第71話 残影の続き
リモス一行の未来都市出立とほぼ同じタイミングである。未来都市に数人の人間たちがやってきた。わざわざモストリア領域まで来て、小規模な取引しか行っていないため、都市の人間たちから疑惑の視線で見られ、行商人を装っている怪しげな連中がいる、という通報が行政府へあった。そして、行商とは別に本来の目的を持っている恐れあり、と判断されたのだ。
警戒すべきその目的とは、要人暗殺だ。そしてこれは的中していた。彼らの目的は、勇者黒髪の暗殺である。この時期、人間世界では限られた人々しか勇者黒髪の死を知らなかった。怪物の流出や帝国領の諸戦闘に関することで、怪物世界を擁護する動きを隠さなかった黒髪を敵対視している人々は相変わらず存在していたのである。
「黒髪が執政を行う行政府へ入り、そこで奴を討つ。だが、下調べはしておかねば」
この暗殺集団が収集した情報によると、現在モストリアは内乱中で黒髪とそれに敵対する怪物の間で騒乱が絶えない、ということだった。
「黒髪は戦場にも頻繁に出ている様子だ。戦場で討つ、というのはどうだろう」
「それは未来都市の軍隊に士官して機会を狙う、ということか。上手く行くかな」
「二手に分かれよう。戦場でその命を狙う側と、行政府で討つ側に」
彼らは未来都市における人間の居住区でしか、情報を収集しなかった。人間よりも圧倒的に数が多い怪物世界側に足を踏み入れていれば、すでに勇者黒髪が死んでいることは知り得たはずであったのに。怪物よりも人間の方にこそ、敵対世界と関わりを持とうとするものへの拒否感は強いのがこの時代だ。その一念に裏打ちされたこの暗殺集団のリーダー、庶王子は彼なりに必勝の準備を整えているつもりでいた。
庶王子とその仲間は、最初の黒髪暗殺に失敗したのち、父王が実権を取り戻した河向こうの王国に一度戻っていた。父と妹が争いあった末の内乱は、祖国を酷く傷つけていたが、逃げた妹に対する交渉材料として、自分が厚遇される可能性があることを、庶王子は予測していた。そして、実際にその通りとなった。彼は父王に王権などは求めない。曰く、
「人間世界に仇なす黒髪を討ち果たし、それを持って王国の名誉に据えましょう」
父王は実権を取り戻すために魔王の力を借りた。この事は極秘事項であったが、王自身いずれ魔王を駆逐しなければならない、とも考えていた。またそれを知れば、この正義感一本槍の庶出の子がどのような行動をとるか、不穏でもあった。だが、目の前のたくましく育った戦士は自分の息子なのだ、という思いも強かった。故に、
「あの黒髪ですら勇者の称号を我が物としたのだ。嫡流でないとはいえ、我が息子にも同様のことができるはず」
これは親バカの一つであろう。根拠が薄弱だからである。しかも、冷遇していた庶出の子へ今さらの振る舞い、心ある連中曰く、
「王子はバカにされ、コケにされている事に気がついているかな」
しかし、父王には成功への見通しもあったのだ。この王国には、どのような国にもあるような伝説が存在していた。曰く、王家伝来の伝説の武具をもってすれば、この世の邪悪を打ち破ることができるだろう、という言い伝えと、その武具一式だ。父王はこれを息子に授ける。そして曰く、
「黒髪を討ち果たした暁には、お前を太子に定めよう。そして、お前にとっては同腹の妹にも恩赦をだしてもよい」
人間世界に対する思い入れの外にも、妹思いでもあった庶王子は兄妹の苦境を払うために、黒髪打倒の勅命を父王から手にしたのである。内乱で紊れたとはいえ、一国の王のお墨付きともなると、効果も大きい。新しい仲間や頼もしい戦士を同行の列に加えて、障害なくモストリア領域に侵入を果たしたのである。しかし、彼らを支援する人々が多かったのは、そこまでであった。だれも、黒髪を討つために未来都市へ入る彼を、積極的に支援しようとは思わなかったのだ。
