12
「よし、これで最後だな」
ラットの毛皮を剥ぎ取って、布袋に投げ入れる。
今日のクエストはラットの毛皮10枚の納品。
例の呪種に比べれば、普通のラットはたいしたものじゃなかった。
「今日はここまでね。じゃ、解散しましょうか。納品はあたしが行ってくるし」
布袋を手渡して、リゼは先に街に戻っていった。
例の呪種と戦った後、リゼとの間に妙な壁を感じていた。
出会って間もないことを思うと、いまの状態も変ではないのだが。
なにか急に離れてしまったような気がしていた。
「じゃあ私は教会行ってくるね」
いつも通り棺桶のままのジャコを引き摺って、パットは街に戻っていく。
やることもないし、ほんのちょっぴりだけれど、棺桶からどう蘇生されるのかが気になる。
「パット! 俺もついていっていいか?」
「ん? いいけど……教会行くだけだよ?」
パットから棺桶の紐を半ば強引に受け取って引きずる。
人一人が入っているのだから、軽いわけがなかった。
こんなものを軽々と振り回しているパットはいったいどれだけの力を持っているのか――。
俺よりも、もしかしたら力があるのかもしれない。
「……」
そもそもステータスで負けていることを思い出した。
彼女なら一人だけでラット数匹を一掃できそうである。
「んお? おーい! お二人いつも一緒だね」
酒場の前を通りかかったところで、酒瓶を抱えたローナに声をかけられる。
「今日はペットの散歩かい?」
「ペットって……」
パットは足元を転がる棺桶に目を向けて苦笑いを浮かべる。
「盾使いに棺桶使い、か。ひとつのパーティにそこまで個性的なスキルが固まるのは稀だねえ。なにより、彼氏くんのその盾。うんうん、いい装備だ」
「借りているだけですけどね。ちなみに、リゼは素手なんですけど、珍しくないんですか?」
「そうでもないかな。たしか彼女ってクレリックだよね? クレリックが素手っていうのは珍しいけど、ナイトの素手は結構いるんだよ。だから武器スキル的にはそこまでっていうところかね」
それは知らなかった。
「ちなみに、盾使いも棺桶使いも、うちが知っている限りではお二人が初めてだよ。大事にしなきゃね。じゃ、仕事に戻るから。またお店来てね」
「はい、また」
軽く手を振って教会に向かう。
ふと、自分が知らない間に、この街に居場所が出来始めていることに気がついた。
顔見知りも増えてきたし、なにより仲間だっている。
居心地のいい街だ。
何も知らないまま、ただの旅人としてここに来たかった――そんなことを考えて首を振る。
「ヒトシくん、こっちだよ」
教会の中に入る。
人は疎らで、あるのは神聖な空気。
言葉を発することが躊躇われるほどの静寂。
パットの背中を追って、奥へと歩いていく。
「神父さま。お願いします」
一番奥で待っていたのは、白一色の装束――
「ええんやで」
の怪しげなおっさんだった。
「……パット、大丈夫かよこの人」
「神父さまだよ。失礼なこと言わないの。謝って」
「ええんやで」
許してくれたようだ。
神父さまは棺桶を預かると、そのままくるくると回り始めた。
「回ってる!」
「今日はいつもより綺麗に回ってるかも」
パットは満足げにその異常な光景を眺めている。
しばらく回転していると、神父さまの足元から煙がもくもくと湧き上がり、風を切り振り回される棺桶は発光し始めた。
「光った!」
「今日はいつもより光ってるかも……!」
またも満足そうに眺めるパット。
この異常な光景はいつものことなのか。
「おろろろろろろろ」
光が収まったと思うと、すぐ近くに置いてあったバケツに吐き出しているジャコの姿があった。
自分ももし死んでしまったらああなるのかと思うと――
「俺、死にたくないんですけど」
「ジャコが大げさなだけだから大丈夫だよ」
あの回転数はどう考えても無事なわけがない。
「さんきゅー神父のおっさん。おえっ……帰るわ」
「ええんやで」
パットは神父に頭を下げている。
