第三十九話 奇襲再び、そしてエンカウント 続Ⅷ
未だ遠くに響く爆音たちの中で、夜闇に包まれる大橋の上を駆けている。
満身創痍な男に近づくと、
「おい、西門のやつらはいったい何やってるんだ? 何で敵の破壊工作を阻止しない?」
そう問い質すと、何故か彼の顔がいきなり曇った。
「…………西門を守るみんなはもう死んだ」
「……………………は? 今なんて言った」
男に負けず、それ以上な沈黙を経てようやくそう返せた。
「だから、西門はもう全滅、生き残ったのはおれさま一人だけだ。親友だったスト――おれさまとは親しかった友が命をかけてここへ来る道の一部を魔法で封鎖したはずだったが、一緒に氷の中に閉じ込めたあの三体のワーウルフが追ってきたってことはその魔法ももう……」
「…………」
何を言えばいいのか分からなかった。
別に知らない人の死についてどうこうするつもりはなく、ただ――、
(いくらなんでもこの短時間で全滅したとかありえないすぎるだろうかぁぁぁぁぁぁぁっ!!!)
心の中でそう絶叫した。
巨樹からここまでまだ一時間もしないうちに五千人以上が守っていた門の一つがすでに陥落されたなんて、どう予想すれば分かるのやら。
しかしそれとは別で、一つだけわかったことがある。
(やっぱ、英雄やヒーローじゃないと肝心な時には間に合わないのかな)
主人公である彼らなら少し遅れたくらいでは問題にはならないけど、自分は遅刻どころか大遅刻になってしまった。そのせいで多くの命を失ったのはさすがに心がいたむ。
(まあ、別に英雄になんかなりたくないし、これからはモブで生きていくか……)
とは言え、次の行動を起こそうにもまずは情報をもらわないと、敵が短時間で西門を陥落したからにはとっておきな戦力を持っているはず、その正体の手掛かりを少しでもこの男から集め、暴くさえできればやり様はいくらでもあるだろう。
「おれさまがもっと強ければ、ストナイも……痛っ――!!」
「――それで、あの悪魔ってやつはどうやって西門を破ったんだ? そのあとのことも知ってるのなら教えて欲しいけど」
何かをブツブツと呟いている男の頭を叩いて強引にその意識をこちらに戻させ、ほかの情報についても尋ねた。
「一応は怪我人だから少しは手加減しろ!」
「かなり手加減したつもりだったが、それよりさっさと教えろよ。時間がないんだぞ」
「聞いたあとは、今度こそ手伝ってくれるだろうな?」
「そのために知りたいんだ。いいから話せ」
男はまだ何か言い出そうけど、状況が切迫しているのもまた事実、そして溜息一つのあと体験したことを話し出す。
黒い炎で城壁にいた仲間がやられたことや、ここへ来るまで起きたことと、親友が自分のために命を賭したこと。そしてなんのために王宮へ向かうのかを一通り、できるだけ簡潔な言葉で話した。
「……ちっ、俺より先に逆境を楽しいんでたか」
それが男が絶望と感じたできことに対して、多分な羨ましさをこもった唯一の感想だった。
「え……」
耳を疑うようなセリフを聞き、何度もその言葉を吟味する男をよそに、集めた情報をまとめる。
(でも、まさかさっきやっつけたワーウルフたちが向こうの切り札の一つだったとはな。あとは……)
黒い炎を扱う悪魔と、千名程度の別働隊、加えて魔物の群れ……か。
しかしどれもそれほど重要な情報には見えない。すべては基本的なデータにすぎず、本当にあの悪魔はこの程度な情報しか持たないこいつに過剰とも言える戦力たちを派遣したのだろうか?
