10
「パット!」
リゼの声を聞いて、パットは先ほどまでジャコだった棺桶を――軽々と持ち上げた。
リゼが以前言っていたことを思い出す。
やらかしたやつがいるって言っていた気がするが――まさか彼女のことだったのか?
棺桶をまるで武器のように担ぎ上げる少女、考えなくとも、それが普通ではないことはわかる。
「リゼ、下がって!」
パットは棺桶を引きずる為の紐のようなものを握って、ラットに向けて振り下ろした。
あまりにも豪快な一撃に、ラットは一瞬怯んだように見えた。
体力を示す緑ゲージも、少しは減ったような――いや、減っていないか?
「パットのATKはいま45……ダメージが1だってことは、ラットのDEFは44あるってことね」
リゼはブックを開いてぼそぼそと呟いた。
「おい、くるぞっ!」
ラットは勢いをつけてパットに襲い掛かった。
魔力を纏った攻撃だ。
守らなければ――俺は駆け出し、ラットの前に立ちふさがった。
盾を構える。
おそらく『シールドパリィ』というスキルは、あくまでその準備状態を発動するだけだ。
パリィがうまくいくかどうかは、俺自身の腕の問題。
失敗すればダメージを食らうのは考えるまでもない。
「うぐっ」
盾を避けられて――やはりまだうまくはいかないようだ。
腹部に強烈な痛みが走る。
頭にノイズが走り、気づけば草原を転がっていた。
HPは、と意識する。
残り14。
半分以上削られてしまったようだ。
「痛すぎないか、これ……」
立ち上がろうとして、しかし足は言うことを聞かなかった。
意思だけはあっても、体がついてこない。
「リゼ! ヒトシくんにスタン入ったみたい!」
「ラットがスタン攻撃なんて聞いたことないわよ……!」
二人が俺をかばうようにラットとの間に立った。
「ヒトシ、ブックを開ける? 自分のステータスとは別に、あたしたちのステータスも表示されているはずよ」
足は動かないが、腕は動かせた。
ポケットからブックを取り出して、確認してみる。
「あたしたちのなかで一番AGIが高いのはパット。次にヒトシ、あたしの順番よ。戦闘はAGIの数値の高さの順で攻撃ができるようになっているわ。あのラットのAGIは29。パットよりは遅いけど、ヒトシより速い。わかるわね?」
俺のAGIは26。
たしかに、順番通りだ。
「もし、一定時間行動をしなかったり、あるいは、行動ができなくなった場合、つまりスタン状態ね――その隙を狙って攻撃ができるの。それはあたしたちだけじゃなくて、魔物側にしても同じ。次はヒトシの番。だけどあなたは動けない――パット! くるわよ!」
ラットは爪を振りかぶった。
ターゲットは倒れたままの俺だ。
「爪攻撃なら――」
リゼは浮遊していた水球を投げつけた。
ラットは水球を爪で切り裂いた。
抵抗にもなっていない。
だめだ。
ブックを見た俺には、全員のステータスがわかっている。
一番DEFの高い俺が、20もダメージを受けてしまったのだ。
彼女たちのDEFとHPでは、ラットの攻撃を耐えられない。
「痛いわね、こいつ!」
リゼは、爪攻撃を腕でガードした。ダメージ14。
本来なら、彼女が耐えられないはずの攻撃、どうしてそれだけの被害ですんだのか、ラットの爪を見れば明らかだった。
爪に切り裂かれたはずの半固体水球が張り付いて、直接的な攻撃を避けている。
服が少し破かれてしまったようだが、彼女は気にも止めないで次へ動き出していた。
「爪攻撃のダメージはかなり減らせたはず。次はあたしたちの番よ! さあ、ヒトシ、ヒールよ」
HPが最大まで回復した。
痛みは無くなったが、まだ立ち上がることで精一杯である。
「ヒトシくん。このまま戦っても勝てない。分かる?」
パットは棺桶を構えたまま、俺に言った。
「スタンをとって一方的に攻撃する――そのくらいはしないと、あのラットは倒せない」
