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第98話 魔王殺害戦

「司令官、色黒伝道師が逃げていきます!」

「黒髪のがいこつの様子はどうだ?」

「既に戦場を離脱して行っている模様!」

「がいこつ三体を引き連れて……という事は」

「つつがなく色黒野郎の作戦は成功した、ということだな。勇者黒髪のがいこつを遠ざければ、魔王にも近づきやすくなる。あとはこっちのものだ。この戦場で、奴の言う布告決闘をやってやろう」


 そう静かに、意気を込めて語るのは、未來都市の軍勢を率いるヘルメット魔人である。


「魔王は、勇者の残党の首脳陣、つまりモストリア総督や我々を殺せばそれで片が付くと考えているはずだ。だが、我々が主導権を握って、それを逆にやってやる。魔王を殺せば領域リザーディアは音もなく崩壊するだろうからな」



 それは非情な作戦であった。さほど広くない独眼マッチョのコロニーは粗末な城壁や柵で囲まれているため、包囲するには都合が良い。上手く勢いに乗れば、城壁の突破も可能だろう。だが、目標はあくまで魔王一体である。魔王を呼び寄せるために必要ならば、どのような残虐行為でも行わねばならない。そう命じて送り出したヘルメット魔人子飼いの魔人部隊は、最前線の激戦区で怒涛の爆発力を発揮していた。防衛を指揮する独眼マッチョの怪物も、たじろぐほどに。


「凄い喚声だな。まるでコロニー全体が軋んでいるような気がする」

「気のせいではありませんぜ。未來都市の軍勢は凄い勢いだ!このままでは城壁を突破さされるのはそう遠くない先のことだ」


 独眼マッチョの怪物は考えた。勇者黒髪に服従した事のある彼にとって、未來都市の連中は短い期間ではあるがかつての仲間だ。つまりは自分は裏切輩である。そして黒髪がいない今、内応等は論外である。単純にそう考えて、腹をくくった。


「前線に出るぞ」

「死ぬかもしれませんぜ。陛下はもう近くまで来ているはず。それを待ってからでも……」

「あれで陛下は優しいから、俺がここで突破されてもご寛恕があるだろう。だが、軽蔑はされたくない。黒髪が消えた後、仕えたい、と思えた唯一のお方だ。だからいざという時は陛下のために、死んでやる」


 独眼マッチョはこの側近を魔王への報告係としてコロニー内の城塞に残し、出撃した。この城塞こそ、魔王一行が到着する予定の地下道が、モグラ衆によって掘られていた。



「いいか、我々はモストリアで奴隷戦士を生業にしていた最精鋭の戦士。死は辛く厳しい 現世からの解放、勇者黒髪の思い出は希望の全て!これ以上は言葉も命も不要だろうお前ら!怪物どもを押し出せ!」


 この少数精鋭部隊は全く逡巡する事なく取り付いた城壁を突破した。そして目に入るや、怪物衆を襲い、殺す。恐るべし戦場が現出した。


 コロニーにはこんな時の為に、魔王や独眼マッチョの手配によって、常より腕の良い怪物が集められていたが、モストリア時代に地獄を生き抜いていた魔人衆はそれこそ人である事を諦めたかのように敵中に飛び込み、殺しまくっていった。殺戮に映える指揮官のヘルメットが鈍く光る。


「あれだ。あのヘルメット頭が指揮官だぞ。陛下とも互角に戦った恐怖の人間だ。しかしどれだけの犠牲も、奴の命を奪う事には及ばない!かかれ!魔王万歳!」


 独眼マッチョが率いるコロニー最精鋭部隊はヘルメットを見つけるや雄叫びをあげ、突進していった。だが、独眼マッチョは恐るべし体臭の持ち主。その側近たちはみなこっそり鼻栓をしているから気がつかなかったが、やはり臭いは敵にも伝わるのだ。


「この強烈な臭み、落ち着いて隊列を戻せ、敵司令官の攻撃が来る!」

「!」


 タイミングから方角まで手を読まれ、奇襲攻撃を防がれてしまった独眼マッチョ部隊は瞬く間に包囲されてしまった。独眼マッチョも勇敢に戦うが、魔王から預かった多少は実力のある怪物達が、目の前で次々に討ち死にして行く。責任を感じてしまう。


「お、俺の体臭のせいなのか……そうなのか」


 これまで戦闘ではその特質が常にプラスに働いていた独眼マッチョは、戦争においてそうはならなかった事に衝撃を受け大いに士気を下げ、自身の体臭を全く気に留めなかった今は亡き勇者黒髪の事をふと思い出した。


