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第61話 果断なる攻勢

 リモスは早口でグロッソ洞窟が陥っている危機を捲くし立て、舌をかみかみヨダレが噴出するのも構わずに、早急な帰還をトカゲ軍人に求めた。


 魔少女と異形はそれよりなにより、金鉱の保護にしか興味が無かった籠りのリモスが洞窟の外に出てきている事に驚いていたが、話を受けたトカゲ軍人はどちらにも焦らなかった。リーダーの精神状態は伝わるもので、冷静さを保ったままパーティはグロッソ洞窟方面へ移動を再開。リモスから聞きだした情報の整理を始めた。敵の規模、侵攻の具合、攻撃が始まってからどれくらいの時間がたったのか、指揮官は誰か、防衛側はどのような状況で持ちこたえられそうか、などがそれで、リモスが一番聞いてもらいたかった脱出路に関しては、そこから洞窟に戻れないとわかると、トカゲ軍人はすっかり関心を無くしたようであった。だが魔少女と異形の怪物は、リモスの勇気を讃えてくれたので、とりあえずのところ、リモスの虚栄心はそれで満足に至った。


 同時期、グロッソ洞窟入口付近は、多くの人間達の宿営所と化していた。


「弱体な難民相手なら正面から突破するのもありだとは思うが……隠し通路はないものか」


とトカゲ軍人は同行していたモグラの怪物を問い詰めるように尋ねる。モグラばつが悪そうに曰く、


「実はあります。洞窟内に、モグラ専用の穴があちこちと。ですが、洞窟外からとなると第一区に通じるモグラ専用の穴に向けて新しく掘り進めねばなりません。それとて、トカゲの閣下が通れるほどの大きさではないのですが」

「我輩も通れるよう、急ぎで穴を掘れないのか」

「急ぎでやりましょう。今は仲間たちとは連絡が取れないが、作業している間に再会できるかもしれない。そうすれば作業効率も上がります」


 最速でも二日かかるというモグラに工事を急がたトカゲ軍人はグロッソ洞窟周囲を改めて調べ、敵の動向を予測し始めた。その間、魔少女は高揚冷めやらぬリモスと話し込む。


「洞窟の危機を打開するには、トカゲの閣下が対処するしかない。リモス、あなたは危機を逃れるために正しい事をしたと私は思う」

「ありがとう。でも悠長なことでいいのだろうか。急いで戻らないと、一人で敵の勢いを支えている婆さんがが持たないだろう。君がトカゲの閣下に急げと言うべきだ。彼は君の言葉なら容れる余地があるのだろうし」


 この言葉には洞窟の運営を担う地位にある魔少女への嫌味も若干入っていたが、魔少女は気に留めず首を振るのみ。


「トカゲの閣下は戦闘の巧者。だから、閣下が洞窟内部から奇襲をした方が良い、というのなら、きっとそうなのでしょう。それを信じて、地下通路が通るのを待ちましょう」

「魔女は仮とはいえ君の親みたいなものだと思っていたのに」

「怪物に親兄弟を殺された私にとって、洞窟の住民はみな敵よ。あなたも含めてね。でも、生きていくために復讐の心を飲み下したのよ。それに、私を育てたのは彼女だけじゃない。シッミアーノもあなたも今では仮の家族。もう家族を失いたくはないわね。その上での話だけれど、私には武力は無い。無論、あなたにも。それを洞窟内で唯一持つのがトカゲの閣下。でも利用するとかではなく、共に生きるために私は敬意と尊敬を持って閣下に接しているつもり。同じく無力の徒であるリモスよ、あなたはどうするつもりなの?」

「君には親が居たはず。僕には親は居なかった。観念的にではなく、現実として。だから、君が僕を家族としてくれることには敬いの念を持つけれど、その気持ちを理解する事はついにできないだろうな」

「そう、あなたには誰もいないのね。親の懐に抱かれた記憶も。それなのに、彼女を急ぎ助けるように仕向けるのはどういうこと?」


 その質問に、リモスはすぐに答えられなかったが、適当に言葉を放って曰く、


「腐れ縁、友情だよ」



 夜、偵察を終えたトカゲ軍人が戻ってくる。


「準備が整った。地下の通路は早くも開通した。だが、モグラは穴掘りの過労のため突入後の白兵戦には参加できない。我輩と、魔少女と、異形と、粘液体、この四体で突っ込むのだ。」


