第18話 東洋人の登場と黒髪の帰還
都市の独裁者とんがりは滅びた。
怪物に擁立支援をされたとはいえ曲がりなりにも一年近く秩序を維持してきたこの政権が急転直下の崩壊を示した後、再び議長を中心とした議会が都市を運営する事になる。議長には自然、クーデター戦を指揮した「釣り目」の僧侶が議員たちによって選出された。
目下、市議会の最優先課題は、とんがりの死によりグロッソ洞窟との関係が切れたことによる防衛体制の再構築だ。もう二度と、怪物によるクーデターなどを許してはならない、という一点では議員たちは一致しており、この度、議会側に立った傭兵たちも、それには異存は無かったのである。その為か、市民たちが勇者黒髪の帰還を待ち望んでいる間、釣り目の僧侶は一人の有力なニューフェイスにしきりに声をかけていた。
とんがりの死から二日後、招集された議会は、市庁舎が焼け落ちたためその庭園で行われた。議長を務める釣り目が提案した議題である傭兵の募集について、ほとんど議論はされなかったが、募兵の責任者として、とんがりを自害に追いやり翼軍人の首を落として一攫千金名を挙げた「東洋人」を候補に挙げた途端、議場は沸騰した。
この傭兵、通称「東洋人」曰く、彼自身の生地は遠い東の方角にある国、故あって世界を放浪してエローエにたどり着いた冒険者で、その優れた戦闘能力で頭一つ抜けていた人物でもあった。ところで、翼軍人は生前怪物のくせに人間の女を愛人にしていたのだが、市庁舎落城直後、手のひらを返してこの女に市民たちが怒りと差別意識を集中させていた折、颯爽と現れた東洋人がこの女を匿ってさらに自身の愛人にすることでその権利を擁護した、というイベントがあった。これを契機に、市民たちは彼の軍事的実績を思い出すと同時に、意外な人格者ぶりに感銘を受け、傭兵隊の隊長に相応しいのではないか、と噂をし始めた。目ざとい釣り目の僧侶は、この有望な軍人を自分の右手にするため、囲い込みかけたのである。本心では勇者黒髪以外の実力者の登場を望んでいなかったが、この時はそれを認めざるを得ない程の存在感があったというわけだ。
募兵の責任者とする、ということは彼を慕って集まってくる兵たちの軍事面での責任者にするということでもあった。これが議会で「決議」されるや、釣り目の僧侶は、東洋人に大いに恩を売った気になった。
議場で、都市市民による軍を再興してはどうか、という意見もあがったが、対とんがりのクーデターでも市民兵は急な戦いに応じたものの、有効な戦果をあげる事ができず、その弱体化ぶりをさらけ出すだけだったので、議会は積極的に傭兵に賛意を送ることとなった。また、もう戦場に出たくない、血は外国人が流せばよいという本音もあった。
それから数日後、とんがり政権崩壊から約一週間が経ち、勇者黒髪がついに都市へ帰還した。市民たちは黒髪の帰還に歓声を持って応えた。
精悍な顔つき、鍛え上げられた肉体、何やら重厚な武具、そして他国の騎士を従えて帰ってきた黒髪は、それこそ勇者と呼ぶのに相応しい人格者に成長していたようであった。市民の集団をかき分けながら、修復工事がようやく始まりつつあった市庁舎へ向かう。そこで彼は釣り目の僧侶率いる議員団に迎えられ、彼らの振る舞ったくどい演説により褒めちぎられ、称号と名誉職の大盤振る舞いを受けた。それにも一切異論は唱えなかった黒髪だがただ一つ、いくつか与えられた物の中で、ありがたく受けた議員の地位を、勇者は最大限活用するつもりではいたのだ。他国にて怪物討伐に集中する事一年、黒髪には大いなる大望が芽生えていた。黒髪は都市エローエ周辺における冒険仲間でもあった釣り目の僧侶に対しては礼と交友は欠かさなかったが、実はその他の議員に対しても同様に接していたのである。そして友人関係を構築した議員を使って、軍事委員会を開く事を求めさせた。この会は、軍事活動を行う時の大本営となるものであり、勇者黒髪がそれを求めたという事は、
「勇者が戦争を求めている」
ということであった。この提案は賛成多数で可決された。勇者黒髪帰還後、五日後の出来事だ。都市は、黒髪と外征への噂でもちきりになった。
軍事委員会の委員長を務めるのは議長である。故に、それは「釣り目」の僧侶だが、彼はなぜ勇者が委員会開催を求めたか、友であるはずの黒髪から事前に聞いてはいなかったし、その動機を承知してもいなかった。だから、友情に引きずられ黒髪が求めるままに、委員への演説を許可してしまった。
勇者黒髪の演説は自信と勇気に満ち溢れた、力強いものであった。
