第十四話 砂漠の都、そしてラーメン屋へ 続
「ラーメン屋<ドンミャン>、ここだな」
看板を確かめたあと、中に入った。
木造りな外見、中も素朴のようで、壁は白く塗られている。
店に入ったすぐ、全員の視線がこちらに集中された。もちろん俺ではなく、後ろにいるリノとリムに見惚れている。
いつものことで、実際さっき歩いていた時もずっと通行人たちに見られていた。どうも彼女たちが外ではかなり美しい部類に入っているようだ。
アーカデアにいた頃、注目されることに慣れたので、害意さえ持たなければ大して気にもしない。
彼らの視線を無視して、店内を見渡す――必要もないようだ。
「……満員か」
そんなことを呟いたあと、ウエートレスらしき狐少女が近づいてきた。布の私服の上にエプロンをつけている。両手でトレーを顔まで持ち上げて、狐耳と顔をちょっと伏し、恥かしいながら訊ねてきた。
「あの、すみませんお客様。ただいま満席なため、こ、こちらでお待ち頂いても宜しいでしょうか? 席が空けたらすぐ案内いたします」
彼女はこちらの右側にあるいくつの椅子を手で示してくれた。
「他の店は知らないし、少し待つか」
了承し、椅子に座り、空席ができるまで待つことにした。リノとリムも静かに両隣りの椅子に腰を下ろした。
「あ、ありがとうございます」
ウエートレスは一礼をして、また仕事に戻っていった。
しかし、アスルたちが入ってから食べている客人たちはまったく食事を進めず、完全にリノとリムに釘つけている。
(コイツら食べる気あるのか。こっちは空腹だってのに、さっさと食って席を譲ろ!)
お腹がグーグーと鳴っている上に、店内ではとても美味しいそうな匂いが漂り、また店の客が全然食べていないため、アスルの機嫌レベルがどんどん下がっていく。
――その時、店の扉が破られ、大きな音が発生した。
どうやら身長の高めな男が仰け反りのまま店内に飛ばされてきたのが原因みたい。
額に小さな角があり、肌は赤黒く、おそらくは鬼族だろう。ただ体は痩せており、頑丈な体を持つ鬼族には見えない。
「へ、弱いくせに良くも毎回毎回オイラたちの邪魔をしてくれたな!」
「そうだそうだ!」
「可愛いアーミラちゃんはどーこだ」
「今日こそ……彼女と……ベッドで遊ぶ……ひひ」
四人のミーラン族チンピラが続々と店に入ってきた。
「ち……あいつらまた来たのか。店主、金はここに置くからな」
「お、おれも、先に失礼する!」
「店長さん、頑張れよ。また明日来るからよ」
店内の客がチンピラを避けながら外に出て行った。これは初めてのことではないようだ。
やがて、店内はアスルたち、店主、さっきのウエートレス、傷ついた鬼男とチンピラの四人だけが残された。ウエートレスの狐娘はすぐに鬼男の傍に駆けつて、彼の安否を確かめている。
「お兄ちゃん、大丈夫!?」
「あ……ああ、何とかっす」
鬼男はゆっくりと体を起こし、ウエートレスを安心させた。
「またおめらか! 毎度毎度返り討ちしたにも関わらず、まだ懲りないとは!」
厳い顔の店長が厨房越しで怒鳴たが、チンピラたちはまったく怯む様子がない。
「へ、今日こそオイラたちの魔法で店ごと焼き払ってやるぜ」
鳥頭のチンピラが手をチラ見せながら答えた。隣の短髪坊主頭、ドリル頭とハゲもそれに続く言う。
「そうだそうだ」
「きょうーこそ、テメーを倒して彼女を手に入れてみせる! アーミラちゃん、ちょっと待てて、すぐに邪魔なオッサンを倒すからね」
「ただの……人間が……何時までも……わたしら……止められると……思うな」
アラーミは狐店員のことを指しているようで、どれもどうでもいい情報な上に、茶番にしか見えない。
「やれるならやってみろ! また返り討ちにしてやんよ」
