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第65話 無血会談

 堂々と、全く物怖じする事無く、全くの非武装でグロッソ洞窟を訪問した東洋人の度胸に、並み居る怪物たちは先の戦いの恨みをよそに感心することしきりであった。


「都市の最高権力者だ、という触れ込みで来たらしいが本当かな。あの野郎、丸腰だぜ」

「髪の色というか皮膚の色というか。いや、瞳の色かな。この辺り出身の人間じゃないな」

「確かに、勇者黒髪と同じ髪の色だが、瞳の色が違うな。思えばあの勇者黒髪だって、洞窟に来たとき武装していた。あいつ、勇者よりも腕に自信があるのかな」


 実際のところどうであったか。仲間とともにとは言え、統領とんがり滅亡時に翼軍人を討ち取った腕前はなかなかのものであっただろう。しかし、東洋人は戦闘よりも集団戦の専門家である。戦闘面で勇者黒髪と比較すればその実力は劣っていたはずだが、戦争の専門化となると、洞察力や心理の面で、黒髪よりも長じていたかもしれない。


「さて、人間がこの洞窟に何の用だ」


 面会はリモスの家にて行われた。療養中の魔女を除いて、リモス、魔少女、異形のリモス一党がその様子を伺い、家の外からは数多くの怪物たちがその様子を見守っている。妖精女妹が、東洋人に茶を出す。


「本日、私は都市エロ―エの責任者としてここに来た。過日、洞窟と都市の秘密取引を取り仕切っていたデブの商人が都市における騒乱に巻き込まれて死んだ。私はその後任を務めるものだ。以後よろしく」


 トカゲ軍人、それを聞いて呆れた声で曰く、


「よろしくも何も、お前達人間が洞窟に攻め込んできたのではないか。あらゆる同盟は無効だ。そうだろうが。そのつもりであったのではないか」

「通常であればいかにもその通り。しかし、無責任な戦いを招いた責任を取って、前任者は死んだのだ。禊は済んでいる、と思わないか」


 トカゲ軍人は、東洋人の瞳を真っ直ぐに覗き込む。凝視されながらも、東洋人は大胆な発言を続ける。


「それに、私は、お前たち怪物の群れが難民の群れに復讐を遂げる行いを妨害しなかった。それで手打ちとしたい。戦いが続けばお互いが損ではないだろうか」

「それはどうかな、人間などどれだけ来ても我々の敵ではない」

「そうとは思えない。先の戦いで最初は人間が優勢だった。怪物側が勢いを取り戻したのは、後半に強力な怪物が帰ってきたためだと聞いている。その強い怪物が永遠に洞窟の番をしていると言うのなら話は別だがね」


 今度は、東洋人の側から、その怪物とはすなわちお前だろう、という瞳をトカゲ軍人の目に流し込んだ。


「それに先の戦いでは難民がお前たちの相手だった事を思い出せ。彼らは戦いの技術も未熟な烏合の衆だ。対してこの私は戦いが専門の男たちを率いる立場にある」

「そう言えば、斧を振るう戦士が先の戦いに参加していたな。あれはお前の代理人か?」

「いいや、彼は自分の意志で戦いに参加した者だ。彼は残念にも戦場に倒れてしまったが、お前たちもその斧使いにはさぞ苦労しただろう。あれ位の戦士たちが、私の配下にはひしめいている。トカゲの怪物がどれほど強かろうが、いくらでも作戦を立てられると言うものだ。しかし、しかしだ」


 茶をすすり一息ついた東洋人。部屋の端に控える妖精女妹を向いて美しく会釈をすると、再び目の前の厄介に向き直って曰く、


「私は洞窟と争おうとは考えていない。争う理由がないからだ。ゆえに勇者黒髪と洞窟が結んだ同盟を再確認して更新したい。無益な戦いを避けることができると言うのなら、お前たちにとってもきっと利益があるはずだ」


 トカゲ軍人せせら笑い、


「人間と結んで利益だって?我輩の常識にはそぐわない」


 ここで冷静さを崩さない、崩れない東洋人の姿勢を乱そうと策す。


「知っているかね、我輩が単騎でどれだけの数の人間を屠る事ができるか。都市に戻りて生き残りの者どもに尋ねてみるがいい。そんな奴がいればだがな。それだけの武力があれば、もうそれだけで争う理由になるだろう。一方的に相手を殺戮するのは心地よいものだ」


 だが、東洋人は取り合わず、話を進める。


「先の戦いで、トカゲの怪物は、すなわちお前は魔王名乗っていると何人かから聞いた。恐るべき実力は確かにその役職に見合っているのだろう。しかしながら、モストリアにも魔王がいる。おかしなことだ。怪物たちの長が並び立っているのだから。となると唯一の長をめぐって、戦いが起こるのは必定である。それであれば人間との争いは避けられる限り避けたいと思うものであるはずだ。違うかね?」


 この図星を突いた指摘には少々驚いたトカゲ軍人曰く、


「我輩が魔王の地位を望んでいると?」

「この辺は世界の辺境だ。ここで覇を唱えることに意味があるとは思えない」

「それは貴様も同じではないか。この辺境ではロクな王にはなれないぞ」

「私の望むところは都市の独裁者であること。そしてそれを維持することだ。王様になることでは無い。さらに言えば魔王の登場を妨げることでも無い。つまり、私は勇者ではないし、勇者になろうとも思わない」


