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第83話 旅行記を挟んで

 戦力の実験的増強を魔王が待っている間、ちょうどこの時期の諸地域を巡っていた一体の怪物によって書かれた旅行記が、領域リザーディアに捧げられた。


 この旅の怪物がそれを物した理由は、ひとえに出世である。見聞を情報として捧げて、魔王がか地位の保証を受けるのが目的の、営業活動であった。その旅の怪物曰く、


「諸地域を見聞するとは、ただ歩みを続けるだけでも良いのですが、まずは偏見を捨て心の目を持って眺める事が何より重要です」


 その結果、まずは令名高きあなたへ挨拶に伺う必要があると判断したのです、と魔少女は挨拶を受けた。魔王が権力を掴んでから、この手合いは数多く現れたものだが、書物を物する怪物はやはり珍しい。何気なしに献上物を指で捲っていくと、徐々に魔少女はそれに引き込まれていく。比較的最近見聞きした様々な内容が記されていたからである。とはいえ魔少女に関心があるのはひたすら情勢情報であり、旅の中で書かれた記録を読み進めていった。



 書物は、辺境の寒村から記載が始められている。その村は旅の怪物曰く、


「私の出身はこのあたりなのです」


ということだ。その怪物の村はさして強い怪物がいるわけでなく、動物の他は時折紛れ込んでくる人間を襲い食らって食いつないでいるような場所であった。


 ある時、寒村は人間達の襲撃を受け、ほぼ全員が皆殺しにされた。恐らく報復だろうが、それに対して恨みはない、と旅の怪物は言う。


「それにしても、強い人間達でした。寒村とはいえ、人間を襲って食う程度の実力はあったのに、まるで歯が立たなかったのです」


 記載には山を一つ越えたあたりの都市からきた戦士の部隊と記載してある。その後、偶然、逃げ延びた自分は諸国遍歴を始めた、と。


「とりあえず東へ向かい山を越え、人間の都市があったのでそこに入りました。農地に囲まれたその都市は近年急速に豊かになったということで、上手くいけば食事ができるかもと思ったわけです」


 書によると、かつては闘争に明け暮れてばかりの都市は他国より独裁者を迎えて良く統治されており、騒動は少なかった。独裁者に反対する極めて少数の人は誰も知らぬ内に殺され、都市の郊外にある共同墓地に放り込まれるのだという。


「その都市では共同墓地に来る人は、犠牲者を放り投げに来るのが目的で、安息を願いに来るわけではありません。だから、私としては安全に食事にありつけたというわけです」

「この都市はなんと言う名?」

「英雄都市、エローエと人間たちは呼んでいます。余りに辺境の寒村に住んでいた私たちは、この都市こそが勇者黒髪に率いられモストリアを攻めた国だとは全く知りませんでした」

「その後、あなたは河向こうの王国へ行っている。なぜ、グロッソ洞窟へは行かなかったのですか」

「ゴールドラッシュが起きている事を、知らなかったから、食えないだろうと思ったからですよ」

「怪物世界でグロッソ洞窟の事を知らないなんて、あり得るのかしら」


 付け加えて、一つの場所に長くいると良くない結果が待っているかもしれない、と考えたという旅の怪物は、都市エローエの隣国として高名な王国へ向かった。王国は争いで乱れ、敵対する派閥が殺しあっていた。しかもそれは父と娘の争いだと言う。


「争いが続いていたため、食事には事欠きませんでした。ですが、あまりの不道徳さに身震いがしたものです。寒村とはいえ、私たちの故郷では一族の結束は固く、このような事は起こり得なかったですから」

「ここには書いていないけど、知っていますか。その戦いは最終的に、我らが陛下の力添えで父王が勝利したと言う事を」

「存じておりますとも。しかし、王国は消え失せたのだから、勝利者はあなたの他はおりますまい」

「ともかく。それで、混乱が嫌になって、帆船都市へ?」

「はい、豊かな交易で生きる海が見たかったのです。しかし、そこでは驚くべきものを見ました」


 現在、魔王が戦っている帆船都市の記述に、魔少女は注目する。記載によると、帆船都市の人間達は、元々海の神を崇めていたが、ある時現れたタコの怪物が都市を襲った海賊を撃退した事で、この怪物を神と崇めるようになった。タコもまんざらではなく、その敬意を受ける覚悟をしたのだ、と。


