勇者様御一行の棺桶
“このネタ、温めますか?”という短編集においていた作品です。
ジャンル変更にともない、短編として投稿することにしました。
「やっと、街に着いたな」
勇者が魔王を倒すため、仲間と共に己を磨く旅をしているというのは、この大陸では周知の事実である。勇者とその仲間達に憧れ、自らも仲間になろうと志願してくる者も多い。
その勇者のパーティと聞いて、多くの人は誰を思い浮かべるだろうか。
「おい、そろそろ今日の宿見つけねえとヤバいんじゃないか?」
屈強な体つきの戦士だろうか。
「そうですねぇ。もう大分暗くなりましたし、早めに宿を見つけないと……今日は野宿ですね。はははっ」
穏やかに笑う神官だろうか。
「何を言ってるんです。私は野宿など御免ですよ」
理知的な瞳の魔術師だろうか。
「…………じゃあ、早く宿屋を探さないと……」
何か一言くらい言おうと私も口を開いたが、後ろを振り向いた魔術師にギロリと睨まれる。
向けられた冷やかな表情は、魔術など使わなくとも人を凍らせるには十分だ。彼を見てしまった可哀相な通行人数名がピキンと音を立てて凍ったように硬直していた。
「お荷物は黙っていて下さい」
“当たり前のことを言うな”というように魔術師は溜め息を吐く。……まあ、自分でもあの発言はどうかと思ったが。
「ルナール、そういう言い方はないんじゃないか?」
正義の味方である勇者は魔術師の言葉が気に入らなかったらしい。先頭を歩く足を止め、私達の間に割って入った。
容姿端麗であるものの冷たい印象を与える魔術師とは反対に、勇者は人の好さそうな顔をしている。今は少し困ったように下がった眉が彼を頼りなさ気に見せていた。
「私は事実を言っているまでです」
「だが……」
「あー、お前らが言い争いしてる間に宿が埋まっちまうぞ?」
口論に発展しそうだった雰囲気に気付き、声を掛けたのは戦士だ。この男は大雑把に見えて意外と細かい配慮ができる。彼がいなければこのパーティは確実に空中分解していただろう。
「………………」
「………………」
一応、最年長である戦士を尊重しているのか勇者と魔術師は押し黙った。魔術師は興味を失くしたように顔を背けたが、勇者はまだ何か言いたそうだ。戦士もどうしたものかと頭を掻いている。
三人の様子をぼーっと見つめていると、いつの間にか神官が私の隣に並んでいた。耳打ちするように顔を寄せる。
「ラタさん、あまり気にしない方が良いですよ」
咄嗟に神官の方を向くと、少し私から顔を離した彼は“あなたは役に立たない方が良いので”と言葉を続け、にっこりと笑っていた。あまり深読みはしたくないが、どういう意味なのだろうか。
正直、返答に困ったが、言葉を絞り出す。
「……いえ」
この大陸の者、誰もが憧れる勇者パーティ。
―――少なくとも、私がそれに含まれないことは確かだろう。
◇◇◇
洞窟のボスを相手に戦っている勇者達――いや、仲間達を見て思う。
……そろそろ、出番かな。
面倒臭いが仕事だ。いざとなったら私が動かなくてはならないのだろう。……そうなる前に勇者か戦士がクリティカルヒットでも出してくれないものだろうか。
嫌な予感に、背負っているアレがずっしりと重くなった気がする。
「……うっ!!」
どうやら、クリティカルヒットが出たらしい。出したのは敵だが。
聞いているだけで痛くなりそうな呻き声を上げた神官は地に伏した。物理攻撃に弱い彼には、敵の攻撃は致命傷だったらしい。倒れたままピクリとも動かないところを見ると即死だろう。
「リマスっ!!!」
「クソッ、回復魔法なしはキツイな……」
神官が死んだことを悟った勇者が声を上げた。暗い洞窟内に反響してちょっとうるさい。
戦士は勇者より冷静らしく、敵の攻撃を自分の獲物の大斧で受け止めながら顔を顰める。先程から防戦一方なところを見ると、今回の敵は攻撃を食らうほど強くなるタイプだったようだ。
「カーネ、私がいることを忘れてもらっては困ります」
攻撃呪文の詠唱を終えた魔術師が戦士の名を呼び、短く何事か呟くと、戦士の身体が光に包まれる。眩しくて目を閉じてしまった私が目を開くと、戦士の傷が消えていた。
そういえば、魔術師って単体回復ならできたっけ。
“でも、単体回復だけじゃ勝てないよね”と魔術師が聞いたらキレそうなことを考えつつ、ぼんやりと残りの三人の戦闘を眺める。
