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第50話 圧巻

 少し前、勇者の説得工作が効果を発揮しなかった理由の一つとして、魔少女が人間世界を共食いさせるためにばら撒いていた金の効果が、現れ始めていた可能性に言及したい。


 諸国の指導者たちの母国に、勇者黒髪の名で多くの金が贈呈された。手紙も添えてあり、どの国宛てでも大体の文言はこうだ。


「勇者黒髪より。閣下による有形無形のご厚意及びご支援に感謝いたします。ついては、苦難の只中にある私をお見捨てになることなく継続したご好意を示して頂いた礼をここに認めました。閣下とその御家来衆に、幾久しくご多幸が続きますように」


 幼い魔少女がこのような修辞法を習得しているとは思えないから、この文は人の世にも通じた魔女が練ったものだろう。なかなか自然な調子で留守を預かる人々の心に疑念を呼び起こすことに成功した。それは、この頃になると勇者黒髪が怪物世界とただならぬ間柄を構築している事は噂でも広まっていたが、戦場にある主君や将軍たちが勇者と同じように怪物世界と通じているかもしれない、という類のものだ。とはいえこのような怪文書が直ちに本国で人の和を割くことは無い。彼らは戦場にいる同胞に、手紙と金の到着を知らせるのみで留めたのだ。


 しかし、魔少女の狙いはこの時に達成されたのだ。本国よりこのような報告を受けた人々は、どのような気分になるだろうか。一様に、これは勇者黒髪による調略だと信じ、同時に面目を潰されたと思ったに違いない。勇者への憎しみが増幅された。また、怪物と通じている……かもしれない、という不名誉を払い除けるためにも、彼らはより好戦的に勇者へ向かっていくしかなくなるのだ。とはいえ、本件は勇者黒髪に一つ大きな幸運を与える事になる。


 怪物側と親しい、との中傷を払うと決断した人々が、困難を打破するために国や身分を超えて結集することになった。魔少女がここまで考えていたかはわからない。これによりある意味では烏合の衆であった人間諸国の連合軍は、統一した指揮系統を備える事になる。これにより強くもなったが、同時に弱点も明確になったのだ。


 このタイミングで幸運の黒髪はすでに連合軍の別動隊を撃破し、連合軍本軍へ急速に接近していた。五百体の部隊と三万人以上の軍隊では動きや移動速度に差がでるのは当然だが、それにしても勇者の接近は、統一した指揮系統に切り替わる絶妙の隙を突いた形になった。夜、敵本軍に気づかれぬまま接近できた黒髪は短く、


「前の戦いは続いている。故に、同じように勇気を発揮する、これのみである」


と実に短く演説して、ヘルメット魔人に突入の指揮を執らせた。今度の黒髪は討ち漏らした敵を狩る係だ。


 ここでの夜襲は、別動隊を撃破した時以上の戦果を黒髪にもたらす。王侯貴族の宿営する建物はやはり派手であり堅固なものになるが、ヘルメット魔人は一目見て最も派手であり強固な建物に突撃をした。勇者のお膳立てに酔った魔人たちは残虐に武具を振い血飛沫を浴びる。


 この時代の王侯貴族たちは専軍階級の指揮官層ゆえ、さすがに弱くは無い。しかし、やはり馬上でこそその能力は発揮される。屋内では存分に戦う事もできないのであった。まして、奇襲を受け敵の存在も定まらないのであれば……。


 ヘルメット魔人は、黒髪に容赦をするな、と忠告するぐらいだから、自身が戦場にある時は鬼のように一変する。派手な建物の中で、数多くの王侯貴族が戦死した。運よく逃げ切れた者も、あらかじめ配置についていた勇者の手にやはりかかって、命を落とした。


 黒髪にとって、この勝利はまさに圧勝であった。せっかく統一した指揮系統を手にした連合軍も、それを発揮する前に頭脳部を叩き潰されてしまったのである。中には貴族たちが全員死んでしまった国もあり、彼らは負け犬のように祖国へ向かって帰還するしかない。


 あっけなく解体した連合軍は、そのまま霧散した。勝利した勇者は王侯貴族の死体に手を付ける事について、今回は許さなかった。この死体は放置しておいて、諸国の人間が死亡確認に来た時に存分と検分させるつもりでいた。


 それよりも、協力体制を築いていた皇族の一員に、連合軍の王や貴族の死体を前に、戦争は今日で終わった。帝国の民よ帰還せよ、と演説させたのである。


 各地に怪物の小規模な集団が点在して残ったとはいえ、それらは取るに足らないものである。平和は回復されたのだ。それも、怪物軍団を率いる勇者黒髪の手によって。せっかく出陣したのに、生き残った下っ端にとってはわけのわからぬ戦いだが、多くを失った諸国の指導者たちにとっては完全に面目まるつぶしであった。


 差し当たっての治安と統治上の正当性を取り戻した山を越えた先の帝国は、この皇族の指揮下で復興を目指していく。この領域における勇者黒髪の軍事目標は、完全に達成された。彼の次の仕事は、『帰宅』の途に就き始めていた怪物達が気分を変え、来た道を戻らないよう、しっかりと指揮監督することであった。


 一切の世俗権力を主張せずに帝国領を去ろうとする勇者黒髪を見て、皇族はさすがに自分が恥ずかしくなったのだろうか、と思うがそんなことは無い。元々傍流の家の出身であるこの皇族は、勇者黒髪が帰ってこないように、西北の国境沿いに、黒髪が戻ってくればすぐにわかるよう軍隊を張り付かせるようになる。そんなことはしない、といくら黒髪が保証しても、他人を裏切り続けて生きてきたこの人物にはそれが理解できなかったのであろう。そしてそれは、人間と怪物が居る以上共存しなければならない、と考える勇者の思想についても同様だ。未来都市へ凱旋する勇者黒髪の次なる戦場は、そういった思想的実践を妨害する者たちと断固対峙することになる、外交が舞台になるはずだった。


 しかし、黒髪はとりあえず休息を求めていた。戦い詰めの日々にさすがに疲弊していたからだが、彼を取り巻く運命はそれすら許すつもりは無いのである。

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