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第67話 河向こうの王国

 河向こうの王国が新女王の手腕によって再建されつつあった頃。王都近くの森林に、怪物たちが集結し始めていた。彼ら怪物たちが耳にした噂によると、新たなる魔王が人間の王国を攻撃しようとしているのだという。


 この地方の怪物たちは、勇者への道を邁進していた頃の黒髪によって徹底的に打破されて以来、王国の領域の周縁部に隠れ住んでいた。それが怪物の通過や流入、王国の内乱によって風向きが変わりつつあることを理解していた折の噂だ。肩身の狭い生活が続く彼らも、その噂に乗ってみる気になったのだ。集結地では、杖を振りかざして新たなる魔王の到来を宣告する異形の怪物が、用意された食料を背景に熱弁をふるっていた。


「待望の時が来たぞ!追い詰められた怪物諸君、合図があり次第、アルディラ王国の城壁を攻める!食料や褒美の金はいくらでもある!新しい魔王の治世で楽をしたければ、とにかく名前を売ることだ!」


 異形の怪物は大向こうに語り説諭するのが性に合っている。トカゲ軍人招聘前から、洞窟内で辻説法を所構わず行い顰蹙を買っていたのだ。その才能が、トップダウンの上司を持つ事で鮮やかに開花している。異形は、トカゲ軍人の命令下、幸福であった。帯びた情熱が加熱を続け、聴衆は増え続ける。


 怪物たちの集結は人間にとっておどろおどろしい雰囲気を放つもので、王都の人々も城壁外の異変に気が付いていた。城壁内の人間たちが気を取られているその隙に、森林から離れた場所から、モグラの怪物が王都への穴を掘り進めていた。すでに地下に住まう同胞の怪物たちを指揮する立場と力を備え始めていたモグラは、約束通りの期日に仕事を終えていた。トカゲ軍人、魔少女、リモス、用心棒のがいこつ他十数体が穴から都へ侵入を果たしていた。


「報告通りの仕事、実に優秀だ」


 トカゲ軍人は率直な感想を簡潔に述べたに過ぎないが、それでもモグラは感激してその言葉を受け止めていた。彼ら辺境の怪物たちは、実力者からその功績を褒められ愛でられる事などほとんどない一生を送るのが常であったのだ。侠気溢れる怪物であったトカゲ軍人指揮下の怪物たちは、事の大小はあっても、概ねその指導力を認め、敬愛していた。ただ一体、リモスを除いて。



 その頃、都市エローエの前で、アリの怪物の群れが大移動を起こしていた。魔少女の計らいで、彼らが大好きな甘味を、都市城壁の南側を横断する形でばら撒いた事による。こちらの計略を実施したのは、自身も甘い物が大好きな猫の怪物である。通常のアリよりもだいぶ大きな体である程度で、さして恐ろしい怪物ではないが、大群となると、おぞましさが増す。都市エローエでも、城壁外に気をとられる事態となる。


 同時に、くちびるお化けの先導と扇動により、わずかに生き残った難民たちが、洞窟と都市の間に集まり始め、集落を作り始めていた。洞窟のカジノの借財で体を抑えられた人間の背後で、くちびるが演説をする手法が用いられる。小さな川沿いに、あばら家のような集落がポツポツと現れ始めた。


 こうして前後の異常に、東洋人は迅速な行動を封じられトカゲ軍人の背後を衝くどころではない。


 東洋人はこの異常がトカゲ軍人の仕業であることを感づいていた。確証もないから微妙に盟約違反だ、と非難することもできないが、この状況を活用する方向で考えを切り替える。都市エローエの脅威が増せば、市民たちは自分を頼りにせざるを得ないのだから。


 それでも東洋人はすでに河向こうの王国に、配下の隊長を送り込んでいた。目的は情報収集のため、トカゲ軍人の意図を少しでも多く手にするためである。



「都市エローエには動く気配無し」


 猫の怪物からモグラ配下のモグラの怪物へ伝えられ、リレー形式のやりとりによって、半日足らずで異形の怪物の下へ情報が伝達された。異形お得意の演説の甲斐もあって、士気も向上している。


