第11話 目くるめく人間農場
鉄人形は、略奪行で捕虜にした人間を、奴隷にして身の回りの世話をさせたり、気に食わなければ殺して食ったりしていた。主食は岩石である鉄人形は、日々の生活を洞窟で過ごす中、自然と洞窟を掘り進んでいったが、彼の採掘方向は一直線であり、金の臭いをたどりあちこち掘り進めるリモスとは対照的ですらあった。真っ直ぐにしか進まないのだから、以下の事は必然的に起こり得る現象でもあった。
ある時、陽の光が差す抜け地に出たのだ。湧き水も流れ、緑豊かな土地であったため、周囲を柵と罠で囲い、捕虜の人間をこの地に放り込んで「農場」を営ませる事にした。この処置の最大の理由は、怪物が住む洞窟内に捕虜の人間が居るのを彼が好まなかった事と、捕らえた捕虜の人間は怪物たちの食料でもあり、彼の財産でもあったから、まとめて保管しておく必要があったのだ。言わば、この農場は、鉄人形にとっての「金庫」のようなものであった。
鉄人形の倫理において、人間は下等生物である。そんな存在に圧倒されていた時代があった事は彼にとって屈辱でしかない。その意趣返しとしてか、捕虜には極めて劣悪な環境しか与えられなかったから、農場と銘打っていてもまともな作物が実るわけがない。水は豊富でも彼らは飢えに苦しみ、老若男女問わず怪物の気晴らしに凌辱されて命を失う事が多かった。実態としてはまさしく「人間農場」であったわけだ。生きて出られる見込みがないとなれば、命がけの脱走者もでる。そして、仕掛けた罠は確実に脱走者を葬るわけではない。リモスにはあれ程しっかりした錠前を納品した鉄人形なのに、自分の「金庫」の守りはザルであったのだから皮肉だ。
このような残酷な行為を続けていれば、脱走に成功した人間によって、人間農場の存在が外部に当然知られてしまう。ある日、家族を取り戻そうと、鉄人形に襲われた村の生き残り十数体が、洞窟に侵入した。
それは苛烈な決死行だった。
「妻を、息子を、娘を取り戻すべく・・・!」
グロッソ洞窟に住む怪物に実力者はいない。だから、侵入者も命を失うことなく窟内を縦横に移動し、傷つきながらも鉄人形の人間農場に到達した。今回の人間の侵入が農場の奴隷救出にある以上、対処しなければならないのは鉄人形その人であった。彼は自身の事業が正しい事を証明するために、この不埒な人間たちを皆殺しにしなければならなかった。
「侵入者は皆殺しだ。行け、我々だけで収拾せねばならん」
「農場の家畜らはどうします?」
「不穏な動きがあれば、直ちに始末せよ」
敵は十数体とはいえ、命がけの人間たちである。よって、相当な被害を出したうえでの事態の収拾となった。怪物側の犠牲は、四度目の攻防に勝るとも劣らず、鉄人形の面目は丸つぶれとなった。さらに、不穏な動きを見せていない捕虜たちまで無抵抗の内に殺されてしまい、猿はリモスへ曰く、
「混乱と統率力の程が知れる。ヤツは痴れ輩だから、迷惑を被る前に縁を切ったほうがいい」
と言う始末。
鉄人形が非難された事情には、リモスの金が洞窟全体を利していたのとは異なり、人間農場は鉄人形一派の食料でしかなかったから、ということもある。
被害は、古参の怪物ばかりで数も少ないインポスト氏の治める第一区が最も酷かったから、氏は激怒して、封印したはずの悪口全開に鉄人形の責任を追及する。
「凡夫凡夫!想像を絶する凡夫め!この不始末を一体全体どうするのだ!凡夫をここへ呼べ!釈明を聞いてやる」
「閣下、鉄人形はここへは来ません。通知は無視されました」
「凡夫!」
洞窟長インポスト氏の怒りは、かつてない程で、普段敵襲があっても逃げてばかりの氏からはとても考えられないほどに怒り狂い、普段から鉄人形に蔑ろにされていた復讐心も手伝って、回答次第では鉄人形を処刑すると宣言して動き始めた。
