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第92話 レギュレーション

 工程会議が終わると、魔王の配下の重臣たちはそれぞれ任地へ向かった。異形は、帝国領で戦う魔王を出迎えるため最も遠い独眼マッチョのコロニーへ、神官は穏健都市の安定化のため旧河むこうの王国領へ、そして魔少女は布告決闘の準備のため、グロッソ洞窟周辺へ。金を生む洞窟を中心に、領域リザーディアは盤石の態勢であり、統括する魔王を支える一人と二体の重臣たちは、怪物たちからそれなりの敬意と崇拝を受けていた。特に、幼子であると同時に魔王のから絶対の信頼を勝ち得ている魔少女は、その筆頭だった。魔女は実の娘の様に可愛がっている魔少女に語る。


「もうお前の障害となるものは何も無い。陛下の主催するこの魔王の国で、望むもの全てを手に入れることができるさ」


近頃めっきり老いぼれてきた魔女へは笑顔と感謝の気持ちを口にする魔少女だが、何もせずに今日という日が明日も来ると考える事が出来るほど、楽観的にはできていなかった。時には、魔王の命令に反しても、為さねばならない事もある、と考える程度には、自律的であった。


 魔少女が思うにこれまでグロッソ洞窟の防衛は、様々な個性が各々が効果的だと信じる角度から行われて来た。


 最初、弱小な洞窟集落に、前魔王の勢力がインポスト氏を送り込んだ。この時は弱体な人間の注目を浴びる事もなかったから、適正の無い氏でも十分だったと言える。


 次いで、リモスが金を発掘することで人間に注目され、警備兵を雇ったり、軍事指導者を招いたり、防衛のため敵拠点を攻める等した。


 洞窟が広がり棲む怪物も増えると、窟内政治が必須となり、猿がリモスを助けてそれを行なった。黒髪との外交などを通して、一つの国の如き有様となる。洞窟の組織化も進んだ。


 失脚した猿の後を継いだ者こそ、魔女の薫陶を受けた魔少女である。この少女の指導下に、洞窟は高度な変貌を遂げた。洞窟内部の拡張工事、がいこつ作業員の効果的な配置、有力軍人の招聘などで、振り返ってみれば新しい政策は何も無い。どれも前任者達が手をつけていたものの延長に等しいのだ。だが、それを徹底して実施した事は、グロッソ洞窟から領域リザーディアが拡大した一因である。ある時、洞窟成功の因を魔王に問われた中途採用の神官は答えて曰く、


「前魔王の都に比して事実上の洞窟の主が頻繁に入れ替わっています。これは政情が不安定であると同時に、様々な実力者がその手腕を振るえていた、とも見れます。幸運がそれを有機的に結びつけたのでしょう」


 神官の言い方がツボに入った魔王は、発端となったリモスは無機物なのにな、と笑った。だが、魔少女は笑わなかった。彼女の洞窟におけるキャリアまたは身の上は、鉄人形配下の怪物にさらわれ連れて来られた事が起点となっている。


「誘拐され、結果殺されずに今の地位を得ている。結果だけなら確かに幸運だ。しかし、次も幸運はそこにあるのだろうか」


無いかもしれない、と彼女は考え、いみじくも神官がさらりと言及した手腕こそが保険となる、と考える。では、自分自身、魔少女独自の手腕はなにか。洞窟の怪物達曰く、


「人間世界を混乱させるために、金を使う事だ」


と言う。つまり経済政策にあった。意図的にインフレを発生させて物価を釣り上げ都市社会を混乱させたり、金を送りつけ人間関係に不信の種を蒔いたり、辛辣かつ深刻な結果を招く陰謀の発信者でもあった。


経済政策とは政治であり、実務家の偉業や、理論家の神官に比べると、魔少女が最も政治的な才能を持っていたからこそ、魔王もその才能を愛したのだ。異形曰く、


「そうでなければ、あの子を後継者に、とは考えないだろうさ。陛下はあれで、バランス感覚に優れているからな」


 その発言を聞いた魔王は、異形に語った。


「まだあれ程幼いのに、あの子は恐ろしく冷めた子だ。激情を上手くコントロールしている。確かにバランス感覚だが、それにしても抜群の素質だよ」


 政治がバランスであれば、規制と解放の均衡にあるだろう、と魔少女は考えた。そして解放を務めるのは性格的にも魔王である以上、規制を行うのは自分しかいない、とも。



 任地へ向かう異形と神官に、魔少女はお願い事をした。それを見ると、長々と記してきた彼女の特質がよくわかるというもの。


 布告決闘に備えて、領域リザーディア内に住まう人間の冒険者たちに、ギルドへの強制加入を命じたのだ。対象者は、戦士、あるいは生業に就いていない者。


「しかしそれは反発が大きいぞ。陛下の許しを得ていたほうが良いかもしれんぞ」


 異形と神官の忠告に、


「全て私の言う通りにしてほしいから、お願いしているのよ」


 そうまで言われれば、二体はその通りに動くしかないのだ。


 こうして強制加入の嵐が吹き荒れる。表立って反発した人間の下へは、恐ろしげな怪物衆が送り込まれ、加入を促される。それでも逃げた連中は殺害されもした。異形と神官に付き従ったそれなりに力ある怪物の手によってこの処置は進んだが、意外な強硬さに、これまでの穏健な魔王の治世に安心しはじめていた人間たちは戦慄した。


