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 焚き火を囲んで座っている。

 いまのところ魔物からの襲撃はない。

 以前リゼから教わった話には、魔物が活発になるのは夜だというものがあった。

 夜の間は交代で見張りをすることになっている。


「じゃ、まずは私とジャコね」


 そんなことを言って俺とリゼの二人きりを作り上げたパット。

 リゼとの見張りの間なにを話そうかと考えているうちに、見張りの番がきてしまった。


「がんばって」


 言うだけのやつは楽だなと、そんなことを思いつつ、欠伸をしてテントに戻るパットを見送る。


「むふ」


 にんまりと嫌な笑みを浮かべて歩いていくジャコには舌打ちをくれてやった。

 こうして俺とリゼは二人きりになった。

 夜寝ているときは二人だったのだから、そんな緊張するものでもない。

 と思っていたが現実は甘くないというのか、汗が止まらなかった。

 なにを話せばいいのかわからない。


「……」


 ぼんやりと火を見つめる彼女の目は黒かった。

 笑っていた彼女の表情が思い出せない。

 彼女の目は青い透き通った宝石のようなもので、こんなに沈んだ色ではなかったはずだ。

 なにが彼女をそうさせたのか、俺にはわからなかった。

 そんな彼女をどうすれば救えるのかが、わからなかった。


「……お前、最近変だ」


 なにを言えばいいのかがわからない。

 なにを言っていいのかがわからない。


「変じゃない」

「笑わなくなったな」

「笑ってるわ」


 一度も視線を合わせない。


「なあ、話してくれよ。わからないじゃないか」

「なにも話すことなんてないわ」

「やっぱり変だよお前。どうしたんだ」

「だから、変じゃないって言ってるじゃない!」


 立ち上がって声をあげるリゼは、息切れをして肩を震わせている。

 様子がおかしい。

 なにかがあったということは、これではっきりした。


「あのラットと戦った後、なにかあったんだな。どうしたんだよ。俺たちにはリゼが必要なんだから――」

「……よくそんな嘘が言えるわね。さっきだって、パットと二人で話していたんでしょう。あたしはもういらないって――。回復もできないクレリックなんて、邪魔にしかならないって!」