鉄人形にはこのような時に他の輩を説得する材料が欠けていた。意思もなかった。そもそも怪物としては極めて弱体なリモスならば金を持って何とか穏便に、と礼を尽くしただろうが、多少は腕に自信がある鉄人形は、逆に反発を深めてしまったのだ。
「やる気があるならかかってこい。常に臆病な魔物が老醜をさらすべきではない!」
これにはインポスト氏もキレたのだ。戦端は開かれた。怪物による同士討ちだが、決着はあっという間につく。要因は二つあり、一つはリモスがあるだけの誠意と金を持って仲介に尽くした事、そしてもう一つは、洞窟長インポスト氏の本領が発揮されたことによって。
リモスは自身が住まうグロッソ洞窟で、足元に火が付くような紛争が起こるとは夢にも思っていなかったから、一報を聞くや金の袋を攫んで家を飛び出した。双方と疎遠になってしまっているとはいえ、かつて良好な関係にあった経緯から、和解は可能だと踏んだのだ。この時、盟友を気取る猿は止めなかった。
「リモスの性格だ。止めれば誇りが傷つく。和解などどうせ失敗するに決まっているから、ここは見守っておこう」
まずインポスト氏の太鼓持ち達に金をバラまいて面会謝絶を説いて、無礼を承知で猶予を直訴し、これが許されるやすぐ、第二区の鉄人形の館へ向かった。
危機に際して、鉄人形は会ってくれた。啖呵を切ったとはいえ、彼も上司との対決に緊張しており、曰く、
「我を笑いに来たのかね。それとも、老いた鬼に言われ、スパイにでも来たか!」
リモスは姿勢を正し、
「インポスト氏と争うなど危険すぎる。氏は魔王の都との強い接点を持っているのだ。このままでは都市にいる翼軍人が黙ってはいないだろうし、魔王の討伐隊が来るかもしれない。膝を折ってでも和解しなければ」
だが、プライドの堅守に意地をはる鉄人形はこの意見を一蹴し、
「我らの住むところは勝利した輩が優先される怪物の世であるはずだ。魔王とて、勝利者たりえたからこその魔王なのだ。比して洞窟長は近頃一片の勝利も無い。我が洞窟長になる良い機会なのだ。お前も金が無ければ全く無力な生き物だ。我に握りつぶされたくなければおとなしく去るが良い」
鉄人形の説得は失敗した。だが、激怒していたはずのインポスト氏が、鉄人形に会談を申し込んできたのである。元々、憤怒の角を伸ばしていたのは洞窟長側だから、先方からの和睦となれば、誰にも依存は無い。氏は会談の場を新道区にあるリモスの家で行う事を提案してきた。警戒した鉄人形はこれを拒否し、自身の館であれば受けよう、と回答した。インポストがリモスの家を提示してきた理由は、リモス、鉄人形、インポストの三強全体での和の確認の意味合いもあったと噂された。氏が鉄人形の要求を、リモス同席の上でならば、と条件付きで承知したため、リモス介入の二日後、鉄人形の館で会談が行われる事が固まった。リモスはさらに提案して、お互いの沸騰した頭を冷やすため、二日後ではなく四日後の階段を提案、双方受け入れて日取りが決定した。
その日が来るまで、洞窟内は日常の喧騒が消え、静寂を極めた。さらに噂が流れ、鉄人形は自身の館に罠を張り巡らし、訪れたインポスト氏を討ち取るのではないか、との風評が流れ始めてしまい、耳をすませば、彼の館から、鉄を打つような、岩を砕くような音も聞こえるというのだ。
鉄人形は岩を主食としているのだから、音がするのは当たり前だ、とリモスは噂を打ち消すものの、この手の不吉な風聞が消える事は無かった。
会談の日、鉄人形の館前に、まずリモスが猿と魔女を伴い、次いでインポスト氏が郎党を引き連れて現れた。洞窟長はリモスへ笑顔を向けて曰く、
「やあ凡夫諸君、和平の実現はなによりも喜ばしいね。洞窟の秩序は今日復活するのだから」
と不思議なほど上機嫌であった。約束の時間になると、鉄人形の使いがやってきて曰く、
「中で主人が独り待っております故、どちらも伴を連れての入館はご遠慮願います」