 落ち着いて周囲を見る。目に映るは転がった部下達の死体、そして迫り来る敵だ。手勢も失い、自尊心も砕けた今は、独眼マッチョは死を決意する。気合いを入れ直すと、単身敵中に飛び込んでいく。そしてヘルメットに急接近し、強烈な一撃を繰り出した。宙を舞うヘルメット。結果、驚愕する独眼マッチョ。


「こいつはヘルメット魔人ではない!」


 ヘルメットを被っていた魔人は、似てはいるが毛髪の量が根本的に違う人物であった。この魔人は飛んでいったヘルメットを拾うために、独眼マッチョの前から逃げた。


 刹那呆然とした独眼マッチョだが、叫び声を上げ、最後の気合いを呼び起こす。


「魔王万歳!永遠なる領域リザーディア!」


 敵前でくるりと踵を返した独眼マッチョは戦場の隅に連絡兵として控えているモグラの怪物目掛けてひた走る。直ちに声がかかる。


「敵の司令官を逃すな!弓!」


 空気を撼わす音とともに独眼マッチョの体に矢が雨と降り注ぐ。その内の一本が、脚の腱を断ち切った。激痛にぐらりと揺らいだ独眼マッチョだが気力を振り絞って踏ん張るや、屈強な腕を駆使して犬のようにしても走り続けた。その間にも、その背中には敵の剣や槍が容赦なく肉を切り裂いて行く。


 それでもたどり着いた。敵はモグラの連絡兵には気がついていない。巨体で隠しながらも独眼マッチョは重要な情報を伝えた。


「敵の狙いは陛下のみ……未來都市最強の兵はこの戦場にはいない……行け……!」


 全てを理解したモグラの連絡兵は涙を切り、地下から静かに戦場を離脱した。土を埋める音と、断末魔の叫び声に後ろ毛を引かれながら。



 独眼マッチョが死を前に看破したヘルメット魔人の作戦は未だ失敗していない。モグラの連絡兵は魔王の元へたどり着いていないし、その魔王すら独眼マッチョのコロニーにはあと僅かの地点にいたからだ。


 あえて得意とする前線に影武者を置き、暗殺の機会を狙うヘルメット魔人。心中から起こる焦りを抑る。


「魔王はどこにいるのか、まだ分からないか」

「上空から監視させている怪物衆からも、確認できず、のサインばかりです」

「上空の怪物衆で殺された輩は?」

「無し。今の所、全員健在です」

「上空から把握できない。さらに飛翔する怪物とともに来るでもない。もう地下しかないな。思えばグロッソ洞窟の奪還戦でも、魔王は急に現れた、という話もある。地下に秘密の通路でもあるのだろうな」

「問題はそれがどこにあるか……」


 しばらく考え続けたヘルメット魔人。だが時間は残り少ない。決断を下す。


「敵の習性に賭けるぞ。独眼マッチョが飛び出してきた建物は判っているんだな」

「はい、上空から監視していましたから」

「そこに行こう。恐らくそこが司令部だろうが、魔王はたいそう尊敬されているだろうから、部下どもは一番良い所に道なりを造るのではないかな、それが秘密の道であったとしても」

「あり得る話ですが、むしろそれが罠かもしれません」

「罠にかけるのは、大局では劣勢な俺たちさ」



「妙だな」


 気配が無いのを訝しんだ魔王だが、まずはよっこいしょと地下通路から顔を上げた。出迎えの怪物衆が来ない。これは不審である。後ろの魔少女へ声小さく曰く、


「そなたはまだそこにいなさい。我輩が安全を確認するぞ」


 足音を消して、つまりトカゲらしく移動する魔王は天井に張り付いて気配を消した。


「独眼マッチョのコロニーの首脳陣は誰もいない、さてはみな討ち死にしてしまったか」


 間に合わなかった事を悔いる魔王。その時、ヘルメット魔人の部隊の動きを捕捉した。


「あの腕利きを筆頭に……二十名か。さて、騎士道を取るか、これまで通り魔道を進むべきか」


 魔王は勇者黒髪を討ち取った戦いについて、あれは暗殺だ、と陰口どころか敵からは正面から批判されていることを、実は少し気にしていた。目を瞑り考える魔王は脳裏に、魔少女を登場させる。愛娘曰く、変わらず慣れた魔道を進むことが陛下の王道です。