言い終わると、店長が料理場から出る前――
「店長、俺はこの牛丼ラーメンを大盛りで頼む!」
「私は……この親子丼ラーメンをください」
「カツ丼ラーメン、大盛りで、です!」
――三人のオーダーが入った。
チンピラたちが騒いている中、気配遮断を使って彼らの茶番を中断しないように気をつけながらカウンター席に移動した。
メニューを決めたすぐ店長に告げただけなのに、何故か全員の視線がこちらに向けたまま沈默していた。空気を読んでいたつもりだったのに、何この反応。
「あのさ、お客さん。今は食事の場合じゃねーぜ。こちとらアイツらを追い出さないと店の存亡に関わっているだ」
店長は困ったようにそう言ってきた。アーミラと鬼男も同じ顔をしていた。
「おい! おめー、邪魔するじゃねーよ。なんならおめーらもぶっ殺すか、あぁ!」
「そうだそうだ!」
鳥頭と坊主頭が脅してきたが、あんまり怖くはない。殺気が微妙すぎて、本当に人を殺せるのかどうかも怪しくに思えた。
「まーてよ。隣の二人を見てみろ、かなりの美人だぜ」
「美しい……やりたい!」
残り二人はリノとリムの美しさに気付いて、興奮し始めた。
「おぉ~! 今まで気付けなかったぜ。よし、あの二人もオイラたちがもらってやるか」
「そうだそうだ」
(こいつらますます調子に乗ってるなあ。店長の方も彼らを追い出すまでは料理をする気はないみたいで……仕方ない、このままじゃ静かに食事もできないか。)
やむなく、店長に提案する。
「店長、もし店を無傷のまま、俺がヤツらを追い払うれば今回の食費とチャラしれくれないか?」
「な……そんなことできるのか、お客さん? ソイツらはこんななりでも魔法を使えるぜ」
「問題ない。で、提案は受けるか?」
少し考えて、店長が決断した。
「……いいだろう。あくまで、店を無傷のままにできれば、な」
「交渉成立だな。んじゃちょっくら片付けるから、店長はさっき告げた料理でも作って見物してくれ」
席を立ち、チンピラたちへゆっくりと近づく。
「あぁ? テメー、オイラたちを舐めてるのか、魔法でぶ殺すぞ!」
「そうだそうだ!」
「しーに急いているな」
「戦力差……分からない……ヤツ」
完全にアスルを見くびる姿勢だった。
チンピラたちはすぐさま魔法の技名を唱えようとする――が、身体が突然うごけない。
唱える前に、目に見えない闇が辺りの空間を隙間なく染まった。どこまでも黒く、澱んでいるそれはアスルから放たれた殺気だった。チンピラたちの薄ペラなものと違い、普通な人間が所持しているとは思えないもっと恐ろしいものである。
その殺気によって、チンピラたちは空気があるにも関わらず、呼吸ができない。顔色もどんどん青白くなり、声も出せずに苦しんでいた。体がひどく震え、怯え、なおも立っていられるのは、凄まじい殺気が彼らを地に倒れることすら許さないのだ。
「なんだ……口ほどでもないな。俺はまだ魔法すら使ってないぞ」
言葉に対してチンピラたちは涙まで流し、話せない代わりに目で許しを乞い始めた。
このまま続けても意味はなさそうので、殺気を収めた。
直後、チンピラたちは床に倒れ、まるで忘れていた呼吸の仕方を覚え出したように、大きく息をする。
「はぁ……はぁっ……はぁ……たす……かっ……けほ……けほっ」
「そう……だ……そう……だ」
「なん……だ……いま……のは」
「ま……ほう……じゃ……ない……みたい」
そんな反応を無視して、最終通告を言い渡す。
「動けるようになったならさっさと店から去れ、二度とここにくるな……もし破れば、今度は確実に、死ぬまで続けるぞ」
冷徹な目に見られていたチンピラたちは慌てて頷き、なんとか動けるようになった体で店から飛び出て行った。
次回は木曜日です。




