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「リゼはどうした?」


 ギルドに戻ったところ、ヒナタさんは俺とパットに声をかけてきた。


「いま部屋で休ませてるの。ジャコはいつも通り」

「リゼが死んだのか?」


 ヒナタは目を見開いた。


「毒でぎりぎりまで削られたんだ」

「毒だと? お前らは一体なにと戦ってきたんだ」

「ヒナタさん。それで、気になったことがあって……。本当ならリゼも混ぜて話したかったけど、急いだ方がいいと思ってね」


 パットは例のパットから採取した皮を手に取る。

 ラットの毛皮(呪)。俺たちが欲しかったものとは違うものだ。


「それは――」


 ヒナタさんは毛皮を手に持って、懐から取り出した皮袋に投げこんだ。


「いい? 二人とも、この毛皮のことは他言無用。決して、他のパーティには伝えないように」

「どうして? あのラットはおかしかった。本来持ってないはずの毒攻撃とスタン攻撃。それに、異常なまでの攻撃力。あんなのが街の近くにいるなんて――」

「黙りなさい、パット。このことには今後一切、触れないこと」


 パットは言い返そうとして口を閉じた。

 反抗はしない。そういう関係だったのだろう。


「まってくれ、ヒナタさん。何かを隠そうとしているのは分かった。それはいい。まだなんというか――俺のいるこのパーティのレベルじゃ教えられないってことなのかもしれないし、それはパットも納得できるはずだ」


 パットは俯いたままわずかに頷いた。


「俺たちは、やっちゃいけないことをしたのか? 変にこのままぽいとされてしまえば、後味が悪いじゃないか。よくやったとか、今後は気をつけろとか、そのくらいは言ってくれていいと思うんだよ」


 ヒナタさんは俺の顔をじっと睨み、大きくため息をついた。皮袋に視線を落とし、何かを決心したように


「よくやった。無事に済んでよかった」


 半壊が無事と言えるのかは、まあなんというか厳しいところだが。


「本当なら勝てるはずもなかった。最後のあの時だって、ヒトシくんの攻撃がなかったらどうなってたか」

「まあ、一心不乱というか……俺自身なにをしたのかさっぱりなんだけどさ」

「ジャコの両手剣で一発だもんね。まだ半分くらいHPあったのに」


 咄嗟のことだったので、なぜあんなことができたのか分からないが。


「……ヒトシ、パット。いまから言う場所に来なさい。気が変わったわ」


 言われた場所は、俺にわかるわけもなく。

 とりあえずパットの表情をうかがう。

 少し戸惑った様子だが、場所自体はわかっているようだ。ついていけばいいだろう。



 メインストリートの中でも、一番人が集まる場所。

 ゴーユの酒場。

 まだ空は明るいが、ずいぶんと人が集まっている。

 さきに行けと言われて到着後数分。

 ヒナタさんはやってきた。


「待たせた、二人とも」

「俺未成年ですよ」

「適当なことを言うなヒトシ」


 見た目は十分少年なはずだが。

 いや、そもそもこの世界の酒は何歳からいけるんだ?


