第二十七話 乱戦の始まり、そして暗躍開始
今日から第一章下部分の連載を開始します。
――黄昏を迎えた首都レイクシスに、混乱と混沌が広がっている。
どこを見ても、逃げ遅れた人々が魔物たちに殺され、兵や冒険者たちはそれを阻止するため、魔物たちに挑んでいる。
少し前まで平和だった都はあっという間に悪夢に包まれ、地獄と化していた。
まだまだこれからだとでも言うように、空に現れた大小それぞれの魔法陣からはなおも続々と魔物たちが落ちてくる。
それらは二頭狼だったり、熊の腕を持つ異形な猿だったり、長い足を持つ鷹だったり、様々な魔物が平和を乱し、恐怖と混乱をもたらした。
無論、公園ブロックにも同じことが起きていた。しかし、今ここにあるのは周囲から遠ざけったような静けさである。四人の人影に襲ってきた魔物たちはすでに骸となり、後続で落ちてくる魔物たちは見えないトゲたちに次々と殺されていた。
活躍の場がなくなった彼らの死体は落下地点にどんどん積み重ねていく。この異様な光景を生んだ人影の中、ある一人の少年が真剣な顔で問う。
「……準備はできたか?」
「もちろんです!」
「です!」
答えた少年に付き従う二人のメイド姉妹だった。
「よし…………逃げるぞぉぉぉぉ!」
「「おおー!」」
さっきほどまでの真剣さがどこがに消えて、乱戦の中とは似つかわしくない緩んでいた声音で高々とそう宣言した。
「まだそんなことを言っているっすか! いい加減真面目にやってください!!」
額に角が生えていた四人目の男に窘めた。それでも三人は反省の色を見せず、「ええ、ちゃんと真面目にやってるのに……」と相変わらず緊張感のない声で返事した。すぐさま睨まれ、少年は小さく咳払いして再度メイド姉妹と話し合おう。
「さて、どうするか……正直、ケッシュたちを助けたらこの国から逃げ出したいだけど」
「そうですね……私もこの乱戦に混ざる気はありません。砂サメの調理方法を知っているケッシュさんたちだけを助けましょう!」
「でも、戦争を早く終わった方が報酬もうすぐに取れるじゃないの? それに、そんなことをしたらまだ残っている人たちがかわいそう、です」
一番背の高い男も体を震えながらさっきの小柄な少女の発言に追随する。
「そ、そうっすよ。戦争から勝てるように助けてくれるって約束したじゃないっすか!?」
小柄な少女より身長が少し高い少年は溜息しながら面倒そうに答える。
「策一つも用意していないのに、この大乱戦に飛び込むのはちょっと……な」
「それでも、約束は約束っす。まさか……アスルさんはそれを破るつもりじゃないっすよね?」
自分より十センチ高い人間――というか、鬼が顔を迫ってきたその問いに、アスルはやがて諦めた。このメチャクチャな状況から少しでも現実逃避したかっただけで、半分以上本気で逃げようとしたに過ぎない。それでも、残された報酬への執着が自分を引き止めてくれた。
「はぁ、で、ケッシュとアーミラはどこにいるんだ、オルギ?」
普通ならすでに避難したはずだが、いきなり奇襲してきたせいでにまだ多くな民が避難していない。また、今回の戦争は首都内部になることは予想していないため、たくさんの非戦闘員が物資の運搬に回したのだ。
それがアダとなり、運搬を手伝っていた人たちも戦闘に巻き込まれてしまった。
「たぶん、まだ家辺りにいると思う。お昼まで運搬を手伝っていたから腰がちょっとやられて、おれがここにくる前は少し休んたら荷物をまとめて避難に行くって言ったから……」
と、彼は心配しながらそう答えた。
「さて、これからのことだが……リノとリムはオルギを連れてドンミャンの方に行って、ケッシュとアーミラの安全確保だ。最終的には王宮まで連れて避難すること。俺は一足先に王宮にいき、情報収集をする。あとの方針はそれからだな」
今朝王宮から出る時に兵士から巨樹の中が避難所と教えてもらったので、本格的に動く前にまずオルギたちをあそこに送った方がいいと判断した。リノとリムも異論はないと小さく頷いてくれた。オルギだけが疑問をぶつけてきた。
「あの、アスルさん、一つ聞いていいっすか。どうして教団のヤツらは転移を阻害できるこの大結界の中に来れたっすか? 今まで誰も転移で入れることがなかったのに、明らかにおかしいっす!」
「ま、これは神階魔法だからな。戦略級転移魔法――通称、境界渡り……境界によって隔たれた二つの場所を繋ぎ、越える魔法だ。結界が定めた境界線くらい簡単に越えるだろ」
神階魔法と言っても別に神のみが扱える専属魔法ではないので、単に神の御技に近い魔法を神階魔法と称していたに過ぎない。そしてリノはさらに説明を補充する。
「大結界のように転移阻害できる魔法があれば、同時にその阻害を無視できる魔法も存在します。境界渡りはその一つに過ぎません。ただ、この魔法には一つ難点があり、神階魔法ゆえに一人だけを転移するのはし難く。主に大人数な転移しか使わていないので、知らないのは普通ですよ」
「……確か魔法陣たちを打ち破れば壊せる、です。ご主人、わたしが壊してくる?」
普通なら壊す方がいいだろうか、今回はその必要がないので、リムを止めた。
「いや、今回は止めるより、そのまま出し切るまで待った方がいい。来れないやつらは全部使い手の予備戦力になるからな。まとめて殲滅する方が手間も省くし……それに、あんまり派手にやるとマズイ、俺たちはあくまでも目立たないままこのくだらない戦争を終わらせる」
