第91話 工程会議
魔少女、異形、神官といった領域リザーディアの重要幹部達がグロッソ洞窟に集まった。一人と二体とも、担当するエリアが急激に増えたこともあり、多忙の中の会議開催だ。議題は、巷ではボーナスタイムと呼ばれている魔王の楽天的布告に根拠をもつ、決闘についてだ。御前会議前の調整を行わねばならない。
「調整とは、我々も前の魔王の宮殿で行われていそうな事に、手をつけたか」
神官曰く、
「前の魔王の宮殿で、調整は日常的に発生していた。それがなければ実力怪物同士の衝突に発展してしまう。間で苦慮した事を覚えている」
「あなたの言い方だと、私たちは実力幹部という事になるわね」
「違いなどない。まさしくその通りさ」
沈黙が流れる。
「時に陛下は、独眼マッチョのコロニーを視察しに行っていると聞いている。帝国領の具合はどうなのだね」
これに魔少女答えて曰く、
「順調よ。次の標的、帝国の都の攻略準備にかかっていて、それが終われば陛下もグロッソ洞窟に帰還される」
「となると、布告決闘はその後か。今じゃ、ボーナスタイム、という方が分かりが良い様だがね」
笑い合う異形と神官。この二体には、魔王が絶対に破れない、という確信がある。だが、魔少女は全然笑っていない。
「これは今日の議題でもあるのだけれど、陛下はほとんどの相手に勝てるでしょう。しかし、黒髪のような実力者が世に隠れていないとも限らない」
「そなたが、あの人食い種族の情報網で、あまねく実力者を調査している、と陛下から伺っている。良い輩は見つかったかね」
「脅威になりそうな相手は、ちらほらと。無論、その連中がみな、布告決闘に参加するとは限らない。しかし、対策は用意しておかねばならないでしょう」
「しかし、決闘に水を差すような事をすれば、陛下からお叱りがあるだろう」
いきなり魔少女は机を叩いた。小さい少女の手では大きな音など立たないが、迫力は並ぶ二体に伝わった。
「忘れないで。仮にでも陛下が討たれるような事があれば、領域リザーディアは一朝のもと、消え去るでしょう。そうすれば、我々もただの一体に成り下がるのです。今やこのグロッソ洞窟、魔王の拠点として、知らぬ人間はおりません。陛下が消えてしまえば、この洞窟の運命もまた同様。その上で私たちが何をするべきか、陛下の意に反しない方法で、あるいは陛下に気取られないように、万全の対策を講じる事です。おわかりですか」
鬼気迫る魔少女の言葉に、異形は姿勢を正し、神官も帽子を被り直した。
「陛下の考えは固い。決闘許可の一件はもはや覆されないだろう。故に、どのような形で実施するかが重要だ、という事だね」
全員頷く。
「決闘というからには、一体一体が陛下と対峙する、という形になるだろう。儂が思うに、連戦をどう定義づけるかが最重要だ」
「どれくらいの応募があるだろうか」
「百人単位で申し込みがあったらどうする。百連戦となれば、万が一という事もあるかもしれん。陛下が一分から二分で相手を始末したとして、インターバルを二、三分としても、一試合五分。百人いれば大分長い時間になるな。待ってる側も大変だろう」
神官、発言をする。
「それでは、トーナメント式というのはどうかな、最も強いものが陛下への挑戦権を獲得するという」
「数が多すぎるときは、それは有効だろうが。事務手間が増える、儂は面倒だと思うがね」
「挑戦者同士で潰しあいをさせるというのは有効だと思うけれど、陛下が良しとするかしら。それに、人間たちも、自分たちを滅ぼす為の企画だと疑って、そもそもイベントが成り立たない恐れもある」
異形も苦言を呈する。
「神官殿よ。事務手間を甘く見ないほうがいい。公平な事務処理が為されなければ、不評を買うだけだ」
「そうだな。トーナメント式を陛下が否、とするとすれば、陛下への挑戦権を得る前に参加者たちが傷つく事について、フェアではない、とおっしゃりそうだ。しかし、そもそも人間たちはフェアな存在では無い。この点にも留意して、陛下を説得するべきでは無いか」
「今回、陛下は領域リザーディア内外で公平さを重視している旨を強調したいはず。怪物が人間に対して、公共道徳の面でも優位に立つために」
「ある程度のトーナメンティズムは道徳面からでも許容されるだろうがな、多分。雑魚の足切りということであれば。それに、別に布告決闘であるからといって、決闘を足切りの手段に用いる必要はない。度胸試しとか、体力測定とか、それであれば挑戦者たちも死なずに済むから、不評は買わんだろう」
この意見に、なるほど、と皆が手を打つ。
「では、応募者多数の場合は、足切りのイベントを得て、数を選抜しましょう。まずは書類かしら」
「そうだな、これまでの戦績、戦闘技能の熟練度を申告させよう」
「嘘つき野郎がいた場合はどうしよう」