「怪物諸君!仔細は明かせないが、新魔王として名乗りを上げたトカゲの閣下はすでに人間たちへ断固たる手を取っている。それも御自らの手で!我らの攻撃と同時にそれが為されるのだ……だから進め、人間の国へ!新たなる魔王の誕生を、あの城壁の向こう側で大いに祝福しようではないか!」


 攻勢が始まる。激しく城門を攻める怪物に、押し返す防衛側。怪物たちは強力な膂力で城壁を登るが、タイミングを合わせて攻撃し墜落させようとする。人間側の防衛指揮をとるのは勇者黒髪の右腕として自他共に認められていたヘルメット魔人、断固とした物言いと的確な勘の良さで、高い指揮能力を発揮し、城壁を登りきった怪物たちを尽く下へ突き落とした。しかし戦場を何度確認しても、


「勇者を殺したトカゲがいない」


と、攻撃そのものが陽動である可能性を察知し、都市エローエでの事実からも、内部からの敵本体の侵入を危惧して、城内の探索を行わせる。その予感は当たっていたが、すでにトカゲ軍人一行は侵入を果たし、身を隠しながら目標へ向けて前進を続けていた。トカゲ軍人は相変わらず少数による潜行を選んでいる。


「城壁城門以外には目もくれないなんて、こいつはウソに決まってるな。俺は急ぎ王宮へ戻る」


 敵の攻撃が手ぬるい事に、つまり司令たるトカゲの不在から要人暗殺の意図を感じたヘルメット魔人は、手勢を率いて急ぎ女王が待機している王宮へ戻る。トカゲ軍人一行とヘルメット魔人一行の女王の部屋への入室は、ほぼ同時であった。タッチの差で速かったヘルメット魔人は、部下たちに曰く、


「見ろ!俺の予想は当たった。こいつが敵の大将、討ち果たせばこの戦、我らの勝利だ!」


 女王の間にてトカゲ軍人とヘルメット魔人の激戦が始まった。


 剣と剣の戦いである。トカゲ軍人はいつもの銀刀を力強く素早く振り回す。ヘルメット魔人も、似たような武器を用いる。勇者黒髪に抜擢される前、魔王の都で戦士としてのキャリアを積んだヘルメット魔人は、これまで数多くの人間を葬ってきたトカゲ軍人の剣撃を防ぎつつ、積極的に反撃を行う。それはしばしば的確で、敵を圧倒した。


「なんと」


 怪物陣営はみな息を飲んだ。あのトカゲ軍人が苦戦しているのだ。魔少女もリモスも驚きを禁じ得ない。トカゲ軍人は常に戦場に立っている。故に、技量が衰えたということはない。ヘルメット魔人は、怪物相手に戦い慣れているのである。


「押し切れん」


 がいこつ兵を駆使する魔少女も雑兵を押さえるのに精一杯で加勢ができない。ここで魔少女の帽子の中にいたリモスはかつての都市攻勢の事を不意に思い出す。こう着状態を破るには積極性が不可欠だ、と。ぬるっと魔少女近辺から抜け出した彼は、そのまま見事に女王の懐へ入り込み、小さいが鋭い刃を突きつける。女王が小さな悲鳴を上げたことで、部屋にいる全員が事態を把握したが、それでもヘルメット魔人は動きを止めない。それどころかせせら笑って曰く、


「女王が死ねば俺の作戦も失敗。そして俺が敗れれば女王の命もない。どうせ死ぬかもしれないこの後に及んで、命は取引材料にはならんぞ。卑劣な怪物よ、じっといていろ。そこはさぞ暖かろうよ」


 相手の判断力に感心したトカゲ軍人は、攻撃をしながら、お得意かついつもの提案術を見せつける。敵へ厳かに語りかけるのだ。


「戦士よ、それは誤解というもの。そもそも我々には女王の命を奪うつもりはない。要求を伝える。新しい魔王である我輩に降伏すればよい。部下の命も保証しよう。どうかね、悪い話ではあるまい」


