第86話 金庫開錠
魔王の積極性や魔少女の謀略の働きにより領域リザーディアの拡大が加速する一方で、一部情報通の中では対抗馬として注目されていた未来都市だが、この頃ひどく停滞していた。原因は、やはり勇者黒髪の不在と見做されていた。
「最近の未来都市はどうかね」
「今一つだなあ。派手な動きは少ないし、かといって何か企んでいる風でも無し」
特に事情を知るモストリアの怪物たちは口をそろえて語る。
「勇者黒髪に成り代わった妖精女ががんばっているが、停滞は覆い隠せないな。まず第一に面白みがない」
モストリアの怪物衆は未来都市の怪物と語らう。後者の怪物衆は未来都市の人間達と接触を持つ。さらにこの人間たちは、交易都市とのやりとりが盛ん。次第に、人間世界にまで決定的な噂が広まり始めた。
「勇者黒髪はすでに死に、その愛人が後継者を気取っているらしい」
「勇者じゃなくてその愛人が未来都市の市長なのか。で、愛人はどの国の生まれだね」
「それが人間でなく、怪物だって噂だぜ。たまらんよなあ」
これは人間世界の沽券に関わる繊細な問題であった。未来都市に居る人間たちは商人であったり傭兵であったり、ある程度技能か財産を携えた人々が多かったが、この人たちが徐々に未来都市から離れ始めたのである。どれほど危険な地であっても、勇者が前線に居てくれれば耐えられる。しかしその愛人が前線に立つのでは……。人間たちの離脱は経済力の低下に直結する。モストリアには金山や金鉱は見つかっていないのだ。未来都市行政府の面々は額を寄せ合う。
「せっかくモストリアを平定したというのに、困ったことになった」
「だが、女勇者がモストリアの平定を優先したのは致し方無い事だった。治安が乱れればすぐに人間たちは逃げ出す」
「今、人間の数が極端に減れば、未来都市構成員のバランスが崩れ、神官のような輩が現れるかもしれない。どうしたものか」
未来都市の事情を肯定的に承知している連中でも、
「色々言うヤツは放って置けばよい。女勇者は側近をまとめて良くがんばっているよ」
「だが、勇者黒髪の代わりはやはり難しかろう。個性が違うのだから」
「ここまで来たんだ。我々は彼女を支えてやろうよ」
黒髪の事業をなぞるなら、ひたすら拡大を目指している領域リザーディアを食い止めるため、少数の部隊であっても出撃しなければならなかっただろう。しかし、モストリアを平定し、それなりの安定が訪れた今、逆にそのような冒険を好まない空気が漂っていた。それでも、ヘルメット魔人を筆頭とした魔人衆や怪物衆は、黒髪死後一体で奮闘する妖精女に深く同情していたのである。
「怠惰だって?モストリア平定には金も手間も掛かる。これは先行投資なんだぜ」
実質的な兵隊の責任者であるヘルメット魔人は、攻撃を進言し続ける声をそういって退け続けている。妖精女もそんな声に答えようと号令のタイミングを狙うが、
「しかし、市長。勇者黒髪の法に従ってモストリアの安定に注力しているため、なにより軍資金が足りません」
「また、人間部隊の兵数が揃いません。これで出撃すれば勇者黒髪の前例に背くことになってしまいます」
「魔人たちがいるだろうって?彼らはどちらかというと怪物枠なので……」
外れることも間々あったがそれなりに的確な勘をフル活用していた黒髪の実績に、当の妖精女が縛られ始めている。
「このままでは不味いですな。モストリアの秩序が乱れる」
「大勝によってモストリアを平定したわけではないからな。成功体験に乏しいのだよ。それが今ひとつ、集団としての自信の高揚につながっていない」
このまま未来都市も混迷に突入するかと思われていたところに、リモス一行が帰国した。行政府の面々、特にヘルメット魔人は、金庫の開錠が妖精女に与える影響を鑑みて、その帰還を心より待っていた。
「四体とも良く無事に戻った。首尾よくいったか」
「ええ、この通りとんがりのがいこつを連れて来ました」
「見ない顔もいるな。紹介を頼むよ」
「こちらは色黒伝道師。れっきとした人間ですが、がいこつ作業員を操作することができます」