「ある程度見た目でわかるのではないかな」
「しかし、勇者黒髪は一見して強靭な戦士という出で立ちではなかったはず。見分けることのできる輩はいないものかしら」
「相手の能力を瞬時に識別する才能……聞いた事がないなあ。やはり書類上の足切りは、公平さに欠けると言われそうだ」
「出身国で分ける、というのは?旧アルディラ王国領内ならきっと弱いだろう、最前線の王国であれば強いだろう、という……」
全員、納得できていない。発言した本体も。
「書類選考もやはり難しい。例えば、都市エローエの文法はアルディラ王国の文法と似通っているが、最前線の王国の文法とはまた違った表現をしていたはずだ。国が違えば文言も異なる。全部網羅している奴も探せばいるだろうが……くそ、めんどくせえ」
「やはりトーナメントできめるのが一番だ……名案を思いついだぞ。がいこつ作業員と戦わせて、勝った者を選考過程で進ませるのは?」
これをがいこつ作業員の管理監督者である魔少女が拒否する。
「彼らは集団戦でこそ力を発揮するから、一対一では訓練された人間がほとんど勝つでしょうね。それに色黒伝道師が不在の今、無駄に彼らを消耗したくないわ」
「でも中には強いがいこつも居るだろう。勇者黒髪のがいこつなんてどうだ?」
「あれは別格だから、挑戦者は誰も勝てないだろう……それに、兵器として陛下が大切にしている。仮に破壊されたら、お叱りを受けるだけでは済まないぜ」
また沈黙が訪れる。みな、熟考を深めているはずだが、名案が浮かばない
「いっそのことカジノで運試しをして、上位の者を選抜するというのは?」
「陛下が満足するはずがないでしょう」
「温泉に長く入っていることができたものから……」
「おい、真面目に考えろ」
「考えているよ」
腕組みする面々。ついにこれしかない、という感じで神官が発言する。
「布告決闘も一度きりと決まっているわけではない。先着順でやろう」
「そうだな……一回めは十体まで、というのでどうかね。足切りも不要。いきなり陛下と戦ってもらおうか」
「しかたないわね」
こうしてエントリーに関して決定がなされた。次は、決闘ルールについてである。
「今回、布告決闘について、まさに決闘、という一時を除いて特別なルールはまだ定められていない」
「武器の使用は自由なのよね」
「そう。しかし、戦闘中の治療行為などは、許可されるべきではないだろうと思う」
「挑戦者が薬や包帯を戦闘中に用いるのは?」
「あの陛下相手に、そんな余裕があるんかね」
「いえ、陛下自身も治療が必要になる可能性もある。それは禁止するべきではないわ」
「そう言えば、針使いのような事例を探してみたが、戦いの最中に麻酔を患部に打ち込んで、痛みを忘れるという対処法もあるらしいぞ。それも許すべきだろうか」
「事前に装備品として備えていれば、拒否もできまい」
「陛下はそういう類の道具をあまり嫌ってはおられないからな。むしろ、陛下御自身も、装備を検討してもらいたいものだ」
「噂では治療の魔法を用いる人間もいるらしいが、それは許可できるか」
「実力として用いる分には、やはり許可するべきだろうな。しかしその魔法の噂、儂は聞いたことはあっても、見たことはないがね」
「かつて、勇者黒髪の一行だった僧侶が、洞窟で負傷した人間を治療するために、魔法を唱えていたものを見た、という古参の輩がいたぞ。もっとも、その時の怪我人は死んじまったそうだが、ははは」
一人と二体は愉快そうに笑った。
「そう言った能力者の炙り出しにも、この布告決闘はなるのでしょうね」
「杖から火の玉を飛ばすような輩も、集まってくるかもしれん。陛下はあの手の魔術にどのように対処されるのかな」
「陛下は俊敏な動きが出来る。全く問題ないだろうさ」
「反則攻撃は定めるか。急所への攻撃は禁止するべきでは?」
「急所?」
「人間世界の決闘ルールでは、目衝き、金的などが禁止されるらしい」
「金的?」
「そうか、そなたは知らないか。では教えてやる。男の場合はここ、この場所にある睾丸を叩く行為を金的というのだ。睾丸は痛みに極めて敏感で、仮に女子供によってでも蹴り上げられでもすれば、勇者黒髪とて気絶するだろう。だから、そこを覆う専門の防具があるくらいだ」
「知らなかった……陛下にも、睾丸はあるの?」
「陛下には無い。睾丸をぶら下げるか否かは、種族によるのだ。ちなみに儂にはある。そなたはどうかね、神官殿よ」
「私?あるよ。領域リザーディアでは、恐らく独眼マッチョや従兄介が金的に弱い。今は亡きモグラマッチョなどもな。人間はみな持っている」
「では、金的は有効としましょう。陛下には無く、挑戦する人間たちにはある。金的は有利よ」
「それであれば目衝きも有効だとした方が分かりやすかろう」