ブックに目を通した俺には、三人のスキルがはっきりとわかっている。
スタン状態を与えられるスキルは、誰一人持っていない。
「もっと簡単に倒せる方法があるぜ」
「言ったわよね、ヒトシ。あれは、嘘だなんて言わないでしょ」
リゼは鼻で笑って、ラットと対峙する。
「パット、頼むわ」
「うん! 追い風!」
全員のステータスが書き換えられる。
パットの魔法《追い風》は、味方全員のAGIを一時的に上昇させる効果がある。
俺のAGIは31まで上昇した。
つまり、次のターンは俺だ。
「シールドパリィ!」
盾に魔力がこもる。
俺がやらなくてはいけないことは一つ。
ラットの攻撃を全て弾く。
それだけだ。
ラットは爪ではなく、先ほどのように体当たりをしかけてきた。
軌道は同じ――しっかりと見ろ。
目を離すな。
「!」
盾から体に伝わる衝撃。
受け止めた――その一瞬、俺はラットの体当たりの勢いを殺さず――地面に叩きつけていた。
わずかだがダメージが入ったのが分かった。
11ダメージ。
だが、それだけじゃない。
ラットの様子がおかしい。すぐに起き上がって良さそうだが。
「パット! 続いて!」
リゼは拳を固く握って、転がったままのラットに殴りかかる。
俺が弾き返したのは、先ほどの、スタン攻撃だ。
それを返したとなれば、ラットもスタン状態になったと考えていいだろう。
無理だと思っていた状態が、奇跡的に再現できたのだ。
リゼの放つ《無慈悲の鉄拳》は、ラットの頭部を抉るように打ち抜いた。
当たりどころが良かったのか、かなりのダメージが入る。
クリティカル16ダメージ。
「火葬」
パットは手のひらから炎を出したと思うと、棺桶に纏った。
リゼの武器スキルとは違う。
魔法と武器の力を合わせた一撃。
魔法力を纏っただけのものとは違う。
パットは燃え上がる棺桶を、ラットにむけて振り下ろした。
「ギ――」
なにかが砕ける音がした。
クリティカル39ダメージ。
ここで止めてはだめだ。
「うぁああああああああ!」
魔力が籠もったままの盾を振り下ろす。
乱暴に振るっただけだ。技にもなっていない。
しかし、その渾身の一撃には、十分な火力があった。
11ダメージ。
ここまでで78ダメージだ。
あと残りが72。
あと一撃ずつ、同じ技を重ねればいい。
「リゼ!」
しかし、俺たちにはもう、足りなかった。
同じ技を重ねることができるほどのMPが、残されていない――。
通常攻撃だけでは倒せない。
もう、《シールドパリィ》ができるほどのMPもなければ、同じ状況をもう一度再現することはできない。
そのことに真っ先に気づいていたのはリゼだろう。
この状態ならば、クリティカルヒットでダメージが増え、もしかすれば削り切れるかもしれないと、そう判断したのは彼女だった。
しかし、今になって、それは無謀だったことに気がつく。
相手のレベルが高すぎた。
気楽に挑めるものではなかったのだ。
「リゼ、出直そう! また来ればいい!」
俺はそう言うしかなかった。
まだラットはスタン状態にある。
もう一度急襲をかけられる余裕があるということは、逃げることもできるはずである。
「おかしい――」
リゼはぼそりと呟いて、力なく倒れこむ。
服が破れて晒された腕が紫色に染まり、気づけば彼女の顔色は青白くなっていた。
「リゼ!」
抱き上げると、その体にはもう力が入っていないようだった。
浮かび上がっていた水球はぽたぽたと地に落ちて、土に吸収されていく。
なにがあったのか、ブックを開いて確認してみる。
彼女のHPが著しく減少していた。毒状態――。
「パット! 毒だ! なにか回復する方法はないのか!」
「教会じゃないと治せないよ!」
「逃げるんだ! このままじゃ全滅する!」
俺はリゼを背負いあげ、そのまま逃げ出そうと――
「ぐっ」
リゼの体が急に重くなり、立ち上がれなくなる。
「お前、重すぎるだろ……!」