ここまでの報告を庶王子には残念ながら、妖精女は全て把握していた。彼女の手には、勇者黒髪が残した情報ネットワークがまだ生きていたためだ。そして曰く、勇者とは、
「そう、真の勇者とは、困難な事業へ人々を導く者にこそ与えられて相応しい称号。魔王の都への遠征をやってのけた黒髪にはその資格があったし、溢れ出た怪物を帰宅させた帝国領での戦いからも、彼はその資格を二度も得ていると言えるでしょう。」
そして執政室に女王を呼び、彼の兄が勇者黒髪を討つために入国したことを告げ、顔面蒼白になった哀れな妹へ、さらに告げる。
「この暗殺者が新たなる勇者になれるかどうかは、私を殺すことができるかどうかにかかっている」
同席していたヘルメット魔人は女王に強く同情している。妖精女へ視線を向けて、
「伝説の武具の切れ味を、とくと堪能してまいりましょう。そしてあの若者に伝えます。勇者黒髪は人間世界のために戦い、すでに殺されたのだと」
しかし妖精女は首を振って、
「この人物が黒髪の命を狙うのはこれが初めてではない。私たちの幕下に、テロリストは不要です。何を知らせずに解き放てば十分でしょう」
その間、女王をは一言も発することなく、沈痛な面持ちでいた。
すでに、暗殺者の仲間たちは未来都市の軍隊に入り込んでいたので、彼らを捕らえることが、宣戦布告の合図となる。帰国後、あっという間に都市の軍隊を掌握したヘルメット魔人は、自分の魔人仲間たちだけで、潜入した暗殺者の処理は十分、と考える。そしてその通りとなった。庶王子もそれを知る。
「潜入組からの定時連絡がない」
「これは悟られたな。どうしよう」
「それでいて我らが無事なのは、我々の存在までは知られていないか、知られていながら泳がされているか、だ」
しかし、河向こうの王国の伝説によって魔の地へ誘われた勇敢なる戦士たちは、引き返すことなど考えない。そのまま、満足な対策もないままに、行政府へ侵入したのである。正規のルートは閉ざされている。迷宮のような建物に幾重にも張り巡らされた罠を越え、犠牲を飲み、進んでいくしかない。
妖精女は暗殺者たちの処理をヘルメット魔人に一任する。彼は直属の部下たちに曰く
「庶王子に対して、お前たちが手を汚す必要はないぞ。俺がいる場所まで誘導しろ」
配下の戦士たちは、奴隷戦士時代の仲間だ。彼らは戦闘能力に秀でているヘルメット魔人の命令を、キッチリこなすことが出来た。
一人きり、ヘルメット魔人がいる部屋に誘導された庶王子は敵を認めるや、伝説の武具を振るって戦う。応戦しながらヘルメット魔人は言い放つ。
「これは貴種の闘い方だ。なのに暗殺などという一番不似合いな生き方を選ぶとは、哀れだな」
「暗殺ではない。退治だ」
「宣戦布告もない、建物に侵入して戦いを強いる。どう見ても暗殺だろうが」
彼我の実力差以上に、この言葉が庶王子の精神に直撃した。大きく揺らいだ心を何とか平衡させ、攻撃に向かおうとしたその時、庶王子の額に何処からか放たれた矢が鋭く突き刺さった。それを見て、ヘルメット魔人も、驚いて動きを止める。
余りの事、額に目を寄せた庶王子は矢を引き抜こうと掴むがどうにもならず、痙攣をしながらそのまま地に伏して倒れた。ヘルメット魔人が振り向いた先には、女王をが弩を手に、立ち尽くしていた。彼女はヘルメット魔人に視線を合わせることなく、呟いた。
「兄は苦しんでいたのです。王国ではずっと幸せとは言えなかった私のために。実力確かな勇者黒髪と庶出の王子でしかない兄との間が上手くいかなかったことが、悔やまれてなりません」
この悲劇の結果、妖精女は河向こうの王国に伝わる伝説の武具を回収した。それは彼女が真に亡き勇者黒髪になりかわり、その志を継ごうとするならば、人間世界へ大義を訴えるためにも有効になると予想されるものであった。