「いやいやいや。酒は飲めませんよ」

「私も飲まないから大丈夫だよ、ヒトシくん」

「さあ、入るぞ」


 ヒナタさんは慣れたように店に入って、奥まで歩いていく。

 いくつも並んでいる机には、いい匂いのする料理と、空になったジョッキ。

 手を上げて追加を頼む男たちの声のおかげか、意識しなければ会話も難しいところだった。


「秘密の会話には、静かな場所よりこういう場所だ。それに――」

「酒を飲んでいるやつに聞かれても、次の日には忘れている、か」


 飲んでいないやつには聞かれない。

 そういう前提があればの話だが。


「いらっしゃーいヒナタ。パットは久しぶりだねえ。お兄さんだれ? カレシ?」


 こんにちはと控えめに挨拶するパット。

 ヒナタさんは面倒くさそうに手を振る。

 にんまりと笑みを浮かべる店員はずいぶん二人と親しいように見える。


「ソーダ3つとあと適当に」

「はーい。ソーダ4つと適当に、ね。すぐ持ってきまーす」


 ソーダ一個増えていたぞ。


「さ、戦闘記録を見せてみろ」


 席に着いたところで、ヒナタさんはそう言った。

 先ほどの戦闘記録は、ブックにしっかりと書き込まれていた。


「異常なまでの攻撃力か。他のステータスは、普通の斑ラットとほぼ変わらない。MNDを除いて他は少し高いといったところか」


 そして最後のページで手を止める。


「これが、パットの言っていたものか。ダメージ75」

「へえ。いい火力してるね、カレシくん」


 机に料理を置いて、飲み物を配って、そして堂々とヒナタの隣に座った。

 どうやらこの店員、仕事をサボって会話に混じる気のようだ。

 追加されていたソーダは自分用だったらしい。


「同速ってなかなかないよね」


 ポテトのようなものをもそもそと口にして、店員は言う。


「いや、そもそもヒトシのAGIはラットに劣っている。追い風の効果も消えていたことを思うと、同速になるはずがない」

「でも最後のこれはクラッシュが起きているし、同速でしょ」


 じゅるるとソーダをすする。理解ができない話は聞き流すに限る。

 ほのかにブドウのような味がした。

 なかなかおいしい。


「こら、音を立てないの」

「ほいほい」


 パットに注意されて静かに飲み込む。

 炭酸ジュースと考えていいだろう。

 味よりも香りがしっかりしている。


「ヒトシはこの時なにかあったか?」

「んー」


 ヒナタさんに聞かれて思い出してみる。

 特にこれといって何もなかったような気はするが。


「ラットが遅く感じたかもしれない」

「それだよ!」


 店員はバンと机を叩いて叫んだ。うるさい。


「魔物は急にステータスが変化することがある。AGIが落ちたのかもしれないね」

「とりあえず、それで無理やりにでも納得するしかない、か。じゃあ次だな」

「ダメージ75。カレシくんのATKって見かけによらずずいぶん高いんだね」


 店員に言われて思い出してみる。

 俺のATKは18だ。

 決して高いとは言えないはずだが。

 余程パットのほうが高い。


「ヒトシのATKは18だ。しかしダメージは75。クラッシュとは違うのか――」


 ヒナタさんは戦闘記録をじっと見つめる。


「パット」

「ん? なに?」


 小声でパットに話しかける。


「クラッシュってなに?」

「AGIが同じだった時、行動は同時に行われるの。どちらもが攻撃をしたとき、お互いの攻撃がぶつかり合って、攻撃の威力が高い方のダメージが通る。それがクラッシュだよ」

「つまりだ」


 小声で話していたことをばっちり聞かれていたようだが、ヒナタさんは話を続ける。


「この一瞬、ヒトシのATKは75あった」

「そんな馬鹿な」


 俺より先に店員がそんなことを言った。言いたいのは俺である。


「ここまで、まずは飲み込む。無理やりだが、ここまでは納得しなくては」

「そんな馬鹿な」


 店員はまた同じことを言った。


「私が気になったのはその先だ。ローナ、適性のない武器での攻撃が通った話は聞いたことがあるか? あるいは、複数の武器適性を持つ魔法士の話」

「うーん」


 ローナと言われた店員は、指で額を撫でて考え込む。俺が両手剣でラットを殴った――。そうだ。確か、適性のない武器で攻撃をすれば、ダメージは入らないと教えてもらったのではなかったか。


「ないね。でも、魔法適性だっていまは最高4種でしょ? 武器適性2つ持ちが出てきたって変じゃないとは思うけど……でも、ねえ?」


 ポテトで人を刺すな。

 ぐりぐりと頰に押し付けてくる。


「カレシくんはどこから来たの? その身なり、なかなか奇抜だけど。エディン出身なら、武器の扱いが上手い魔法士が多いからね」

「――だ……ん? ――、あれ?」

「ん? 訳あり?」


 おかしい。

 自分がどこからきたのかがわからない。

 たしか俺がいた国は――という名前だったが。

 いや、違う。そんな名前だったか? 