――いや、知能の高い悪魔族が無意味なことに戦力を消費するのは考えられないし、何かを見落としたのかもしれない。
「なぁ、ほかに何か気付いたことあるか? どんな小さなことでもいい。例えば……そう、あの千人の部隊の戦い方とかどんなだった?」
「う~ん、て言ってもな。アイツらがインビジブルで近付いたあとのことはあんまりに知らないうちに門から出てきたし……」
「また聞きなんでも構わない。少しでも関連した情報があれば教えてくれ」
ちょっと気圧されつつも、男はまたしばし城壁でのことを思い返す。
「あっ、そう言えば……上の層から降りた時、誰かがこう呟いてた。『なんだあの魔力障壁の強度はっ! まるでウィルが使ったみたいに硬かった』とな」
「へぇ、それはいいことを知った。ほかは……?」
「そうか、他を教える前にまずはその邪悪な笑みをなんとかした方がいいぜ」
「おっと」
言われて、また顔を無愛想なポーカーフェースに戻す。
またしばらく男は自分の記憶を掘り返したが、それ以上は何も浮かばなかった。
「実はお前と一緒で俺もちょっと考えたけど、一つ疑問に覚えたところがあった」
首をかぶり振った男は少し感心して、こちらの疑問とやらを促す。
「それで、どこにおかしいな部分があったんだ?」
「城壁が悪魔の黒い炎に包まれた時、お前の仲間たちは魔法で反撃しなかったのか? 互いの魔法が撃ち合ってたのならもうちょっとは持つはずだろ? 一応結構な兵力があるし、そう一方的にやられたのはどう考えてもおかしい」
「ふむ、確かに。……トクタ――西門の指揮官を任された人は年長なAランク冒険者で、幾度の戦争からレイクシスを勝利をもたらしたことがあった。お前の言うように、そんな人がこうも容易く倒されたってのはいろいろと怪しい点があるな」
てっきり適当なやつに西門を任せたと思ったが、案外この国の王様も門の防衛を重要視しているようだ。
経験のある年長者が防御していたにも関わらず、西門があっさり落とされた。となると、やはりあの黒い炎に何か秘密があるかもしれないな。
「門が落ちる前に、何か気になることはないか? 例えば――仲間の魔法がどんどん少なっていた、とか」
すると、男の顔に大量な冷汗が吹き出てきた。
「直前で僅かながら確かにそう感じたな。だが、何でお前がそれを分かったんだ?」
「簡単な推理さ。兵力も戦力もあるのに、なおあの悪魔に蹂躙されたってことは、常識やセオリーから外れた力が働いていたってしか考えられないだろ。ならばこの場合、疑うべきはあの黒い炎の効果、たぶん魔法を消せるとか、魔力を吸収できるとか、そういった類いの力と思う。ま、どうなのかは実際に見てみないと分からないがな」
「な、なるほど!」
少々興奮気味な男をよそに、今持っている情報を再確認する。
これで、またいくつの情報を手に入れた。
対抗する手段ならそれなりあるし、特に新しい策を考える必要も感じない。
魔物たちについては空間障壁を使えばなんとかなるので、またあのワーウルフたちが出てきたら今度は速攻で片付ければ問題ない。
しかし、多くな情報を入手しても未だ分からない。
いったいなんのためにあれほどな追っ手を放ったのだろうか、こう言ってはなんだが、この男が所持している情報はどれもあやふやで、自分みたいなやつがいないととてもここまでな情報を引き出るとは思わない。
――――ん? もしかして、これこそがあの悪魔の狙いなのか?
いかに男が持っている情報が些細なものだとしても、頭の切れる存在ならばそれだけで充分にたくさんの情報を引き出せられると考えたから。
それを防ぐために、そしてレイクシス側に西門が落ちたことを知らせないためにも、過剰な戦力を投入したのかもしれない。
すべては念のため、ただ自分の策を完璧にするために、この一手を行っていた。
と、そう踏んでいる。
(さすがは悪魔、ちょっとは俺を楽しめそうだな)
来るべき楽しみに、思わず笑いをこぼした。
「何に笑ってるのは知らんが、情報の整理はできたみたいだな。とにかく、今は一刻も早く王宮へ向い、このことをカノーバ王に知らせ、迎撃体勢を整わねーと……」
彼が言っていることを理解できないこちらを構わず、男は話を進める。
「……ちょっとは休憩を取れたみたいだが、残念ながらおれさまはもう走る気力も戦う魔力も残されてねー。だから、代わりにお前が王宮に行って、知らせてくれねーか? そのあと組まされるだろう悪魔の討伐隊に入って、戦ってくれ」
いかにも頼むという口ぶりだったが――、
「いや、なに言ってるの? そっちはお前の仕事だろ?」
見事に断られ、男はしばし機能停止した。
「……おいちょっと待ってこらっ! 情報を教える代わりに手伝ってくれるじゃねーのかよ!? まさか、またおれさまを騙したか?」
今にも飛びかかろうとした彼を落ち着かせるように言葉を紡ぐ。
「まあ、まあ、ちょっと落ち着いてくれ。別に手伝わないとは言ってないだろ。ただやり方についてこっちが決めさせてもらう」
「な、なぜだ? おれさまが言ってたやり方に問題はねーはずじゃ……」
「大ありだ。口約束のことまさか忘れたじゃないだろうな? お前が忘れべき対象である俺を王の元へ行ってどうする? 約束の意味がないじゃないか、だから知らせる仕事は引き続きそっちに任せる」
