第九話 遥か昔な夢、そして〇〇狩り?
――夢を見ていた。
それは、遥か昔のできことである。
生まれた時からずっと一人ぼっちだった。
両親がいない訳ではない。ただ研究三昧で、子供の世話は全て使用人たちに任せきりだった。
両親はアーカデアではそれなりに有名な研究者ようで、いつも何かを忙しくしていて、研究所に篭っていた。
『……ね、父さんと母さんは何時帰るの?』
幼いアスルは使用人の一人にそう問いかけた。
『時間が作れたらきっとお戻りになりますよ』
『本当!?』
『はい、だからアスル様はいい子にして待ってくださいね』
『うん!』
しかし、何歳の時か、依然に一度も両親と会ったことがなかった。そこでようやく両親は自分の子供より研究の方がずっと大切だということに気付いた。
まだ何も分からない子供の頃からずっと両親が用意した一際大きな白い部屋にいた。そこにはたくさんのものが積んである。
山積みなおもちゃや本、天蓋つきなベッドなど、美味しい食事は毎日使用人が運んばれ、欲しいものがあれば告げれば用意してくれて、おそらく子供にとってはかなり恵まれている環境だろう。
たが、そこには一番欲しいものがない。
部屋に、一つだけ魅入ったものがある。
それは――一冊の童話、どこにでもありそうな普通な物語。すでに読み書きを覚えた僕に、童話程度を理解するなら大して難しいではない。内容は王子様がお姫様を助けるために、悪龍を倒し、最後にはハッピーエンド、そんなありふれた話だった。
以来、使用人に時々童話の本を用意させるようになった。読んでいる間は、心が少しだけではあるが、癒されていた。それでも、やはり辛い、少しずつ心が蝕まれていく。
ある日、とうとう耐え切れず、夜中の部屋にその感情の堤防が決壊した。奥底から制御できないほどの負の気持ちが溢れ、感じたことない孤独や寂しさが身を包み、心が徐々に崩れていく。
残り僅かな理性が自分という意識を守るため、がむしゃらに泣き、喚き、一晩中ずっと心の底で沈んだものを放出し続いた。誰も助かってくれず、癒してくれず、慰めず、孤立で孤独だった。何もかもありそうな部屋にいながら、何かが欠けていた。
朝の何時ころだろうか、それが止んだ。涙が乾いたのか、あるいは泣いたことで少しは気持ちが落ち着いたのか、頭が部屋と同じように真っ白となり、床に座ってままボーッとした。
これからどうすればいいか分からない。今まで通りここで一生楽に過ごせるか、それともここを出て、どこかに行けば違い生活ができるかもしれない。しかし、どれを選んでも幸せになれる気がしなかった。
そんな時、読んだ童話の中に、ある主人公がこんな言葉を言ったことが浮かべた。
『どうするか分からない時こそ、冷静に、クールであれ。そうすれば、例え絶望的な状況にいっても道は見えてくる』
その言葉に心の灯火が再び燃え始め、行動を起こした。
外の世界はどんなものなのかは知らないが、もしかしたら童話の中のようにドラゴンとかが存在しているかもしれないと思っていた。それを倒すために、または両親に自分を認め、たとえ一緒に住めなくでも、共に研究できてもいいように祈りながら、難しい学術書や研究書で勉強し始めた。悪龍を殺す兵器を作るために。
驚くことは基本的な知識がないにも関わらず、それらを読めることである。一ヶ月の猛勉強ののち、使用人に研究がしたいから場所を用意してくれと言った。
そのことが両親に伝わられて、びっくりさせたようだ。二人はすぐに子供の遊びと思い、大した研究はできないであろうと一応それらしい場所や環境を整いってくれていた。研究室を一室貰えたので、俺はすぐ兵器の開発を始めた。
三ヶ月ほどの時が流れ、一つの兵器が造り出した。
しかし――その兵器は悪龍を滅ぼすことにはなれなかった。
何故なら、この世界には人間しか存在していない。
その事実はヴレーデゥが兵器を使い、一つの都市を壊滅したあとに知らされた。当時の世界は言われるほど平和ではなかった。ヴレーデゥがアーカデアの科学の力ですべての国を管理下に置くに過ぎず、その力に怯えながらも抗うために、各地では水面下で様々な戦争が起こしている。
反抗する組織は情報操作によって悪印象を埋めつけ、国家全体が反抗すれば国ごと消し去るなどなど。起こしているあらゆるできことはすべてヴレーデゥの有利に働いていた。
この偽りな平和を維持するため、ヴレーデゥは常により強大な抑制力を欲している。それが偶然にも僕が生み出した兵器に目が止まり、彼らはそれを使って敵国に放っていた。結果、人間を助けるために作れたはずの兵器が、同じ人間を殺したのだった。
そのことで、僕は一気にアーカデアの天才児として謳われ、より良い研究所を用意されて、警備も過剰なほどに守されている。両親に嫉妬され、更に遠ざけられた。
僕は初めて世界の理不尽というものを感じた。自分が成したすべてが逆の効果しかもたらしてくれない。しばらく部屋に引きこもり、悩んていた。
(どう……して? なんでこんなことになるだ! 僕が兵器を作ったからか、僕が無知からか、俺の考えが甘いからか? 僕が……僕のせいで、あんなに沢山の人が死んだ)
真っ暗のなか、自問自答気味で自分を責めていた。悔しみ、怒り、哀しみなどが絡み合う負の感情が何時までも渦巻き、更に心を蝕んでいる。
しかし、この理不尽はまだ終わりではない。
翌日、ヴレーデゥから次の依頼がやって来た。内容は、戦略級兵器の製造だった。
