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第13話 総務の問題

 ある日、新道区の一部区画が崩落し、数十体の怪物が負傷した。死亡事故に至らなかったのはさすがはタフな怪物たち故であるかもしれないが、自身も潰されてはかなわぬと、猿は調査を命じた。それによると、中々深刻な問題が判明する。


 洞窟の度重なる拡大により、住まう怪物の頭数は千を超える規模にまで増加していたが、居住空間については既にリモスや鉄人形が、各々の生活の中でそれを拡大させていたため、重要な問題ではなくなっていた。むしろ問題は、彼らの生活様式にあり、転入してきた新規の怪物たちは、洞窟の外に出て狩をすることが多く、自然と洞窟の上に広がる森林地帯が荒れ始めた。また、怪物たちも、天井の支柱、梁や仕切り等に木材を多用するため、土地の砂漠化の兆しも現れていた。


 要するに、怪口増加が洞窟崩落の原因であるというのだが、この生活様式を変える事など今更不可能であった。また、崩れたのは新道区の比較的古い箇所で、使用していた木材が腐っていたとも言う。


 猿はこの問題の解決に、木材を専売制にして、洞窟の上に広がる森林から勝手に伐採してはならぬ、と決めた。そして、坑木をより頑丈で安価な岩を用いる形へと変えていくとも決定する。とはいえ、そう都合よく石切りが出来る怪物は居ない。都市に住む石工を派遣してもらうようにとんがりに依頼しようか、という案も上がったが、やはり怪物と人間、住む世界が異なるのでこれは却下された。がいこつ作業員の中に生前石工の経験がありそうな者もいたが、曰くもう覚えていない、と言う。となると、適当な大きさの石を選び出し、積み重ねて支柱を造り替えるしかない。猿の指揮下、この地道な工事は進められていく。これは普段、暇こいている怪物たちを雇用する格好の機会にもなった。人間世界の言葉で表せば、これは公共工事であるため、新道区住民の一体感は増加した。


 一方、そんな事情を承知でも、相も変わらず不愛想なインポスト氏の支配領域では木材の伐採は続けられ、さらに専売にした新道区よりも安く取り扱っていたため、これが大いに売れて新道区にもインポスト系木材が流入するが、猿はこれを厳しく取り締まり、没収してしまう。これは、後に恨みを買う事となった原因の一つでもある。


 洞窟を覆う森林が荒れ砂漠化が進むという事は、怪物の食料となる動物も減少する、という事になる。岩を食べれば良かった鉄人形のような怪物は少数派で、怪物たちもやはり肉や果物、時に穀物を食べたいのだ。では奪うか、購入するかしかない。猿は購入の路線で考えを進める。地域で最も食料が集結するのは、やはり人間の都市である。ここで購入するのが最も良いが、怪物が買い付けに行っても相手にはされないだろう。この障害にはとんがりの手を借りる事とする。人間に化けた怪物が、統領とんがりから許可状の交付を受けて購入する、という流れだ。洞窟に持ち込まれた食料は、新道区にある倉庫にて保管される。


 余談だが、食糧倉庫の管理人には乾燥人間と呼ばれる怪物が就任した。伝聞ではこのアトピー性皮膚炎が極度に進行した者がいる部屋では湿度が大きく下がるという。どこかの町から追放され、洞窟に流れてきたのだ。つまり、彼は怪物ではなく人間であるが、怪物衆から受け入れられた程だから、その特性は人を超えていたのだろう。洞窟内でも惨めな生活をしていたが、この度、職にありつけることができて、彼は猿に大いに感謝をしたらしい。それを聞いた猿曰く、


「へえ、あいつは人間なのか。まあ、あの姿なら人間どもも奴を同胞だとは思わないだろうよ。人間風情を洞窟に置いてていいのかって?まあ役に立って他に誰もできないんであれば、重宝してやろうぜ」


 食料の購入は軌道に乗り、以後も上手くいくが、猿はもう一つの門戸を開いた。それは、グロッソ洞窟の存在を完全に隠し通す事が出来ない以上、人間側にとっては闇取引となる商いを認めるというもので、こっそり人間も利用できる「アイテム売却所」を設けた。取引は原則、金を持って行われる。都市ではギルドを筆頭に様々な特権の存在によって外部からの新規参入が阻まれている事もあり、この「アイテム売却所」は猿が心配になるほど大当たりした。都市エローエで使用されている銀貨や銅貨も用意し、金とそれらを交換する事も可としたから、新参者や闇取引を行う人間たちにとって知らぬ者はいない、というまでになるから画期的な存在であったのだろう。


 食糧問題が解決したころ、また解決せねばならない問題が起こる。洞窟には古くから水源地があり、インポスト邸の近くにもあることから彼の管轄下にあったのだが、新参者も使用せねばならず、結果的に水質の悪化と水量の減少が顕著になり、インポスト氏は古くからの住民の声に負けて、新道区の怪物たちからは使用料を取ることにしたのだ。


 新道区の怪物たちの間に恐慌が走った。彼らも水が無ければ生きていけないことには変わりがない。彼らはこれまでの諸政策で新道区の怪物たちの擁護者になりつつあった猿になんとかしてくれ、と切実に依頼する。


