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第81話 盤石にも死角あり

 人間世界は、武断的な怪物世界に比べ、幾らかは文治社交的な世界であるという一面をもつ。このために、単純な武力だけでは征服に失敗することもあるのだが、この度河向こうの王国が消え去ったことでその影響下にあった一つの都市が立ち上がった。大きな市場である旧王都との海の輸出入を担ってきた帆船都市が、自分たちの都市の領域は魔王の影響下には無い、と宣言したのである。


「我らは海に生きるその道の達人共である。陸の上の怪物が何を主張しようとも、関わりがないことだ。アルディラ王国が無くなったのであれば、我々は独自の路線を進むまでだ。故に、穏健都市と称する魔都から回覧されてきたこの書類は、焼却する」


 一連の公的手続きを「火の一撃」と称したこの宣言は人間怪物問わず格好の評判になった。そして、怪物を憎む人々を力づけたが、現実を慎重に見ている人々は心配になった。


「帆船都市が滅ぼされでもしたら、他の大陸へ逃げる航路が消滅してしまうぞ」

「なんとかやめさせろ、そんなに強い都市ではないだろ、あそこ」

「しからば無茶を控えるよう、忠告の使者を送ろう」


 人間達の秘密の会合でそう発言したのは、都市エローエの統領東洋人の手のものである。だが、帆船都市は反発をやめない。


「我々には神がついている。例え魔王に攻められても負けるものか!」


 この発言が、魔王に火をつけた。


「神とな?笑わせてくれますな、陛下」


 魔少女の王国平定作戦によってしばらくグロッソ洞窟ので骨休めしていた彼は、モグラの間者からこの報告を聞くと、


「よいよい、良い度胸だ、だからその都市を屈服させてみせようじゃないかね。今回はチョロいだろうから、ラは呼ばずに幹部級は我輩だけで行ってくることにしよう」


 四頭立ての馬車に大量の金を積ませてグロッソ洞窟を出発した魔王は、道中人怪問わず、戦役への参加には金をもって酬いる旨、あちこちで宣伝させた。グロッソ洞窟を出発し、穏健都市の手前で海岸方面の街道を進む。魔王の通行に、行き交う怪物達は敬礼し、人間達はみな木陰に隠れ、それを恐ろしげに眺めた。そんな反応を見て魔王曰く、


「これは支配者の物見遊山というやつかな、どうも根っからの働き者である我輩の趣味ではないなあ」


 募兵の結果、それなりの実力、まあまあの数の怪物衆が集まったが、中に変り種が居た。彼は東洋人配下の傭兵で、魔王の前に進み出て曰く、


「陛下は斧使いを討ち、鎌使いを捕虜としている。その強さは証明されているから今回の騒動に私が参加する価値はないが、それでも活躍貢献が成ればその報奨として、鎌使いの身柄を引き受けたい」


 興味深くその話を聞くと魔王は言った。


「またまた統領殿ご配下の戦士か。そなたらは自由でいいね。どの戦いに行くも行かぬも自由なようなのだから。統領殿はなんと?」

「私たちは傭兵ですから。誰にも止められないのが特徴です。例え統領殿の命令でも、金を頂かないことには動きません。そして、金を受け取るか否かは我らの判断次第というわけです」

「結構なことだ。では、そなたの得物を見せなさい」


 魔王がそう言うか言わないかの間に、その小柄な戦士は凄まじい速さで腕を振るって針を飛ばした、魔王へ向けて、殺すつもりで。魔王に侍る怪物達はみなこの無礼に驚いて声もでない、魔王はトカゲ特有の優れた動体視力で、サーベルの柄を動かして、動ずることなく針を弾いて防いだ。たちまち歓声が上がる。


「さすがは陛下。凄まじい動体視力」

「人間の技など、全く相手になりませんな」

「この無礼者め!陛下を暗殺するつもりか!」

「あいつ、魔王を暗殺しようとしたのか、すごいな」

「まだ俺たち人間世界に希望はあるかな」

「でも、あいつ追撃しないし、なんか話し始めているぜ」


 攻撃を防げたとはいえ、驚いた魔王は心中のドキドキを必死に隠しながら、小柄な戦士に言った。


「なるほど、針を飛ばして敵を倒す戦法か。なかなか珍しいな」


 小柄な針使いの戦士は悪びれずに曰く、


「無論、陛下を殺す気でしたとも。いかがですか。今回の帆船都市は小さな都市ですが、それだけに大軍を展開する余裕は少ない。だからこそ陛下だってその程度の規模の群れを率いているのでしょうから、私はきっと役に立ちますよ」

