12 オーク・キング前編
森の奥に、オークの集落があった。
村一番の戦士、ブオウは狩りをすることで集落のオーク達に食糧をもたらす貴重な存在だった。
森には凶暴なモンスターがうようよいる。
ブオウは時には重症を負いながら、なんとかモンスターを倒してきた。
たくさんいた同じ年に生まれた友が、両手で数えられるくらい減ってしまった頃、村でブオウに適う者はいなくなっていた。
ある日の晩、ブオウは長老の家に招待される。
「ピギィ! (長老。入るぞ)」
藁でできた円錐状の家に、ブオウは身を縮めながら入る。
子供の頃から老オークだった、村一番の長生きのオークが、皺だらけの顔を上げる。
「ピギィ(おお、よく来たなブオウ。今日呼んだのは、お前に良い報せと悪い報せがあるからじゃ)」
「ピギィ? (良い報せと……悪い報せ?)」
「ピギィ(まずは良いほうから話そうかの。おぬしは村一番の戦士じゃが、とうとうオーク・キングになったようじゃ)」
「ピギィ?(長老。俺は特に変わってないと思うんだが、いつそのオーク・キングとやらになったんだ? そもそもオーク・キングとは何だ?)」
「ピギィ(古い言い伝えがあってのう。『北天の星が輝く時、オーク・キングは現れる。その者、適う者なき強さを持ち、いかなる魔法も打ち破る。オークを豊かな未来に導くいと尊き戦士なり』とな。昨夜、北天の星が輝いたので、こっそりお主に『種火』をかけてみたんじゃが、見事に効かなんだ)」
「ピギィ! (燃えたらどうする! 危ないじゃないか!)」
「ピギィ(細かいことはええじゃないか。お主がオーク・キングだと分かったんじゃから)」
ブオウはブフゥと溜息を吐いた。
魔法を打ち破るようになったらしいが、ブオウは長老が火を起こす時に使う小さな火、「種火」という魔法しか知らなかったため、ありがたみが分からなかった。
モンスターを倒すための力なら良かったのに、とブオウは落胆する。
「ピギィ(悪いほうの報せじゃが、ポルクが帰ってこない。何人か探しに出したが、あやつがよく行く泉の近くに、ツルハシが落ちているだけじゃった)」
「ピギィ! (なんだと! ポルクはもうすぐミイトと結婚するんだぞ! 帰ってこないはずがない!)」
「ピギィ(獣のものかも知れないが、血の跡を見たという者もおる。恐らく、人間に殺されたのじゃろう)」
ブオウの視界が怒りで真っ赤に染まる。
ポルクはブオウの親友だった。
「ピギィ! (おのれ人間め! よくもポルクを!)」
絶対に仇をとる。
ブオウは固く誓うのだった。
「オーク・キングは危険なのか?」
リブはダッグに問う。
「ふむ。私の経験上、オークの中では頭1つ抜けているが、せいぜい若いミノタウロスくらいか」
「ミノタウロスってなあに?」
「迷宮の番人と呼ばれるモンスターだな。立って歩くでかい牛だと思っておけばいい。そこら辺の奴らを10人も集めれば倒せるだろう。オークは美味かったが、私は週に1度で十分だ。シロノ、宿に戻るぞ」
ダッグは前足を上げて待ったをかける。
「オーク・キングは普通のオークと違い、筋肉質で固くて食べられないが、実は酒に漬けて1日寝かせると子オークのように柔らかくなる。それを焚き火でじっくり焼くと、また格別の美味さになる」
「……興味はあるが、シロノの体調のことを考えると、わざわざ行くほどのことではないな」
「オーク・キングは滅多に現れない。さらに、何故か単身で街に向かって来ている。他の者に狩られると次はいつ機会がくるか分からない」
「ねえリブ。今しか狩れないなら、ボクやってみたいよ。それにちょっと食べてみたいし」
「……シロノが食べたいなら行くか。だが、無理はするなよ?」
「危なくなる前に逃げるよ」
「それでいい。おいダッグ、案内しろ」
「任されよう」
2人と1匹は広場を後にする。
店が並ぶ大通りで、急にダッグは立ち止まった。
「オークが1匹増えている」
「『遠見』か? つくづく器用な犬だなお前は」
「ふむ。『浮遊』はかけるが、運び手がもう1人欲しいな。丁度あそこにテッタ君がいるから連れていこう」
ダッグの鼻の先を追うと、テッタが店員のおばさんから野菜を受け取るところだった。
テッタに事情を話すと「いいっすよ!」と快諾してくれる。
おばさんも「じゃあ野菜は荷物になるね、とっておくから後で取りにおいで」と言ってくれた。
一行は森へ向かう。
少し開けた場所で、オークが2匹、地面に生えている草をむしって食べていた。
「ピギィ! (コブタ。お前までついて来ることはないんだぞ。これは俺の勝手な復讐だ。これを食べたら人間の村へ行く。無事に帰れるとは思えない。戻るなら今のうちだぞ?)」
「ピギ、ピギ(水臭いぜブオウ。ポルクは良い奴だった。お前1人に格好つけさせるかよ)」
「ピギィ! (ふふ。俺の周りは馬鹿ばかりだな)」
シロノ達は茂みに隠れてこそこそ話し合っていた。
(この間もそうだけど、オークって明るいモンスターなんだね。なんか楽しそうだよ)
(あれは青春というのだよ、シロノ君)
(お前、もしかして奴らの言葉が分かるのか?)