「それ見たことか!これが奴らの本性よ。だが、戦士や冒険者たちが町から消えてしまった」

「腕っ節のある不良連中ども、いなければいないで不便なものだ。何処へ逃げたのだろ」

「都市エローエらしいぜ。あそこは魔王の領国ではないからな」


 強制加入の対象に傭兵も含まれてはいたが、都市エローエはリザーディア領域外であるため、規制を嫌った多くの戦士たちが集結する。こうなると都市に緊張が走り始める。統領の東洋人は、


「魔王は布告決闘のために、実力ある人間を集結させたのだろうか。だが、下手をすれば、この連中が暴発する恐れだってあるだろうに」


と、都市への滞在は許可したが、騒動を起こした者は即追放、と定めた。しかし逃げてきた連中がやるかたのない憤懣を持て余し、騒動を起こさぬはずがないのも現実であった。



 帝国との戦いを終えて帰国した魔王はここまでの事情を知り、珍しく魔少女を叱責せんとする。が、魔少女は一切の謝罪をせず、堅苦しく真面目に一礼して曰く、


「洞窟に近い都市エローエに戦士たちを集めてご覧に入れました。これで布告決闘はいつでも開催可能です」


 驚いて二の句を継げなかった魔王へ、魔少女は首を傾げて笑顔を作ってみせる。珍しく気圧された魔王は尋ねて曰く、


「そなたの計画はそれだけではあるまい。戦士たちの暴発を誘って、布告決闘を中止に追い込む気だろう」

「いいえ、そのようなつもりはありません」

「では、都市エローエの統領を失脚させるつもりかな」


この時期、魔王と東洋人の盟約は、まだ継続している。


「いいえ、それも違います。しかし、陛下にとっては愉快な出来事が起こるに違いありません。ここより遠方の地にて」


 ほう……と溜息をついた魔王だが、魔少女の処置からどう考えても、遠方で何かが起こるとは考えにくかった。異形と神官に、お前たちは知らんのかね、と尋ねても回答を得られない。首をひねって魔王は呟く。


「遠方、と言えばモストリアしかないのだが、勇者の残党たちと今回の件、関係があるかな」


 異形と神官は、顔を見合わせ、やはり疑問符を浮かべる。



 魔少女の言葉が気になって、布告決闘も開催せぬまま一月が過ぎる。都市エローエでは、インフレとともに急激な物資不足が顕在化していた。


 都市のインフレはかつて統領とんがりをその地位から引き摺り下ろし命まで奪ったクーデターに発展した経緯もあり、東洋人も警戒し、事前に対策を打つ。


 都市の有力商人達を募って、大規模な輸入陸送隊を編成し、物資の収集に向かわせたのだ。だが、芳しい効果が得られない。エローエの周辺は領域リザーディアが広がる。戦士達の不在により、人間の手による治安力が低下し、犯罪への不安からやはりインフレが発生していたためだ。


「食料の価格は十倍。薬草などの道具はさらに値上がりしている」

「でも武具防具の値段はそんなに変わっていないね」

「上客の戦士達がいなくなった分、一般人が買いあさっているからだろ」


 陸送隊が期待よりも少ない物資を担いで戻ってくると、都市エローエに内紛の匂いが立ち込め始める。東洋人の独裁を許している現状に不満を持つ人々が、いつもの釣り目の僧侶を中心に、倒閣運動を画策し始めたのだ。東洋人もこの動きに盲ではない。が部下の注進を受けても返して曰く、


「反対派に我々の天下を覆す武力は無い。今、我らはとんがりよりも強大な部隊を、より巧みに用いて、より長く繁栄を継続している。対抗馬になり得る、黒髪のような人物もいないし。まあ、都市内部については心配は無いよ。問題は……」


 やはり統領東洋人は、かつての統領とんがりよりも遠くを見通すことはできていた。釣り目の僧侶は、遠くの勢力の力を恃みにしたのである。そしてその工作は成功し、動き出す。


 都市エローエの北西には領域リザーディアが広がる。今や山を越えた先の帝国領までほぼ手中に収めているから、その境は蛮族平原だ。さらにその先には、交易都市がある。勇者黒髪の遠征以来、変わらずこの都市の支配者はエローエ市民だった。