「軍事委員諸君、この度、市民諸君の愛国心によってエローエ市民が誇りを取り戻した事を祝福します。しかし、人類世界を見てみるや、世界は怪物勢の圧迫に押され気味であり、人間全体でみた場合その誇りがひび割れているのを我々は悲しみを込めて見るでしょう。特に最前線の王国では魔王の攻勢にさらされ、その王は諸国に救援依頼を矢の催促でしていること、御存じのはず。私の提案は、この情勢に拠っています。すなわち、エローエ市民が率先して魔王討伐軍を起こし、人類を率いて世界平和に貢献する事です。この度、私の親戚となった河を超えた先の王国の王も、最前線の王国への出兵と資金提供を約束している事をお知らせしておきます。今のエローエ市民は他国にその名が聞こえる程に豊かであり、今回、我らが主導する場合、魔王討伐軍に物心共に投資する意義は、名誉実利両面から大きい事はお分かりのはず。そして、救援を求める最前線の王国が対峙するのは魔王の都たるモストリアであり、これを陥落させることは人類の大望であることも。委員諸君、討伐軍の指揮官に誰が就くにせよ、私は必ず従軍する事を約束します。ぜひとも実現させてみようではありませんか」
委員会は歓声で満たされる。
「我々が人類世界を率いて、世界を救う!」
「夢みたいな話だ。これほどの名誉が、かつてあったか!」
「さすがは勇者黒髪だ、みなで魔王を倒そう!」
この演説は、とんがりの死によって開かれた道を、見事に指し示す物であったから、並み居る委員たちはみな感激し、勇者黒髪に万雷の拍手を送った。そして委員長に対し、黒髪提案の魔王の都遠征を議会にかける事を求めた。突然の演説を聞き、その計画の無謀さに腰を抜かしそうになっていた釣り目は、何とか声を絞り出す。
「諸君冷静に。勇者の称号とは、壮大なる計画を無思慮に認めさせる者に相応しいものではないはずだ。危険に万人を巻き込むのではなく、個人で進み出でて怪物を討伐し、世界の安全に貢献する事にこそ、その真の意味が込められているはず」
すかさず黒髪は反論する。しかし、丁寧な口調を保ちつつ。
「魔王の都の存在により、すでに万人は危険の只中にあります。そして、我らが都市こそ、魔王配下のグロッソ洞窟によって、都市の指導者に相応しくない人物を長に仰がされていた被害者でもあった事を忘れてはなりません。この汚辱を完全に晴らすには、怪物どもの総責任者である魔王を討つしかない、諸君、そうではありませんか!」
すっかり勇者の勇気と勇名に当てられた委員たちは興奮しいちいち肯首するのみで、黒髪の計画に危険な臭いを感じ、どうしても賛成できない釣り目はそれでもなんとか反論を試みる。
「だが、最前線の王国までは遠く、無事、魔王のいるその都!都のある見捨てられた地モストリアまでたどり着けたとして、この遠征は年を跨ぐ事になるだろう。莫大な費用が必要になる。また、魔王とその近衛に対して勝ち目はあるのかね。先年、私も君と共にグロッソ洞窟を討ったが、その時に現れたトカゲの怪物を覚えているだろう。あのカルヴォ氏すら打ち勝つことが出来なかったあの手合いが、恐らく、複数詰めていると見做して間違いはないのだ」
カルヴォ氏とは、戦士ハゲの本名である。この時、戦士ハゲは折悪く都市エローエからやや離れた場所におり、革命を知り急ぎ帰国中であった。だが、勇者黒髪はニッコリ笑って曰く、
「友よ、安心してくれ……諸君、私が周辺諸国で討伐した怪物の中に、あの時のトカゲの怪物の如き強敵は何体もおりましたとも。しかし、私は一度も遅れをとったことはなかったし、全て討伐に成功してきたのです。このことは、それにより利益を得た国々が保証してくれますが、私も大いに腕を上げたのです。そういった手合いの討伐は私にお任せを」
「だが、あのトカゲの怪物程の実力があったかは分からないではないか。あれは凄かった……」
黒髪は釣り目の言葉を遮るように、強い口調で発言に割り込んだ。
「聞けば、とんがりに侍った翼軍人はトカゲ軍人の後任であったという事です。それを我らエローエ市民は打ち破ったではありませんか」
「それは様々な幸運が上手く合致したためであり―」
ここで釣り目の僧侶は言葉を飲み込んだ。自分の根まわしが良かった結果だからだ、と言い張れるだけの自信がなかったからだが、政治的野心を他の委員に警戒されるのを恐れたこともある。俄かに二人の間で言い合いになりかけたため、一人の委員が仲裁に入った。彼も黒髪の友人となっていた。
「では手始めにグロッソ洞窟を攻める、というのはいかがでしょうか。遠征に出るには、都市の守りは万全でなければなりません。あの洞窟を放置してはなにもできませんから」