 思い出せない。なんとなく思い出せたような気がしていたのだが。


「思い出した。姫……そうだ。俺は姫と呼ばれていた人に飛ばされてここに来たんだ。その人に会いに行かなくちゃいけない」

「ひめ?」


 パットが恐る恐るといった様子で声をあげる。

 ローナは目をそらしてポテトを咥え、ヒナタさんだけが、俺の顔を睨むように見つめた。


「ヒトシ、お前が私の前に現れる少し前――この大陸の中心リードリアの姫が、国王を暗殺した」

「ま、待てよ。俺は知らないぞ、何も」

「今回、お前たちが倒したラットは、普通のラットじゃない。事件の後、魔物たちの中に妙なものが混じるようになった。これまでは大型の魔物にしか確認されていなかったが、今回のラットも同種と考えていいだろう」


 待ってくれと、もう一度言おうとしたところで、ヒナタさんは話を続ける。


「聞けば国王は、操られた魔物によって殺されたようだ」

「俺は何も知らない」

「いや、違う。ヒトシを責めている訳ではない。そもそもその姫の手下なら、ここまで知識がないのもおかしな話だからな」


 少しホッとする。


「姫と呼ばれる可能性のあるのは全部で3人だっけ? 暗殺やったのは長女。他の二人の可能性もある」


 ローナの話を聞いて、ヒナタさんは俺のブックをめくる。

 そして魔法スキルの欄を開いた。


「だれに飛ばされたにせよ、お前の言う姫は、お前のことを知っている。きっとこの魔法のことも知っているのかもしれない」 


 《アベレンジ》わからないままの魔法スキル。


「顔は覚えているか?」

「まあ、曖昧には……」


 ぼんやりとだが、見ればわかるだろう。


「今後、今回のラットのような事が起きるとすると、もうこの事を話してしまったお前たちに頼むこともあるだろう。街の人にはもちろん、魔法士にも変に恐怖感を与えたくない。ようやく平和になり始めていたんだ。もうあのようなことは起きて欲しくない」


 なにかがあったのか。

 ふと視線の合ったローナは誤魔化すように笑った。


「遠い地域の呪種は高ランクの魔法士が討伐に行く。この辺りの呪種は、お前たちに任せたいと思う。そのためには少しずつレベルを上げて、そして――」


 ヒナタさんは一度言葉を止めて、ローナの様子を伺った。

 ローナは軽く頷く。


「姫に会ってくるといい。来月末、毎年恒例の建国記念日だ。王家総勢で挨拶がある。そこにヒトシの知っている姫がいるか確認してこい」

「もし、そこにいなかったら――」


 ヒナタさんは何も言わなかった。

 俺がどこから来たのか、そんなことを知りたいわけじゃないが、でも、昔の自分が思い出せないのは不安だ。

 これから先のことを考えれば考えるほど、わからないことだらけの世界――わからないことだらけの過去――そんなものに挟まれていては、いつか耐えられなくなってしまう。



 パットと並んで街を歩いていく。

 パットは店をでてからまだ一言も言葉を発していなかった。

 リゼがいないままで進められた話は、後ほど彼女に伝えなくてはいけないだろう。

 そんなことを考えながら足を進める。


「今日はいろんなことがあった」


 と、不意にパットは呟いた。


「俺も、驚くことばかりだった。ジャコはすぐ死ぬし、気づいたらパットは棺桶振り回してるし――」

「私だって好きで振り回してるわけじゃないからね? 仕方ないんだから」


 武器スキルが解放されてしまえば、他の武器を装備してもダメージは通らない。

 俺のあの両手剣のダメージが通った謎は、まだ解明されないままだが。


「明日はまたラット探さないと。今日は結局、斑の毛皮じゃなかったからね」

「そうか、やり直しかあ」


 今度は楽に倒せるといいが。


「ヒトシくん、言わなきゃって思って忘れてた」

「ん?」

「ありがとね、守ってくれて。かっこよかったよ」


 パットはそのまま手を振って走って行った。

 初めてのパーティ戦闘では、相手が悪かったにしても、自分はあまりに足手まといだった。

 これから共に戦うのなら、知らないままでいていいわけもない。


「帰るか」


 ぼんやりと空を見上げて、帰路につく。

 もう見慣れたような奇妙な姿をした人影が、ゆらりと――視界の端を横切っていく。

 俺は気にもとめずに、のんびりと歩き出した。 



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