 密かに交易都市入りした釣り目の僧侶は、富裕層に対してアジ演説を用いた。彼らの愛郷心に訴えかけたのだ。


「今や母国は外国出身の独裁者によって支配されてしまった。取り戻そう!父祖伝来の自由を!エローエは領域リザーディアに属していない。なればこそ、魔王が跋扈するこのよう世界で、オンリーワンでいることができるのだ!その地位は、人間世界のあらゆる可能性を独占して然るべきものだろう!」


 交易都市の支配層は、釣り目の僧侶に尋ねる。


「魔王がエローエを攻撃しない根拠はいかなるものか。法的あるいは外交的な担保があるのか」


 担保などないが、釣り目の僧侶は言い放って平然とする。これは悪い癖だった。


「統領とんがりが洞窟と締結した不可侵の決まりは、あの黒髪も踏襲していた事をご存知か。無論、今の独裁者も同じだ。魔王はこれ程もエローエの近くに座しているのに、未だ一度も双方から事を構えた事はない。なぜか、不可侵の習いが綿々と続いているからだ。しかし、怪物世界に書面を取り交す風習はないから、そう、この鍵こそが担保だろう」


そう言って、リモスの家の鍵を取り出す釣り目の僧侶は、この鍵が価値など無いものだと判断しているため、交易都市政府へあっさり譲りわたす始末。とことん人の悪い釣り目は、自身の野望のために、交易都市を引っ掛けるつもりでいたのだ。


 釣り目の僧侶の持つ危険を見抜けなかった交易都市政府は、この訴えを聞いたのである。それも救出だけではなく、新しい商業上の利益を拡大させるため、という理由をつけて。この頃、未來都市と最前線の国の積極的な治安維持活動によって、モストリア周辺には平和らしきものが確かにあった。そのためだろう、都市政府はたちまち輸出陸送隊を編成し、扇動者の釣り目を同行して母国エローエに向けて出発させた。背後の防衛ががら空きになったが、未來都市が攻めてくるとは、彼らは全く考えていなかった。企画立案者である釣り目の僧侶も同様だったろう。



 だが、甘かった。釣り目の僧侶には見えていなかったが、東洋人には何者かの作為が見えていたのだ。



 未来都市の一同は、交易都市出陣する、の報告を得て、その富を得るために出陣した。決断したのは無論、妖精女である。そして、防御体制が敷かれていなかった都市を、瞬く間に攻略した。都市攻略を最前線で担当したヘルメット魔人曰く、


「これで軍資金の心配は、とりあえずはしなくて済むな。だが、今回はこれには止まらないはずだ」



 ここまでの報告を受け、魔王は驚きを隠せない。


「そなたには先の未来が見えるのか」

と、声をかけられたのは、無論全ての糸を操っていた魔少女だ。畏まって具申する。


「閣下、お戯れの余裕はなくなったようです。今すぐにモストリア方面へ出陣して、未來都市の一味を打ち滅ぼさなければ、勇者のモストリア進出と全く逆のことが起こってしまう恐れもあるでしょう」


 やれやれ、と頷き立ち上がった魔王だが、魔少女を見て曰く、


「これで未来都市の勢力をうち滅ぼせば、この世界の長きに渡る混乱も鎮まるだろう」


この世界、とは無論、人間と怪物が相生う世界のことだ。世界の行く末を考えざるを得ない立場にある一人と一体は、歴史が決定的な方向に進み出す直前の、確かな緊張を感じていた。



 魔王は魔少女、異形、神官、黒髪のがいこつ等など僅かな共を連れてグロッソ洞窟を出立した。すでにモグラの連絡部隊の行動により、独眼マッチョのコロニーには、魔王の命令が伝えられているが、人間世界は魔王の移動を知らぬままであった。


「グロッソ洞窟を守るものが空になりますな」

「都市エローエには戦士の群れが集まっているというのに、良いのですか」


 そう心配する異形と神官に、魔少女は言う。


「今回、洞窟を守るものは陛下の令名のみ。それで十分だとのご判断なの」


 それでも不安を払拭できない二体へ、


「大丈夫。都市エローエの人間達は、絶対にグロッソ洞窟へ出陣できないわ。その理由は……」


と、笑顔で語り始めた。



 全ての事象と条件を知り尽くした訳ではないが、要点を適切に捉えた魔少女の政略によって、魔王にとっての最後の敵対者、未來都市勢が出てきた。それでも魔少女が感じていたプレッシャーは相当のものだったに違いない。それを跳ね除け、事態を思い通りに出来た魔少女は、戦いの終わりを感じ取ろうと、意識を万象の彼方へ飛ばしていた。

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