中に何が待っているか知れた物ではない、と洞窟長の取り巻きは激怒した。事実、この対応は無礼極まるものだったが、インポスト氏はというと周囲へにこやかな笑顔を振りまいて、先方がそれを希望しているのなればその通りにしよう、と寛容さを示す。一同その笑顔に不気味なものを感じ取ったが、氏がそう言うのなら、誰も、リモスにもそれを覆せるはずもなかった。心配ではあるが、猿と魔女はリモスを見送るしかない。
リモスとインポスト氏は二人並んで邸宅に入り、鉄人形の部屋へ向かう時、笑顔を絶やさぬインポスト氏はリモスに一つのお願いをする。
「和解の握手は、まず君から鉄人形氏へしてくれたまえ。私からでは嘘くさいし、なにやら気が引けるからね」
それもそうかも、とリモスはその意見を素直に受け入れた。インポスト氏はくすくす笑いながら曰く、
「どうだね。凡夫にも気遣いを絶やさぬ私は、実に良い上司ではないか」
これには、インポスト氏を名ばかり名士と見做しているリモスは反応をしなかった。
通路を進むリモスたち。部屋奥にいる鉄人形を認めるや、打ち合わせ通りリモスから、すぐに握手を求めて行った。かつての戦友へ、ややぎこちなく差し出された手は、がっしりとした鉄の手と繋がれる。その顔を見ると、鉄人形は自信に満ち溢れた笑みを浮かべていた。そして、インポスト氏が、リモスの後ろに立つ。鉄人形もそちらと握手をするために、向かい合って立った。両者が先ほどよりも一層ぎこちなく手を差しだそうとした時、インポスト氏の手が凄まじい速度で差し出された。乱暴だが随分と男気ある和解方法だ、とリモスが思った時、鬼の化け物であるインポスト氏の巨大な手は、鉄人形の胸を鋭く貫いていた。リモスは見間違えたのではないかと感じた。が、洞窟長が気合と共に手を引き抜き払うと、心臓の欠片のようなものが床へ零れ落ちた。鉄人形は立ったまま、絶命していた。鬼の怪物は手を拭きながら、ゴールデン粘液体を一瞥して言う。
「君の拙い素人丸出しの友情ごっごのおかげで、鉄人形の隙を突く事が出来たよ。全ては君のおかげだ。いや、偽りではないよ。この死体は凡夫中の凡夫の末路だ。これは今回の不始末の当然の落とし前。まさか君はこの凡夫と同じではないと思うがね」
異常に気が付いた鉄人形の部下たちが部屋へ乱入してくる。彼らは手に武器を持っていたから、恐らくはこの会談でインポスト氏を殺害する目的を持っていたのだろう。だが、機先は既に制されている。呆然としている怪物たちを前に、インポスト氏は短く言った。
「これより、グロッソ洞窟の第二区、新道区は改めてこの私の指揮下に入る。差し当たり新道区はリモス氏にその管理と運営を委託する。そして、人間農場は今日で終わりだ。残存する人間たちは一人として生かして置かないよう、責任を持って処分せよ」
ボスが死んで、ほかに取るべき道が無かった鉄人形配下の怪物たちは、それに従うほかは無かった。農場の人間たちは百名近くいたが、この日に全員が殺処分となった。このように、三つ巴の均衡は、インポスト氏のテロリズムによってひっくり返され、洞窟の秩序は取り戻された。怪物衆は、実は戦闘能力が強いインポスト氏を改めて恐れつつも、
「それほど強いのに、なぜ、あのお方は戦場に出る事がないのだろうね」
と訝し合ったが、誰もその答えに至らず、首を捻るばかりであった。
鉄人形の亡骸は水源地付近に打ち捨てられ、ここを通る怪物たちはみな、インポスト氏の秘められた恐ろしさを思い知るのであった。埋葬することを禁じられた魂の去ったその残骸が、悲しげに道行く輩を見つめている。あまりに悲しい光景に、リモスは水源付近を通ることが出来なくなった。
リモスの家からは友人を失った嘆きの嗚咽が、しばらく響き続けていた。
キャスト
リモス:粘液体。戦闘はまるでだめ。
インポスト氏:鬼。我を忘れるほど切れるとスゴイ。
鉄人形:上の二体に比べると、良くも悪くも普通。