「そんなこと言うはずがないだろ。リゼは俺たちのリーダーなんだから」

「信用できない!」


 リゼの表情は歪んでいた。

 目が合っているようで、しかし見ているものが違う。

 そこではじめて、リゼの瞳に走る黒の螺旋に気がついた。

 彼女の瞳の中を泳ぐように蠢いている。


「リゼ、お前――」


 視界の隅――リゼの背後になにかが近づいていた。

 暗闇の中、黒の体ではすぐ近くに来るまで気がつかなかったのだ。


「魔物だ! リゼ、こっちにこい!」

「嫌よ! 信じられない!」

「くそっ、なに言ったってこれかよ……!」

「ヒトシくん!」


 休んでいたにしてはやけにはやく異常に気がついたパットは、ジャコを引き摺って現れた。


「パット、お前聞いてたんだろ」

「な、なんのことかぬ……」


 なんだそのぬって。


「い、いまは魔物だよ! ほら、ジャコはやく逝って!」

「ん!? なんかいま違う意味に聞こえたぞ!」


 ジャコは両手剣を構える。

 戦闘だ。

 まだ暗くてはっきりとした姿はわからない魔物。

 動きは素早くない。

 ラットのような生き物は火に近づいてこないという話だったが。


「なんだ、スライムじゃないか」


 火の明かりで照らされたその姿は、よく知っているスライムだった。

 ダメージは入らないし、ダメージを与えられることもない。

 軽く追い払えばいいだろう。


「いや、なにか変だぞ」


 本来なら透明なはずのスライム――なにか黒いものが混じっている。

 螺旋状のなにかが、蠢いている。


「あれは――」


 リゼは逃げるようにテントに向かった。

 あの状態では戦闘なんてできたものではなかっただろうし、ちょうどいい。

 それより気になるのはあの螺旋だ。


「ま、いつも通り火を当てれば、驚いて逃げるだろ」


 スライムは火を当てられると、汗をかいて逃げ出す。

 水分を失うことが、彼らにとっては困るらしい。

 俺たちはこれまで、火を当てることで粘液を採取してきたわけだが――。

 つまり彼らスライムが、火に近づいてくるなんてことがあるわけがないのだ。


「待て! ジャコ!」

「ぐっ」


 ジャコが火を出して近づいたその時、スライムはジャコに体をぶつけていた。

 単純な体当たり――これまでスライムに何度もぶつかられたことがあるが、もちろんダメージが入ったことなんて一度もない。

 それがスライムなのだから。


 なにかが砕ける音がした。

 ジャコの体が折れ曲がり、地面を転がる。


「呪種だ。パット、こいつ呪種なんだよ! ただのスライムじゃない!」

「ジャコ!」


 スライムに緑のゲージが現れる。

 戦闘が始まった。

 すでにジャコは死亡。

 それはいつものことにしたって、いくらなんでも威力がありすぎる。

 体を吹き飛ばすほどのダメージは、おそらくパーティで一番DEFが高い俺でも耐えられそうにない。

 ジャコのHPは低すぎてどれだけダメージを食らったのかはわからないし――。


「ああ、ジャコ。スライムに負けちゃうなんて」

「わるい、パット……俺、この戦いが終わったらお前に――」

「だめよ、ジャコ! もう話さないで、きっと助かるから」

「ぐふ……」


 いつもの小芝居のようなものが終わり、パットは棺桶を装備する。

 彼女のステータスが大幅に上昇した。


「パット、サーチを頼む」

「うん――ATK500MND500AGI10。これって」

「ステータスが異常だ。たしかスライムのステータスは……」

「大体がDEFとMND500でATKとINTは0。AGIは個体差があるけれど10前後」

「DEFがわからないまま殴って、そのままやられてしまうのはまずいな。でも、なにもしないまま逃げ出すのだけはだめだ。記録を残さなくては、次につながらない」


 とは言っても、いまの二人だけでうまくいくのかはわからなかった。

 次の攻撃は俺の番。

 ここで逃げ出すことはもちろんできる。


「シールドパリィ。これで、次の攻撃を防ぐ。もし失敗しても死ぬのはどちらか一人。失敗したら逃げるしかないけど、いまはまず次の攻撃を凌ぐしかない」


 失敗してしまえば、なにの情報も得られない。

 それだけは避けなければ。

 スライムはたいあたりを仕掛けてくる。

 ターゲットは俺だ。


「くっ」


 盾に重い感触。

 本来なら耐えきれるはずもないが、これは弾くだけ。

 ダメージは食らわない。


「よし、パット攻撃だ。もしダメージが通らなかったら、俺の番で逃げるぞ」

「わかった!」


 ――――――――


 彼女にはだれが味方なのかもうわからなくなっていた。

 信用できるのはあの――人形だけだ。

 仲間であるはずの彼らのことが信用できない。


「魔物が来たのかい?」


 テントの中で眠っていたゲントという商人は起き上がった。

 特に慌てた様子はない。


「ああ、耐えられなくなったんだね。君は――」


 彼はリゼの額に手を伸ばす。

 異常なまでの魔力を込められた手のひらに、リゼは身を委ねた。


「ずいぶん待たせてしまったね。でももう大丈夫。君の居場所は用意できたから。僕は信用できるよ。だから安心するといい。だから彼から離れるんだ。あの男から、離れるんだ」


