第31話 リモス一党の新たなる代理人
この結果は、勇者黒髪の裏の共同事業者であるグロッソ洞窟にとっても悪いものではなかったはずだ。しかし、正確な情報を、仕入れるためのネットワークが途切れていたのだ。猿と妖精女の間はコウモリ部隊が繋いでいたが、猿の失脚後はそれを隠してコウモリ部隊は妖精女から情報を引き出していた。が、態度は隠せないもので、洞窟の支配者層に伸し上がったコウモリたちは極めて傲慢になったのだ。リモス一党以外の怪物たちを馬鹿にしていた妖精女は異変に感づいたのだろう、とりあえず偽りの情報を流すと決める。それは、魔王が死に都は人間の支配下に完全に入った、というものだった。リモス一党は滅び、洞窟長のインポスト氏も去った今、洞窟を支配するのは自分だ、という自負心がコウモリの心に燃え広がった。各地に配置している仲間からの情報を駆使して、コウモリ部隊の長は「魔王」を名乗り始めたのである。偽りの情報に拠ったとはいえ、奇しくも魔王の神官が予想した通りの結果になったわけだ。コウモリ長に出し抜かれ地団駄を踏んだモグラ部隊の長も、虚報を信じさらに対抗心からやはり「魔王」を名乗り始める。グロッソ洞窟に二体の魔王が現れる事になったというわけだ。こうなればケンカになるのは火を見るよりも明らかであった。
相争い始めた何とも軽い二体の魔王たちだが、コウモリが空中から襲い掛かればモグラは地中で防御に徹するので、闘いは決着をする気配が無かった。迷惑をこうむっているグロッソ洞窟の住民たちは、事態解決を洞窟に残る唯一の実力者で今や洞窟長のゴブリン軍人に依頼するが、
「ケンカなどしたい奴らが飽きるまでやらせておけば良い。元気があっていいね!」
とけんもほろろにしらんぷりという有様。
次いで頼りになりそうなのは魔女だが、過労で倒れて以来、ベッドから起き上がれずにいた。魔女は自分の介護をリモス邸の人間の下女にしてもらうことを望んだため、リモス邸内に居たのだが、陳情者たちはリモスへ調停を依頼しようとは思わなかった。かつて都市を攻略したり、洞窟を開発したりと名声豊かなものがあったこの粘液体だが、洞窟内のゴタゴタに際して逆境にすこぶる弱い事が、怪物衆たちから等しく軽蔑を買っていたからである。
「ゴブリン軍人も魔女もダメ。どうするべきだろう」
「せめて猿の旦那が生きていれば、こんなことにはならなかったのに」
「外部の強い怪物を洞窟に招くしかないのだろうか」
魔女思うに、猿も無く、妖精女も戻らぬこの現状、リモスに立ち直ってもらわねばならぬ。だが洞窟内の怪物衆はそろって無力なクズぞろいだからあてにはできない。それならば、と人間の下女に目を付けた。魔女の目から見ると、この女児は利発で動きの良いだけでなく、気も利いた。洞窟に至ったその経緯からも溌溂さは薬にもしたくない、といった陰気さはあるが、怪物達の間で恐れずに日々逞しくリモスや自分の世話をしながら生活をしている。この子を一廉の魔女に仕上げよう、いや、そうしてみたいもの。
魔女は少女の度胸を買ったのだ。病床の上から、怪物衆への振る舞い方、護身術、がいこつ作業員への指示の出し方を伝授し、魔女が倒れて以後、中断していた通路拡張工事を再開、その指揮を執らせた。この洞窟にあって、彼女に拒否をする事などできなかったが、工事再開に驚いた怪物たちが感心する程、作業は順調に進んだのだ。
「老嬢が復活したのかね」
「いや、違うよ。小さな娘が現場の指揮をしていた。がいこつどももしっかり働いていたようだが、ありゃ誰なんだい」
「嫗曰く、孫らしいがな」
面が割れている下女、とは言えない為に魔女のトレードマークであるとんがり帽子を深々と被せて、身元をあいまいにさせた事が上手く行った。怪物衆は改めて、魔女とその孫に、魔王二体の調停を依頼したのだ。魔女曰く、