「タコの怪物は実力者だという事ですから、陛下もいくらかは苦戦するはず。しかし勝敗よりもなによりも、人間と怪物が手を取り合ったという事実を、陛下がどのように認識されるかが重要ではないでしょうか」

「それは?」

「帆船都市はある意味で勇者黒髪の理想が意図せず体現された集団です。偶然がそれを形作ったとはいえ、他の地域でそれが起こらないとは限らないでしょう。人間が怪物に、あるいは怪物が人間に手を差し伸べるということもある。そうすれば領域リザーディアの優勢にも水が差されるという事にも為り得る」


 その言葉が発せられるや、魔少女は旅の怪物の目をじっと見据えて曰く、


「あなたの意見は一見公平さを備えているように聞こえるけど、実際の現実を捉えていないわ。人間と怪物は相いれないことの方が圧倒的に多いからこそ、今日の日があるのでは?どちらかが、あるいは共に手を差し伸べあう関係など、夢物語でしかない」


 視線を外し、再び書物へ目をやった。


「貴重な意見であることは認めるわ」


 その後、著者は危険な陸路を避け、海路で帝国領へ進んだ。しかし、この地も行き交う者共にとって危険である事には間違いがなかった。四分五裂の苦しみにあえぐ帝国の民にとっての話題は、勇者黒髪その人である。すなわち、その行動が正義に適ったものであるか否か。しかし、大勢を占めていたのは、勇者黒髪の行動がどうであれ、帝国にとって有害であった、という結論だ。ここには、最前線の王国のみが前魔王の勢力の餌食になっていれば、他の国は無事でいられるというエゴイズムが隠れている、と旅の怪物は記す。


「この山を越えた先の帝国はかつて強国だった頃もあるのでしょう。が国威が振るわなくなり、敗北の日々が続くと負け癖が付いて、浅ましくなっていく、際限なく。そんな彼らが主張する正義になんの価値もないでしょうが、それでも行く先々の町や村で、勇者は憎まれていましたよ。私の考えでは、この人々は間違っています。帝国領に難民と化した怪物を嗾けたのは今の魔王陛下であり、勇者黒髪はそれを収拾した人物です。彼らはなぜか、当時のトカゲ軍人閣下を憎まず、黒髪を憎んだ。他国でとはいえ、黒髪が勇者としての政治的権能を備えていたからだと、私は考えます。つまり全責任を押し付けたわけですね。この罪は、彼ら自身が難民になってグロッソ洞窟で死に絶えるという運命の罰によって贖われた。運命とはかくあるべしという見本のようです」

「それがこの帝国に対するあなたの意見というわけね。それではこの国は、まるで黒髪を語るための舞台装置でしかないわね」

「舞台装置!まさに、その通りです。私は勇者黒髪を見たことはありませんが、そんな印象を受けましたよ。この人物には華があった。怪物世界の名優たちをどれほど足していっても、黒髪の華には達しない」


 さすがに魔少女も聞き捨てならず、視線が鋭くなる。


「聞き捨てならないわね」


 だが、旅の怪物は恐縮せずに続ける。


「だってそうでしょう。黒髪は革命をやってのけた。魔王陛下は恐れながら、勇者に比べれば幾分かも保守的だ。世界を更新しようとしただけの陛下と、全く新しい世界を造り出そうとした勇者、華の勝負では見えておりまする」

「あなたは現実を重要視しないのね。怪物たちが住みやすい世界を維持する事を。秩序と破壊の均衡をとる事を。そしてそれが如何に労あって益ないものかも」

「はい。私はそのような常識的リアリズムを越えた、その先の世界を目指した勇者黒髪を評価します。この旅行記の主題も実はそこにあるのです。私は陛下を批判してはおりません。しかし、勇者黒髪ほどは評価しておりません」