「うぐっ……でも、おれさまがこのざまじゃまともに走ることもできねーし、また魔物が出たら殺される思うぜ」
返事を返す前に、ちょっと男の肩を触れた。
「よし、これで大丈夫なはずだ。頑張って王宮まで走れ」
「いや、だから――って、おおおおーー! なんだこれはっ、傷が治って……それに、なんか体からすごい勢いで力が湧いてきたぜ!」
それが嘘でも幻な感覚でもないことを表すように、あちこちにある傷口が塞がり、やがて魔力の光が男の体から漏れ出す。
「俺の魔法で一時的にお前の体力と魔力を戻した」
「じゃなんで傷まで治ってるんだ?」
「ついでに自我の治癒能力も高ませたから、これはそのおかげだ。持続時間はたぶん――三十分くらいは持つはず」
「んなっ! すげーなお前の魔法!」
「……」
(ごめんな。全然まったくすごくないぞこれ、何せ強化魔法だし、ただ残存魔力と体力を無理やり強化して、本当に一時的に上げてただけで、時間が過ぎれば副作用で体に凄まじい疲労感が襲ってくるんだ)
さらに言えば、傷が治ったのもただ相手自身の自我治癒を強化したであって、見た目の傷は消えたけど中身はまだまだ修復の真っ最中なはず。
自我治癒は本来時間をかけてゆっくりと治るもので、例え強化したとしても三十分で全治するのは無理である。
ゆえにこれも時間が切れると、治る途中の傷だといままで抑えられた痛みたちが一斉に寄せて来るので、正直この魔法にかけられた対象に同情する。
本来は大怪我を負った者にかけるべきではないのだが、今回は緊急事態でやもえない。
もっとも、魔力をさらに注いて時間を伸ばせばいいのだが、これからの戦いに備えてこれ以上の魔力消費はできれば控えたい。
せめてものの優しさでこのことを黙っていて、先に心の中で謝った。
ついでに彼が時間切れの前に仕事を終わらせることを祈ろう。
「ま、死にはしないし、大丈夫か……」
「ん? なんか言ったか?」
どうやら小声な囁きが聞こえられたようで、しれっとした顔で言葉を返す。
「いや、何も。それより、時間がないから、早く王宮に向かった方がいいぞ」
「ああ、そうだな。せっかく与えられた機会を無駄にはできねー。これでおれさまもようやく死んでいった仲間たちの思いに応える。感謝するぜ、シュッド」
「…………ええと、俺、名乗ったけ?」
「はっはっは、悪いな。前にギルドで聞こえたんだ。だからこっちが一方的に知っ――おっと、そう言えばおれさまの名前を教えなかったか。おれさまはコーラル、これからもよろしく頼むぜ」
結構控えめな声でカルガーに名乗ったはずなのに、冒険者ってのはみんな耳がいい方なのだろうか。
名乗らせないためにいままでわざとそのことを避けたが、気づいてしまった以上は仕方ない。
「ああ、それじゃ俺は悪魔たちを倒すにいくから王宮の方は頼んだ」
正確には殺しにいくが、そこまで言う必要はないだろう。
そう男――改めコーラルに告げて、身を翻した。
「ちょっ待て、まさか一人であの化け物と戦う気が!? 他の敵もたくさんあるんだぜ! せめておれさまが討伐隊を連れてまでは――」
「心配はいらない。策はある……それにお前がそんなことをしてる間にやつらは構わず進んでくるはずだ。王宮まで到達したら今度はより大きな被害が生まれる。ならば無人になった市ブロックで迎撃した方がいいとは思わないか?」
「そ、それはそうだが……」
こちらの実力を知ったとしても、絶望なできことを体験したコーラルはやっぱり不安と感じた。
「ま、そういうことだから、王には西側への支援は不要と伝えてくれ。絶対に俺のことを話すなよ」
「わ、分かってる」
最後のセリフのドスがきいたのか、彼の顔は不安から畏怖へと変わり、なんとか頷くことができた。
こちらも頷き返すと、コーラルはすぐさま魔法を詠唱する。
「来れ、炎駆の眷属<カルティアート>っ!」
叫びと共に現れた炎の馬に、少し呆然とした。
(なんじゃこりゃぁぁぁ! こいつでもこんなかっこいい眷属を持ってたなのに、なんで俺には眷属の一つもないんだよっっ!! 神様x2のバカ野郎ぉおおお!!!)
はぁ~、派手な魔法マジで欲しい……。
と、深く嘆いていた。
「シュッド、互いに生きてまた会おう!」
「あ、ああ。約束のことはマジで頼んだぞ」
適当に答えて、沈みきった空気を連れて市ブロックへ歩き出す。
「ちなみに、もし他国に漏れた時はどうなるんだ?」
数歩しか進んでないところで、背後からコーラルのそんなふっとした質問を聞こえてきた。
「その時は――――もろとも滅んでやるだけだ」
喉が鳴った声が伝わったが、構わず歩を進めた。
世界改変の件で、自分を恨むやつなんてわんさかいる。いずれ世界すべてを敵に回す覚悟はとっくにできていた。
これはあくまでそうなる時を延ばすための行動に過ぎず、いまさら情報漏洩を封じるために国の一つや二つを滅ぶくらいで躊躇うはしない。
体を震えさせるほどな悪寒を感じながらも、乗馬したコーラルはそのまま眷属を駆けさせた。
その後ろ姿からは、今感じた気持ちを一刻も早く忘れたいような、同時にどこかシュッドの勝利を確信したような雰囲気が漂っていた。
次回は金曜日です。
続きの戦闘シーンを再構築したいので、ちょっと時間が欲しいです。