俺はジャコを追いかけて外に出た。
「またオレは」
教会を出てすぐ、口元を押さえたままのジャコは悔しそうに声を漏らした。
彼だって、普通に戦いたいはずだ。
彼の持つオートスキル――《奇跡の流れ弾》は、本来ならかなり有用なスキルだ。
敵からの攻撃を自分に向けることで、味方が動きやすくなる。
ただ、彼はまだレベル1。
HPも極端に低く、もうひとつのオートスキル《後出しの強み》のおかげで、どんなに相手のATKが低くても吹き飛ばされてしまう。
「ジャコ」
「……なんだよ。ほっといてくれ」
「レベルが上がれば、HPも上がる。そうすれば少しは戦えるようになるんじゃないか?」
「……」
じわっと涙を浮かべて見つめてくる。
「やっぱり、お前いいやつだな」
握手を求めてくるが、それは気づかないふりをした。
二人で街から出るのは初めてだった。
回復役はいないが、ジャコにとってみればダメージイコール死になるし。
「ありがとな」
そっぽを向いてジャコは言う。
とはいっても、彼だけのためにこの話を持ち出した訳じゃない。
「俺もシールドパリィの練習がしたかったんだ。精度もあげたいし、レベルが上がれば消費MPも減るみたいだから」
「つまり、お前がパリィに成功すればおれは生き残り」
「俺が失敗したら、ジャコは死ぬ」
「ごくり……」
ちょうどいいタイミングで、ラットが現れた。
毛皮も普通。
あれならば俺一人でもなんとかできるレベルだ。
「よし、いくぜジャコ」
戦闘開始――。
ラットの頭上に緑のゲージが現れる。
「まず俺がシールドパリィ使うから、その後だぞ――」
「お、おう」
さあ、と盾を構えたところで
「ぐふっ」
「ジャコォ!」
「どうしてぇ……」
うるうると瞳を潤わせて、ジャコは手を伸ばした。
「AGIが……あっちのほうが上だったんだ……」
「そんな……」
がくりと肩を落として、ジャコは棺桶になった。
教会までやってきて、くるくる回転して、
「おろろろろろろ」
ジャコの背中を撫でて、また街の外に出る。
「作戦会議だ、ジャコ」
「おう!」
「まずはAGI問題だ」
パットに何度か戦闘について話を聞いたから、その解決方法はわかっている。
「魔物に気がつかれる前に攻撃を仕掛ける。すると、先制攻撃ができるわけだ」
「後ろからひっそりこそこそ、だな」
ちょうどいいタイミングで、ラットが現れた。
毛皮も普通。
こちらにもまだ気づいていないようだ。
「ジャコ、準備はいいか」
「いいぜ」
「戦闘開始だ――《シールドパリィ》!」
「よっしゃ、いくぜ!」
ジャコはラットに攻撃を仕掛ける。
俺がジャコに会ってから始めての攻撃姿だった。
「あっ」
ジャコの体とほぼ同じ大きさの大剣は、ラットをかすりもせず、深々と地面に突き刺さった。
「なんで外すんだよ!」
助けを求める視線。
今にも泣きそうな表情で、ジャコはあたふたしている。
「ジャコ、下がれ!」
パリィの準備はできていた。
次はラットの攻撃だ。
ばたばたと慌てて俺の後ろに隠れる。
ラットは真っ直ぐに俺に向かってきた。
もう何度もラットとは戦っている。
ラットの体が沈み、体当たりを仕掛けてきた。
「よし」
問題ない。いつものコースだ。
と、盾に触れるか触れないか――その寸前のことだった。
「ぐふっ」
「ジャコォ!」
いつのまにかラットはジャコの顔面を撃ち抜いていた。
盾をすり抜けていったわけじゃない。
盾の前に、ジャコが現れたのだ。
「どうしてぇ……」
「なんで前に出たんだよ……」
ジャコはまた棺桶になる。
繰り返しだ。
何度やったって、きっとうまくいかないだろう。
でも――
「おろろろろろろ」
こうしてジャコの背中を撫でて、そしてまた次のことを考える。
そんな代わり映えもしない繰り返しは――
「悪くないな」
「うぷっ……なにか言ったかヒトシ」
「なんでもないさ、ジャコ」
俺たちならいつかうまくできるような――そんな気がした。