表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/112

第20話 細い糸の上の降伏

 結論から言うと、「リモス一党」は「勇者黒髪」に降伏した。これは洞窟が都市に降伏したのではない。だが黒髪は議会に対して「洞窟の重要怪物」が「都市エローエ」に降伏した、という形で伝えたのだ。そうでなければ、勇者黒髪にとっては意味が無かったし、降伏の証である大量の金の山と、その上に乗った洞窟の鍵を持って、議会は納得すると判断したのである。金の山は議員たちを瞠目させ、洞窟の鍵は内部のボスが住まうエリアの鍵、という事で説明した。洞窟は七度目の侵攻を回避するに至った。以下はその仔細である。


 勇者黒髪に突き付けられた降伏勧告に対しどう処するか、猿はリモスと魔女の三体で協議を行う。リモスは半ば、引きこもりから立ち直っている。魔女はいつも通りだ。まず、統領とんがりと翼軍人の死について、洞窟全体に知らせねばならないと猿は切り出した。特に正体がバレ倒されてしまった翼軍人は魔王の都から派遣されてきた怪物だ。次の怪物を招聘するためにも、洞窟長たるインポスト氏を引き入れないわけにはいかないのだ。リモスと魔女に、異存は無かった。


 そして、本題の降伏についてだが、猿はこれを回避する事はできないだろうという所見を二体に伝えた。それを承知の上で魔女が深刻な顔をして曰く、


「人間どもに紙切れ一枚渡してお茶を濁すくらいはなんてことないだろうが、降伏したという事実が他の怪物に広まれば、私たちはリンチで殺されるかもしれない」


 だがリモスは思うのだ。降伏する事によって、グロッソ洞窟の平和が護られるのならば、それも良いかもしれない。そう伝えると、猿と魔女は頭のおかしい輩を見る目で口を揃えて言った。


「一度ひざを折れば、骨の髄までしゃぶられることになる。もう二度と平和は戻らんよ。俺たちは皆等しく、勇者黒髪の野郎の奴隷になるのだ」

「そうだろうか。お互いの領域を守って、取り決めも尊重すればきっと棲み分けができるはずだと、僕は思う」


 猿はリモスを諭して曰く、


「その理屈が通るなら、鉄人形だってあんな最期を迎える事はなかったはずだろう。こちらが約束を守っても、先方は守らない」


 リモスのこの甘さ、世間知らずさに猿は辟易する事もあるが、この粘液体がとんがりと実現させた平和という実例から目を背けていたわけでは無い。黒髪と対面した感触だと、怪物に対しては容赦しない人間だという最初の印象を猿は得ていたから、備えや条件を付けずに黒髪の要求をそのまま容れる事は論外だと話した。


「黒髪という人物はあちこちの怪物を専門にして討伐をしていたらしい。今、戦っても勝ち目はないだろうから、要求を拒否する事はできない。要求は入れて、その上で我らの損害を最小限に抑え、また取り決め事によって黒髪に対して毒を仕込むのが最善だ。その上で、リモスがとんがりと信頼関係で結ばれていたように、黒髪とも結ばれればなお良い。奴が何を欲しがっているかが判れば一番なのだが。恐らく奴にとって、金は何かを為すための道具であって、真の目的はそこにはないと俺は思う。どうにかして、それを調べる事はできないものかな」


 三体で悩んでいると、そこにリモスへ客がやって来た。魔王の都からだという。


「ついに来たな」


 猿と魔女は笑みをこぼした。リモスの家の玄関口に、あの妖精女が、かつてリモスの情婦でありトカゲ軍人について上洛していったはずの彼女が立っていた。


 リモスはびっくりして目をまん丸くしていたが、遠慮して上がらない妖精女を、彼は快く迎え入れた。なぜグロッソ洞窟へ帰って来たかも、リモスは問わなかった。この喜びによって、リモスは引きこもりから完全に脱出する。彼の家には妖精女と人間の少女がおり、そしてたむろする猿と魔女が集まって、賑やかになった。この幸せを一時のものにしないために、リモスは改めて労働に精を出すようになる。また、活発に政治的活動を行う猿を全力で支援する事を怠らないようにも。


 インポスト氏は猿を嫌っている為、彼への折衝はリモスが行う。


「おお凡夫、心の傷が癒え、ようやく穴倉から出てきたのかね」


 嫌味な言葉に愛想笑いをしながら、リモスは氏の鉄人形に対する勝利と秩序維持のための日々の労苦を称えた。単純にも機嫌良くなり、頬を赤く染めた洞窟長に、リモスは翼軍人の死と、勇者の要求を伝えた。今度はインポスト氏真っ青になって、震えて曰く、


「また攻めてくるのか」

「都市の勇者黒髪は、とんがりの背後にいた私に降伏を求めています。洞窟全体ではなく、あくまで私に、です。よって、私個人が勇者に降伏し金を渡すと同時に、洞窟には手を触れないと約束を取り付けますが、トカゲ軍人、翼軍人に変わる軍教官を改めて招聘せねば、いざという時のためになりません。費用は私が必ずなんとかするので、今一度、お骨折りを頂きたいのです」

「そんなことよりも、翼軍人の討ち死にについて私は一切の責任を持たない。都市にあの輩を送り込んだのは、私ではなく、お前なのだから。だから、いざ魔王の都から咎めがあった時は、お前がそれを受けねばならない。確約せよ」


