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第24話 始末

 黒衣の監察官がグロッソ洞窟を出立し、真っ直ぐに魔王の都への帰途についた、と思われた時、復讐に燃える猿は、半ば報復を諦めかけていた。彼が考えていた監察官への復讐方法は、道中に突き当たる人間の国々へ、魔王配下の大物が通過する事を知らせて戦いを嗾ける事にあったが、考えてみれば、親しく迅速に情報を伝える方法が限られていたのだ。


「とんがりが生きていれば、多少はやりようがあったかもしれないなあ」


と嘆くリモスだが、偵察のモグラ部隊からの話によると、監察官は河向こうの王国の領域に入る手前で横道に入り、原因は不明だがまた都市エローエ方面へ引き返しているという。魔女が占いを行うと、引き返してきている理由は分からなかったが、この状況は「吉」と出た。ここで猿は覚悟を決める。リモスのいない場所で、魔女と妖精女の三体で協議の場を持った。猿はまた、妖精女に都市へ行ってくれと依頼をするつもりでいたのだ。さすがの妖精女も、洞窟へ復帰できた恩返しは済んだとばかりに拒絶するが、今度は肉体を使用せず情報のみ伝える役である旨、強調された。そして猿は、黒髪が妖精女に一目ぼれしている可能性について、魔女にのみ打ち明けた。そしてその情報源は、黒衣の監察官であることも明かす。驚いて目を大きくした老嬢は手を叩いて笑い、


「この愉快な陰謀は絶対に成功するよ」


 と極めて高く評価した。


「やってみるまでは、わからんもんね」


と謙遜する猿だが、褒められて悪い気はしないのだ。



 その日、勇者の邸宅の門を叩く貧者がいた。このような場合、市民の人気を大切にする勇者だから無視することは無い。対応に出てくると、その貧者曰く、自分はとある神のお告げを受けて極めて大切なることを勇者黒髪殿にお伝えせよ、との命令によって参上した、と言う。訝しげに話を聞いてやっている勇者の表情が、貧者の顔を見た瞬間に呆然となり、落としたコップが割れた。その貧者は、勇者からすればなんと追い求めている女その人であったからである。生まれて初めての恋は、臆病ではない青年ですら慎重にさせてしまう。よく見れば、身にまとう貧しい荒布の下にはダイナマイトバディの片鱗が見え隠れしているようだった。黒髪が話を聞いているかどうか判らないほど呆けている為、妖精女は三回も同じ話をする羽目になった。曰く、


「お告げの内容は次の通り。魔王配下の高級官僚が密命を帯びて都市エローエに向かっている。その輩は貧しい僧侶に化け、言論をもって人々を惑わすつもりでいる。なんのためか。魔王の都への遠征を頓挫させる以外の理由があろうか。それ程、都市エローエの存在は、魔王にとって厄介な存在に成長しつつあるのである。本来、神々は容易にこのような助言を人間にはしないものだが、黒髪が勇者であり、信心を疎かにしない好青年であるため、今回は特別に手を差し伸べる。なぜなら、その輩は言論だけでなく、魔術の実力でも大したものであるため、放置すれば被害が出るのは避ける事ができないからである。敵は一体だが、細心の用心と万全の備えを持って撃退するべし。そうすれば遠征も上首尾に進む事、確実である……以上です。もう一度話した方がよいですか?」


 勇者である黒髪だが、彼女の声を耳に焼き付けたいがため、


「はい」


 と答えた。妖精女は四度目の説明を始める。


「じゃあ繰り返します。お告げの内容は次の通り。魔王配下の高級官僚が密命を帯びて都市エローエに向かっている。その輩は貧しい僧侶に化け、言論をもって人々を惑わすつもりでいる。なんのためか。魔王の都への遠征を頓挫させる以外の理由があろうか。それ程、都市エローエの存在は、魔王にとって厄介な存在に成長しつつあるのである。本来、神々は容易にこのような助言を人間にはしないものだが、黒髪が勇者であり、信心を疎かにしない好青年であるため、今回は特別に手を差し伸べる。なぜなら、その輩は言論だけでなく、魔術の実力でも大したものであるため、放置すれば被害が出るのは避ける事ができないからである。敵は一体だが、細心の用心と万全の備えを持って撃退するべし。そうすれば遠征も上首尾に進む事、確実である……以上です。もう一度話した方がよいですか?」


 勇者である黒髪だが、彼女の声を耳に焼き付けた後、その表情を楽しみ目に焼き付けたいがため、


「はい」


と答えてしまった。妖精女は顔色一つ変えず、五度目の説明を始める。妖精女も密命を帯びてこの場に立っているのだ。百戦錬磨の彼女は、一度抱いてあげただけの男に情を移すことは無く、この点では極めて職人肌な女であった。故に、相手のしつこい要求、くどい視線、いつまでも終わらぬと思えそうなやり取りにも、超人的な忍耐力を持って耐え抜いた。素人娘のように、感情を激発させることは無いのであった。


 十二度めの説明を終えたところで、ようやく勇者黒髪は


「いいえ」


と答えた。


 それでは、と去る彼女を勇者黒髪は引き留めて、照れ照れもじもじ話しかける。


「お姉さんご存知の通り、僕は勇者と呼ばれている黒髪だけど、神様の啓示を伝えてくれた貴女に感謝するよ、はい。神様が選んだ貴女はきっと特別な人に違いない。それにあの、僕あの宴会の時、お姉さんの名前を聞いたよね。名前なんて言うんだっけ。その、もう一度」


