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第42話 クーデター

 ある日、魔王軍所属という怪物がたった一体で洞窟にやってきた。負傷を癒しながらも硬と柔の組み合わせは相変わらず健在の、トカゲ軍人その輩である。ここグロッソ洞窟に戻ってきたのだが、それは魔少女の招聘に応えて、である。魔王軍の軍人は旧知のリモスを無視して、開口一番、魔少女と二人きりになり口を開いた。


「我輩の力を求めるというが、何のためか」


 魔少女は臆せず応える。


「このグロッソ洞窟を人間の手から守る為、そしてこの洞窟の運命を実質は握っているリモスとその一党の防衛事業をテコ入れするために」


 魔少女の顔を凝視しながら、トカゲ軍人はさらに尋ねる。


「それを成し遂げたとして、我輩へ差し出せるものは?」

「魔王への推戴―」


 しばしの沈黙が流れる。


「我輩の居場所を調べ上げ使者を送ってくる位だから、世の流れは承知していると思う。すなわち、我輩はモストリアにて勇者を称する黒髪に奇襲とはいえ敗れた身だ。その上、今や功無くして魔王の宮廷から追われた無役者でもある。その我輩を匿い、洞窟の防衛体制確立の暁に魔王へ推戴するという事は、我輩が了承した時点でこの洞窟の主はすなわち我輩になる、と言う事だろう。それでも良いのかね」


 魔少女は澱みなく回答する。


「勇者黒髪との戦いで最も武名優れたあなたにこそ、この洞窟の支配者になって頂きたい。この洞窟は弱い怪物ばかりが集まっている。しかし、高度に都市化された唯一無二の洞窟です。それが為ったのは、リモスの勤労によって掘り出された金の力によります。かつてこの洞窟は知恵と金の力によって人間の都市を支配していましたが、それだけでは不足です。絶対的な武力がなければ、平和は早晩崩れ去るでしょう。それを得た時こそ、全怪物たちが望む新秩序を打ち立てる事も、現実的になるはず。この地をこそ、新たなるモストリアとするべきです。そうすれば洞窟にはより多くの怪物が集結し、守りは鉄壁になるでしょう」

「その提案、断る、と我輩が言ったら?お前たちの首を土産に、魔王の宮廷へ再度出仕が叶うかもしれない」


 今度は魔少女がトカゲ軍人の目を射て曰く、


「本心からおっしゃっているとは思えません」


 再び沈黙が流れるが、今度は優しい視線を向けて、トカゲ軍人は少女に語り掛ける。


「人間の娘よ、お前が洞窟を指揮しているのは理由あっての事だろう。人間の身でありながら、この洞窟を守る事を第一に考えるとは見上げたものだと思う。だがその守るべき対象を、そう簡単に他所へ譲っても良いのか。納得が行くのかね」


 素性を見通された事に驚いた魔少女だが、返して曰く、


「譲るのではなく、運命を重ねるという事です。私もリモス一党も、あなたの覇業のため、命を捧げます」


 トカゲ軍人はニッコリ笑って曰く、


「良い子だ」


と少女の頭をがっしりと撫でた。その子は微かに笑みを溢した。


「たった一人で大変だったことと思う。が、もう心配はない、重い案件は我輩にまかせなさい」



 かつてのトカゲ軍人の活躍を覚えている古株の怪物衆は、釣り目の僧侶による侵攻の敗北の後だけに、大いに喜んだ。


「閣下、お帰りなさい。まるで夢のようです」

「モストリアでのご活躍、この辺境にまで届いておりますよ」

「ぜひ人間世界へ復讐の一撃を!」


 栄達のための舞台の一つでしかなかったグロッソ洞窟で歓待を受けた事は、魔王の宮廷で成り上がりの身分故に低い待遇を受け、冷えきり傷ついた彼の名誉心を高ぶらせる効果があった。


 この件には、リモスや魔女、ゴブリン軍人やその他怪物たちの同意があったわけでは無い。全て、魔少女が独断で決定したことだ。しかし、懐かしいトカゲ軍人から金のより一層の採掘を命じられたリモスは、それはそれで生き甲斐を再発見できてまずは幸福であった。トカゲ軍人を疑惑の目で見る連中は、


「リモスの指示待ち奴隷野郎め」


と陰口を叩いたものだが、リモスは自身を指導者の器ではなく、ひたすら生き甲斐に打ち込む生き方が性に合っている、と思っていた。魔女も、娘のように可愛がっている魔少女の智謀の働きに舌を巻き、嬉しそうに目を細めるのであった。しかし、魔少女は一つの計画を複数の目的のために立てる指向がある。洞窟の拡張工事も、環境改善と同時に権威権力の獲得を目的に為されたが、トカゲ軍人の招聘も、洞窟の防衛ともう一つの断固処置しなければならない理由のために、為されたのだ。その計画は、魔少女からトカゲ軍人へ伝えられる。


 その日、トカゲ軍人は朝の支度をする魔女へ曰く、


「あの少女は実に優秀だが、その事件解決方法は常に血塗られていただろう。違うかね。誠に怪物的で良いと、我輩は思うのだ。」


と語った。意味を計りかねた老嬢であったが、外出した魔少女とトカゲ軍人が帰ってくる頃には全てを理解する。


 がいこつ作業員たちが、新道区に道路を集団で移動している。隊列を組んでいる為、怪物達はまた人間の侵入か、と訝しんだが、彼らはゴブリン軍人の豪奢な邸宅へ向かっていた。何事か、とゴブリン軍人が邸宅から顔を出すと、西、東、北と通路を全て塞いでいる。不穏な気配を感じた彼が、武具を手に外に出るや、トカゲ軍人が現れて曰く、


「責任を果たそうともしない輩を、復讐の名誉に従い処断する。」


 ゴブリン軍人が何か言葉を発する前に、トカゲ軍人は滑らかにサーベルを抜き、打ち込んでいった。ゴブリン軍人はおどろきとまどった結果、武具を落とし、攻撃を受け続ける。鈍色のサーベルがゴブリン軍人の肉体を容赦なく削ぎ落していき、両腕ともに胴体から切り離され地面に膝を折った時、ゴブリン軍人はがいこつ作業員たちの前に立つ魔少女に気が付いた。少女から向けられた憎悪と軽蔑が一つになった強烈な視線を受け、ゴブリン軍人は恐怖に怯えながら血にまみれ絶命した。この凄惨な処刑を目撃した怪物たちは、実力者たるトカゲ軍人を最上位として認め、輩一同恭しく膝まずいた。これは怪物世界のあまりにもわかりやすい政権交代の流儀であった。


 こうして、トカゲ軍人は瞬く間にグロッソ洞窟の実権を掌握した。思えば釣り目の僧侶の軽薄かつ半端な軍事行動が招いた事だが、都市エローエはこの実に手強い怪物を相手にすることになる。

 バラバラになったゴブリン軍人の死骸は先の戦いで犠牲となった怪物たちの遺族や仲間に振る舞われ、その肉は恨みを込めて食い散らかされた。魔少女はこの粛清を記念して、鉄人形の死骸が立つ第一区に近い水源地の広場に、ゴブリン軍人の骨塚を置いた。そして乱雑に積まれた骨の隣の石碑に以下の文言を残した。


「その責任を果たさなかった怠惰な臆病者の死を洞窟全体で祝し、その悪徳を後世への警鐘とするべくここに記念する」

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