 この事については、その時は後は野となれ、という気になったリモスが承知した。翼軍人の後任招聘についても、インポスト氏は翼軍人の死を詫びる大金とともに、という事で洞窟長は引き受けてくれた。なにより重要な、降伏について、「リモス一党」が「勇者黒髪個人」に降伏するという形を守るのであれば、という言質をインポスト氏から取ることに成功した。


 今回、リモスは洞窟長の意外な一面を知った気がした。それは、形でも敬意を払われれば気を悪くしないし、頼られれば動いてくれる、という事だった。洞窟長を怠惰で臆病としか見做していなかった事を、リモスは僅かに後悔した。特に、インポスト氏を無視し侮辱し、権威を競った鉄人形が惨めな最期を迎えてしまった事実を目の当たりにしたあとだからこそ。


「もしかしたら、鉄人形は死ぬ必要なんてなかったのかもしれないな」


 猿もインポスト氏説得が上首尾に言った事を意外な面持ちで喜んだ。帰宅したリモスが洞窟長の性質について仲間の二体に伝えると、猿は強い嫌悪を示して曰く、


「あれに媚びる事など、俺にはできない。まして頼ることなど」


 一方の魔女は関心無く、


「あの方が褒め殺しに弱い事は、洞窟の古株ならみんな知っている事だよ」


 とつぶやいただけだった。


 それからリモスは勇者黒髪対策の案は猿と魔女に任せて、金の採掘に勤しむ日々に突入する。インポスト氏に委ねる大量の資金の必要もあるのだ。これまで休んでいた分を取り戻さねばならなかった。が、勤労の後、家に帰って妖精女の膝の上でゴロゴロできたのはたったの一日だけであったのが悲しい。魔女曰く、今回の計略の為、しばらく借りる、ということだった。猿と魔女の事を信頼しはじめていたリモスは、下女である人間の少女と二人きりで食卓を囲む日が続いた。



 勇者が再来する一週間の間に、猿は、リモスととんがりのような関係を、自分と黒髪が築くべきだという結論に達した。その為には、勇者の大望を知らねばならない、とも。そこで、妖精女を利用すると決める。彼女は、魔王の都で順調に出世街道を進行中のトカゲ軍人にあっさりと捨てられて、路頭に迷っていた所を、猿と魔女の使者に声をかけられたのである。今一度、グロッソ洞窟のリモスの家へ戻らないか、と。魔王の都でも、金を生み出すリモスの事が知られ始めていた。本名ではなく「ゴールデン」という渾名によって。当然それを耳にした妖精女は、その時に至って後悔したのだ。身近でそれなりの成功を収めた男のそばにいれば、気楽で比較的裕福な生活が送れる、と。売春窟やカジノで刺激を求めた彼女が、トカゲ軍人に捨てられた後に安定を求めたとて、誰が非難できようか。


 しかし、妖精女へ帰郷を薦めた猿の真意は、自分のため、あるいは洞窟の為に利用する駒が欲しかった、という冷たい計略の上にある。世の酸いも甘いも知っている魔女もその作戦には賛成した。すなわち、妖精女の色香を用いて、当初はリモスに活力を与え、引き続いて勇者黒髪から情報を引き出す、という作戦だ。


 妖精女は、田舎者丸出しのグロッソ洞窟の連中とは異なり、勇者黒髪の名を魔王の都で聞き及んでいたから、猿が半ば強引に命じてきたこの作戦についても前向きに了承した。


 勇者と称している人間は、曰く、強力な怪物を専門に攻めてくる、弱い輩を相手にしない、夜でも活動をやめない、という特質があるという風聞があった。噂が噂を呼ぶ間に、勇者は名誉を重んじ、怪物でも弱い存在に慈悲をかけ、夜にスケベな活動もする、という内容に変わっていたが、これを妖精女は信じていたのである。故に、惨い事にはならないだろう、と。


 魔女の手引きで人間の女に化け、都市の夜に忍び込んだ妖精女は、勇者黒髪の家に向かう。そこでは豪勢な家では晩餐が開かれ、贅沢な食事、勇者を囲む取り巻き、有力な議員らしき人物で溢れ、下品な冗句と酒肉が乱れとんでいた。すっかり自信を無くした妖精女だが、明け方が近くなると、ほぼ全員が酔いつぶれ気を失っていた。彼女は酔いつぶれた黒髪に近づき、彼の体を寝室まで運んで、その温かな肉体でたっぷりと包んだのである。夢心地の中にまどろむ黒髪は、妖精女の問いかけに答えてしまった。すなわち、魔王の都へ遠征をして、勇者の名に真の価値を与える、という事を。


 妖精女はそれを聞いても驚かなかった。怪物と敵対する人間たち、特に戦士や冒険者たちに、そのような志望があるのは当然であると言えたからだ。彼女は持ち前の勘の良さで、要件は済んだと判断すると、てきぱきとベッドの上での仕事を終え、完全に眠りについた黒髪を置いて勇者宅を脱出し、都市を後にした。


 朝、呆然と目を覚ました黒髪は、気絶している市民たちをたたき起こしながら、昨夜晩餐に参加していた女性の事を尋ねまくった。誰もが、そんな女知らない、と答えるが、黒髪は忘れていなかった。忘れるはずもないのは当然で、その日まで、勇者黒髪は童貞だったのである。

キャスト


リモス:リモス一党の一角。最も楽天的。

猿:リモス一党の一角。最も気が強い。

魔女:リモス一党の一角。最も慎重。

妖精女:リモスの愛人。トカゲ軍人に捨てられ出戻る。

インポスト氏:洞窟の名目上の責任者。名目のみ。


黒髪:勇者、都市エローエの指導者。勇者らしく童貞だったが……

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