第8話 都市攻撃
志願してきた怪物衆から都市襲撃の為の突撃隊の編成が進む。志願した連中の内訳は、リモスに経済的扶助されている弱体な怪物たち、鉄人形の仲間、新参者が多くなったがこの機に一旗揚げようと目論むゴロツキ、そして旧トカゲ軍人配下で軍務についていた幾人かの怪物衆等。皆が皆、リモスの金と略奪による臨時収入、そして人間への復讐が目的だ。特に、トカゲ軍人配下兵らは、ボスの帰郷とともにインポスト氏の配下に入っていたが、先の迎撃で習い得た人間の武具を奪う事で、戦争によって儲ける事を覚えてもいた。よって、旨味を求めてその半数以上が突撃隊に参加した。
「あんたはこの顔ぶれについてどう思う?」
「正義感や大義だけでは食えない。怪物も人間も、溢れんばかりの欲望こそが原動力だと、ミーは確信しているよ。十分すぎるメンツだ」
司令官には、リモスの強い推挙で鉄人形を充てる。前の戦いでの実績が十分であったためか、この就任には皆が賛意を示したが、リモスの真意としては、鉄人形がリモスの依頼を比較的にしろ良く聞き入れてくれるため、戦場でも同様だろうと考えたことにある。また、リモスは戦向きの怪物では全くないが、彼自身の演説で怪物衆の士気が向上したこともあり、今回は彼も前線に同行せねばならない。
「僕が前線に出て、鉄人形が指揮官となる。それが幸か不幸かわからないが、彼は勇気もあるし最善の選択だと思う」
こうリモスは言ったが、後にこれが全くの検討違いであることが判明する。特に、リモス自身が司令官にならなかった事は、彼自身にとっては明らかに不幸な事であった。これはすなわち怪物衆は、先導者あるいは扇動者として演説をするリモスを認めつつも、ボスとしては認めていない、という事でもあったのだから。しかも、リモスは自身が司令を務め得るとも思っていないのだ。自分自身の可能性を見極めていた事もあるが、それは彼自身の可能性の芽を摘む行為であったとも言える。この種の実績を積み重ねる機会を持たないという事は、いつまでたっても責任を伴う経験と、周囲からの真の尊敬を得られないという事でもあるのだが、この弊害に、リモスが配慮することは無かったようだ。
なんにせよ、こうして八十体の怪物による突撃隊が編成されたが、怪物の種類も様々で統一された隊とはとても言えなかった。しかしそれに万全を期するというのでは、いつまでたっても編成は進まなかったであろう。拙速が良い事もある、とリモスの相談役となったとんがりは決断を促し続けた。
編成完了翌日、豪雨と稲光の夜になった。リモスとしては、もう少し準備に時間が欲しかったが、この荒天を最大の好機、好機中の好機と見た。彼は自身の所見を、この作戦の肝であるとんがりに尋ねる。この天候下での作業の可否を問うたのだ。すると、回答は可。それが得られるや、鉄人形へ直ちに出撃することを薦める。命じる事はできない。腕っぷしでも敵わないし、特に今回、地位が上なのは鉄人形なのだ。司令官は、この天気では体が錆びやすいからいやだ、と渋ったが、リモスは勝利の栄光を匂わせ、有利さを必死に説いて、司令官の懸念を無理やり封殺、突撃隊は洞窟を出陣した。
人間の都市、その名はエローエ。グロッソ洞窟に比べれば若い拠点であるのは間違いなく、この都市は比較的裕福な町でもある。都市周辺には農地が広がり、市内の身分差も比較的小さなものであった。交易もそれなりに行われている。怪物世界の辺境にあるということは、凶悪な怪物が少ないという事もあり、人間たちが住むにあたっては都合の良い地域であった。一方で、グロッソ洞窟のような怪物の拠点が近隣にあり、開拓に伴う人間の制覇は未だ途上の自治体であると言える。遠い山を越えた先の帝国や海や河を超えた先の王国とも政治的な関係は薄かった、というより重視されてはいなかった。
その実力が大都市というほどではないのは、先の戦いでの兵力が示している。しかし五百人の兵力は、それなりに立派な兵力だ。従来の怪物たちにとっても、人間に狩場や居住区を駆逐され、森林が開発され農地となり、その拡大が止められない以上、都市住民は侵略者であった。洞窟に住む怪物衆にとっては、敵の本拠地といったところだ。
