第58話 難民諸君、いざゴールドマインへ!
河向こうの王国の王を黒髪に奪われたのち、都市エローエではいくつかの変化があった。まず、釣り目の僧侶とデブの商人が要人の保護も出来ない人物だったという評判が広まり、彼らの名声が地に堕ちた。実働部隊を率いていた東洋人傭兵も同じはずだが、こちらは敗北を喫したわけでは無く、王の亡命を積極的に受け入れていたわけでもないため、必然的に、この異国の隊長に市民の支持が集まるようになった。
そこに来た難民の群れの来襲である。王という手駒を失った今、これを機会と捉えたのはデブの商人だ。なんと、この難民たちを開拓の尖兵として、グロッソ洞窟に送り込もうと画策し始めた。デブの商人、一世一代の名演説を、城壁の上から難民たちに対して行う。
「金が欲しくないのか!」
第一声からこれであり、その後も暴言のような直言が続き、聴衆を呆然とさせる。
「金、金、ゴールド、オーラムだ。いいか良く聞け!君たちの生活を豊かにし、身の安全すら保障してくれるのは金しかない!君たちは祖国を追われてここまで流れてきた。田畑や家畜を残して逃げてきた者もいるだろう。厳しい道中に家族を失った者もいるだろう。野蛮人らに追われて負傷し、すんでのところで命を落とす恐れのあった者たちもいるはずだ。そんな同情すべき諸君らに残酷な事実を伝えよう。この都市に、諸君ら全員の生活を保障するだけの金は、無い!無いのだ!しばらくの雨露を凌ぐだけの施設もない。幾らか分け与える食料があるぐらいだ。君たちが正確にはどれほどの人数であるかはここで見ている私にだってわからないぐらいだ。君達は騙されたのだ、河向こうの王国を不法に占拠した女王とその一派に。諸君たちは騙されたのだ。その怨嗟の声は誰に対するものか。勇者と呼ばれた黒髪は、その遠征によって確かに魔王の都を直撃する事には成功しただろう。だがその結果、解き放たれた怪物達は、君たちの祖国を襲い、奪い、殺し、居座ったのだ。その後、運よく逃げ延びていた諸君らは家に戻る事を帝国政府から求められただろう。だがその結果が野蛮人の攻撃だ。ここでもまた、諸君らは帝国政府に騙されたのだ。帝国でも騙され、王国でも騙され、悔しくないのか!悔しいだろう!ただ騙されただけでない。家も、土地も、家族も、生活も奪われ、今惨めにこの辺境の都市の城壁の下で仕事もなく、施しを待っている自分たちの境遇を見返してみよ。ひどいもんだ!本当にひどいもんだ!ひどすぎる境遇だ!」
デブの商人の演説が熱を帯びてくると、静寂が人々を襲う。まさに水を打ったように。悔しさに声なき涙を流す難民たちと、烈火の如き声を荒げるデブの商人を見て、さすがの東洋人もゴクリと息を呑んだ。厳かに、デブの商人は口を開く。
「かつて勇者と呼ばれていた黒髪は、遠征の途上で、交易都市という町を訪れた。都市の人々は黒髪の魔王退治に積極的でなく好意的でもなかったため衝突が発生し攻城戦となった。十分な装備、十分な食料、見事な軍隊があって都市は陥落したが、その犠牲は無視できないものだった。では今の諸君らに、眼前のエローエ市の城門をこじ開ける事ができるか!外からは決して開かぬ閂を打ち破れるか!堀を越えて城壁に取り付いて守備隊と白兵戦を戦う事ができるか!それは、無益な事である。人間同士の争いで、人が死ぬだけなのだ。失う物が無ければ捨て身になっても良いというのか。いいはずがなかろうが!」
デブの商人、弾かれた様にグロッソ洞窟の方角を指さす。
「この向こうには洞窟がある!そして洞窟には金鉱があり、金を採掘し続ける怪物らが居る!弱体な怪物達だ。訓練を受けた人間の兵士たちに太刀打ちできないほど、弱い怪物達。諸君らでも勝てる!そして洞窟になだれ込めば、金は誰のものになるか。全て、勝利した諸君らのものになる!」
冷静に考えれば、そんな情報を得ているのならばなぜあなたは洞窟を攻略しなかったのか、と問い返すべきなのだが、煽動とは合理的な考えを頭から排除させて一つの行動に駆り立てさせるところに存在意義があるのだろう。難民たちはデブの商人に質問を返さなかった。そしてデブは後押しを続ける。