 彼の姿はいつの間にか着ぐるみに覆われていた。

 一点の黒目が、虚ろなリゼの瞳を捉える。


「血に溺れた英雄――君たちのそばにいるっているのは困るんだよね。だって、あの英雄は主人様がやっと召喚に成功した人。主人様のものなんだから。だから君はいますぐ街に戻るんだ。居場所はそこにある。彼のいなかった今まで通りの君の生活があるんだよ。それって幸せなことだよね。そもそも彼がいなければ、君は悩まなくて済んだ。全部忘れるんだ。それで、一から始めるんだよ。回復ができないクレリックとして、僕の下僕なかまとして、あの街にいて欲しいんだよね。それってすっごく、幸せなことだよね」


 幸せなことであるかどうか、リゼには判断できない。

 彼女の精神は、その着ぐるみに囚われていた。


「僕のことを信用してね。なんていったって、僕は信用できるから」

「信用できる」


 リゼは逆らえない。

 そういう魔法だ。

 あるはずのない魔法。

 第四の、失われた魔法。


「やっぱり、ついてきて正解だったようね。全く、こんなやつの魔法にひっかかるなんて」

「誰だ!」


 着ぐるみはぶんぶんと首を振ってあたりを見渡す。

 中にいるはずがない。

 着ぐるみは外に飛び出した。


「ヒナタの言う通りだった。街に妙なやつが紛れてるって噂から、呪種のラットの出現、その近くにはいつもカレシくんの姿があったとなれば――次もなにかが起きるとすれば彼の近くというわけよね。だれでも予想できる」

「なんだよお前。僕の邪魔するのか?」

「自分の姿を変える魔法と、洗脳魔法。この二つはお前のもの。うちの考えが正しければ、お前の魔法適性は第四と第六。魔物に力を与えているのは洗脳魔法の応用といったところか」

「……ふーん。全部外れてるよ。信じていい。僕は信用できるから」


 暗闇の中、青の和装に身を包んだ女性は鼻で笑った。

 目は透き通った青。

 月の光を吸い込んで、淡く光っている。


「なんだよ。お前あの娘に関係ないだろ。帰れよ。僕に任せていいからさ。信用してよ」

「これでもあの子の姉なんだよね。まあ、妹扱いでもすると怒って手がつけられないんだけど。うちにとっては会うことがなくたって、他人のふりしてたって、妹は妹なのよ」

「嘘つくやつって顔にでるよね。すごくわかりやすい」

「よく言うわね。あんたの顔、嘘の塊じゃない」


 ふるふると着ぐるみは震えた。

 丸々としていたボディが形を変える。


「お前、許さないからな。主人様のところに、あいつを連れ戻すんだ。邪魔になるやつは居場所をつくってやるって思ってたけど、お前は例外だ。僕が殺してやる。居場所を奪ってやる」

「ずいぶんかわいい身なりをしてるのね」

「うるさいな」


 着ぐるみの姿をやめたその姿は、子供のようだった。

 頭から生えた耳、片腕だけが獣のように鋭い腕をしている。

 腰から生えている尾のようなものは、ゆらゆらと揺れていた。


「お前、名前は」

「なに? これから殺す人間の名前をわざわざ聞くの?」

「やっぱりかわいそうだって思っただけだ。殺したらしっかり居場所は作ってやる。墓に名前くらいはいれてあげるからさ、信用してよ」

「へえ、じゃあうちも聞いておこうかしら。うちの名前ローナ」

「僕はベル。痛くないように殺してあげる」


 なにかを詠唱した様子はなかった。

 ローナの前に現れた水の壁――それと完全に同化したベルという子供。


「僕をなめないほうがいいよ」


 水に捕らえて尋問、そう考えていたローナの考えは甘かったようだ。

 ローナはため息をつく。

 もらったお金とは割に合わない戦闘である。

 ローナは腰から杖を取り出した。


 魔物と人間での戦いでは、人間は死なない。

 女神の加護によるものだ。

 しかし、人間同時の争いを禁止した女神は、人と人の争いにおいて加護を一切与えない。

 禁を破ることは、死によって罰される。

 そういう世界だ。

 人と人の戦いでは、どちらかが死ぬことでしか、争いは終わらない――。




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