 非勇者宣言に、話を盗み聞きしている怪物たちもざわつく。


「ゆえに私が支配している間であれば、都市と洞窟は同盟を結べるはずだ。その内容は金銀の提供、食料購入の許可、相互不可侵だ。それ以上でもなければそれ以下でもない」

「高が知れているな」


 吐き捨てるように言い放ったトカゲ軍人に、東洋人は明快に答える。


「その通りさ、既存の書類の名義がただ変わるだけだ。しかし互いに背後を気にしなくてよい、ということは無上の価値を生む土台であると思わないか」


 その後、しばしの無言が続き、沈黙に飽きたのか、トカゲ軍人が口を開く。


「お前は一つ勘違いをしているかもな。我輩が魔王を名乗るのは、強さにあるだけではない。あの勇者黒髪を討った張本人だからその資格があるのだ。そしてモストリアを勇者黒髪の一党が支配している以上、魔王は我輩だけである」


 この発言には、東洋人も驚いた。勇者黒髪が討ち死にしたと、怪物世界では広く伝えられていたが、人間世界へこの情報がもたらされたのは、これが初であった。


「大方、暗殺したのだろう。奇襲をもって」


 これにはトカゲ軍人目を怒らせて憤る。


「馬鹿な。堂々たる対決によってだ」

「対決せざるを得ない状況に追い込んだのであろう。であれば暗殺と変わりない」

「貴様、殺されたいのか」


 怪物の危険な怒気に包まれたトカゲ軍人だが、構わず続ける東洋人。


「勇者を殺すだけでは魔王ではあるまい。人間社会に対して果敢に戦いを挑んで怪物たちの利益を擁護しその存在を庇護してこその実体のある地位であるはずだ。いずれにせよ新しい魔王は、実績を求めて人間世界と戦をしないわけにはいかないのだ」

「それが貴様の予言か。それならば、手始めにお前がいる都市を攻めてくれよう」


 東洋人、笑みをこぼして曰く、


「どうかな。本心から言ってるとは思えない。辺境の街を攻め落として一体誰に功績を誇るのか」

「…」


 脅し文句がなかなか当たらないので、トカゲ軍人はこの男はボケてるのであろうか、と疑念を持つ。だが、東洋人はわざとそうしているはずなのだ。そしてまた、彼は話を継続する。


「私たちは新しい魔王の天下取りを妨害しない。新しい魔王も、都市エローエには手出しをしない。それで良いのではないかな。お前が世界を征服した後のことについては、またその時に打ち合わせればいいのだ」


 ここまでの会話で凡百の人間よりも信頼は置けそうだと、トカゲ軍人は東洋人を評価した。動揺も少なく、冷静さを維持したまま話の筋をずらさない点が気に入ったのだ。トカゲ軍人は妖精女妹に目をやった。彼女が東洋人の器に茶を注ぎさしはじめると、再び話を続ける。


「いいだろう。お前の提案を受けてやる。だが条件付でだ」

「まずは聞こう」

「我輩は勇者黒髪を殺した。だがその残党は生き残っているはずだ。そして我輩の命を狙うはずだ。復讐を目論むのは当然の事で非難するには当たらない。そこでお前に頼みたいのは、この連中の情報を手に入れたら、間違いなく我輩に伝える、ということだ。我輩は以後、魔王たらんとするものだ。魔王ともなれば、怪物世界全体に対して責任を負う身となる。くだらぬ暗殺騒動に煩わされてはいかんのだ。絶対にな」


 東洋人、気持ちよく肯いて曰く、


「承知した。その条件を私の名誉にかけて受け入れよう」



 話がまとまったのち、東洋人は部屋をぐるりと見渡した。部屋にはトカゲ軍人と妖精女妹のほかに、異形の怪物、粘液体そして少女がいた。東洋人は立ち上がり少女に声をかけた。


「君は?」


 不意に声をかけられた魔少女は、三角帽子を深くかぶりその視線から逃れた。魔少女が東洋人との接触を拒んでいる様子を見て、トカゲ軍人が間に入る。


「その魔女は、この洞窟屈指の作戦参謀である。私だけでなくその魔女が最初からこの洞窟に入れば、先の戦いは確実に我輩たちの勝利であった。お前達人間にとってはそれほど恐ろしい存在である。覚えておいて損はないぞ」


 だが東洋人は、トカゲ軍人のそんな言葉を上の空で聞き、少女の視線を探った。そして曰く、


「君がなぜこの洞窟に住んでいて、怪物たちの味方をしているのか、私にはその理由はわからない。あらがえない運命の流れについてもね。しかし生きている以上、前に進まねばならない。君の人生の幸運を願っているよ」


 東洋人は少女の片手を取り、彼女が半歩前に踏み出すようリードした。思わぬ誘導に相手の顔を見ざるを得なくなった魔少女の瞳は、東洋人の顔を間近で捉えた。その目に映った東洋人は、大変印象的であった。りりしく堂々としており、恐れを知らぬ端力を秘め、それでいて無謀とはほど遠く、狡知と信頼感に溢れていた。


 魔少女がまず帽子を深く被ったのは、自身の心から湧き上がってきたその感情の予感を、仲間たちの視線から隠しを押すためであったのに、皆が見ている間で東洋人はその心の動きを暴き出してしまった。同席していたリモスや異形はさっぱり気が付かなかったが、トカゲ軍人はそのやり取りを眺め、


「娘を持つとこんな気持ちになるのだろうか」


と遠い自身の感傷に思いを馳せた。後日、東洋人が名うてのプレイボーイであることが伝えられると、東洋人を屈服させて魔少女の婿にするのも悪くはないかもしれん、と妙な想像を働かせるのであった。

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