 ヘルメット魔人はそれを最後まで言わせず、一喝して相手を黙らせた。そして曰く、


「トカゲの怪物よ、お前は勇者黒髪の直接の仇である。だからそれだけはできない。俺の要求を伝えてやる。望みは貴様の首だ」


 だがトカゲ軍人はまだ諦めない。


「よく考えろ、いずれ城壁を越えて怪物がなだれ込めば、お前たちの死は避けられぬ。今のうちに妥協してはどうか」

「俺が実力を持ってお前を抑えていれば、城壁は絶対に大丈夫だろう。お前たち怪物は所詮寡兵だ。戦争と戦闘を間違えたようだな。新しい魔王だと?その様で?」


 侮蔑され頭に瞬間血が上った魔王、渾身の攻撃を繰り出す。しかしそれも防がれてしまう。


「なんという野郎だ。勇者黒髪よりよほどやりづらい」

「その勘違いを正してやるトカゲよ、お前は勇者黒髪を奇襲して襲ったにすぎない。実力で勝ち取ったものだと、ほんとうにおもっているのか。笑わせるんじゃないよ、あれはただの暗殺だ」


 相次ぐ反撃にたじろくトカゲ軍人、体力が切れて来るのもいつものことだが、防戦一方になるのは人間相手では初体験であった。口喧嘩でも分が悪い。トカゲ軍人、攻撃を防ぎながら一人考えにふける。


「こいつは強い。正攻法だがここまで鍛え上げているとは。城門を攻める異形は我輩なしで敵陣を突破できるだろうか。まず無理だろう。こいつは放置して、そちらへ向かうしかあるまい。女王の確保には失敗した、と認めるしかないな。忌々しいが、この戦士は手こずる、黒髪級だ。手を引かせる材料は粘液体だな。ナイスアクションだった。しかし、この国は内乱が治ったばかり。なにか手があるはずだ。人間どもの団結に打ち込む楔となるネタが。そうでなければ、我輩の的になることなどなかっただろうし」


 考えがまとまったトカゲ軍人は、一時退却を決意。魔少女の目を見るが、撤退そのものが初めてなので、彼女も上司の意図を理解することはできないようでいた。


「えい、やむを得んか」


 トカゲ軍人は刀を下げ、片手を広げてヘルメット魔人の前に突き出した。そして攻勢を鎮めながら、女王を返そう、と伝える。


 足の止まったヘルメット魔人を尻目に、女王へ近づき刃を突き立てたリモスをむんずと回収すると、そのまま一切振り向くことなく、女王の間を退出する。その後について、魔少女率いるがいこつ部隊が続く。トカゲ軍人はゆっくりと歩きながら段々と歩みを早め、最後には走り出した。そして後ろの魔少女を見て言った。


「ラよ、素晴らしい明暗が浮かんだぞ。急げ急げ、我輩に続け!」


 トカゲ軍人一行は王宮を出て、異形が攻める城壁とは反対側へ向かって行った。



 魔少女隊最後尾のがいこつが、ドアを閉めた時、リモスだけが女王の間に残っていた。自らの意思で。彼は、チェックメイトを為した自分の動きを一切評価することなくそれを台無しにしたトカゲ軍人に対して怒っていたのである。これはリモスの、トカゲ軍人に対してのボイコットであった。


 この光景を見て勝鬨をあげるヘルメット魔人たちに一応捕虜になるリモスが向かい合った。



 疾走するトカゲ軍人一行。リモスの不在に気が付かないまま、人気の消えた町を走り抜ける。戦争中、兵役に取られていない一家は扉を固く締めて暴力の嵐が過ぎ去るのを待っていた。また兵はほぼ全て、城壁の防備に入っているため、一行の行動を邪魔する何者もない。


 警備の少ない要塞を目指す。そこには、モグラの怪物が印として指した旗があった。洞窟を掘り終えたモグラの怪物に、トカゲ軍人は前王の所在地を突き止めるよう指示していた。単に占領後の時間の節約のためにそう依頼したのだが、この際、それが役にたった。


