の奥をツンと刺激する。
遅れて、背中に熱い感覚が広がった。
(これが、死……)
「ピギィ?」
(……?)
ダッグは声のした方を見た。
まだそんなことができるのかと、心のどこかで感心する。
見えたのは、きょとんとしたブオウの顔と、胸の真ん中に空いた赤い穴。
ブオウはそのまま、ゆっくりと後ろに倒れていった。
「リブ! 当たったよ! ……わあっ」
急にリブが重くなって、シロノは思わず落っことしてしまった。
仰向けに倒れたリブは、呆然と空を見上げている。
「ご、ごめんね。でも、なんとかオーク・キングを倒せたよ! あ! ダッグもきょろきょろしてるし、一応生きてるみたい! なんとか間に合ってよかったよ!」
リブは答えず、空を見ている。
「……リブ? もしかして、頭でも打って気絶しちゃった?」
揺すってみる。
リブはゆらゆらと力なく揺れるだけで、反応がない。
しばらく揺すり続けると、ようやく目だけシロノの方に向いた。
『シロノ、すまん』
「あ、気がついた!」
『頭を撫でてくれないか』
「いいよ。お詫びにいっぱい撫でてあげるね」
シロノはリブの頭を優しく撫でる。
『おお……気持ちいい。お前に出会えて本当に良かった』
「おおげさだなぁ」
『そのまま撫でながら聞いて欲しい』
「うん? うん」
『本当に申し訳ないんだが、私は今、心肺停止状態にある』
「え?」
『マナを使い果たしたようだ。意識が回復したのも、この念話も、私達の繋がりを通してシロノのマナが私に流れているおかげだろう』
「ちょ、ちょっと! 大丈夫なの?」
『駄目だな。心臓が動いていない。私は数分もしたら死ぬ。意識の方もいつまで持つか分からん。あ、手も握って欲しい』
シロノはぎゅっとリブの手を握った。
「リブ、死なないでよ。ボクのマナをもっと吸ってなんとかならないの?』
『できたら既にやっている。そもそも私はそんなに器用じゃないんだ。シロノ。たった1日だが、お前との時間はとても』
「あ!」
『え?』
シロノはガシ、とリブの頭を掴み、思い切り後ろに反り返った。
「ふん!」
ゴン、と鈍い音が辺りに響く。
『痛い! おい! 最期なんだからゆるやかに逝かせてくれ! ……って、おお?』
「いちち……どう?!」
シロノはリブのおでこをさする。
『おお! 心臓が動き出したぞ! やったなシロノ! こんな方法でマナを回復させた例は聞いたことがないぞ!』
「え? ドワーフのおやじさんの時も叩いたじゃない」
『あれは物体に宿った本人のマナだからできたんだ。人から人へは面倒な魔法が必要になる』
「へ~。そうなんだ。それでどう? もう大丈夫そう?」
『む? 若干鼓動が弱くなってきたな』
「じゃあもう1回するね」
『勢いが足りなかったのか? 念のため、さっきより強くしてみてくれ』
2人はしばらくの間、頭突きの実験を繰り返した。
そんな2人を、テッタとダッグは遠くから見守っていた。