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結論から言えば、お金は集まった。
上着とTシャツを売りに行ったそのお金だけで足りたのである。
レンタル代はどの武器でも1時間借り放題50マナ。
服を売ると300マナという、意外にも高値で売れた。
まだマナの価値観がわかっていないのはどうしようもないことだが。
「どの武器にする?」
リゼが店中から武器を選んで持ってくる。
まさかこんなものを自分が握ることになるとは思ってもいなかった。
「こういうの持ったことがないんだが」
「じゃあ、まずはナイフあたりにする?」
「まずは? まさか全部試すのか?」
「だって持ったことのないものばかりなんでしょ?」
たしかにそうではあるのだが。
「下手に合ってないもので武器スキルが解放されたら困るじゃない。自分が使えそうなものを全部借りて使ってみる。あっている武器が見つかったら、あとは解放するまでフルボッコよ」
「解放されない可能性もあるんだろ?」
「きっと大丈夫よ。あなたには魔法適性がある可能性が高いし」
「はい?」
それは聞いていない話だが。
そもそも魔法適性を調べる方法はないと言っていたのに。
「ヒトシの服。なんであんなに高く売れたと思う?」
「珍しかったからじゃないのか?」
店主がやけに驚いていたのを見る限り、そういうことなんだとばかり思っていたが。
「そうね、この世界のこと詳しく知らないのだからわかるわけもないか。い――」
「あらかじめ言っておくが、犬に育てられていないからな」
「……服にかなりのマナが蓄積されていたのよ。マナはお金だって言ったでしょ。魔法士は魔物と戦って手に入れることができるけど、他の人たちはそうはいかないわけ」
となると、植物を切ってマナを集める――いや、それだけで他全員が生計を立てているわけもないか。
「例えば服屋をしている裁縫士は、服を売って、そして買い取る。人間はいつも微量のマナを体外に放出しているんだけれど、それが服に蓄積する。裁縫士はその服に蓄積したマナを取り出すことができるの。新しい服を売って、マナが蓄積された服を買い取り、そしてまた服を売る。それが裁縫士」
「それが俺の服が高く売れたことと関係あるのか」
「あたしたち魔法士には、服に蓄積されたマナを認識することはできないけれど。あたしの今着ている服を売ったとして、50マナにもならないでしょうね。魔法士じゃない人間なら10マナくらい」
だとするとずいぶん高く売れたものだ。
「魔力量が桁違い、ということかしらね。魔法士かもしれない可能性は高そうよ。例え魔法士適性がなかったとしても、着せ替え人形としてお家で飼ってあげるわ」
ひどい女である。
金のことしか考えていない。
「ん? 体から放出される魔力っていうのは、パンツには蓄積されないのか?」
「蓄積されるわよ。でも、そのパンツをどうやって再利用するのよ。裁縫士はマナを回収した服をもう一度商品として売るのよ?」
「……なるほど」
とすると、このパンツは穴が開くまで使えということらしい。
よくよく考えてみれば、売ってくれと言われても複雑なところではある。
「ほら、はやく選んで」
「んー。とりあえずこれにするよ」
片手で握れるナイフ。
少し追加で払って小さな盾も借りた。
服もどうにかしたいところだが、今はまず戦えるのかどうかが確認したかった。
「まずはさっきと同じやつか?」
「いや、スライムがいるわ。受けるダメージも与えるダメージも0だから武器スキル解放にはもってこいよ」
「え? スライム強くね?」
「実体のないものを切ってダメージもなにもないじゃない」
俺が知っているスライムはいくら弱いとは言っても、それなりにダメージをあたえてくるようなやつだった気がするが。
ゲームと現実は違う。
つまりそういうことなのだろうか。
「よし」
もう一度草原まで来た。
武器で殴りかかって、武器スキルが解放されれば魔法士になれる。
そして、俺は――。
『待っているから――』
曖昧になっていた記憶を思い出す。
そうだ。
飛ばされる前、リゼに出会う前――俺は誰かにそう言われたのだ。
今の俺が行ったところで、彼女の役には立てないだろう。
だから俺は、遠くに逃がすように飛ばされたのだ。
彼女のことを助けなければならない。
今の自分にあるのはその義務感だけだ。
違う世界にいた時の記憶は、まだ曖昧のまま。
ならば、やはりやることはひとつ。
元の世界に戻ろうとか、そういうことは一切考えなくていい。
「魔法士になる!」
そして、俺はスライムに切りかかった――。
◇魔法士について 2
マナという、大陸のお金を作れる魔法士は、大陸の子供達の憧れの存在である。実際のところマナを大量に、簡単に作ることができる魔法士など滅多にいないのだが、お金を作れるという話だけが広まり、誰も訂正しないまま今に至る。
魔法士に憧れ、魔法士ギルドの門を叩いた人は多い。しかし、魔法士は簡単になれるものではない。他の職業についても同じ話ではあるが、魔法士の特別性は他より一段と上である。
魔法士としてまず必要なものは魔法適性である。数種類か見つかった魔法種(魔法種については別巻『絶滅した魔法士』に詳しくあるので、一度手に取っていただきたい)の中で、魔法士は約二種類の魔法を扱うことができる。適性のない魔法種の魔法は覚えることができず、しかしどの魔法種に自分の適性があるのかを知る方法はない。
中にはいままでの魔法種には属さない魔法を扱う魔法士もいたようで、そうして新しく見つかった魔法は数字を与えられ、新たな魔法種として登録される。数字を与えられた魔法士はシードと呼ばれ、彼らには土地と名誉が与えられたようだ。
魔法適性は遺伝する。そのため、新たな魔法種として登録された場合、最低10人の子供を作る義務が発生する。重婚が認められていないこの国では、これだけは例外となっていたようだ。しかし、シードになった魔法士達のほとんどは女性であったため、男の夢とされる一夫多妻はなかったようである。本当に残念だ。
ボボリア=スピルフィア(056)『大陸記』夏色書店