「よし、いいだろう。しっかりと働いてもらおう。それと、統領殿に宜しくな」


 説得力があり、かつ東洋人との関係を維持しておきたい魔王としては断る理由はなかった。針使いは魔王の馬車を曳く馬にひらりと乗ると、操縦を始めた。



 穏健都市と名を変えた王都から三日の距離である帆船都市は人口も五千にも満たない小さな都市だが、堀に海水をひいて、堅牢な防衛体制を魔王に見せつけて居た。魔王の群れを見た防衛兵達は絶叫する。


「我らには、神がついておられる!」

「あやつら一体全体何を言っているのか。気でも触れているのか」


 叫び声を聞いた魔王はうんざりした顔で並み居る怪物衆に攻撃を命じた。命知らずの怪物達が城門に殺到する。籠城戦であれば、まず魔王としては、相手の出方を観察するつもりでいたのだ。この強気、もしかしたら何か秘密兵器でもあるのかと。


 突然、城壁前の堀から巨大なタコの怪物が出現し、城門に至る狭い道を通過した怪物達を次々になぎ倒して行った。怪物達は驚愕して、誰もが命惜しさに本陣まで引き上げてきた。魔王は、ギャッ!と一喝し、敗走の足を止めさせた。が、敵に背を向けた事を叱る魔王ではない。


「者共見ていろ。ああいう手合いこそ、我輩が直接対峙するべきなのだ。なんといっても、我輩は魔王だからな。奴を打ち滅ぼしたのち、全軍突撃だぞ、忘れるな」


 針使いがそんな魔王に助言する。


「あれは前の魔王の時代にモストリアに出仕を願ったらしいタコの怪物かもしれません。そんな噂があります。それによると、モストリアは海から遠いから、という理由で出仕を断られ、怒って海に戻ったという話です」

「つまり、陸の上も歩けるタコなのか」

「モストリアに出仕を望むくらいであれば、それなりに強いはずですよ、それこそ陛下のように」


 こやつめ、我輩の経歴をよく知っている、と魔王は針使いを見てにやりと笑った。


「そなたも一緒に来い」


 城門前の回廊で対峙する二体の怪物。タコの怪物から口を開く。


「貴様はトカゲ軍人だな。魔王の都に出仕して許可されたという。そして今や魔王様を裏切り、その聖なる地位を簒奪するとはな」

「お前は事情を知らんからそんなことをいうのだ。前の魔王の宮廷での苦労といったらなかったぞ」


 その返事を聞かずして、タコは魔王に挑みかかっていった。八本の手を駆使した体術がタコの強みであった。魔王が得意とする接近戦に自分から入り込んで、サーベルの使用を封じて巧みな戦いを繰り広げた。


 その様子を見た帆船都市の城壁から、人間達の歓声が上がる。


「ダゴーネ万歳!ダゴーネ最強!我らが都市の守護神だ!」


 驚いた魔王曰く、


「なんと。この都市の住民どもが言う神とは、貴様のことかい。前の魔王の宮廷は我輩よりも人間達を排斥する辛辣残酷な方針をとっていたが、お前はその宮廷に思い入れがあるのだろう。だからこその就活だろうが。そんな貴様が人間の守護神を気取って、果たしてよいものかな」

「やかましい。認められざる輩の苦しみが簒奪者にわかってたまるか、死ね!」


 刹那、堀の海水に飛び込んだタコは、腹一杯飲みほした海水を空に向けて吹き飛ばした。墨が混じった海水の雨が周囲に撒き散らされると、空中だというのに、煙のように墨が舞い踊る。魔王の部隊の行動は著しく鈍いものとなった。


 魔王も全力で目を四方八方に回転させ、タコの動きを探る。すると、墨幕の中から、魔王への一撃が加えられた。凄まじい衝撃のため動きがとれなくなった魔王は、その場に膝をついた。


 大きな筋肉を駆使した強烈なラリアットの直撃を受け、城壁の側へ吹き飛ばされて、吐血をした魔王は、何が起こったのか、理解していた。


「針使いの奴め、我輩を襲ったな」


 最初の衝撃は、魔王の腰に打ち込まれた毒針によるものであった。だが、その針も、タコのラリアットのせいで、肉体深くまで埋まってしまった。体が動かない!


