10 なんちゃって魔神、冒険者になる
街に戻ったシロノ達は、まずレッダの剣を売ることにした。
武器屋に足を運ぶと初老のドワーフが「らっしゃい!」と声をかけてくる。
「この間のお嬢ちゃんじゃないか。もう金が貯まったのかい?」
「今日は剣を売りに来ました」
剣と聞いて、ドワーフは嬉しそうに身を乗り出した。
シロノには持ち上げるのがやっとの剣を、ドワーフは片手でひょいと受け取る。
しばらく刃の具合や重心などを調べたドワーフは、シロノを探るような目で見てきた。
「この剣、どこで手に入れたんだ? 赤い髪の娘っこが持ってただろ?」
「パーティ組んだら、人気のない場所でいきなり襲われちゃって。とっさに返り討ちにしたんです」
「あの子が? いや、知り合いってわけじゃないんだがね、しっかり手入れをする子だったから覚えてたんだ。まさか冒険者くずれとは思わなかったが」
シロノの頭にリブの慌てた声が響いてきた。
『おい! 私のことは喋るなよ!』
『これも魔法?』
『そうだ。盗み聞きされる心配はまずない。それより私のことは秘密にしろ!』
『後で理由を教えてね』
「お嬢ちゃんは見かけによらず強いんだな。武器は結局、他の店で買ったのかい?」
ドワーフの視線がシロノの魔銃に注がれる。
「撃鉄が見当たらないが、引き金があるから銃かい? よく買えたな。ボウガンより高いもんなんだが。ちょっと見せてくれんか?」
「魔法が出る銃なんです。1万ジーでした」
シロノはドワーフに魔銃を渡した。
「ワシが知ってる魔銃とずいぶん違うな。そもそも弾はどこに込めるんだこりゃ? 銃口もないじゃないか。本当に魔銃なのかい?」
そこまで言って、ドワーフはカウンターに倒れこんだ。
リブが怪訝そうに指でつつく。
「おい。こいつ急にどうしたんだ?」
「忘れてたよ。繊細な人は気絶しちゃうんだった。この魔銃、すごくマナを食うんだ」
「ああ、マナ切れか。しかし、あれは『氷の矢』だろう? 1発程度でマナ切れするような魔法じゃないはずなんだがな。マナを吸うのは持つところでいいのか?」
「うん。銃身を持てば吸われないと思うよ」
リブは魔銃をしげしげと眺めた。
取っ手に指先から緑色の光を飛ばしたり、指で輪を作り覗き込んだりする。
銃身に手をかざしてブツブツ呟くと灰色の魔法陣が現れ、銃身に吸い込まれていった。
すると、銃身全体に青く輝く模様が浮かび上がった。
リブはそれをひとしきり眺めた後、ふっと蝋燭の火を消すように息を吹きかけて模様を消した。
「確かに大分マナを食うな。魔法具は専門ではないので理由までは分からんが、呪いのような怪しさは無いな。淫魔の牙という男のマナを吸い尽くす物があるが、あれは肉に食い込ませないといかんし」
「吸い尽くしてどうするの? 頭痛になるだけの人だっているのに」
「何を言ってる。吸い尽くされれば死ぬぞ」
「え? マナ切れって眩暈と吐き気と頭痛か気絶になるだけじゃないの?」
「魔法使いではないならその認識でも構わないが、せっかくだから少し講義をしてやろう。そもそもマナとは何か。マナとは生きるための燃料だと言われている。生物は何日も食べなければ飢えて死ぬが、生きるのに必要なのは食い物だけじゃない。空気やマナだ。水に潜れば分かるが、呼吸ができないと数日どころか1時間ともたん。マナを吸い尽くされた者は失神・心肺停止になり、やがて死ぬ。マナは魔法を使う時に消費するだけではないのか。何故魔法が使えない状態が死に繋がるのか。様々な研究の結果、魔法を使わなくても私達は常に少しずつマナを消費していることが分かった。何に消費しているのかは不明な点が多い。私の師匠が酔った時に『私達には生まれた時から魔法が宿っている。それはこ・こ・ろ』と得意げな顔をするのがとてもうっとうしかった。ここまではいいか?」
「お茶目な先生だったんだね……それで、どうしてボクはマナ切れになっても気絶しないの? 頭痛がするだけなんだけど」