リモス企画によるこの攻勢は、本地域において都市の優勢が確立されてからは初めてとなる、怪物衆の手によった攻撃となる。これまで経験がないのだから、人間たちは油断しきっていた。漆黒に染まる夜空に稲妻が飛び交う悪天候の中、怪物衆は一切の障害を受けずに農地を進んでいった。農地には風に吹かれ靡き狂う稲穂が姿を隠す役に立つ。畦道を集団で進みぬけると、都市城壁が見えてきた。城壁の高さは、魔女の情報によると、およそ五メートル、厚さ三メートルに及ぶ堅牢な防衛設備だ。こういった都市の防壁を破壊して突入する事は、怪物衆にだって難しいが、この難問をクリアするために、とんがりを連れてきているのだ。とんがりは都市攻略の要である。あえて、怪物衆は堀が設置されている城門を目指して回り込んだ。
日中は農作業をする人間であふれていても、夜は農地も含め、周辺の人間はみな、安全な市内にて眠るのだ。常であれば、城壁に歩哨が立っているはずであるが、苛烈な嵐により兵らは城内に引き上げていた。それが規則に外れているのかどうかまで、リモスには判らなかったが、狙い通りの展開ではある。城門に向かう以上、門越えが最初の目標になるが、リモスは堀を備え防御の堅い側を狙った。城門の鍵は、とんがりがその特殊技術で開けてくれる。かつてリモスを悩ませたその技術は、きっと人間たちの裏をかくにも役立つだろう。そして、防御能力が高い施設ともなれば、詰めている兵も少ないだろう、という狙いもあった。打ち合わせの時、とんがりは強調した。
「そもそも防衛に立つ兵は市民兵で、持ち回りの当番制だから、みんなやる気がない。日中の仕事で疲れた後、幾らかの給金はあるとはいえ、実質的なボランティア活動だから。天気が悪ければ、怪物は稲妻を恐れる、という人間の言い伝えに従って、ティータイムとなるだろうし、酒が入ることもある。これまでそれが咎められたことはないのさ」
果たしてその通りになった。嵐と夜陰に紛れつつ、歩哨の兵が雨の降りっぷりを見るために建物を出たり入ったり、やる気のない勤務をしている隙を狙い、とんがりは猿の怪物の背中にしがみついて城壁を越えて行った。猿は巧みに壁を登っていく。稲光がとんがりと猿を照らす。歩哨にバレないように、と願いながら、リモスや鉄人形たちは城門が開くのを堀の死角で待ち続けるのだ。そう、怪物たちは、戦闘能力はともかく体力や体の頑丈さは、人間たちより優れている事がほとんどであった。その為か、厳しい環境にあっても、彼らの士気は落ちなかった。
とんがり突入の十分後、城門の鍵は開けられ、扉はほんの僅か静かに開かれた。嵐は一層強くなる。荒天に支援され、八十体の怪物たちは人間たちに感づかれないよう、市内へ突入する事に成功した。
大嵐となり雨が吹き荒れ雷が鳴り響く中、防衛兵たちは誰もその異変に気が付かない。扉の動く音も、かき消されたようだった。この都市が、怪物の攻勢にも、人間たちの争いからも遠ざかって居た事が、油断の主因であろう。事前の段階でとんがり曰く、
「行政の中心である市庁舎と、都市で最高の地位にある議会議長の家を抑えれば、都市の首脳を制圧できる。都市の軍事力は市民兵だから、議長の命令が無ければ動く事はできない」
とのこと。
リモスはこれを信じ、突入後部隊を二つに分けた。市庁舎を占拠する旧トカゲ軍人下の兵主力の隊と、議会議長の身柄を抑える鉄人形率いる隊に。兵力分散の危険性もあったが、人間側は相変わらず襲撃に気が付いていない様子であったから、リモスは危険を冒す価値を認めたのだ。決断に際し、静かに気炎を上げたリモスの作戦に、鉄人形も従い部下に指示を出す。リモスと鉄人形は議長宅へ向かった。
議長の家と言っても官邸ではなく、警備が厳重になされているわけではなかった。それも、このような悪天候の中、警備は皆無と言って良かった。鉄人形が邸宅の扉を突破し侵入、しばらくの乱闘の後、猫のように捕らわれた中年の男が出てきた。彼は鉄拳に殴られてのびていたが、鉄人形の往復ビンタにより目を覚まし、自身が議長であることを認めた。怪物の中でも恐ろし気な顔をした輩を二体、この邸宅に残し、家族が余計な騒動を起こさぬように監視をさせると、目的を達成した隊は、既に占拠されているだろう市庁舎へ向かった。
市庁舎の占拠はなんと一戦も無く終わっていた。というのも、夜の守衛一体以外、誰もいなかったためである。残業していた人間もいなかった。捕らわれた守衛によると、天気が悪いと帰りに濡れたり風邪をひいたりしないよう、早く帰宅する事が奨励されている、とのことだった。