 パーティに緊張が走る。


「粘液体の情報だと、運が良ければ新道区で魔女率いるがいこつ部隊が踏ん張っているはずだ。我輩らは何よりも優先してその現場へ向かう。魔少女が到着すれば、がいこつ兵の統率を疲弊した魔女と交代できる。主たる理由はこれだな。防衛戦を立て直したら、異形はそこで人間の言葉で大声を張り上げろ。『背後に敵在り』と。戦に慣れていない難民たちはこれで混乱する筈だ。皆殺しになって居なければ、捕らわれの輩共がそれこそ背後にいるはずなのだからな」


 舌をしならせて金色の目玉をギョロギョロさせるトカゲ軍人は復讐を待ち望んでいるようでもあった。


「我輩らが反撃に出れば洞窟の怪物衆も力づいて人間どもに牙を剥くだろう。雑魚の追い落としは輩共に任せている間に、我輩は粘液体の言う腕の良い敵の戦士を殺す。旧ゴブリン軍人の館にいる敵首領を追い落とすのはその後で十分。粘液体は魔女を保護してすぐに介護せよ。生きていれば、の話だが、まだ踏ん張れているようであれば、魔女の救護を最優先にするように。その理由を話しておくと、洞窟にはまた人間どもの死体で溢れるだろう。ここは無駄なく、新しいがいこつ作業員を拵えておきたい。その為にも、あの老婆には生き残ってもらわねばな」


 リモスはおずおずと尋ねる。


「もしも、魔女が倒れている場合は?」


 トカゲ軍人は平然と言い放つ。


「その場合はラの後ろにでも隠れていれば良い。が、敵の攻勢が特段強まっていないから、まず間違いなく、洞窟側の前線はまだ生きているだろう」


 リモスは、付き合いの長いはずの自分が粘液体と個性を省略され、自分に比べれば新参者の魔少女が名を呼ばれている事に不満であった。が、このパーティ、だれもそのような心の機微は感じ取らない。闘いが近いのだから。



 作戦が始まった。人間達も怪物も、同様に夜には眠る。寄せ手は戦地にいるため交代での休憩を取る。洞窟側は眠らないがいこつ兵が人間が眠っても警備を続けるが、この時だけ魔女は一息つけるのであった。だが、油断して眠った隙に敵が攻め寄せると思うと、どうしても眠れない老嬢であったが。


 そんな夜、グロッソ洞窟の入口から離れた場所、モグラの怪物に掘らせた穴を通ってトカゲ軍人のパーティは進む。膠着しているのに戦勝ムードに浮かれていた難民軍は、油断もありこのような動きに気が付かなかった。トカゲ軍人たちは、モグラの怪物の言う通り、無事に第一区に出る事が出来た。そこは破壊しつくされたとはいえ、第一区の端、モグラの邸宅内である。人間の気配が無い事を確認して侵入後、内からその穴を塞ぐと、手首を回転させながらトカゲの閣下曰く、


「準備完了だ。進むぞ!」


 お馴染み銀のサーベルを振り回し、走りだした。当たるを幸い人間達を次々に切り倒していく。女子供も全く区別しない凄まじい構成であった。トカゲ軍人が切り開いた道を、魔少女と異形の怪物が懸命に走り進む。多少魔術の心得の有る異形が背後の安全を請け負った。リモスは防御力の低い魔少女の胸のあたりに入り、せめてと防刃の役目を担う。


 そうして第一区を越えると、質の良い武装をした兵が現れる。難民の群れの中でも武事の心得がある者たちだ。それすらもトカゲの怪物は凄まじい力で人間を吹き飛ばしていった。かつて六度目の侵攻で示した通りだ。トカゲのサーベルがその身に当たれば命は無かった。進むにつれて、破壊されたり魔女の統制から離れたりして稼働を止めたがいこつの残骸が現れる。魔少女は息を切らせ懸命に移動しながらも、これらがいこつ群の操作を試みる。トカゲを追わねばならない人間たちは、目前のより弱い敵に流れていく。恐るべしはトカゲの怪物、殺されるよりはマシで一見戦っている風は装えたからだろう。責任回避を好む人間の心理を突いた魔少女の策は、トカゲ軍人たちの進軍をより容易にしていく。


「それにしても、多くの人間どもが入り込んだものだ」


 サーベルに付いた血脂を拭いながら、人間の群れをねめつけてそううそぶくトカゲ軍人に、飛びかかっていける兵士は居ない。作戦の好調さに上機嫌なトカゲ軍人は、背後より魔少女らが追いついてくると一括して曰く、