その後も、延々とバカげたものを無理矢理作さられ、すべて人殺しに使われていた。次々と実績が重ね、国内での地位がどんどん登っていく僕に、両親は嫉妬して、より強力な兵器を作り出そうとしたが、ことごとく圧勝されていた。
やがて、彼らは僕を殺そうと研究所に侵入したが、ヴレーデゥによって阻止された。
『おまえのせいて俺たちは地に落ちただ! あんな大金を使ってここまで育ったのに、仇で返すとは、この恩知らずめ!』
『そうよ! あなたなんか、生まれてこなればよかったわ。よくも私たちの邪魔をしてくれわね。絶対、死んでも恨み続けるわ、この出来損ない!』
地ベタに押さえられた両親は憎悪に満ちた目で、こちらを睨みながら叫んでいた。
父の怨嗟が聞こえた。母の憎しみが心の深くまでに伝わった。二人は本気だ。本気で、偽りもなく、心から恨んでいる。彼らの言葉で、すでにボロボロな心が更に深く、闇すら表せない深淵に落ちていた。
今の地位になったことで、僕に害をなそうとする者はすべて死罪らしく、その場ですぐに警備している者たちに銃殺された。
何もできず、言えずなまま、両親は目の前で殺されていた。
それが、両親との初めての対面、そして、別れだった。記憶の中でこれが唯一残された両親との思い出となった。印象的で、残酷的で、大切なそれは、きっとこれから何が起きようと忘れはしないだろう。
それ以来は何かが壊れ、研究所で日々兵器の開発をしながら過ごすことになった。
が、どうやら運命の理不尽はまだまだこれで終わりではない。
この世界がどれほど醜く、息苦しく、腐っているのか、俺はこの先で本当な意味でそれを知ることになる。
*
夢からゆっくりと目覚め、見知った天井――と言うよりはテントの頂部が目に映った。
「久々昔の夢を見たな。あの時……両親はかなり俺のことを憎んでいた。そのことで俺も研究所に引き籠もることになった。更に色々が起きて、今になった……。ま、何時までも昔のことに囚われてもしょうがない、さっさと起きるか」
周りは誰もおらず、アスルは体を起こし、着替えたあと、テントから出た。
「あ……おはようございます、ご主人様」
少し離れている場所からリノの声が聞こえた。どうやら朝ごはんの準備をしながら、挨拶してきた。
鍋からいい匂いが漂ってきて、食欲を誘っている。今日も美味しい朝ごはんが食べられそうだ。
「おはよう、です、ご主人」
隣で同じく手伝っているリムも手を止め、頭をペコと挨拶してくる。手に持った料理を乗せた皿は少し震えていることが見えて、少し心配になってきた。
「ああ、おはよう……今日はついにデゼール大砂漠に入れるな」
言いながら、地平線の先まで広がている大砂漠に視線を向けた。すぐにでも行きたい気分だ。
「もうっ、ご主人様たら、そんなに焦っではダメです。まずは、朝ごはん、ですよ!」
いかにもお母さんのように、めっと諭してきた。お陰でまた先走らなくて済んだ。
「はは、そうだな」
苦笑しながら応じた。
「さ、ご主人、こちら、です」
いつの間に傍にきたリムが簡易テーブルの前にある椅子を勧めてくれた。座ったあと、二人が次々と料理を運んで来る。その間、ずっとリムに全精神の注意を注ていた。料理を守るには必要なことである。
運び終わったあと、ようやく一安心できた。今日もなんとか料理を無駄にならなくて済んだ。リノたちも席に着いたすぐ、
「「「いただきます」」」
全員が手を合わせて挨拶し、食べ始めた。リノから外の人々は皆こうして食材へ感謝し、いただくものらしい、それを見習ったことである。
キッルルー鳥の肉から作られた野菜も入れてあるスープ、ムックート豚の肉に蜂蜜、胡椒などに何日をかけで漬けていたハムとソーセージ、柔らかい白パン、卵と魚肉、野菜を混ぜて作れたパスタなど。なかなか豊富なメニューだった。
世界が変わったことで、動物も昔とは違った。外見上の変化具合はさまざまで、鳥は毛の色が変わり、空を飛べるようになり、卵はなんと一度に百個は産むことができた。
豚は見た目こそあんまり変わらないが、大きさは元の二倍にはなった。牛はとくに変わったことはないように見えて、その実、中の肉はどの部位からもステーキ肉しか取れなくなった。
また、人々は一部の魔物も食用できることを知り、嬉しいのやら呆れるのやらで、とりあえず食糧問題については何も心配する必要がなくなっていた。
それでも外見が変わった動物たちを元の名前のままで呼ぶのが抵抗があったのか、ほとんどが一新されていた。大して変わっていない気もするが、そんなくだらないことを考えながら、食事を進めている。
「うまい」
料理の美味しさをうまく表す言葉が持ち合わせていないため、自分なりに最大限な褒め言葉でリノたちに伝えた。いつも通り美味しい、リノのオリジナル味付けは何度食べても飽きる気がしない。
「うふふ、ありがとうございます」
これもいつものことで、リノは礼を返したあと、また上品な仕草で食事をする。
料理たちはどれもリノのストレージに入れた魔道具で調理したものである。こういう時は一番異空間ストレージのありがたいさを感じる。
しばらくして、先に食べ終わった。
「ごちそうさま」
「お粗末さまでした」
すぐさま言葉が返してくれた。リノもちょうど食べ終わったようで、隣のリムはまだ幸せそうに頬張っている。その姿に心がほっこりした。
数刻が経ち、食事が済み、道具を片付けたあと、いよいよデゼール大砂漠に踏み入れる。
次は水曜の夜です。