「黒髪はもうこの世の人ではないわ」

「ですが、遺志を継ぐ者たちがモストリアにおります」

「なるほど、それを記しているのがこの先の記述ね」


 ノッてきた魔少女は挑みかかるように書物に向かっていく。野蛮な人間たち、すなわち蛮族が支配する平原は、勇者率いる人怪混合部隊の活躍で、それなりに平和になっていたから、旅の怪物の行程は無事に進む。直に、交易都市が眼前に入ってくる。と繁栄が入り混じった勇者の遠征軍の残滓たるこの都市は、もはや中継点としての機能しか備わっていない。


「蛮族たちは我ら怪物は下より、文明下にある人間たちよりも格下の存在、取るに足りませんから飛ばしました。古くから都市に住む人々は勇者を悪魔と呼び、新たに住み着いた旧エローエ市民たちは勇者を評価したままです。さらに進み、最前線の国へ行くと、この国の民は全員が勇者を支持しています。無論、彼の事業が、人々の生活をモストリアの攻撃から救うことになったため当然の事。そしてついに、私は未来都市に入りました。その先で視たものは、幻滅でした」


 その都市は、旅の怪物が聞いた噂から夢見た姿とは異なっていたという。該当頁を、魔少女は熟読し始めた。場合によっては、最大の敵になるかもしれないモストリア勢について、知識と情報を得る機会であった。


「未来都市では、生物生来の違いが受け入れられていました。交易や農耕に精をだす人間、研究や怠惰に身をやつす怪物、その逆も含めありとあらゆる形態が許されていました。行政府に入ると、それらの出自は全く問われる事なく、勇者黒髪への忠誠心と彼の事業への理解によって、重用されたりされなかったり。確かに人間と怪物の共生、さらに進んで融合が為されていたと思いますが、果たしてそれが理想の世界なのか。私は違うと感じたのです。やは理想の世界を創るためには人間は排除されるべきなのだという考えを排除できませんでした。貪欲に労働する人間に比べて、怠惰な怪物は哀れなもの。いずれあの地も人間の土地になるでしょう。拒否し得ても否定できない勤勉さは、怠惰であっても安穏な日々を愛する怪物達を、いずれ、必ず駆逐します。永遠の平和、無限の今日は、黒髪であれ誰であれ、人間には実現不可能。それが判ってしまったのです」

「無限の今日?」

「発展と停滞と衰退が均衡した世界の事です。それこそが私の理想とするところ。そして、怪物たちが心の奥底で願望している世界だと、私は確信します」

「ちょっと待って。あなたは陛下よりも黒髪を評価する、と先ほど述べていた。しかし黒髪には理想の実現は不可能だと言う。訳が分からないわ。評価しないものを、理想とするの?」


 魔少女へ納得を与えたい旅の怪物は、かいつまんた説明を試みる。


「つまり、革命的すぎるためです。陛下にはきっと発展と停滞と衰退全ての要素があるでしょう。黒髪には衰退が無かった……」

「衰退が無い……それはあなたの不見識でしょう。黒髪は死んだのですから。彼らも衰退と無縁で無いことを、いずれ私たちが明らかにしましょう」

「貴女は彼らの理想をバラすつもりなのですか。子どもの夢を暴く行為は、下卑たる欲求に起因しているはず。はてさて、貴女の望みはどこにあるのやら」

「何を言うの」

「理想を追求する行為はそれだけで尊いのです。仮にあなた方が未来都市を粉砕したとしても、その種子を根絶することはできない。陛下かあなたが世を去った後も、きっとどこからともなく姿を現わすでしょう」


 しばし考え込む魔少女。


「あなたは我々にも理想を追求せよ、と言いたいのかしら」


 にっと笑った旅の怪物は曰く、


「その通りです。それでバランスが取れるはずです。それも勇者のそれではなく、万人が思い浮かべる魔王の理想を。無限の今日とは、昨日と変わらぬ日であり、今日と同じ明日のこと。怪物と人間の究極の違いはここにあります。人間はいずれ世界を破滅させるでしょうが、怪物は永遠に世界を保存し続けます。」