「その通りだな。我々怪物衆にはそれに合った行動様式があるものだ」



「残るはこの先です」

「よし、行け」


 最後の一室に入り、先に入った魔人がとりあえずの安全を確認すると、見張りを残して全員が入室した。


「地下通路らしき階段が見えます」

「魔王はまだ来ていないのか……」


 ふと、後ろを振り返ると、見張りの魔人二体が口と胸の傷口から血を流しながら声にならない声を出していた。体を突き破り、剣が飛び出してきた。


「ぐふっ」


 犠牲になった見張りの兵の断末魔を合図に、魔王は壁と天井を地に素早く飛びかかる。目で動きを捉えることが困難な速さで、瞬く間に魔人三人の首と手首を切った。悲鳴が部屋に響くが、騒音を突き破るように魔王は叫ぶ。


「出口を塞ぐのだ!」


 魔王がそう叫んだ瞬間、ヘルメット魔人も含めた全員が部屋の出口に注目した。これで動きの速いヘルメット魔人も一手遅れた。声を聴き全てを察した魔少女は連れてきていた少数のがいこつ兵とともに引き返した。そして手筈通り、モグラの怪物衆はたちまちのうちに地下通路に土の壁を張ったのである。ヘルメット魔人も出口と入口の取違に気がついたが、部屋の扉に二人の魔人の死体を積んだ魔王は、静かに魔人衆を振り返って曰く、


「これで、誰も逃げられない」


 だが魔人達も負けてはいない。


「馬鹿を言っているぜ。我らの方が数も多いのだ。先のアルディラ王城の戦いで、お前は俺たちの隊長に何歩も遅れをとっていたではないか、ですよね、隊長」

「ああ、負ける気はしない」


 平然と言ってのけたヘルメット魔人に対し、魔王は胸を張って言った。曰く、


「ヘルメットの戦士よ。確かにお前は素晴らしい腕を持っている。かつては知らんが、今の実力は、我輩が討ち取ったあの勇者黒髪以上だと、思える程だ」


 魔王からの賞賛に、魔人衆達が喚声をあげる。


「だがお前達、忘れていやしないかね。領域リザーディアの魔王は、常に前線に立つのだ。勇敢で精強だからというのはもちろん、魔王であると同時に最強の戦士だから、それが最も理に適っているのだよ。ヘルメットの男は常に死線で腕を磨き続けているのだろうが、我輩もまた同様なのだ。さて、勝つ自信はあるかね。本来言うまでもないが、我輩はあるぞ」

「随分と自信があるようだ。戦列を組め!」


 魔人衆は各自に魔王を取り囲むように立った。


「生憎、逃げきれないのはお前だったな、魔王よ。これはむしろ俺たちが望んだ形だ。お前を討てば、領域リザーディアは消えるだろう……ここで全てを終わらせてやる」


 人間の速度とは思えないほど俊敏かつ強烈にヘルメット魔人は攻撃を仕掛けた。さすがの魔王も防御に徹するしかないが、攻防は続かなかった。しばらくすると、ヘルメット魔人の動きが止まったのだ。


「あ……!」


 魔人衆も司令官の異常に気がついた。ヘルメット魔人の動きは鈍く口から泡を吹き、体は左右に揺れ、膝をついてしまった。信じられない、という表情で必死に手に力を込め、武器を落とさないようにするヘルメット魔人だが、そこに魔王が表情を変えることもなく静かに近づく。その堂々たる隙の無い歩みに、魔人達も気圧されてしまった。魔王愛用の銀のサーベルが鈍く光った。刹那、ヘルメット魔人の顔面に容赦無く振り下ろされた。


 激しいが鈍い嫌な音と同時に吹き飛ばされたヘルメット魔人。見るや、顔面は酷くひしゃげ、潰れていた。頭部の傷口からは脳がこぼれ落ち、原形がわからぬほど潰れた眼球と大量の血が飛び散った。ヘルメット魔人の体はしばらく痙攣を続けたが、やがてそれも止まった。


 魔王は厳かに語る。


「この部屋の戦士達はみな死ぬ。死ぬだろう、ではなく、死ぬのだ。故にタネを明かそう。かつて私はとある傭兵に命を狙われたが、その時に傭兵が用いたのは毒針であった。ほら、これだよ。こんなに小さい代物だが、怪物も卒倒する。我輩は幸運にもその邪智に染められた悪意を跳ね返したが、その時の苦しみは忘れずに来た。この戦利品もな」