(ダッグの旦那はすごいっすねぇ)
(意外と早く遭遇してしまったが、ダッグ、『やれやれ』みたいに首を振ってる方がオーク・キングでいいんだな?)
(その通りだ)
(ではあいつは私がやろう。シロノ、もう1匹は任せる。お前が撃ったら私も飛び出そう)
(気をつけてね。えい)
ヒュ、ドス。
オークは倒れた。
「ピギィ?! (コブタ?!)」
オーク・キングは駆け寄り、オークを揺すった。
(あれ? リブ、行かないの?)
(……お前の躊躇の無さに、驚いて動けなかっただけだ。じゃあ、まあ、行ってくる)
(いってらっしゃ~い)
リブは茂みから飛び出した。
オークを揺すり続けるオーク・キング、ブオウを殴り飛ばす。
ブオウは吹き飛び、ぶつかった木が大きく揺れる。
「お前もすぐに仲間の元へ送ってやる!」
「ピギィ! (ぐう、何が起きた)」
頭を押さえながら立ち上がろうとするブオウ。
リブは地面を蹴って跳躍。
その勢いのままブオウの腹を力一杯蹴りつけた。
再び木に打ち付けられるブオウ。
「ピギィ! (こんな時にモンスターか!)」
ブオウは急いで立ち上がった。
リブは軽く後ろに跳んで距離を取る。
(なんだ? 今ので腹をぶち抜けるはずなんだがな。永い封印で鈍ったか?)
疑問はひとまず頭の隅に追いやり、リブは再び突進する。
ブオウは蹴りを、リブは拳で応酬する。
結果、ボキリ、と鈍い音を立ててリブの腕が明後日の方向に折れた。
「なに!?」
ブオウは転んだだけですぐに起き上がる。
「ピギィ! (子鬼か! 長老の話と違ってずいぶん強いではないか! さぞや名のある戦士と見た! いざ尋常に勝負!)」
「がっ!?」
折れていない方の腕を捕まれ、したたかに腹を殴られるリブ。
息が詰まって動きが止まる。
ブオウはリブを引っ張り膝を叩き込む。
今度はリブが吹き飛ばされる。
リブは空中で体を捻って足から着地。
目を瞑り、大きく息を吸い、ゆっくり吐く。
金色の魔法陣がリブの折れた腕に浮かび上がり、バキ、バキと渇いた音を立てながら腕が治っていく。
リブは元通りになった腕をプラプラ振ってみせた。
「生憎だが、この程度は怪我のうちに入らん」
「ピギィ! (戦士のくせに魔法を使うか! だが、相手にとって不足なし!)」
2人はお互いに突進する。
が、リブが転ぶ。
ブオウに容赦なく蹴り上げられた。
シロノは思わず魔銃を構えるが、テッタが銃身を掴む。
(シロノさん駄目っす! マシブの旦那に勝ったって言うからここまで来やしたが、あれはあっし達に適う代物じゃないっす。あの女の子には悪いっすが、見つからないうちに逃げないと全滅するっす!)
(嫌だよ! ボクが囮になるからリブを連れて逃げて!)
(それこそ無茶っす! あっしは足が遅いんす!)