「シロノだって気絶しようと思えばできるぞ。あまり勧められないがな。マナ切れの症状にはシロノが言ったものの他に身体機能低下、心肺停止などがある。軽いものから順に頭痛、眩暈、吐き気、身体機能低下、失神、心肺停止となる。これらの症状を無視して魔法を使い続けた者は症状が悪化していき、最後に死を迎える。シロノが頭痛しか感じず、ドワーフが失神した理由は恐らくマナ保有量の違いにある。この魔銃が吸い取る量がドワーフにとって失神を起こす程だったんだろう。繊細がどうとか言っていたが、性格とマナ保有量の間に関連性はないというのが私の時代の定説だったな。話はここまでにして、そろそろこいつを起こすぞ。魔銃のマナを返してやれ」
「どうやるの?」
「持つ部分で殴ればいい」
ゴチン。
シロノは魔銃を逆さに持ってドワーフの頭を殴った。
しばらくして、ドワーフが呻き声を上げながら体を起こした。
「ん……悪い、寝ちまってたか」
「早めに休んだ方がいいですよ。それで、剣はいくらで買ってもらえますか?」
「ああ、こいつなら20万ジーで買い取るよ。ボウガンはどうする? 買ってくかい?」
「予備の武器はまた今度考えます」
武器屋の次はリブの服と靴を買いに行った。
リブが選んだのは色違いの半袖のシャツに、短パンだった。
靴は安くて丈夫なものを選ぶ。
本人曰く「服の類はすぐ破れるから安物で良い」とのことだった。
理由を聞くと「すぐに分かる」とかわされてしまう。
1通り買い揃えることが出きたので服屋を出ると、リブがおんぶをせがんできた。
「もう自分で歩けるでしょ」
「むぅ。楽できると思ったんだが。仕方ない、手をつなぐので我慢しよう」
「それくらいなら……この後はどうしよう。やっぱりギルドに報告だけはした方がいいのかな」
「ギルドとは何だ?」
冒険者の説明を軽く話し、冒険者になるための登録、依頼などを受ける場所だと教えた。
「私も冒険者とやらの登録をしておいた方が何かと都合が良さそうだな。案内してくれ」
ギルドは空いていた。
カウンターには相変わらず女性と青年、筋肉達磨のマシブがいる。
「マシブさん。この子の登録をしたいんですけど」
「このちっこいお嬢ちゃんがか?」
「私は物心ついた頃から祖父に武術を叩き込まれている。見かけだけで判断すると後悔するぞ」
「……いいだろう。一応、実力は見させてもらうぞ?」
裏庭に移動し、マシブとリブは拳を構えた。
「どっからでもかかってきな!」
『シロノ。私の勇姿、しっかりその目に焼き付けておけよ』
言うや否や、リブはマシブに突進する。
マシブは右の拳で迎え撃つ。
リブは左の拳で応戦。
2人の拳と拳がぶつかり合った結果、マシブの腕が弾かれる。
「まだまだ行くぞ! 耐えてみせろよデカブツ!」
「てめ、何者だっ」
すかさずマシブは鋭い左を打ち込む。
それもリブの一撃に弾かれる。
「本気を出せ! 手加減しているのは分かっているぞ!」
「ちぃ!」
右、左、右、左。
激しい拳のぶつけ合いが繰り広げられる。
(がああっ。痛え! なんつう馬鹿力だ。さっさと合格にしちまおう!)
「はあ!」
マシブは渾身の力を込めて両腕を繰り出した。
(体重は俺の方が上だ! 吹き飛ばして距離を稼ぐ!)
「ふっ」
マシブの拳はあっさりと受け止められてしまった。
リブの体は一歩も後ろに動いていない。
「ま、まいった!」
リブは唇を尖らせる。
「……もうちょっと続けないか? シロノにもっと私の勇姿を見せたいんだが」
「そんな理由ではいって言う奴はいねえと思うぞ?」
「……もうちょっと続けないか? シロノに男らしい所を見せられるぞ?」
「言い直してもダメだ。それに俺にはおっかねえかみさんがいる。実力は文句なし、合格だ!」
「むう」
リブはシロノの元に戻ってくると、胸を張った。
「どうだ。凄かっただろう」
「うん。リブってすごく強いんだね。マシブさんに勝っちゃったよ」
「ふふん。私の実力はまだまだあんなものじゃないがな!」
「ふふ。がんばったね」
シロノはリブの頭を撫でてあげる。
リブもまんざらではない様子でされるがままだ。
シロノの中で、リブはもう悪しき魔神というイメージは消え去り、魔法に詳しくて強い女の子というイメージができつつあった。