「卑劣なり!」


 魔王は反論する。


「お前達だって、倒した怪物が良い武具道具を持っていれば、回収するだろうが。で、そのアイテムの資産価値を調べているかな?売却した時にあがった収益について、政府へ収入の申告を怠っていないかね?我輩の片腕が設立した強制ギルドでは、この種の申告を必須としている。人間世界のルールを真似たらしいが、お前達はこのルールを守っているか?」


 恐怖と困惑で返事も出来ない魔人衆へ魔王は続けて饒舌に曰く、


「なんの話をしているか判らないだろう。白状しよう。このヘルメットの戦士の排除が上手くいった事で、心の底から安心しているのだ。誰かに、そう、最愛の娘に褒めてもらいたい気分だよ。成功の後こそ、賞賛が堪えられん。それはともかく、これでこの戦いも終わる。なあ諸君、そうだろう?」


 魔人衆、誰一人として口を開けない。魔王が、さらに続けて曰く、


「繰り返しですまないが、この場にいる者共はこの場で直ちに死んでもらう。だが、外の連中で降伏する者がいれば、できる限り助命するつもりだ。だから諸君は安らかに、死ぬが良い」



 独眼マッチョが戦死したのち、魔王側怪物衆の統制は混乱していたが、ここに魔少女が参加した事で、徐々に混乱は収束された。この少女への魔王の寵愛がどれほど強く深いかは輩であれば皆が知っていたため、魔少女を中心に反撃の体制が自然と構築されていったのだ。そこで神官は、大声で味方を煽動する演説をぶつ異形へ希望を伝える。


「異形よ、陛下が戻るまでこの子を任せる。私は偽勇者に用があるから、前線で指揮を取ってくる」

「それはまずいな、神官殿。そなたの戦下手については結構定評があるんだがね」

「大丈夫、もはや余計な指揮は不要だ。陛下が戻れば全てが終わるのだからな」

「なに、もう陛下はお戻りなのか?なぜ判る?」

「私の古い部下達の死を感じたからだよ」


 異形も魔少女も彼の言葉の意味を理解できないが、それを放置して神官は前線へ向かった。


 神官は、上流怪物衆としての高貴なオーラを全開にして、すなわち身を正し、背筋を張り、腹の力を入れながら、僅かなりとも左右にぶれないよう、一本芯が通った歩き方をして、怪物衆を掻き分けて行く。道を開くのはオーラに威圧された怪物衆である。群れが割れた先の道、中心に勇者黒髪を擬した妖精女が馬上で指揮をとっていた。神官は墓所に吹く風の如く、厳かに語りかける。一方、返した妖精女はモストリアの荒野を突き抜ける突風の如し精神状態にあった。


「偽勇者よ」

「神官……あなたは魔王の世話になっていたのね。あれはあなたが敬愛してやまない勇者黒髪の敵なのよ」

「この期に及んでいうべき事ではないが、伝えよう。このまま兵を率いて未來都市へ帰れ。そして勇者の名を騙るのを止め、一怪物に戻るのだ。それのみが、お前が無事に生き抜ける道だろう」

「神官、私も勧告するわ。今、未來都市最強の戦士が魔王を討ち滅ぼしているでしょう。それが明らかになる前に、姿を消しなさい。今ならば裏切りの罪を見逃してあげるわ」

「魔王が憎いというお前の気持ちは無論理解できるとも。だが、もう黒髪は死んだのだ。この復讐に意味があるのか。それに黒髪が理想とした世は、トカゲの魔王が達成してしまうかもしれぬ。だが、それならそれで良いではないか。亡き黒髪ならきっと文句は言うまいと思うのだが」

「黙れ」


 空気が震えた。妖精女は神官を指差し、怒りを込めて苛烈に曰く、


「私は魔王を殺すというその目的のためだけにここまで来たのだ。モストリアからあなたを追放した事も、全てはその目的を達成するための下準備。これ以上、問答を続けるのなら、この場で討ち果たしますよ」

「それだけの力が、そなたにあるはずもない……」


 妖精女へ懲罰を願っていた神官だが、この後に及んで微妙に心の襞が湿った。最後まで口には出さなかったが、神官は勇者黒髪が心を込めて愛した一体である妖精女の平穏な次の生き方、あるいは余生を慮ったのである。それは、彼が存在をかけて尊敬した勇者黒髪との思い出を、大切に思ったからに他ならない。だがもはや……