「難民諸君、いざゴールドマインへ!君たちが果敢に向かっていくのなら、私も共に行こう!武具と食料を万全にして支援する!そして洞窟を攻略したのち、洞窟の前に新たな都市を造ろう!それは無尽の金によって、いくらでも得る事ができる労働力によって打ち立てられるはずだ!エローエ市と、新たなる都市が並び立てば、この辺境は世界の中心になる!そして諸君らを騙した連中へ正義の鉄槌を下そうではないか!いざ向かおう!金は既に洞窟に転がっているのだ!金を得た冒険者たちもいる!難民諸君、冒険者となれ!明日のために怪物を蹴散らすのだ!明るい未来のために、まずは一歩前へ!次いで前進だ!前進あるのみだ!」
この演説に難民たちも、火が付いた。彼らはグロッソ洞窟へ向かって殺到していったのである。ここに、人間達によるグロッソ洞窟への八度目の侵攻が始まる。
参考までに、ここでこれまでに繰り広げられたグロッソ洞窟の攻防戦を簡単に振り返ると以下のようになる。
【一度目】 防衛失敗 攻撃側☆ / リモス側
主な攻撃者:戦士黒髪、戦士ハゲ、釣り目の僧侶
攻撃者目的:洞窟探索及びレベル上げ
防衛策:なし。
迎撃:ほぼ皆無。
被害他:リモス、金を奪われる。怪物衆の幾らかの戦死。
【二度目】 防衛失敗 攻撃側☆☆ / リモス側
主な攻撃者:戦士黒髪、戦士ハゲ、釣り目の僧侶、三つ編みの武闘家
攻撃者目的:前回獲得した金のさらなる獲得
防衛策:地元の怪物を警備員とする。
迎撃:ほぼ皆無。
被害他:警備員逃走。リモス、金を奪われる。怪物衆の幾らかの戦死。
【三度目】 防衛失敗 攻撃側☆☆☆ / リモス側
主な攻撃者:戦士黒髪、戦士ハゲ、釣り目の僧侶、三つ編みの武闘家
攻撃者目的:前回獲得した金のさらなる獲得
防衛策:魔女から怪物の警備兵の派遣を受ける。
迎撃:ほぼ皆無。
被害他:警備兵逃走。リモス、金を奪われる。怪物衆の幾らかの戦死。
【四度目】 防衛成功 攻撃側☆☆☆ / リモス側☆
主な攻撃者:戦士黒髪、戦士ハゲ、釣り目の僧侶、三つ編みの武闘家
攻撃者目的:前回獲得した金のさらなる獲得
防衛策:金庫に強固な鍵を取り付ける。
迎撃:怪物が奇襲により三つ編みを討ち取る。
被害他:リモス、金の防衛成功。怪物衆かなりの戦死。
【五度目】 防衛成功 攻撃側☆☆☆ / リモス側☆☆
主な攻撃者:戦士黒髪、戦士ハゲ、釣り目の僧侶、魔術師とんがり
攻撃者目的:前回獲得しそこなった金の復讐ととんがり開錠術の試験
防衛策:引き続き金庫に強固な鍵を取り付ける。魔王の都よりトカゲ軍人の派遣を受ける。
迎撃:侵入者を撃退。トカゲ軍人による迎撃成功。
被害:とんがりによって多少の金を奪われるも、リモス、金の防衛成功。怪物衆被害少。
【六度目】 防衛成功 攻撃側☆☆☆ / リモス側☆☆☆
主な攻撃者:エローエ市民軍一個大隊(約五百名)、戦士黒髪、戦士ハゲ、釣り目の僧侶、魔術師とんがり
攻撃者目的:軍隊動員によるトカゲ軍人退治と前回獲得しそこなった金の回収
防衛策:金をオトリにしたトカゲ軍人による軍事作戦。
迎撃:侵入者を撃退し敵市民兵二百名を討ち取る。とんがりを捕虜にする。トカゲ軍人による迎撃成功。
被害:多少の金を奪われるも、リモス、金の防衛成功。怪物衆被害中。
【七度目】 勝負無し 攻撃側☆☆☆ / リモス側☆☆☆
主な攻撃者:エローエ都市防衛隊(約百名)釣り目の僧侶
攻撃者目的:勇者黒髪のスキャンダル探し
防衛策:なし。
被害:怪物衆被害中。
迎撃:魔少女によるがいこつ作業員動員。人間側撤退。
リモスの中での認識では三勝三敗で互角の勝負であったが、勇者となる前の黒髪が行ってきた分も含めて知る人間達にとっては、連敗が続いている状態であり、無暗な攻撃はためらわれるところであったのだ。特に、金を目当てにしていく場合、金の搬出などの問題によって不利になる恐れが戦士ハゲや釣り目の僧侶などによって指摘されていた。彼らは顔が広く、当然、東洋人とも付き合いがあったため、それらの忠告は知れ渡ってもいた。デブの商人もそれを聞いていたかもしれないが、戦場にでた経験の少ない彼は、それでも強気であったのかもしれない。人間世界では時に、戦場経験の少ない人ほど、好戦的になる事が多いものである。