 わずかに配備されていた警備兵を殺さないよう蹴散らしながら前王が軟禁されている部屋に突入した。トカゲ軍人は恐怖に怯える老人の目を見て厳かに語りかけた。


「王よ、怪物の力を借りても復権したいか」


 しばらくの沈黙の後、目から怯えの色を消した前王は口を開く。


「無論だとも。したいとも。わしの人生は親から相続したこの王国が全て、敬意と生活を維持できる政治が全てなのだ。このような老後、死んだほうがマシである」

「王よ、それでは、我輩が力を貸そう。代償は、王の国政復帰後、怪物衆の王国領通過を一切妨害しないことだ。我輩は新しい魔王であり、目指す土地はモストリアなり」


 人間が敵方の怪物の言葉を信じるとは血迷ったとしか形容できないが、トカゲ軍人は前王を自由の身にした。そして権力と権威は王宮にある事を知らない王ではない。王が牢獄を出ると、女王の統治に反発していた人々が続々と集まってくる。この集団は王宮へ一直線に進む。だが、女王とヘルメット魔人は城壁側に移動しているという。そちらへ移動する。支持者はさらに増える。その理由は、前王は明らかに反怪物であったが、女王はそのあたりが勇者黒髪の影響もあって不明瞭であったためだ。そして今、怪物の群れが王都を脅かしているのだ。


 城壁を守る兵士の指揮に戻っていたヘルメット魔人に、それを鼓舞しに前線へ出てきた女王が見えてきた。王は娘の姿を見るや足を速め、近づいていく。そしてその支持者たちも。王以外はみな、刃物を手にしている。


「父の顔に泥を塗った親不孝者、さらには売国奴!黒髪とともに、この王国を怪物へ売り渡すつもりか!」


 聞き覚えのある声による告発に女王は振り返った。対面する父娘。「親不孝」と「売国奴」。この二つの言葉の影響は大きかった。防戦を担当する兵士たちは、自分たちは女王の不道徳のために、このような苦労をしょい込む羽目になったのか、と考え始めたからである。そして売国はともかく、親不孝はあまりにも自明であったからだ。


 兵士が怯んだのを見た父は、娘の逮捕を命じる。同時に、弾けるように飛び出したヘルメット魔人が王の捕縛に動き出す。


「怪物に屈した前王を逮捕せよ!」


 王も負けていない。


「怪物とその与党であった黒髪の仲間を捕縛せよ!」


 人間同士の激戦となった。その隙をついて、トカゲ軍人は、敢えて、城壁外から飛び出して女王を攻撃した。咄嗟にヘルメット魔人が身を挺して庇ったものの、ついに銀の刃が女王の体を切り裂いた。血に染まった女王が崩れ落ちるのをを見たトカゲ軍人は、城壁外の怪物に向かって大声をあげる。


「女王は倒れた!もはや我々の勝利だ!」


 大歓声の中、士気と勢いを増す怪物軍団に対し、防衛兵はわけのわからぬ内に起こった同士討ちにパニックに陥った。兵たちは命惜しさに持ち場を離れ、その間に城壁は破られた。戦いの終わりを悟ったヘルメット魔人は負傷した女王を担いで逃走を決意。この手練れの戦士と剣を交える体力の残っていなかったトカゲ軍人は追跡のそぶりだけ見せ、それを諦めたふうで王を振り返って曰く、


「この王国、約束通りそなたに返そう。それよりも、逃げた娘を追わなくてもよいのかね?」


 人間の目から見て、ぞっとするほど悪魔的であったトカゲ軍人の笑みに、王は自身が魔道へ踏み込んだ事を自覚し、強く戦慄した。娘への追跡命令などすっかり忘れてしまっていた。


 こうしてトカゲ軍人はまたも戦争に勝利した。グロッソ洞窟に続いての連勝だ。以後、彼は自身を「魔王」と称するようになる。以後、彼に言及する際も、「トカゲ軍人」ではなく、「魔王」とする。

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