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頭になにか電流のようなものが走った。
視界に歪みが発生し、自分の中の何かが書き換えられていくようだった。
「なんだ?」
スライムの体の上に、緑色のゲージのようなものが見える。
視認はできないが、自分にもそのゲージがあることを把握した。
「緑のゲージが見える? それは体力ゲージ。ダメージを与えるとゲージが減っていって、なくなれば倒せるわ」
「そうか。了解」
剣がスライムに当たる――ことはなく、貫通して地面に突き刺さった。
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ダメージを与えられなかったことが、はっきりとわかった。
「さあ、どんどん攻撃しなさい」
リゼは水球を呼び出したかと思うと、それを地面に置いて座った。
便利な使い方もあるものである。
「武器スキルが解放されたらどうなるんだよ。実はいまので解放されたってことはないのか?」
「解放されたらはっきりとわかるはずよ。武器が体と一体化するかんじ? とか、なにかしら変化があるはず……」
「そうか……」
リゼは解放されていないのだった。
聞いてもわからないのだろう。
「なによ」
「なにもない」
スライムが襲いかかってくる。
盾で防ごうとして構えるが、見事にすり抜けられて顔に体当たりをくらった。
「ほがらかっ」
ダメージ0。
痛みも感じない。
感じるのは、スライムの体の柔らかさである。
気持ちの良い感触だった。
ずっと握っていたいほどである。
「なんだよこれ。盾いらないじゃないか」
よろこんで攻撃を受けたいところである。
スライムはぷるぷると震えて、また飛びかかってきた。
攻撃を受けると気持ちが良い。
しかし、いまやるべきことはそうじゃない。
盾を構える――俺はスライムをはじき返した。
「あ」
何かが変わった。
「え?」
リゼが慌てて立ち上がったのがわかった。
「リゼ、解放されたよ。これで俺は魔法士だってことだな」
「……」
リゼは無言で歩み寄ってくる。
かすかに体が震えているようだ。
「いま、あたしは怒っているわ」
「す、すまんかった」
よくわからないが、とりあえず謝っておく。
「一応聞いておくわ。解放されたのは、ナイフの武器スキルね?」
「えっと――」
盾だ。
そう言おうとして、気づくと彼女の拳は俺の頬を撃ち抜いていた。
ダメージ19。
自分の体力ゲージが半分以上奪われたのがわかった。
「盾でどうやって戦うのよ! いや、いいわ。いま、そのことはどうだっていい」
痛いんだが。
殴っておいてどうでもいいとはいかがなものか。
「このスライム! なんであたしには何年も武器スキルが解放されないのよ!」
リゼはまだすぐ近くでぷるぷるしていたスライムに飛びかかる。
「お、おい! 武器以外で――」
「あ」
スライムに拳がめり込んでいた。
ダメージは与えられていない。
「さ、さあ、帰りましょ」
ずいぶんぎこちない。
「リゼ」
「なによ!」
もうなにも言うまい。
こうして、俺は盾という武器を手に入れ、そして長年解放されなかったリゼも武器を手に入れた。
いいことだ。
「かえる」
涙声でリゼは言った。
拳が武器とは――魔法を使うとすればなかなかにおかしな話だが。
彼女にはきっと、他の武器は似合わないだろう。
◇魔物
ジオン大陸には、多くの魔物が生息している。
大きく分けて獣種、魚種、鳥種、魔生種の4種類。
未発見の魔物が多く、その発見も魔法士のひとつの仕事である。
ボボリア=スピルフィア(056)『大陸記』夏色書店
◇ラット
生息分布 イムルタ草原西部
種族 獣種
オスは黒、メスは白の体毛になっている。
襲われなければ人間に襲い掛かることはなく、しかし警戒感は高いために、危険だと判断した相手には威嚇行動をとる。
お腹のあたりは袋になっていて、まだ生まれて間もない子供をその中に入れていることがある。子供は袋の中で一人前になるまで成長し、オスはその間にメスに食べられてしまうことが確認されている。子供を連れているメスは凶暴になり、体の毛にオスと同じ黒の毛が混じる。
マナを与えると同じ現象が起きることから、メスは外敵から子供を守るためにオスから魔力を補給しているのだと推測されている。
モーガン,オリアナ(057)『魔物図鑑』ボボリア=スピルフィア訳,夏色書店