「こ、これは拙い。今回は誰も側近を連れてきていないのに。一体誰が我輩を敵の魔の手から救い出せようか……」


 墨幕の中でも相手を容易に探索できるタコはさらに襲いかかってくる。城壁を背にして、凄まじい連打を浴びせかけてくる。あまり知られていないがタコの吸盤には微弱な毒がある。針使いの毒に加えてタコの毒撃を浴び、魔王は全く動きがとれなくなってしまった。


「嗚呼、尻尾も動かないとは……」


 そこに、針使いが連打を浴び続ける魔王の傍に来た。


「これは陛下、危機的状態ですな。なに、もはや口を動かすことも出来ないと。なるほど。しかし陛下、私なら陛下の体内に打ち込まれた毒を解く針を打つことができます。そうすれば、陛下ならこのタコ相手に勝利を収めることは容易でしょう。条件は一つ、魔王の名誉に誓って、鎌使いの戦士を直ちに解放すること、これだけです。そして、この行動は私の独断ですから、都市エローエの統領殿への無用な恨みは抱かぬこと。いかがですかな」

「貴様、なんのようか。魔王の首をへし折るのはこの俺だよ。向こうへ行っていろ」


 怒れるタコに去れ、と言われた針使いはそのまま踵を返した。


「どうやら話しはここまでのようで。それではおさらば。まあ、グロッソ洞窟を検めれば、鎌使いは救出できるか……な」


 魔王は何とか姿勢を変え、反撃の体制をとる素振りを行うことができた。それを警戒したタコは、壁に叩きつける連打を止め、一度距離を取るためにラリアットで再び弾き飛ばした。


 魔王のチャンスはここにしかなかった。全精力を振り絞り体を反らせて針使いの上に落ちのしかかった。毒物で麻痺する体を反らせて、小柄な針使いの頭に頭突きをし、足を下半身で押さえつけた。そして声にならぬ声で叫ぶ一人と一体。が、魔王の声のがまだいくらか明瞭だった。曰く、


「天晴れな戦士だよ、お前は。しかし、一騎討ちに嘴を差し込むとは、万死に値する、死ね!」


 毒による反射反応を利用して、全力で体を反り上げる。急な踏みつけに全く身動きが取れない針使いは、口から泡を吹き始める。逃れようと必死にもがく。逃すまいと背を極限まで反らせる魔王。もはや命を懸けた我慢比べであった。


「死ね、死ぬのだ!」


 全身の骨が次々に折れていく針使いは、地獄の苦しみにのたうち回り、土くれを頬張りながら、背後へ闇雲に針を突き立てる。彼の獲物は何度も魔王の皮膚を突き破り、あたりに血をまき散らすが、臓腑まで突き破るには至らない。


 タコが向かってくる足音が大きくなると魔王は限界を超えて全力を振り絞り勝負を掛ける。針使いの骨が砕けていく音が、帆船都市の城壁にまで到達したという。もはや命の限界を突破した針使いは死の悲鳴をあげ、嘆願するように叫んだ。


「仲間の釈放を約束をすれば直ちに解毒針を打つ!」


 だが、魔王は言い返した。それも、敵ではなく並み居る怪物衆に聞こえるように。あらん限りの力を込め。


「魔王が強迫に屈してはならんのだ!絶対に!」


 その直ぐ後、長く甲高い悲鳴を上げながら、針使いは血の泡を吹いて絶命した。敵を押し殺した魔王は毒の影響もあって、完全に体力を失ってしまっていた。タコにとっては魔王を殺す絶好の好機であったが、運命が魔王に味方した。魔王配下の怪物たちが、眼前で繰り広げられた肉を切らせて骨を切る戦闘に魅了されて、タコが到着する以前に魔王の壁となって、立ちふさがったためである。また、タコの怪物は海水がなければ全力を発揮できない。海水を引いた堀から離れすぎるわけにはいかないのである。撤退をするしかなかった。


 しかし、帆船都市の人間たちは、彼らが神と崇めるタコの怪物の健闘に大興奮である。それに、


「止める者無しと思われた魔王の進撃も、直接の戦闘であれば打ち破れるかもしれない」

「そうとも、ダゴーネ様もそうだが、あの針を飛ばしていた人間、敵か味方判らぬが、魔王をかなり弱らせていた」

「総力戦の戦争では負けても、タイマン的暗殺なら、人類に希望はあるぞ!」


と、魔王の思わぬ死角が露呈された。すなわち、戦争でも戦闘でも強くても、暗殺を完全に防ぐことは魔王とて不可能という事実だ。この事は、人間たちの間に広く膾炙されていく。



 一時撤退後、針使いの死体から解毒の針を見つけ出して体に打ち込むや、ある程度行動の自由を取り戻した魔王であったが、短時間では癒し得ない大きなダメージを受けたのも事実。


「軍を引くわけにもいかぬし、致し方あるまい。モグラを呼べ」


 モグラの伝令は書類を受け取るとすぐさま出発していった。彼が向かった先は、帝国領の領域リザーディアで一つの任務を与えられていた異形の拠点だ。そこでは、魔王が戦場における自分の代理人として調整をさせている、とっておきの存在があった。


「初陣には早すぎるかもしれないが、我輩が動けぬ以上致し方ない。歩みを止めるわけにはいかないのだからな」


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