「いくぞ、皆殺しだ!」


 数多くの新鮮な死体とともに、トカゲ軍人のパーティは第二区をも突破した。


 新道区に突入したトカゲ軍人、ここであえて大通路に入る。狭い通路を殺戮して回るより、広い通路を通る事で恐怖を伝染させようという作戦だ。また、司令部が置かれているゴブリン軍人の館の前はさぞ防衛力が高いだろうと判断し、そちらを後回しにしていた事情もあった。トカゲ軍人はまず弱い所を叩く、という場合によっては騎士道の見地から批判されるかもしれない事を平然とやってのけた。


 殺しまくって進軍してきたトカゲ軍人もさすがに息が切れてきたが、がいこつ戦士たちが人間の先鋒を防いでいる様子を見ると、さすがに顔が綻んだ。


「どうやら間に合ったな!今、我輩が道を開く!お前たちは魔女と持ち場を代われ!」


 トカゲ軍人渾身の大暴れによって吹き飛ばされた人間軍隊列の穴へ飛び込むように、魔少女、異形、リモスが味方の陣に入った。


「おかえり!良く帰ったね」


 魔少女の姿を認めた魔女は申し合わせていたかの如く、すぐに持ち場を交代する。がいこつ兵への統率力が回復すると、洞窟側の戦線が俄かに強固になる。そして、血路を切り拓いてきたトカゲ軍人ががいこつ兵を背後に立ちふさがり、休息と攻撃を交互に行える体制を得るに至って、形勢は逆転した。銀のサーベルを振うトカゲ軍人の攻撃の冴えは相変わらずである。攻撃が当たった人間は吹き飛ばされ、もう起き上がれないのだ。かつての六度目の侵攻戦に参加していた兵の生き残りは、トカゲ軍人の恐ろしげな姿を見るや恐怖で戦線を離れてしまう。


「あの、トカゲの化け物だ!現れたぞ!」


 前線で指揮を執っていた斧使いと二刀流も、恐怖によって引き起こされた前線の退潮を押し留める事ができない。これは好機だった。刹那、トカゲ軍人が二人の指揮官の頭上を飛び越えて敵隊列に割り込んだ。人間側は誰もこの恐るべき跳躍力に対抗できず、無造作に振り回されたサーベルによって次々に蹴散らされていく。さらに、どこからか声が響き渡る。


「背後に敵在り!」


 その声を聴いた人間たちは全員背後を振り向いた。軍律不在の部隊の欠点がここで露わになる。難民で構成される兵たちは、恐るべき怪物の出現を見て、さらに背後から敵が迫るという声を耳にするや、絶望に駆られて勝手に戦線を離脱し始めた。絶対数の少ない傭兵部隊も敵中に孤立するわけにはいかず、引き始めてしまう。新道区の怪物陣営は勝鬨を一斉に上げる。その声に乗って、トカゲ軍人は号令を発する。


「もはや敵は総崩れ。復讐を望む輩は我輩に続け!手あたり次第だ!行け!」

力強く響いた声に弾かれるように、人間達の残酷な所業に怒りを募らせていた怪物達が疾走していく。魔少女もトカゲ軍人の命令の下、がいこつ兵の隊列を保ったまま前進していった。


 死体や骨が散乱する戦場で、疲れ果て腰掛ける魔女にリモスが善戦を褒め称える。


「もう大丈夫。それにしてもこの戦いの殊勲賞は我ら一党だね」


 虚栄心に無縁でないリモスを知っている魔女は微笑んで曰く、


「もう重労働はたくさん。あんたのお陰で幸いにも命拾いしたけど、もうあの子に全部委ねたいよ」

「それなら後継者をもう一人は用意しないと。さあ、長生きするために湯治にでも行こう」

「そうさせてもらうけど、リモス。あんたは前線に行くべきだ。トカゲの閣下かあの子についていれば殺されることもないだろう。今後の洞窟のためにも、前線にあって怪望を得ておかないと。あんたの至上命題とやらを守るには、防衛のための戦いは不可欠で、そのためには戦いの現実を知ることは必須だ。逆の言い方をすれば、前線を知らねば至上命題は守れない」


 この忠告に対しリモスは笑顔で応えた。



「司令官、前線を突破されました!我らの戦線は崩壊し、無秩序な退却が雪崩のように起こっております」


 二刀流の戦士がゴブリン軍人の館でまんじりともせずにいたデブの商人に報告する。驚きと恐怖で震えが止まらなくなったデブの商人は絶叫する。


「何故!我らが圧倒的に優勢であったではないか!」

「怪物どもが第一区と呼ぶ最初に制圧した辺りから突如現れた怪物が、恐ろしい強さで我が側の兵を蹴散らしています。難民はもとより我ら部隊兵も討ち取られる者多数です。今はこの本営は捨て、ひとまずは洞窟を退去するべきでしょう。」