「…………っ!!!!」
あ、魔術師倒れた。
回復役が狙われやすいのは常識である。
「おいっ、アギラ!! こりゃ本格的にヤバイぞ!」
「分かってる!」
戦士と勇者が猛攻するが、敵に与えているダメージより食らっているダメージの方が大きい。
交代で回復アイテムを使ってはいるものの、そろそろ限界がきそうだ。
四人の屍とこちらに意識を向ける敵を見て、私は特大の溜め息を吐いた。……勇者パーティについて行くだけの簡単な仕事だと聞いたのに、とんだ重労働だ。
敵が攻撃を仕掛けてくる前に背負っていた小さな棺桶――かなり特殊なマジックアイテムである『敗者の棺』を降ろす。
「『敗者の棺』起動」
私がそう言うと、私が背負える程度の大きさだった棺桶が普通の棺桶くらいの大きさになり、ギイィと鈍い音を立てて蓋が開く。
アイテムが起動するのと同時に、周囲の時間が止まるのを感じた。私から数メートルの位置にいる敵はもちろん、ついさっきまで洞窟内に響いていた不気味なモンスターの声も聞こえない。
「……はぁ、めんどくさ」
起動してしまえば蓋が閉まるまで私にはすることがないので、血やモンスターの体液で汚れていないか確認してから地面に座り込んだ。膝に頬杖をつきながら、勇者達の魂が回収されていくのを見守る。
身体から光の塊が抜け、棺桶に入っていく様は意外と綺麗だ。どんな仕組みかは知らないが、魂が抜けた後の身体は光の粒子となって消えていく。……魔術師と神官辺りの身体は、残っていたら好事家に売れそうなものなのに残念だ。
あ、傷付いてたら売れないか。じゃあ、別になくても良いや。
“楽してお金儲けしたい”という私の生涯の命題について思考に耽っていると、ギイィと開いたときと同じ音を立てて棺桶の蓋が閉じた。
アイテムの効果が切れ、止まった時間が動き出さないうちに、がんじがらめに棺桶に鎖を巻く。……以前、鎖が緩かったのか、魂が一つ落ちてしまったことがあるのだ。すぐに拾ったけど。
「キシャアァー!!!!」
アイテムの効果が切れたらしく、奇声……というか鳴き声を上げて敵が襲いかかって来る。
「うわ、あぶなっ」
ひょいとその攻撃をかわし、私は棺桶を引くための鎖を持って…………全力疾走した。
◇◇◇
「おお、勇者よ! 死んでしまうとは情けない!」
「……いつも思うんですが、その蘇生呪文どうにかなりませんか?」
「これは呪文ですから、大神官と言えどもただ人である私にはどうすることもできませんよ」
「なんか、身体痛ぇ。……死んでたからか?」
「私もです。ルナールはどうですか?」
「………………」
「ルナール?」
「そっとしといてやれ。ラタにあんだけ言ったのに全滅したから現実逃避でもしてるんだろ」
「……っ、そんな無様な真似はしません!」
「お、復活した」
「おお、魔術師よ! 死んでしまうとは情けない!」
「黙りなさい、この脳なし勇者」
「……いつも思うんだが、蘇生呪文って俺だけバカにされてる気がする」
「そういえば、大神官様、ラタは?」
「ああ、彼女なら“走り疲れたから寝る”と言って神殿の客室で休んでいます」
「……仲間が死んでんのに相変わらずマイペースな奴だな」
「ラタさんらしいですけどね」
生き返った安堵からか雑談に花を咲かせる勇者達の注意を引くように、大神官は手を鳴らした。
「彼女に感謝なさい。いくらあのマジックアイテムがあろうと、彼女の逃げ足がなかったら君達は生きていないのですから」
あまり人に知られていない勇者パーティの一員、ラタ。
―――大陸一の俊足の持ち主である彼女の仕事は、勇者様御一行の棺桶である。
簡易人物紹介
主人公:ラタ(スペイン語で「ネズミ」)
面倒臭がり。ニート予備軍。取り柄は足の速さ。
勇者:アギラ(スペイン語で「ワシ」)
正義の味方。平凡。お人好し。
戦士:カーネ(イタリア語で「イヌ」)
大雑把に見える苦労性。まとめ役。
魔術師:ルナール(フランス語で「キツネ」)
小姑。小うるさい。細かい。所謂3K(?)
神官:リマス(フランス語で「ナメクジ」)
まっくろくろすけ。
補足
敗者の棺:激レアなマジックアイテム。全滅したパーティを復活させることができる。しかし、棺を引きずった状態でモンスターから逃げ切らなければならないため、使用者が限られる。蘇生呪文は「おお、勇者よ! 死んでしまうとは情けない!」……勇者に精神的ダメージを与える。