だがそのデブの商人のおかげで、難民たちが都市を離れてくれたことによりエローエ市民はみなほっと胸心地がついてもいたのだ。だから、その彼が洞窟を攻める、というのをあえて無理に止めようとする人はいなかった。むしろ、当座の問題解決を祝して、エローエ市議会では、私財を投げ打って難民問題に起因する問題を回避してくれたデブの商人に対して感謝の意を記念する決議を行う程だった。その報告を聞いて、
「あの演説と役割、おれがやりたかったなあ……先を越されたかな。だが、おれなら洞窟は目指さない。行く先は危険だぞ」
と独り言ちたのは東洋人である。これを聞いた部下が薦めて曰く
「我々も参加した方が良いのでは。難民の群れが洞窟を攻略し新しい時代が来たときに、口をはさむ事ができなくなるかもしれない」
が、東洋人は傍の鉄仮面をつけた将兵に皮肉を言う。
「君もそう思うか。行きたいのかね。だがハッキリ言っておこう。おれは参加しないぞ。あの洞窟はあの黒髪や戦士ハゲでさえ攻略に失敗している。勇者に祭り上げられた後の黒髪は、どうやら洞窟と密約を結んでいた節があるが、それ程の何かがある場所だ。軽々に手を出すべきではない。金が眠っているって?あの太っちょが言う位だからそうなのだろうが、金は魔が嘉しそをもよおす、とも言うではないか。魔とは恐らく、あの難民たちに違いないのだから、その悪行に付き合う事もない」
東洋人は、募兵官配下の部隊は都市の治安を守る任務のみを負っている、として一兵の参加も許さなかった。
軍略も無く稚拙な作戦しかない人間の群れがグロッソ洞窟に殺到した。完全な奇襲となったため、洞窟入口付近にあるアイテム交換所が最初に血祭りに上げられる。下働きの怪物達はみな殺しになり、管理者であった魔女の甥っ子は命からがら逃げのびた。この店で当日管理していた諸国の通貨やむき出しの金がまず略奪に晒される。その収穫を見て、貧者の群れは我も我もと次々に洞窟へ侵入を開始。最初、第一区に難民が乱入した。彼らが手に持つのは包丁やナイフ、鎌の類でまともな武器と呼べる代物は無い。だが数と勢いが違った。
「一体何が起こったんだ!」
「人間の群れだ!逃げろ、恐ろしく気合が入っているぞ!捕まったら最期だ」
「新道区へ逃げるんだ、急げ急げ!」
グロッソ洞窟に棲む中で古株ばかりが集まっていた第一区は、今は洞窟を離れているインポスト氏の支持基盤出会った場所だ。その閉鎖性からも第二区や新道区に繋がる道は、わずかしかなかったのである。ここをねぐらにしていたモグラの怪物は急いで地下に文字通り潜って危機をやり過ごせたが、コウモリの怪物は悉く捕らわれてしまい、殺されてなんと食料にされてしまう。
「美味いな。見ろ、この羽を広げた姿、祖国のとちょい違うがまさしくコウモリ」
「だがこのコウモリは臭いな。祖国のコウモリとは食性が違うのかしら。まあ味が強いからクセにはなるのだがね」
「臭いがダメならスープにするといいですよ。それよりあなた、コウモリよりも金を探してくださいよ」
彼らには不運な事に、帝国ではコウモリを食用とする文化があったため、串刺しにされ丸焼きにされたコウモリ部隊は壊滅した。一時は魔王を名乗ったコウモリの怪物も、その最後は難民の胃袋に収まる、という惨めなものであった。第一区の怪物達は運が良かった一部の輩を除いて、ほとんどが殺された。だが金はこの区からは発見されず、難民の群れの別の集団が、第二区攻略に取り掛かろうとしていた。
第一区と第二区の間に、かつてインポスト氏がトカゲ軍人が任期中に編成した新鋭隊の宿舎があり、常は治安維持業務にあたっていた。つまり、洞窟の内部で何もしてなかったのだが、その後、新道区が釣り目の僧侶に攻められても出動を怠ったりとロクな実戦経験を積まないまま、一切の仁義無き難民の群れと戦うハメとなった。輩たちも逃げ出したかったのだが第二区の怪物達に押し出され、敵と正面衝突した。金を得る、という唯一それだけの志望が確固たるものがあった人間側は、死をも恐れずに、また眼前での他者の死に鈍感になり、次々と怪物達を撃破していく。トカゲ軍人が整備した、と言う事は、多少の武装と訓練は受けていたはずだが、平和の中で完全になまりきっていた旧インポスト親衛隊は、逃げる事も出来ず、この戦いでほぼ全滅する。
「武装した怪物の群れを破ったぞ!」