怪物衆はこの情報を正しいと判断し、早速市庁舎に兵の配置を進める。この石造りの建物、一階は議事堂で、二階より上の層がオフィス、屋上に掲揚柱と鐘がある。ほとんどの怪物らは議事堂に入り、人間に近い体格をした猿の怪物が守衛の服を奪って、屋上に潜んだ。ここまでやって、未だ人間が異変を知った様子はない。こうしてリモスらは建物に潜んだまま、翌朝を待った。
翌朝を待つ、という事はここまで突っ走ってきた精神の緊張状態が切れる、という事だ。この突撃隊の怪物たちは精鋭ではない。故に、朝を待つ間に色々と余計なことを考えるのだ。特に、司令官の地位にある鉄人形が、不安に陥り始めた。
「上手く行き過ぎているのではないか」
「もしバレれば、我々は包囲され、殺されるのを待つしかないのではないか」
「方位を突破したとして、確実な脱出路は無いのだぞ。どうするのか」
「こちらは八十体、人間は万近くは居るのではないか」
「いや、我一体なら突破できるが、足手まといがいなければ」
この科白は、突撃隊のメンバーらが話したものでなく、鉄人形一体で零した内容だ。この一事によって、彼は部下たちから大いに軽蔑される事になる。下手をすれば突撃隊の自然解体に繋がる恐れがあったが、リモスはこの不安、全てに反論し、安心させるよう努めた。
「これを目的にボクは荒天日を選んだのだから、心配は不要だよ」
「ここまでバレなかったのだから、もう大丈夫。人間たちの集会が開くまであと僅かだ」
「仮にバレたとして、議長を人質にすれば、簡単に脱出できる」
「万体はいくらなんでも無いでしょ。洞窟を攻めてきたのだって五百体だ」
「人質が居るのだから、突破は容易。何も心配はいらないのです」
この都市攻撃はリモスの全能力によって実現にこぎつけたものだからか、この時のリモスは神憑っていた。相手を貶める事無く堂々と反論し、周りの怪物へも諭すよう訥々と語りかけ、彼らの不安を一掃したのだ。本来であれば、最も司令官として相応しい行為であったから、リモスにも司令の才能はあったと言える。しかし、それでも不安を口にする鉄人形に対し、一つそれを証明するために、リモスは刃を手に、人質にしている議長の懐に入り込み、彼に議長席への移動と着席を命じた。集会開催を待つ覚悟を、リモス自身示したという訳だ。
こうして、土壇場にて人望を失った鉄人形は、以後指導力を完全に失い、自然とリモスが司令官の立場を得る事となった。このトラブルは、後々洞窟に害を為す事となる。
粘液体リモスは、都市エローエの人事制度を詳しく知っていたわけではなく、とんがりの言うがままに動いていた。人間の、しかも元捕虜の進言に従っていることが、鉄人形には不安だったのだが、土壇場でそれを口にしなかった鉄人形の人格は、それ程非難に値するものではないだろう。それを口にすれば、それこそ突撃隊は解体してしまう恐れもあった。それに、敵地にとどまり続ける不安は怪物でなくとも抱いて当然の感情であるのだ。ただ司令官の地位にある輩としては不適切だった。鉄人形は、将器ではリモスに大きく劣る、と彼自ら証明したようなものだが、鉄人形を司令官に推したのはリモスその人でもある。この時、自分は上手く利用されてしまっている、と鉄人形が思っても、それも無理からぬことでもあった。
「……」
鉄人形が沈黙する時間が増えていく。
だが、人間社会を憎悪するとんがりが、リモスに真実を語っていた事は幸いであった。人間であるとんがり自身この作戦に積極的に参加している事もあり、彼が裏切る可能性は低いと判断したリモスの判断は結果的には正しかった。そして、とんがりが都市の独裁権力を握るための熱意が本物でありそれを信じたことも。怪物のくせに、人を見る目もあったのだ。
リモスに指揮権が移ってから数時間後、吹き荒れていた嵐も去り、鳥の鳴き声と共に朝日が差し始める。その間、突撃隊は団結を維持する事に成功。都市の住民たちが動き始め、市庁舎にも、役人や事務員が出勤し始める。この時点でも、怪物が市内に侵入している事実は発覚しなかった。
市庁舎に出勤してきた役人たちは、突撃隊の手によって隠密裏に捕虜になっていく。警鐘役の守衛を捕虜にしたタイミングで、市庁舎屋上に控える猿の怪物は、緊急議会招集の旗を揚げ、鐘を鳴らす。この二つの標しにより、都市の議員たちは何をおいても議場に駆けつけねばならないのだ。