 神官は密かに蓄積していた魔力を開放した。怪しい光とともに神官周囲の未來都市側怪物衆は吹き飛んだが、それは死体ができるほど強いものではなかった。まるでダメージを受けなかった妖精女は冷たく言い放つ。


「あなたの力はこの程度でしょう」

「……かつては同僚だった輩よ。さらばだ」


 神官は目を伏せて後ろに下がった。その背後より、神官の放った魔力を目印に、魔王がやって来た。魔王の気配を認めるや、神官は踵を返し、前線から去っていった。自身の貴女への復讐はこれで完了した、と言わんばかりに。


 魔王は馬上の妖精女の前に立った。その手には、ヘルメット魔人の半分潰れた首が握られていた。無論、ヘルメットをかぶった生首を見せつけ、敵を萎縮させる事が目的だ。だが、魔王はその事には触れずに曰く、


「勇者黒髪と追いかけっこをしていた時に、モストリアで会って以来かな」


 この声を聞き頭に血が上った妖精女は、頭部の血を全ては吐くような破裂する声で叫んだ。


「魔王!」

「数多くの骸を乗り越え、よくぞここまでたどり着いた」

「魔王よ、自分から殺されにきたか」

「待て一つ聞いてくれ。それは、我輩はそなたを」

「黙れ!皆の者よく聞け!ここに魔王がいる!勇者黒髪を暗殺した卑劣な爬虫類の怪物!勇者の遺産の仇敵である!命を惜しみ思い出を汚すことを怖れよ!仇討ちの大義の前に、失うものなどなにもない!」


 飛びかかってきた数名の魔人を振り払うと、たじろぎも見せぬ妖精女と対峙する。魔王はかつての愛人の変貌に強い責任を痛感するしかない。そして、絞り出すように、言葉を発する。


「失うもののない輩の爆走は、そうでない連中にとっては恐怖でしかない。やはりそなたは、ここで死なねばならぬ。実に残念だよ。だが、我輩には過去はどうあれ、今日と明日の日に対する責任がある。それは、我輩の背を見つめる弱き輩たちを見捨てては置けぬということ。魔王としてのこの責任感でそなたを倒すのだ。さらばだ、エルフィナ。そなたと過ごしたあの日々を、我輩が忘れる事はない」


 妖精女は、源氏名でないかつての自分の本名を呼ばれても動じることはない。この瞬間のために、妖精女は手を血に染めてきたのだから。魔王が語りかけている間も、周囲の怪物衆に攻撃を指示し続けていた。それこそ狂気のように。


 そう言ったとて、無念の全てはを振り切れない思いの魔王は目を瞑り、天を仰ぐ。ややあって、心中の落着を得ると、彼には珍しく直向きな表情を以って、堂々と戦闘開始を通告した。


「蘇りし偉大なる勇者黒髪!今度こそ消えよ!定かなもの何一つ判らぬ永遠の彼方へ!」



 魔少女は丘の上を並んで歩む四体のがいこつを見た。丘の上で戦場を眺めていた彼らが、その時を境に遠ざかり始めたのである。彼らを見つめる魔少女に、異形も気がついて曰く、


「勇者黒髪のがいこつはあんな場所にいたのか。いつの間にか戦線を離脱しおってからに……今回は全く役に立たなかったな」


 魔少女と異形は遠くへ去り行くがいこつ衆を眺めつつ、胸に去来する同じ思いを感じずにはいられない。


「あのがいこつたちはどこへ行くのだろうな?」

「永遠に旅を続けるのかもしれないわ。不死の身で、栄誉と金銀財宝を求め続けるような。狂気じみているけれど、まるで夢のよう……連れ戻さなくて良いの?」

「陛下からの伝言がモグラの連絡兵からあったよ。逃げたのではあるまいがしかし、見つけたとしても、もう自由にさせてやれ、とね。ところで不死の身、とそなたは言ったが……」

「連中はもう死んでる、って言うのでしょ。そう、もう命の檻に囚われることはない、つまりは不死である。そうでしょう」


 魔少女の問答を聞いた異形の怪物は、頭を掻いて笑った。



 勇者黒髪、戦士ハゲ、釣り目の僧侶、魔術師とんがり。彼らは全員、死を通して骨だけとなり果てたとはいえ、再び相見える事ができた。このパーティは永遠の現世を夢幻の如く、旅し続けるのである。

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