握手するヘルメット魔人と色黒伝道師。二人はきっと良い出会いになるだろう、と予感させる感じのよさだ。それを見て、出会いを斡旋したのは自分だ、と言わんばかりにリモスは嬉し気に話を続ける。また別のがいこつが近づいてきた。戦士の装いに金の装飾が下品な姿を醸し出す。
「こちら鎖帷子のがいこつは、帰路に色黒伝道師が設えたがいこつです。帰還時にも幸運があったのです」
「なんだか見覚えがある気がする」
「そうでしょうとも。これはあなたが討ち滅ぼした戦士が元になっています。墓石には都市エローエのカルヴォ氏ここに力尽き滅んだ、と」
カルヴォ氏とは戦士ハゲの名である。
「なんだと、墓を暴いたのか」
自分が始末した相手のがいこつを前にしてさすがに引いたヘルメット魔人に、猿がフォローを送り込む。
「いや、すでに荒らされていた。墓荒らしの目的はたぶん隣に葬られていたバンシー軍人の方だろう。妖精は体内に宝石を備えるというからな。そちらの姿は跡形もなくなっていたが、こちらさんはキレイに骨が残っていた」
「なるほど、それでこちらの御仁の腕試しとしてがいこつ化させたというわけね」
「驚くべきは、この戦士の強さです。がいこつの特質に死者が生前執着したモノが残るということで、この戦士は戦いこそが最も誇るべきものだったのでしょう」
「へえ、そんなに腕が立つのか」
「モストリア領内に侵入していた蛮族たちを、瞬く間に蹴散らしました。ただし、金が無いと働きません。生前何をしていたか、想像がつきますな」
戦士ハゲのがいこつに恐る恐る近づいたヘルメット魔人。がいこつに敵意が無いのを確認する。
「俺が始末したヤツを再利用する……本当に意識は無いんだな、それならいいか。強い戦士が多ければ助かるというものだ。しかし今は、この金満がいこつよりそっちのとんがり帽子のがいこつが重要だ。彼女を……市長を呼んでこよう。早速、金庫を開けさせてくれ」
珍しく気忙しい様子のヘルメット魔人は早速妖精女を呼びに走る。ヘルメット魔人にとって、この開錠は今の停滞を打ち破る特効薬のようなものだった。
金庫に終結した一同は、息を呑んで、とんがりがいこつと色黒伝道師の動きを見守っている。
「ようやく。ついにこの金庫が開く時が来たのですね」
「立派な金庫だ。前魔王たちはなんで鍵を持ったまま逃げ出したのだろうね」
「さあなあ、てめえらが復帰するまでの間勇者に使われないため、かな」
「平然と俺たちを虐げ、巻き上げた金品が眠っているはずだぜ」
「初ですからね。なにより金があれば選択肢も増えますよ」
「女ですから。夫が目指した物が何だったのか、判る気がします」
色黒伝道師は真剣な表情でとんがりがいこつを操るが、それは生来の動きをサポートするというものだという。とんがりがいこつの手先がどう動いているのか、誰もが興味深く見つめていたが、それがどのような機序によるのかは理解の及ぶところではなかった。まさしく神業というものであった、と誰もが口にした。
そして、叩くような金属音が鳴り響く。鍵の封印が解かれた音だ。開錠を誰よりも待ちわびていたヘルメット魔人は弾かれた様に門に取り付き、全力で扉を開け放った。轟音と共に、巨大な金庫の中身が、眼前に晒された。
金庫の中身を検めて、検めて、検め終えた時、ヘルメット魔人は我慢しきれずに叫んだ。
「おおい、俺たちはクソリアリズムなんぞには用はないんだ!」
現実は常に厳しい。
キャスツ
リモス:魔王の金庫開錠に己の可能性を賭けている
猿:リモスは可能性を秘めると判断しその活躍のため尽力する。
妖精女:死んだ黒髪に成り代わりモストリアを統治している。
ヘルメット魔人:未来都市の軍事担当。妖精女を心配している。
初老の名士:人間。未来都市の人間社会を代表する。
女王:人間。人間。勇者の正妻・未来都市で居場所のない日々に耐える。
色黒伝道師:人間。死者をがいこつ化できる。勇者陣営に乗り換えた。
とんがり:がいこつ化。開錠のため誘拐された。すでに故人。