 こんな質問も想定していない妖精女ではない。そして猿が隠すまでもなく、彼女は勇者が自分に強い好意を寄せていることを見抜いた。ここで猿や魔女の計画から脱線すればそれはそれで面白いかもしれないが、そうしないところがこの妖精女らしいところでもある。猿や魔女との打ち合わせ通りに、


「私の名前はヴィクトリアです。旅商人の娘で、今はたまたまこの町に滞在しています。それでは神のお告げについて、くれぐれもお忘れなく。またお告げがあれば、参ります」


と暗記したセリフを吐いて見せ、さっと身をひるがえし勇者の前から姿を消した。名前の他、素性まで知れた事で、勇者は足を留めてしまった。


「ヴィクトリア……なんて縁起の良い名前なんだろう。神殿詣でをして本当に良かった。よし、この運命を信じて、魔王の部下を血祭りにあげてくれよう」


 と、早速東洋人の館へ向かった。



 その後しばらくして、貧しい僧侶に身をやつした黒衣の監察官がエローエの城門に現れた。勇者は神のお告げを信じた日から、聖職者に対する検問を強化していた。建て前は、遠征軍に従軍する僧侶を募集しているという事実を告げるとともに、一か所に集めて一網打尽にする計画であったのだ。故に、預言にあった通り貧しい身なりの僧侶だけに焦点を絞り、釣り目の僧侶のような金満聖職者は除外させた。


 そうとは知らぬ黒衣の監察官は、城門で従軍僧侶の話を聞くと、すぐさま採用試験会場へ向かった。そこには勇者もいるというからだ。果たして勇者はおり、すでに手を上げた僧侶たちから出自、経歴確認、志望動機、自己PR、聖歌詠唱力の試験に入っていた。


「なんというくだらない茶番だろう。聖歌詠唱力以外、いくらでも偽りを押し通す事ができてしまうというのに。こんなバカげた基準で人員を選んでいるのなら、我が魔王の王国の勝利は疑いようのないところだ」


と監察官は大いに遠征軍を侮った。そして、茶番に付き合うつもりのない怪物は、試験の順番を待つことも無く、勇者黒髪へ突撃をしかけた。いきなり魔力の塊をぶつけられた勇者は吹き飛ばされたが、奇襲を想定して咄嗟に盾をかかげ、負傷を避ける事に成功した。闘いが始まった。


 東洋人の指揮下、伏せられていた傭兵が試験会場に殺到する。驚いた監察官は、粗末な僧侶の集団にその姿のまま紛れ込み、テロリズム的攻撃を仕掛ける。魔力の塊が勇者に発射されるたび、発射方向へ傭兵隊の石弓が飛んでいく。無垢なる貧しい哀れな僧侶の命を盾にして矢をかわす監察官の五月雨攻撃が続くが、傭兵の包囲が進むと、その姿が露わになった。東洋人は一斉攻撃を命じるが、ここで黒衣の監察官はその実力の優れたるを発揮する。強大な魔力を駆使して、巻き添えを食った僧侶の死体を操り、不死の先兵として繰り出したのである。これは実に恐るべき事態であるが、勇者は銀の剣を持って自ら不死者を撃退する。が、銀の剣で切られたからといって、既に死んだ体が浄化されるわけではない。苦戦は続いた。戦況を変えたい東洋人は、引き続きボスである怪物への集中攻撃を命じた。黒衣の監察官の計算違いは、勇者黒髪の咄嗟の勇断により兵が不死の先兵を恐れなかった事と、翼軍人が鍛え上げた都市の傭兵達一人一人の強さであった。実力怪物であり魔王の近くに侍る黒衣の監察官とは言え、多勢に無勢であった。不死の先兵を呼び出して指揮をする必要が出た事がかえってその集中力を欠いたのだ。結果、敵陣に一人飛び込んでいった形になったこの怪物は、無数の刃と矢を全身に受けて斃れた。魔力の主が死ぬと、動ける死体もその場にて崩れ落ちた。人間側の犠牲者は、巻き添えを食った貧しい他国の僧侶八名だけ、兵や市民に犠牲者は出なかった。大勝利である。


 黒髪はこんな機会も無駄にはしない。早速、市民招集の鐘をガンガン鳴らさせて、議会前の演壇に上がり、切り離した怪物の首を横に、即興の演説に臨む。彼にしてみれば、遠征を妨害する魔王のテロに思えたし、神の啓示もあった。全てを正直に市民へ伝えるつもりでいたのである。時には率直も有効である、という良い見本だが、恋するヴィクトリアがどこかで自分の演説を聞いてくれるだろう事も期待していたに違いない。

キャスト


リモス:リモス一党の一人。最も影が薄い。

猿:リモス一党の一人。実質的なボス。

魔女:リモス一党の一人。猿の相談相手。

妖精女:洞窟で生活を再開するため、猿の援助を必要としている。偽名はヴィクトリア。


モグラの怪物:リモス一党のため、情報収集を請け負っている。


黒衣の監察官:勇者黒髪の命を奪い、立身出世を狙う。


勇者黒髪:童貞喪失の相手、妖精女に惚れている。

東洋人:募兵官。都市の傭兵隊を統率する。

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