言葉の意味がよくわからないリムとオルギは首を傾けた。彼らに詳しく説明より、もう一つ気になることをリノに問う。
「念話石は使えるか、リノ?」
「だめのようです。何らかの通信妨害を受けていると思います」
答えながら彼女は首を左右に振った。念話石とは心の中で念じた言葉を相手に飛ばす鉱石のことである。ただし、念話を交わせるのは同じ石から割れた欠片のみで、通信する回数にも制限が掛かっていて、結構レアなものである。
価格が高いため、金持ちや通信魔法の類いを使えない商人たちの間で使われていた。もっとも、今手元にあるのはそんな高級品ではなく、単なるリノが作り出した改良量産品でしかない。
強化魔法ですら伸ばせない通話回数を彼女の改良によって多少は増えたので、普通な念話石よりは気軽く使える。とは言え、この石を消化したい理由はほかにもあった。
「用意周到なやつらだ。お前たちの石を二、三個くれ。ちょっと裏ワザで試してみるか……」
リノとリムから念話石をもらって、それらの機能に強化魔法を付与した。
「よし、軽く試してみるか」
一個をリノに返したあと、念話を飛ばした。予想通り、念話の間の繋がりを強くすると妨害からの影響も薄くなるようで、今は問題なく通信できた。確認も済んだので彼女たちの分を全部返した。
まとまったところで、リノはオルギの手首を掴み、別れの挨拶をしてくる。
「では、ご主人様。私たちはこれで……」
リムも「またあとで、です」と言ってきた。それに対して軽く頷いた。
「え、なんっすか? なんでおれを捕まってるっすか?」
唯一、訳が分からず、オロオロしているオルギは、突然、体ごと宙に浮かんだ。あれっと間抜けな声を発する瞬間、手首が掴まれているままリノに連れて行かれた。
鬼の悲鳴が少しずつ遠ざかっていき、いつも優しいリムは彼の反応に理解できず、ただ姉のそばでついて行く。常識とは言い難いけど、メイド二人にとってこのスピードが普通なのだ。
残っていたアスルは数秒考えて、辺りに発動している魔法を解いた。
そして、目立たないルートを選んで、巨樹に向かった。
公園ブロックから王宮に行くには数ブロックを抜ける必要がある。
途中で多くな魔物とすれ違ったが、未だ一度も交戦したことがないのは気配遮断の強化版を使っていた。
元々このスキルで自分の気配をかなり隠蔽できる。しかし、匂いや気配に鋭い魔物たちまで掻い潜るには、やはり存在感まで消せるこの強化版の方がより確実だ。
街の景色はどこも同じもので、一般市民は逃げ回り、兵や冒険者たちは魔物たちと戦う。だけど魔物は多方面から湧いて出て、止めなかった魔物は彼ら食いちぎり、血肉が宙に飛ぶ。
どこに行っても人々の悲鳴や魔物たち咆哮を聞こえ、血の匂いがすごい勢いで漂い、塵は爆ぜている。地獄以外のなにものでもなかった。
かと言って、彼らを助ける気にはなれず、もう何度目か同じ景色を見ていた。レイクシス側は完全にパニックしている。教団はきっとどこからかこちらの情報を仕入れ、兵や冒険者たちの主力が門に集めたところで魔物たちを転移してきたに違いない。
あのSランク冒険者の話では、前の戦いですでに一回大きな転移魔法を使用したはず、いったいどこから膨大な魔力を手に入れ、短時間でもう一回ここまで大規模な境界渡りを発動させたのかは知らないけど。レイクシス側は大結界の阻害機能を盲信し過ぎて、その油断につき入りられた結果が、この完璧な奇襲だった。
そのせいで各方面の門と王宮側は分断され、指揮系統が乱れ、ほとんどの者が混乱するのも理解できるけど。未だ統率の取れない行動をし続けているところを見ていると、少々イラっとした。一応自分は彼らの味方で、属する側の味方たちがここまで一方的やられているのはあんまりいい気はしないのだ。
「はぁ~、無償労働は嫌いだが、ちょっとはサービスするか……」
誰か聞こえない独り言をそう呟いた。直後、部分強化をしていた足に更に強化を重ね、加速した。
気配を隠しながら今いるブロック全体に縦横無尽で駆け、兵士や民の死角から魔物のみを切った。レイクシス側の人々が呆然とした中で、空と陸の魔物たちは変わらずどこからか来た斬撃によって殺され、血まみれに倒れていく。
存在が認識できない状態にある攻撃は最高級な奇襲で、何者によって排除された魔物たちは誰にも理解できず、認識できず、ただ結果のみが彼らの目の前に残されていた。
無論、未だ空から新たな魔物たちが落ちてくるが、一気に数が減ったことで兵士たちに少し勇気付けたようで、彼らすぐ民たちを安全な場所に連れ始めた。
元進んでいる道に戻り、再び巨樹を目指した。
*
一方、魔物たちを一撃で仕留めるリムのあとを付いて、リノたちは二十六番ブロックに無事にたどり着いた。
「リムさんすごいっすね。一人でこんなに早く魔物たちを片付くとは……あの武器はもしかして魔導銃ってやつっすか?」
店の近くに来て、ようやく下ろされたオルギは黒い双銃で魔物たちを素早く倒すリムを見て、思わずリノに訊ねてきた。
「そ、そう、その通りです」
ついそれに肯定した。正確にはただの実弾拳銃だが、前時代の武器を使える者なんてこの世界にはいないので、そう思わせた方がいいでしょう。一応魔力を付与して撃ちだしたので、嘘は言っていない。
リムに店中の魔物たちを片付けたのち、オルギと一緒に中に入ると、そこには――左足と左腕が食われていたケッシュが倒れている。
アーミラは血まみれになっている父の傍でケッシュの名を呼び続けながら、泣いでいた。
次回、金曜日です。