「洞窟内には数多くの難民たちが入り込んでいる。彼らをみな退去させるなど不可能だぞ」


 司令官の無計画をあざ笑うかのように、二刀流の戦士は冷たく言い放つ。


「逃げねば、殺されるだけです。それは司令官、あなたも同じでしょう」


 この時は冷酷な発言が活きた。搬入物資はそのまま、デブの商人率いる司令部は急いで退却を開始した。逃げ足が速い、というのを馬鹿にしてはいけない。場合によってはそれのみが事態のさらなる悪化を防ぐのだとすれば。そしてすぐそのあとにトカゲ軍人が怒涛の勢いで迫ってきた。


 逃げながらもデブの商人は、司令官としての矜持を思い出したのか、必死の後退攻撃で敵の勢いを削いでいた傭兵隊に命令を発する。


「司令部退却まで、この陣地で敵の進撃を防げ。態勢を立て直したら必ず救助に来る」


 その勝手な発言に唖然とした二刀流の戦士を尻目に、デブの商人は逃走していった。それを見た戦線は自壊しつつあった。


 この報告を聞いた斧使いは苦笑しつつ、


「てめえだけ良ければ良いってことか。これだから金持ちはイヤなんだ。だがしかし……」


 斧使いにはデブの商人に従い続ける義務も義理も無かったのだが、戦士としての矜持を強く備えた傭兵であったため、殿は戦場の名誉、と司令官の命令に従って務める事を決めた。東洋人配下の高級将校の中でも高い軍歴を誇っていた斧使いは、二刀流の戦士には難民救出を指示する。


「おい、あのトカゲの化け物を見ろ。すごい化け物だ。たぶん、殿は生きては帰れないから、後の指揮は貴官が責任を持って遂行するように。募兵官閣下にはよろしく言っておいてもらいたい。」


 こうして、洞窟脱出しか頭に無くなってしまった人々の流れに逆らい、斧使いは十数名の部下を従え、ゴブリン軍人の館前でトカゲ軍人の攻撃を正面から塞ぎにかかっていった。指揮官自ら斧を振り回し、追撃を仕掛けてきた怪物衆やがいこつ兵を手当たり次第に始末していく。


「もう何人始末したかわからないほどだが、さすがに疲れたな」


 攻勢にあるにも関わらず、息を切らしながらもトカゲ軍人は冷静に事態を見ていた。それによると、斧使いはかなり厄介な部類の戦士であり、万が一に敗れる可能性もある、という事だった。


「窮鼠には油断しない。我輩の見たところ勇者黒髪はそれで死んだのだ。奇襲のメリットが切れた今、絶対に慎重に行くぞ」


 トカゲ軍人は鷹揚な声を出して斧使いに話しかける。


「勇敢なるそこな戦士よ。先の戦線から出口に至るまでの道は二つある。一つはこの我輩が辿り、もう一つは髑髏の部隊が進んでいる。つまり、ぐるりと回ればどちらの道も我輩の軍に包囲される運命にある、ということだ。これは明言できる。そして我輩は慈悲深い怪物の中でも傑出した傑物だ。故にこの場を見逃してやってもよいのだが、どうだろうか」


 敵の申し入れに驚いた斧使いは、


「なんだ。俺たちを見逃してくれるっていうのか」

「左様だとも、条件もつけない」

「そうか、それはありがたい。……では部隊をこの場所から引こう」


 斧使いの部隊が引いたのを確認したトカゲ軍人は、各地を再制圧しながら洞窟を出口に向かって進む。すると、次の要所にまた斧使いが居るのを認めた。そして、怪物衆に対して武具を向け、抵抗の構えを見せていた。トカゲ軍人は不快感を隠さずに吐き捨てる。


