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 ある街の近く、森の奥には言い伝えがある。

 なにか大事なものを失った時は、森のどこかにある青い葉の木を探し、美味しそうな匂いがする食べ物を供えてお願いすれば、どこにあるのかを教えてくれると――。

 遠くを見通す木は、もし気に入らない食べ物だった時、人を木の中に飲み込んでしまうと言われている。



 最近国の方で大きな事件があったらしい。

 といってもここで手に入る情報はずいぶん遅れていて、おそらく数ヶ月はズレがある。

 こんな森の奥で生きていれば、数ヶ月に一度買い出しに行く街で、溜めておいてもらった情報誌を読むことでしか外の話はわからないのだ。

 お師匠様はおそらくそんなことはないのだろうけれど、僕にはさっぱり教えてくれない。


「お師匠様。お師匠様、戻りました」


 木を何度か叩いて開くのを待つ。

 しばらくして木に亀裂が入り、人一人がなんとかして入れる穴が生まれた。

 言い伝え青い葉の木は、つまりこれである。

 お師匠様が魔力を通している間、木の葉が影響を受けて色を変えてしまうのだ。

 一本だけ違う色だと実は簡単に見つかってしまうので、人嫌いなお師匠様はすぐに入口を変えてしまう。

 それでも見つかってしまった時は、しかたなく力を使ってあげているというわけだ。


「お師匠様、どうして教えてくれなかったんです。国の王が死んだなんて、ずいぶんと大きなことですよ」

「お前はいつも遅れている。わちの弟子ならそのくらいのことすぐにじゃな」

「僕はお師匠様のようにできないんです!」


 この世界にはたった数人しか使えない魔法がある。

 そして、お師匠様の魔法は、それよりもさらに上――たった一人だけが使える魔法だった。


「にしても、どうしてこんなものを買ってこいと? お師匠様、どこか行くんですか?」


 いつもは食料だけを買ってくるのだが、今回は違った。

 マントに皮袋、それに地図もある。


「お前がいくんじゃ。わちが外に出るわけなかろう」

「はい?」


 わけのわからない話だった。


「いやいや、僕が行ったら買い物はどうするんです? だれが身の回りの世話を? だれが最期を見送るんですか」

「わちはまだ死なんわ! 生意気なことを言いおって! 食べ物はわざと見つかれば困らんからの」


 身長140センチ体重50キロ。

 本人曰く少しばかり太っているだけだというが、丸みを帯びた体にはどこかしらごまかしのきかないものが……。

 身長をごまかすためにかぶっている縦長の帽子は、街のコックよりもずいぶん高い。

 下手をすれば足より長いのではなかろうか。


「百歩譲って僕が行くのはいいでしょう。はい、いつもの買い物よりすこしばかり遠出になるだけと考えることにします。どこにいくんです?」

「七英雄の話は覚えておるか」

「ええ、まあ……」


 この世界は七度危機を迎えている。

 その度英雄が現れ、世界を救ったと言われているが。

 それはもう何千年――何万年も前の話だ。


「そうじゃ、これまで七度危機があった。そして今が八度目じゃ」

「え? もう危機が始まっているんですか?」

「これだからお前は遅れておる。近くばかりを見るな遠くを見ろと何度言えば――それでもわちの弟子か!」


 怒られても僕はお師匠様のようにはできないのだから。


「英雄が現れたのじゃ。お前を拾ってから16年。いよいよお前の力を使う時が来たのじゃ」

「英雄が……でもどうしてです? お師匠様、確か言っていましたよね。多少の争いはあっても、英雄が現れるような危機は起きないって」

「イレギュラーじゃ。世界が歪み始めておる。わちにもこれより先のことは見通せん――そこでじゃ」


 指をさされる。

 ずいぶんと興奮しているようだ。


「お前が見てこい」

「お師匠様に見えないことが僕に見えるわけないじゃないですか!」

「わちは近眼じゃ。遠くしか見えぬ。お前は違う。近くのものを見ることに関しては、お前の方がもう上じゃ」


 遠くを見ろだの、近くを見ろだの、はっきりしない人だ。


「どうせ老眼なだけでしょうけど」

「なに? なにか言ったか? わちはまだ若いんじゃからな!」

「はいはい。それで、どこに行けばいいんです?」

「……地図」


 どうやらすこしばかり気分が悪くなってしまったようだが。

 僕は言われた通りに地図を出す。


「ここじゃ」

「……遠すぎません?」

「まず西に進みロロン川を渡る。そして一度カムラに寄るといい。カムラからは北西に数日。どうじゃ、わかったか?」

「あのですね、少なく見積もっても徒歩じゃ2ヶ月以上かかりそうなんですけど」


 それでは途中で嫌になってしまいそうである。

 それに、ロロン側からカムラまでは砂漠地帯。

 徒歩でいくなんてバカなことはできない。

 あくまで最短ルートを言っているだけで、迂回しなくてはならない。


「知らんのか。わちはラフラダを飼っておらぬ。臭いのは嫌いじゃ」

「知ってますよ……」


 あくまで歩いていけというらしい。


「なんでよりにもよってアリアスなんです。大陸の端じゃないですか」

「文句を言うな。お前は英雄を手伝い、そしてわちの弟子だと大々的に宣伝してくるのじゃ。そうすればわちの名前は一気に広がり、そして毎日動かず飯食い放題じゃ!」


 高々と笑い声をあげるお師匠様。

 そううまくいくわけがない。

 そもそもアリアスまでいけるのかどうかもわからないのに。


「『風見鶏』使っていいならすぐに行けるのに。お師匠様いつもだめだって言うから」

「お前はもうわちから学ぶことはないじゃろ。もうわちの縛りを気にすることはない。そうじゃの、もう会うこともないかもしれん」

「お師匠様……」

「お土産はベリブッヒサンドで頼む。わちはあれが大好きなんじゃ」

「……」


 わがままな人である。

 こうして、僕は16年住み込んでいたお師匠様の元を離れ旅に出ることになった。


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