「分かりやすいかどうかでは無く、陛下に有利なルールを定めるの、それも公平さに問題なく」
「まあ目衝きはいいだろうよ。陛下にとって有利不利はない。あと、人間の男たちが忌避する戦法の一つに、噛みつきがあるな」
「陛下は使わないが、怪物世界では割と一般的な戦法だ。禁止しない方が良い」
「今回、陛下の命を狙う怪物は現れるかしら……帆船都市に現れたタコの怪物のような」
「名のある怪物のほとんどは、だいぶ前に勇者黒髪がほとんど殺して回っていたから、この辺りではいないだろうが、蛮族平原やモストリアまで行けば分からんぞ」
「帝国領にいる同士、独眼マッチョの怪物はかなり強い怪物として名声を持っています。彼程度の怪物はどう?」
「帝国領も怪物の流入騒動があった時に、かなり淘汰されたらしいから、おるまいな……では、金的に噛みつきはセーフということで」
「治療行為もだ」
「決闘に制限時間は設けるかね」
「どんな状況に備えるのかしら」
「例えば前後して策を労している挑戦者がいた場合、わざと時間稼ぎをして陛下を疲弊させる。その後、後発の挑戦者が陛下の疲労を狙うというような、だ」
「儂が聞いている陛下の戦いぶりだと、それほど時間がかかっていない例が多いな」
異形は、六度目の侵攻時の対黒髪、ハゲ戦を語る。複数の相手に対して一歩も引かなかった当時のトカゲ軍人だが、実態としては釣り目の僧侶と魔術師とんがりが金を攫うための時間稼ぎにされてしまった。
「あの時、陛下は温存して戦っていたらしい。敵がすぐに撤退してくれる予想はなかったからな」
「何が言いたいのかね」
「つまり、器用な体力調整は出来る、ということだ。相手が時間稼ぎに専念すれば、陛下は体力の温存を図るだろうさ」
「では、時間は無制限、決着がつくまで、ということ?」
「左様」
魔少女も神官も実践向きの戦士ではないから、知ったかぶりをすることも多い異形の言葉に従う。
「決闘の様式についてはもうこれくらいでよかろう。ところで私からぜひ言いたいことがある。これは決めておかねばならないが、そなたらには言いにくいことだろうから私が発言をしよう。仮に陛下が破れた場合、その挑戦者をどのように始末するか」
魔少女と異形は沈黙してしまう
「黙っていてはいけない。これは挑戦者たちの目的でもあるのだから。それが達成されてしまった時、どのように我々は動くべきか。指導者が消えれば、だいたい組織は動きを停止してしまい、怪しげな方向へ動いてしまうものだ……勇者黒髪の未来都市のようにな」
神官の言葉に感情がこもる。
「それを防ぐためにも、後継者を決めておかねばならない。で、陛下にはもう考えがあるようだね、つまり、ラよ、そなたが恐らく後継となる、と私は見ている。その時に、後継者はしっかりと指示を出し方針を定めねばならないだろう。それで、後継者はどうするのかね」
沈黙が場を支配する。異形も言葉を失い、言い出しっぺの神官はひたすら魔少女の言葉を待ち続ける。そんなやや意地の悪い子供じみた大人の対応に、魔少女は相手の目を見ずに返す。
「今のあなたには関わりのない事よ」
冷たく言い放たれたその言葉は、神官を激しく動揺させる。完全に魔王に心服していない、未来都市を崩壊させるために領域リザーディアを利用していることを、見透かされているかのような言い方であったからだ。だが隣の異形は思う。魔少女には、怪物たちの上に君臨するに相応しい風格が備わり始めている、と。懐かしき記憶、ゴブリン軍人の説得を魔少女に求められてからの関係を、異形は貴重に思うのだ。
「神官殿がいみじくもおっしゃられたように」
暖かい気分に包まれた異形は、魔少女の側を向きつつも、神官へ言葉を向けた。
「陛下が望む後継者がラであるのなら、なおさら、本件は後継者殿が納得いくまで企画を立てられるべきだ。我々はそれに従うのみ。陛下に絶対の忠誠を誓うのであればな、だろう、神官殿」
未来都市への、妖精女への復讐を胸に誓い、そのためだけに魔王へ接近した神官だが、この期に及んでグロッソ洞窟の面々に深入りしすぎてしまった事を、いくらかは自覚せざるを得なかった。彼が仕えていた前魔王やその近衛衆と比べても、魔少女が優れた特質を備えていることは、明らかであったから。
しかし、とも彼は思う。
「道半ばで倒れた勇者黒髪は未来を指し示していた。彼を殺した魔王は過去と未来、どちらを指し示しているのか。あるいはど
ちらがより適切な距離を照らし出していたか」
理想の魔王候補者であった勇者黒髪と他者を比べることを、彼はやめられないのだ。もしも、魔少女が黒髪のような器量と将来性を見せた時、自分はどうするだろうか。その時こそは、魔少女のために動いてやろう……その程度のガッツは、彼の心肝から湧き上がっていた。




