16
目を覚まさないままのローナの病室で、俺はヒナタさんと座っていた。
「ローナはこの街で5本の指にはいるレベルの元魔法士だ。それがこうして戦闘に負け、いまも意識を取り戻さない」
「俺を疑っているのか?」
「確かに、お前の周りで事は起きている。だが、お前を疑ってはいない。今回の犯人は例の商人だ」
攫われたのは二人ではなく、リゼだけだということか。
「彼のことを調べてみたが、ゲントという商人は聞いたことがないと、全く情報がなくてな。それだけで十分、彼が犯人だという証拠のようなものだが」
「なんでリゼを……」
「リゼが狙われたわけでもないかもしれない。次はパットやジャコの可能性もある」
ヒナタさんの妙な言い方に引っかかる。俺は狙われないとわかっているようだ。
「それに、攫われたというのも妙なところではある。ローナを置いていけば、彼女からなにか情報が漏れる可能性だってあるはずなのに。どうしてローナも連れて行かなかったのか」
「なんにしても、ローナが目覚めないとわからないですね」
眠ったままのローナを見ていると、妙な胸騒ぎがした。
まだなにか見逃しているような、そんな感覚だ。
――――――
ある森の奥。
「ブルーム。ねえ、ブルーム聞いてるんでしょ」
『なによ。いまそんなに暇じゃないんだけど』
人影は一つ。
「見つけたよ最後の英雄。主人様に伝えてほしいんだけど」
『あとでね。いま暇じゃないの』
「なんでだよ。英雄の捜索は最優先事項じゃないか。僕の手柄になるのが嫌なの?」
『見つけただけのやつがなに言ってるんだか。たまには他人を信用しなさいよ。いつも自分が言ってるじゃない』
「お前が一番信用ならないんだよなあ」
『なに? 聞こえてるわよチャム』
咳払いをしてごまかそうとする着ぐるみは、ぱたぱたと手を振った。
『ところでベルはどうしたの? 一緒じゃなかったの?』
「いまは別行動中。しばらくは連絡できないだろうね。英雄のすぐそばにいるから」
『大胆な作戦ね』
「ま、僕たちの魔法は絶対的なものだからね。ばれるわけがない。うふふ」
不敵な笑み。
ぶつりと何かが切れる音がした。
「ん? ああ、切られちゃった。だから信用ならないんだよなあ」
着ぐるみはてくてくと歩みを進める。
木にもたれ掛けさせていた荷物をふたつ背負いあげた。
「そうだ、英雄に手紙書かないとねえ。返して欲しかったら見つけてみろって。うふふ」
そこは森の奥。
誰一人近寄らない魔の森。
「最期の英雄が、人を助けるようなやつだとは思えないけどねえ。人を助けるような僕みたいにやさしい人なら、最期の英雄だなんて言われないもんね。うふふ」
魔法に溢れた世界 終