魔銃の上にダッグの前足も置かれる。
(2人とも落ち着きたまえ。私が囮になり時間を稼ぐ。あのオーク・キングはどこか妙だ。できればリブ君と相談してここで仕留めて欲しい)
(妙?)
(話はリブ君に。では)
「ワウ!」
ダッグは木の棒を咥えて飛び出した。
ブオウの注意がダッグに逸れた隙に、シロノとテッタはリブの元に駆け寄り、急いで引きずってその場から離れた。
リブはぐったりとしていて、辛そうに顔を歪めている。
「リブ! 大丈夫?!」
「シロ、ノ、か……無様な、とこ、を、見せ、た……」
「リブちゃん。ダッグの旦那があいつは妙だから、ここで仕留めて欲しいって言ってたっす。何か分かるっすか?」
「勘の、良い、犬だ……奴、は、恐、らく……マナ、喰らい……普通の、人間、は、一撃で、死ぬ」
「な、なんすかそれ。シロノさんの魔銃のひどい版みたいなもんすか?」
「そう、だ……奴、は、ごほっ、ごほっ」
「リブ、辛いなら無理に喋らないで!」
『すまんすまん。こっちで話せば良かったな』
シロノは転びかけた。
『奴を街に解き放てば大勢の人間が犠牲になるだろう。魔法もまず効かないはずだ。あれは触れたもののマナを喰らい、敵味方の区別無く死に至らしめる呪われた存在だ』
『ダッグの話と違いすぎない?』
『恐らく今までのオーク・キングはせいぜい魔法が効きづらい程度だったのではないか? 私も直接見るのは初めてだが、マナ喰らいは魔法を防御する類のモンスターから生まれやすいという説があった』
『ボクの魔銃も効かない……どうやって倒せばいいの?』
『触れないように気をつけながら殺すしかない。生憎ここには弓矢も槍も無いわけだが』
「あの、2人とも、急に黙り込んでどうしたっすか?」
「テッタ。ダッグの応援をしてあげて。頑丈そうな木の棒を投げて渡してあげるとか。あのオークは倒さないと、たくさんの人が死んじゃう」
「わ、分かったっす!」
テッタは近くに落ちていた木の棒を拾って走りかけ、振り返った。
「シロノさん。良い案が浮かばなかったら、あっし達を置いて街に知らせに行くっす。それで、兄貴達と協力して仇を討って欲しいっす」
「うん。分かったよ」
「……リブちゃんの時と違いすぎやせんかね。もうちょっとこう、なんか欲しいっす。『死んだら許さないからね!』みたいな励ましの言葉とか」
「テッタ、今忙しいから」
「あ、すいやせん」
テッタは今度こそ走っていった。
『投げる、か……シロノ、私をおんぶしろ』
『も~、こんな時にしょうがないなぁ』
『いや、甘えてるわけじゃないぞ?』
『はいはい』
『本当だ! 離れてると使えないから言っているんだ!』
シロノはリブを背負った。
『これから私の固有魔法【石の雷】をかける。簡単に言えば石を凄まじい速度で投げるための魔法だ。マナが残り少ないから、恐らく1回しかかけられん。必ず当てろ』
『わ、分かった』
『投げるのは丸くて握りやすい石がいい』
シロノは地面を見回す。
小さな石や大きい石はあるが、手ごろな石は見当たらない。
テッタの悲鳴が聞こえてきた。
「シロノさんまだっすか!? ダッグの旦那が前足殴られたっすー!」
「あわわ。丸い石、丸い石……あ、これは?」
『それはちょっと脆いな。もう少し硬そうな石がいい』
「あー! 今度は後ろ足がー!」
「あ、焦るなぁ……あ、これ良いんじゃない?」
『うーん。欲を言えばもう少し大きい方が……』
「キャイン」
「旦那ぁぁあ!」
「えーと、えーと……これは?」
『それだ!』
シロノが石を拾うと、横たわるダッグと、それを見下ろすブオウの姿が見えた。
「あ! ダッグが思ってたより危ない!」
『ち、仕方ない。始めるぞ! いい感じになったら投げろ!』
「え? いい感じって何?」
『説明してる暇はない! 腹をくくれ!』
「ちょっとー!」
シロノの足元に黄金の魔法陣が浮かび上がった。
オリジナルの魔法 → 固有魔法となりました。
後書きを書きながら思いましたが「奥義」でも良かったかもしれません。