この代案に勇者黒髪は賛成した。すでに委員会に参加するほぼ全てが賛成にまわっていることを確信した釣り目の僧侶は、引き続き沈黙するしかなかった。委員会の賛成多数で、遠征案は議会にかけられる事となった。
釣り目の僧侶が遠征に反対の姿勢を取った理由は、それが危険な事業であるというよりも彼の目的に合致しなかったからである。この人物は都市エローエの上流階級の出身で、都市の伝統と秩序をなによりも尊重していた。それは似たような出自の戦士ハゲよりも強烈で、とんがり時代には勢力を得るために都市を遠く離れた黒髪やハゲとは異なり、釣り目は常に都市周辺で雌伏していたのである。故に、対とんがり戦で前線にいる事が出来たのだ。その目的は単純である。都市は伝統的市民によって運営されるべきで、移民や外国人はその運営から除外されるべきである、という実に典型的な血統主義だ。かつて仲間の「三つ編み」の死体を放置したことも、移民である彼を尊重していなかったに過ぎない。捕虜になった「とんがり」に対して意識を払わなかった事も同様の事情による。「東洋人」に対しても、彼には自分の片腕として軍事という泥仕事をさせるために懇意にしているだけで、その権利を尊重しているわけでは全くなかった。この釣り目の考えからすると、都市はまだ危機から脱出したわけではなく、内を固めるべきであった。それが世界の平和に最も資するのだ、と。
「世界は人間が優勢だ。徐々に平和を広げていけばいいのだ。それをあいつは何も判っていない。学が無いからそれも宜なるものか」
釣り目の僧侶にも、人間として怪物世界を打ち破る事を望む熱意は十分備わっていたが、黒髪の手法とは真っ向に対決していた。だが今、伝統的市民の中でも特に上流階級出身の自身の政策に対して、はるか格下の黒髪が「勇者」の名声を武器に挑んできている、と見做したのだ。この委員会を境に、黒髪と釣り目は相いれない関係へと変化していく。
しかし、対とんがり戦を扇動した釣り目の僧侶が遠征に反対するということは、彼の利益は、エローエ市民の求める利益と合致していなかったということにもなる。ほぼ全ての富裕層が戦争を求めている中で反対の立場を取っていたのだ。それが僧侶という彼の立場によるものだ、と市民は考えていたため釣り目に対する反発は非常に少なかったが、この僧侶は徐々に新政権から除外されていく事になる。このことを完全に理解していた黒髪は、釣り目の僧侶を危険な競争者とは見なしていない。以後、放置となる。
勇者たるもの市民たちの欲求を感じ取り、それ、すなわち時代の波に乗って機会を活かしたのだから、有利であった。しかし、彼にも問題がないわけではない。ほとんど手勢を持たない勇者が属す都市エローエには市民兵がいないから、戦争をするには都市が金を払って集めた傭兵を送り出すことになるのだ。であれば、「東洋人」とは親しくしなければならなかった。黒髪は伝統的市民ではあっても、上流階級とは無縁であり、血統主義にもこだわらなかったから、その勧誘も独特な形になった。すなわち、遠征に参加した傭兵には市民権を授ける、というものだ。
勇者黒髪と東洋人傭兵の間で話が進むにつれて、釣り目の僧侶は居場所を無くしていく。それというのも、今や主導権を握っているのは、市民の人気絶大な黒髪であるからだ。そして、戦士ハゲもようやく都市に帰還したが、すでに勇者黒髪の勢いに都市は飲まれており、彼の政治的な居場所はどこにも無かった。勇者黒髪は、戦士ハゲの社会的成功への欲望をよく承知していたから、自分の事業に彼を噛ませるのは危険の素と判断し、友人関係以上の声掛けをしなかったのである。黒髪はかつての重要な仲間である釣り目の僧侶、戦士ハゲの二人を切り離そうとしているのだ。こんなことができるのも、「勇者」の称号を得ているからだ。この不和を見て人々は噂しあった。
「勇者という者は、自分の好きな仲間を組む事が出来るものだ、それも優先して。なぜかといえば、それは彼が勇者だからだよ」
「では、外された仲間はどうするんだい?」
「指を咥えて勇者の御声がかかるのを待つしかないな。惨めだがね」
勇者黒髪とかつての仲間たちの最初の争いは、すでに勝負が決まっていた。
黒髪:勇者の称号を得た戦士。人気をもって都市を掌握しつつある。
釣り目:僧侶。都市の上流市民。クーデターを扇動するが、その後の権力奪取に躓く。
ハゲ:戦士。都市の上流市民。帰国が遅れ、権力奪取に躓く。
東洋人:傭兵。現在、優れた兵士として売出し中。弱点は移民という身分。
とんがり:自害。東洋人によって都市郊外の墓地に埋葬された。
翼軍人:戦死。生前、都市に人間の愛人を囲っていた。