「この洞窟の親衛隊らしい、もう洞窟は落としたも同然だ!我らの圧倒的優勢だ!」
「聞けば、この先に金鉱があるという、突撃だ!」
この段階まで来て、ようやく洞窟側も迎撃の体制に入る。だが運悪く、トカゲ軍人のパーティは物資調達のため外出中であった。魔少女も同行していた。こうなると、前線にでるがいこつ作業員らを指揮統率できるのは、魔女しかいない。
この時期の魔女はトカゲ軍人の依頼による研究に取り掛かっておりリモス並みに多忙にしており、人間の侵略は想定外のトラブルの中で一番耳にしたくないものであったろう。敵襲に怯え帰ってきたリモスに対して曰く、
「人間の群れは第二区から新道区に入ってきている。この方面の洞窟を崩して道を塞ごう。そうすれば、敵の進入路が減って、トカゲ殿が戻ってくるまで時間を稼ぐことができようて」
「せっかく拓いた通路を塞ぐしかないとは、それ程今回は危ないのか!」
「運が悪かった、あの子も居ないからがいこつ作業員の指揮にこれから行かねば。金の保管はどうだね」
リモス自信たっぷりに曰く、
「トカゲの閣下の指示通り、新道区の奥にまとめて保管してあるから、大丈夫だよ」
【八度目の侵攻時のグロッソ洞窟MAP】
掘削中の金鉱
新道区【7】―┬―新道区【5】―――第二区【4】
新道区【6】―┘ 新道区【4】―――第二区【3】
新道区【3】―――第二区【2】
新道区【2】―――第二区【1】
新道区【1】―――第一区【1】―――第一区【2】
| ├―アイテム交換所
カジノ 出口
迎撃の指揮を魔女が取り始める。すなわち、がいこつ作業員が難民たちの行く手に立ちふさがる。作業員兵はスコップやつるはしをもって進行を妨害するが、筋肉の無い骨だけの怪物たちでは大して強くないのが泣き所だ。だが、がいこつの兵の恐ろし気な姿は効果がある。難民たちがひるんだすきをついて、魔女は第二区から新道区に繋がる四つの通路の柱を破壊させ落盤を発生させた。この落盤により通路が塞がれると同時に少なくない数の人間とがいこつ作業員が犠牲となったが、仕掛けの不調があって上記図第二区【4】から新道区【5】に至る通路がそのままで残った。さらに、元々仕掛けの無い第一区【1】から新道区【1】を繋ぐルートに引き返して攻め上がりはじめてきた。対応路を限定する作戦は失敗し、洞窟側は二正面防御を強いられるに至り、これは魔女の許容能力を超えてしまっていた。
「通路の封鎖に失敗するとは…どうする、どうしたらいいのか」
魔女は片方の戦線を担当できる怪物を脳裏から探し出す。しかし、考えても考えても、適当な顔が浮かばない。ふと猿の怪物の顔が脳裏をよぎるが、
「やつは死んでしまったし、生き残っているのはみんなクズばかりか。助けを待って、新道区の奥に籠城するしかあるまい」
魔女は配下のがいこつ作業員に、魔女の館に置いてある研究具材を全て新道区の奥に輸送させる。トカゲ軍人の依頼を、中絶するわけにはいかない。それが済むまで、老いた魔女はあらんかぎりの精神力を総動員して、がいこつ作業員を隈なく配置。壁として立ちふさがっている一体が砕かれ動きを停止するや、すぐに代わりのがいこつを送り込む、という極限の集中力を発揮し、時間稼ぎに成功していた。
だが、人間側の激しい攻撃によって、ついに新道区【1~4】の放棄を決断。食糧倉庫があり、金の集積地に至る唯一の道がある新道区【5】を最後の抵抗の場所として、他の全てを人間側へ明け渡した。これほどの占拠を受けるのは、洞窟始まって以来の事であった。リモスの邸宅も、魔女の館も、猿の邸宅跡も悉く略奪の憂き目にあった。一方、ゴブリン軍人が建設した堅固豪壮な館が難民軍の基地になり、ここにデブの商人が入り本営を置いた。この館にはゴブリン軍人の残存資産であるいくらかの芸術品や武具、金が置かれていたため、デブの商人はそれらを示して、
「怪物がたて籠った先には、これ以上の金があるだろう!気合を入れよう!栄光は目の前だ!惨めな生活とはおさらばだ!」
と高い士気を維持し続ける事に成功していた。しかし、過ちを犯してもいたのだ。軍隊であっても完全な統率は難しいものだが、そうではないただの人の群れを率いる以上、起こり得る事態であったとも言える。すなわち、難民たちの寄り道行為である。