「違うよ、ヒトシくん。次の番はリゼなんだよ。リゼが自分で逃げられないなら、それは、行動できないのと同じなの」
パットはやけに落ち着いた様子で、その状況を見ていた。
起き上がったラット――スタン状態が解けたのだ。
そして、いま、リゼは動けない。
「パット! 下がれ! 来るぞ!」
盾を構えて攻撃を待つ。
体当たりだ。もう3度目だ。
軌道もはっきりとわかる。
いまなら避けられる。そんな確信が俺にはあった。
ただ、俺の後ろには彼女がいた。
ここで避けてしまっては、彼女に当たりかねない。受け止めなくては。
「ぐっ」
盾を伝って衝撃が体を貫いた。
19ダメージ。
もう次は耐えられない。
「パット!」
パットに声をかけ、彼女が走り出したのを見て、リゼを抱え上げた。
彼女が逃走に成功すれば、順番的に次は俺だ。
問題なく逃げられる。
「ギ」
と、前を走っているパットの背後に、ラットがいた。
そんなはずがない。
もうすでに、こいつの攻撃は終わっていたはずだ。
パットの次は俺だ。
その次にもう一度ラットの番がくるはずだ。
AGIの順番ならば、そうなるはず――
「まさか」
パットの《追い風》は、既に効果が終わってしまったのだ。
なんとかしなければ――。
彼女はいま無防備だ。
ラットの攻撃に耐えられない。
俺がなんとかしなければ。
俺が、なんとかするんだ。
《アベレンジ》
何かができると、知っていたわけではない。
「きゃっ」
つまずいて転んだパットは、棺桶と一緒に抱えていたジャコの両手剣を転がす。
俺は走っていた。
両手剣を拾い上げる。
ラットにAGIで勝っていない。
だから、先行して攻撃することは不可能だ。
しかし、いま俺の敵はラット。
こいつを倒すだけの力が、いまの俺には必要だ。
「うぉあああああああ!」
敵はこいつだ。
こいつを倒さなくては――。
魔力もなにも纏っていない大剣の一撃。
ラットの攻撃と同時に放たれた渾身の一撃。
「――」
79ダメージ。
はじき返されたラットは、地面を転がり、ぴたりと動きを止めた。
「は、ははは」
「や、やったの……?」
パットが恐る恐る立ち上がる。
「やったぜ、パット。俺たち勝ったんだ」
パットは喜びの声をあげて抱きついてくる。
こうして俺たちは一人死亡、一人瀕死というパーティ半壊状態で、初めての勝利を手にいれた。
◇パット
レベル4
クラスナイトエンチャンター
武器棺桶
装備E
ジャコの棺桶(ATK+15 AGI−5)
不思議なイヤリング(INT+2)
魔法士の服♀(DEF+7 INT+3 MND+10)
皮靴(DEF+2 AGI+3)
HP30 MP33
ATK45(BS+12)(E+15)
DEF20(E+9)
INT25(E+5)
MND12(BS−10)(E+10)
AGI30(E−2)
☆武器スキルBS
A死者への冒瀆レベル3
棺桶の扱いが上手くなる。
レベルによってATKが上昇し、MNDが大幅に減少する。
A一夜限りの別れレベル2
装備した棺桶の中にいる人間との別れが感動的であればあるほどATKが上昇する。
シェイクレベル4 消費MP10
棺桶を振り回して攻撃する。ATK1.4倍ダメージ。
敵討ちレベル3 消費MP?
装備した棺桶の中にいる人間のスキルを借りて使用できる。
しかし完全に再現することはできない。
火葬レベル1 魔法種火 消費MP15
棺桶に火を纏い攻撃する。
ATK1.3倍+INT0.5倍ダメージ。
☆魔法スキルMS
サーチレベル4 対象1 魔法種風 消費MP5
精霊に語りかけ、敵情報を手に入れることができる。
追い風レベル2 対象味方全体 魔法種風 消費MP10
味方のAGIを上昇させる。レベルによって効果が上昇する。
ファイアアローレベル1 対象1 魔法種火風 消費MP10
火を矢のように放つ。
※5月7日11時分です