 洞窟内での対立は避けたいリモスの意志を尊重する猿は、インポスト氏と対立する事は一切考えなかった。彼も、鉄人形処断時に、近くに居たのだから、闘っても勝ち目が無いと確信していた事もある。それよりも、新たな水源を掘り当てる方が現実的に思えた。だが、採掘は専門家のリモスが居なければ何ともならぬ。猿はリモスに対処を迫るが、引きこもりは未だやる気が出ないという。猿の見たところ、人間の少女が身の回りの世話をしているため、鉄人形殺害時のショックからは立ち直っていたが、困った事に労働意欲を失ってしまっていた。こういう場合はキッカケがあれば蘇ると思った猿は、リモスを殴って気合を入れて見たが目立った効果は無かった。


 ただ、新たな水源地には心当たりがあったらしく、リモスはその場所を猿に伝えて曰く、


「湯は出ない事を一度確認しています……十数人で地面を掘り続ければ、一日ほどで水が出てくるはず……」


 猿は笑みを浮かべながら問う。


「お前は色々有益な情報を知っているのに、なぜそれを活かそうとしないのかね。この洞窟には怪物がどんどん流入している。彼らの面倒を見る事が出来れば、支持を得る事もでき、強い地位を得る事だって望めるのに」


 リモスは猿の真意を理解して曰く、


「僕は鉄人形のような惨めな事にはなりたくない。いや、今だって十分に惨めだ。かつての友人を死なせ、それに手を貸したようなものなのだから。僕は極めて弱体な粘液体だから、友人なんて彼が初めてだったのに。そして、友人のつもりでいたのは僕だけだったということ。いくら金があったって、みんな僕に笑顔を向けているのではなく、金に諂っているだけだってことに、ようやく気がついたよ」


 それを聞いて猿は大笑いして言った。


「何を間抜けな事を!共にいると楽だから、快適だから、金ヅルだから、強いから、誰だってそういう物に頭を下げているんだ。そしてそれを友、というんだ。お前は弱体な粘液体だが、傍に置いている人間の子はもっと弱体だ。せいぜいこき使って、頭を下げてもらうといい。かしずく者がいれば、そのうち気も晴れるだろうよ」


 リモスのこんな情けない告白を聞いても、猿がこの極めて弱体な粘液体を見捨てなかった事実は、美談としてよいだろう。


 水源候補地で、猿自身が陣頭指揮をとっての突貫作業が始まった。すると、リモスの言う通り、豊富な水が湧きだし、猿はすぐさまこの地を開放した。しかも、インポスト氏への当てつけで、全洞窟の輩へ無条件で解放したのだから、彼も旧来の怪物たちに一言投げつけてやりたい気分であったのかもしれない。


 迫りくる問題を次々に処理する猿の下に、第二区にある売春窟を営む妖精たちが、より金になる新道区で商売をしたいと相談してきた。猿はこれを二つ返事で承知し、リザードカジノの隣に売春窟を開く事を認めた。結果、リザードカジノで稼いだ後、売春窟でさらに身を持ち崩す輩が増えた。借金で固められた怪物たちは救済を猿に求めるため、猿は手足の確保がより容易になるのである。一方これは、インポスト氏の統治下にはいっていた第二区は、一層寂れるばかりになるということでもある。賑わいを奪われた氏は面白くない。誇り高き洞窟長は売春窟の客では全くなかったが、この件を勝手に決めた猿を詰ったため、心無い怪物衆は、足しげく通えなくなった八つ当たりだ、と散々に笑いたてた。これだけでも腹立たしいはずだが、


「洞窟長の奴、あんなに怒っていやがるぜ。ムキになっちゃって」

「あんだけムキになるってことは、噂は本当だったんだな」

「大した洞窟長様だ、秘密をつかんだらたかってやろうぜ」


と、心無い噂までが流れ出る始末。この時、もはやインポスト氏の権威はガタガタになっており、猿に対する感情が良かろうはずもなかった。人間とむやみに敵対しない、というその方針には、洞窟長も異存は無かったのだが。


 以上のように、猿は諸問題を解決する中で、鉄人形が持ち込んだ人間を狩る方針、つまり、リモスととんがりの盟約を崩す可能性のある要素をほぼほぼ排除する事に成功した。それどころか、食料の購入やアイテム売却所の設立をもって、都市との関係を深める方針を取った。リモスの代理人としての猿の名とその活動は、都市エローエのとんがりや翼軍人の耳にも届いていたから、彼らも洞窟側からの有形無形のメッセージを受け取ることが出来ていたのである。この共生関係は、目立たないからこそ上手くいったのだ。


 この頃、リモスは人間の少女に世話をしてもらう事で、多少、明るさを取り戻していたが、猿と魔女の目からは完全復帰まではあと一歩足りない物があるように見えた。この対策で、猿は魔王の都へ使者を送った。魔王の行政に関連する事ではないから、インポスト氏を通す必要のない事ではあったのだが。

キャスツ


リモス:友が殺され、引きこもっている。

インポスト氏:鉄人形を抹殺した後の権威の維持に、見事にしくじる

猿:リモス引きこもり後、任侠で洞窟を切り盛りする


乾燥人間:アトピー性皮膚炎の人間。怪物世界に身を投じる。

少女:鉄人形一派がさらってきた人間の少女。下女としてリモスの面倒を見させられている。

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