「おい、見逃してやったというのに……皆殺しにされたいのか」


 だが斧使い曰く、


「しかしね、見た通りあんたとは別の怪物の群れに襲われている。仕方なく防戦しているのだ。どうだろう、まだ見逃してくれるのかね」


と、うそぶいて見せる。トカゲ軍人曰く、


「判ったからさっさと出ていけ。そして二度と我輩の前に姿を見せるな」


と言い、怪物衆にも交戦の中止を命じる。斧使いの部隊はまた引き上げるのだが、その後トカゲ軍人はさらに、第一区水源地前の陣を張っている斧使いを見つける事になる。ここに至るや斧使いは時間稼ぎをしている事をもはや隠さず、洞窟内に逃げ残ってしまった人間を一人でも多く脱出させるため、獅子奮迅の働きをして見せていた。斧使い率いる部隊が怪物衆を蹴散らして確保された空間を、人間達が出口に向かって必死に走り抜けていく。デブの商人ら司令部が逃げ去ったあと、撤退作戦を指揮する二刀流と撤退支援を担当する斧使いに役割が分担され、人間側にとって良い結果が得られたことは間違いなかった。


 自分の慎重さと僅かな善意がものの見事にコケにされ、あまつさえ時間稼ぎの道具として利用されたことを悟ったトカゲ軍人は嚇怒して、もはや何も言わずに斧使いに飛びかかっていった。サーベルと斧がぶつかり、激しい衝突音が洞窟に響く。トカゲ軍人の繰り出す怒りの連続攻撃を斧で交わしながら、斧使いは強気な反撃を試みる。しかし怒り狂っているようでもトカゲ軍人には狙いがあった。近くに控える部下に換えの刀を幾本も用意させていたトカゲ軍人のしつこい攻撃の前に、斧使いの武具が疲弊しきっており、激しい角逐の末、遂に斧が破壊された。勝負あったように誰の目にも見えた。が、ここで斧使いは何を思ったのか、したり顔のトカゲ軍人の顔面を鋭く素手で一撃した。意表を突いたこの一撃で思わずトカゲ軍人が膝を突くと、斧使いは組技を仕掛ける。その長い首を脇に抱えると足を滑らせ体ごと地面に落下し、トカゲの首を押しつぶすように強打してみせた。首の骨を破壊する事を狙ったもので、闘いを見守る人間たちの歓声が大きく上がった。が、硬いウロコと筋肉に覆われた怪物の首はへし折られなかった。加えて、しっぽと片足を器用に運び、斧使いの首を絞め上げる反撃に出た。この戦争を仕切る人間と怪物、一人と一体の壮絶な首の締め合いとなる。双方バネのように体を逸らし、鬼の形相で相手を絞め殺そうとするが、人間のチンロックに対して、足としっぽによる常識破りの三角締めに軍配が上がった。失神した斧使いの巨体が沈んだ。


「正直に言って苦戦した。まさか格闘戦を挑んでくるとは、完全に虚を突かれたぞ。だが、我輩の勝利だな」


 首をさすりながら立ち上がったトカゲ軍人は気絶した斧使いの首に目掛けて、サーベルを振り下ろした。かつて勇者黒髪に行ったように。トカゲの怪物は切断した斧使いの首を持ち上げ、周囲の人間達に良く見よと言わんばかりに示す。


「どうだ、お前たちのボスを討ち取ったぞ!」


 ここに至って、人間側の戦意は完全に消え失せた。第一区水源から洞窟出口まではもう大した距離があるわけではない。が、勢いに乗った怪物勢が逃げ惑う人間達を殺しまくった。無慈悲な殺戮が吹き荒れた。人間たちの命乞いを怪物達は悉く無視した。さらに、斧使い戦死後も洞窟内に取り残されて隠れていた人間達も多くが引きずり出され、暴行され、殺されたり、気紛れで捕虜に加えられたりした。


 撤退作戦を指揮していた二刀流の戦士も洞窟外にまで怪物の群れが押し寄せてくるのを見るや、斧使いの戦死を知った。仲の良い同僚の死に涙を流さない戦士はいない。二刀流は奥歯を噛みしめて、涙を堪えた。そしてもはや、いかなる保護も無意味と判断し、統率できる限りの人間の群れをまとめて都市エローエへ逃走していった。すでにデブの商人は逃げ去った後、この戦場にもはや責任はない、と。


 こうして人間によるグロッソ洞窟への八度目の侵攻は、怪物陣営の大勝利に終わった。洞窟に攻め入った難民たちの半分近くが死ぬか行方不明となった。これは都市エローエにとっては、難民の半分がさらにひどい状態で都市に引き返してくるということでもあった。


 グロッソ洞窟も多くの損害を受けたが、人間の大群に対する勝利の評判は近隣を越え遍く怪物世界へ広く伝わっていく。情報には尾ひれがつき、新たなる魔王が辺境の地の洞窟で人間軍に対し圧倒的勝利を得た、という内容に変化していった。なにもかも、トカゲ軍人の思い描いた通りに推移していた。

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