議事堂に現れはじめた議員たちは、議長席に座る議長を見、何事ならん、と挨拶をする。喫緊の議題が発生したのだ、と厳かに語る議長だが、胸元にはリモスが潜み刃を突き付けており、生きた心地はしなかっただろう。声も震えていた。招集に応えてやってきた議員の数が増え、開催の有効人数である半数の二十五名に達したところで、エローエ市議会開催が宣言された。
まず、発言を求めた議長は、都市の治安の危機を訴え、その危機を打開するために「統領」を任命する事を説いた。都市エローエにおける「統領」とは、司法権、立法権、行政権全ての決定権を持つ独裁者の事で、通常は戦争や防衛等臨時の時に任命される。この都市の歴史の中では、まだ「統領」任命の実績は無かった。
驚いた何人かの議員が立ち上がり、「統領」を任命する程のどのような危機が迫っているのか、の仔細説明を乞うたが、議長はそれには回答せず、機械的な演説を続ける。この議長は命惜しさに国を売ったのである。議員の出席者がさらに増えて行く中、ついにとんがりが議場の中心へ姿を現した。ここに至って、議長は都市の危機打開の必要のため、「統領」としてとんがりを指名する旨宣言し、議会として「議決」するよう求めた。
とんがりはごくつぶしのチンピラとしては名を知られていただけでなく、相変わらずの魔術師装いであったから、議会はシンと静まり返った。さらに言えば、彼は都市の居住許可を得ていたとはいえ、市民権も持たないため、有資格者では全くなかったから、議員たちはあきれて声も出なかったのである。一人の議員が立ち上がり、議長に悪い冗談は控えるよう発言した時、そのタイミングで物陰に隠れていた怪物衆が一斉に姿を現した。あっという間に参加していた全議員は包囲され、怪物たちは鉄人形製のハンドアックスを手に、今にも攻撃する体制を取った。
リモスは一言もしゃべらなかったし、それは鉄人形も同様である。この恐るべき無言の脅迫がしばらく続いた結果、全てを察した議員たちは、議長の提案であるとんがりを「統領」に任命する事を全会一致でスピード承認した。彼には市民権がある事を、事実を曲げて認めてまで。そしてその後、壇上にて姿勢を正したとんがりは施政方針演説をする。彼は根っからの悪党であり、このような時どのように振る舞えば良いか、承知していた。
「私が統領に指名されたからには、議員諸君の安全を必ず保障する事をここに誓う」
とんがりはそう短く告げると、出席者全員による拍手による祝福を求め、それは間違いなく為された。「統領とんがり」の誕生だ。後に、とんがりと対立する黒髪や戦士たちは、議員らのふがいなさに激怒するが、誰もが命が惜しかったのである。その為、独裁権力を目指したとんがりの作戦として施政方針演説は、命は奪わない、これだけで十分だった。
次いで、最初の議決事項として、都市防衛の兵を新たに即日雇い入れる事を、「統領」の権限ではなく「議会」の議決として薦めて、これを認めさせた。直ちに都市に住まうゴロツキどもが集められ、都市防衛兵として勤務に就いた。
当座の処置が終わったのを見届けたのち、リモスは議長を開放し、怪物たちは議事堂並びに各配置場所を離れ、都市からも離れた。怪物たちはみな、静かなる興奮の中にあり、当初目論んでいた殺戮や略奪は一切為されなかった。こうして都市エローエは、とんがり統領を首班とした体制「とんがり政権」へ移行する。リモス発案による都市エローエの政変は見事実現し、都市にとんがり政権がある以上、グロッソ洞窟の安全はほぼ確実に確保される事となった。
自ら立案したこの作戦が大成功に終わったことで、さすがのリモスも有頂天であった。だがそれは、これまでのような無から現れた輩の自由が利かなくなる一線を越えた事をも意味する。リモスの存在価値を認めてくれるのはグロッソ洞窟の金鉱だけでは無くなった、ということだ。それを理解することができるか否かで、リモスの運命は大きく変わることになる。
キャスト。
リモス:粘液体。都市攻撃の立案者。
とんがり:人間。開錠名人の魔術師。都市攻撃のアドバイザー。
鉄人形:都市攻撃の司令官。八十体の怪物を率いる。
インポスト氏:鬼。洞窟長。都市攻撃には不賛成。