 ついに要領を得た魔少女。曰く、


「人間は発展し続け、怪物は停滞し続けるから……」

「それが世界の本質だと、私は思います。勤勉というのは、滅びに至る唯一の道です。」

「でも、勤勉な怪物もいますよ。私には一体、心当たりがある」

「その輩はもしかしたら、真の怪物ではないのかもしれませんね」


 この一言は、魔少女の心に強く印象付けられた。



 引き続き、書物を繰りながら、魔少女は考える。勇者黒髪の登場とともに混乱する世界、安定を保つ都市エローエ、混乱を極めた河向こうの王国、山を越えた先の帝国、招聘された変革に身を委ね続ける未来都市、それではグロッソ洞窟は?


「あなたの記述にはグロッソ洞窟に関わる箇所がないわ。勇者黒髪にせよ、陛下にせよ、洞窟から発掘される金による後ろ支えがあったからこそ、ここまで確実に事業を進めることができたはず。それに関するあなたの意見が聞きたいわ」


しばし黙考した旅の怪物はふと顔を上げて言った。


「無尽の金が続くなどということは、奇跡のようなものです。それをいつまでも当てにすることは誰にもできないでしょう。つまり未来を語る素材にはなりえません。それはただの経済活動……それ以上でもそれ以下でもない」


魔少女は嗤った。


「あなたが尊ぶのは世界を取り巻く実際の動きではなく、思想や理想だけなのね。もう結構です。情勢の話はここまでにしましょう。次は、あなたについて、教えてください」


旅の怪物はフードを外して表情を晒した。魔少女は驚いたが、それを表情に見せないようにして曰く、


「あなたは……人間ですね?」

「その通り、私は正真正銘の人間です。ですが、人間世界からは怪物と言われています」

「それは犯罪に起因するもの?」

「ある意味ではそうですが、根本的な点では異なり、生活習慣とするべきものです。つまり……」


旅の怪物は語り始めた。


「つまり、あなたが出身の寒村とは、人間が人間を襲って食う村だった、ということですか」

「左様、それが暴露され私たちは怪物と認定されて焼け出された、というわけです。体の種は人間ですが、怪物として認識され生きてきました。お判りでしょうか。人の世に、我々が生きていける社会はありません。黒髪の世界でもそれは難しく、陛下の世界ではなおさらでしょう。ではどうするか、身も心も怪物として定義し直して、生存を認めてくれる側で生きる、ということです。私はそれを、陛下の側に見出しました。なにより、陛下の部下たちは人間を喰らうこともおありでしょうから」


 これは一種の少数民族問題だ、と考えた魔少女は浮かびつく限りの厄介さを振り払うように言った。


「人であることを止めて怪物として生きるのであれば、あなたたちの生存を陛下は許すでしょう」


 旅の怪物は喜んで曰く、


「ありがとうございます。私たちのような者たちは、人間世界のあちこちに散らばっています。物事を調べたり伝えたり、きっと、陛下のお役に立つはずです。無論、あなたのお役にも。ぜひ期待してください。私たちは同族を喰うため、人間からも、またきっと怪物からも毛嫌いされるでしょうから、私たちを保護してくれる対象を、全力で応援いたします」



「実際、陛下があのような存在をお許しになるだろうか」


 旅の怪物が去った後、ぼんやりそんな事を考えていた魔少女は、事と次第では自分が破滅するかもしれない道具を手にした事実の実感を捉えられないでいた。鬼の怪物から玉ねぎの怪物まで、多種多様な怪物世界であれば、同族食いは必ずしも問題にはならない。だが、種があまりに明白な人間であれば……侮蔑や粛清を受けやすい存在なのだろう。


「アンタッチャブルに触れる事で領域リザーディアが混乱するようであれば、いつでも全てを処断する心構えは持っておかねば」


 もう一つ、旅の怪物が指摘した、勤勉なる怪物の輩は真の怪物ではないという言葉を反芻していた。彼女の頭に浮かんだのは、リモスその輩。金を生み出すその神秘性、考えてみればいくらでも疑問は湧いてくるのだから。

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