「ここにいる私の孫が、万事処理するだろう。それがリモスの意志でもあるし、私がこの有様でも猿が生きていれば、きっとそうさせたはずだ。」
少女への権威付けも忘れない老嬢である。怪物たちは少女を「魔小女」と呼んで、調停の行方を見守った。
彼女は両魔王に手紙を送った。それによると、
「新道区の住民たちはどちらかを魔王として受け入れる準備があるので、ついては温泉湧出地にまで来て、住民の指示とリモスの金塊を受け取ってほしい。」
とあった。文中にはどちらか、としか記しておらず、早い輩を先にするとは書いていなかったが、コウモリもモグラも先を争って魔王の地位に就く事を望んだ。彼らが期待したのはやはりリモスの金塊で、これがあれば洞窟内でも大抵の命令は下せるはずであった。
双方の部隊がほぼ同時に、新道区の温泉湧出地に就くと、立ち込める湯けむりの先には新道区の住民達が待ち、金塊の山が用意してあった。が、湯けむりのため、コウモリは空を飛び難く、モグラは地熱に怯え地中を進み難いという状況であった。すると、魔少女が進み出て何か指示をすると、背後よりがいこつ作業員たちが出現し、両魔王の部隊の退路を塞いだ。ここで怪物衆は一斉に両魔王を包囲し爪や牙を剥き、彼らに降伏と新道区への移住を求めた。所詮、情報を上手く操作して伸し上がっただけの連中であったから、すぐに降伏したのだが、魔王モグラだけ、闘う気を見せる。すると、がいこつ作業員の一体が突入し、剣を振ってモグラ部隊の何体かをズバズバと切り裂き始めた。見ている怪物達は知らぬ事だが、このがいこつは、かつて魔少女を助けに洞窟へ突入した陸送隊の用心棒の変わり果てたる姿であり、生前の記憶に従って確かな腕っぷしと彼女への親愛の念を保持していた。腕の良い人間は怪物に勝り、今やこの亡骸は粉々に破壊されない限り、動きを止めないのである。モグラが泣きを入れて服従を誓ったところで、殺戮は止まった。洞窟に秩序が戻ってきたのである。
「あれほど強いがいこつを使役するとは、魔女もあの魔少女も隠し玉を用意していたのか。」
「なんにせよ、これでみっともない騒動は終結した。祝着至極とはこのことだ。」
「無能なインポストの野郎もいなくなったし、猿がいなくなっても、魔少女がいればこの洞窟も安泰だな。ゴブリン軍人は傲慢でムカつくが、余計な口だけはださないからな。」
怪物衆は魔少女の見事な手並みに感心し、再びリモス一党へ信頼を寄せ始めた。彼女の手並みに感心したのは、魔女も同様である。無事に仕事を終えて帰宅した魔少女に優しく言って聞かせた。
「あんたには才能があるようだから、人間世界の事は放念して、しばらくはこの道を進むと良い。成人するまでに、将来への展望が固まるやもしれぬし。」
魔少女は微笑んで頷いたが、表情を曇らせて曰く、
「引きこもっているリモスが再び金を掘りはじめなければ、リモス一党は長続きしない事くらい知っているつもり。どうやって彼を元通りにするつもり。」
魔女は困って曰く、
「前は妖精女のご帰宅で勤労精神が復活したものだが、ここだけの話、今彼女は友人に会いに行くと偽って、猿と儂の謀略で、勇者黒髪を少しでも長くこの地域から遠ざけるため、現地で誘略をしている。彼女が帰ってくれば、勇者黒髪が軍隊を引き連れて戻ってくるかもしれない。そうなれば、洞窟がまた人間どもに攻められてしまう恐れがある。妖精女以外で、リモスが元気になればよいのだが。」
魔少女は少し考えると、魔女の目を見据えて曰く、
「この件も、あたしに委ねてくれるのなら、リモスを元気にする事と、勇者黒髪を遠ざけるる事という相反する目的を達成して見せるけれど。どうかな。」
老いた魔女には異存などあろうはずもなかった。




