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魔法士ギルドの中はいろいろな施設が揃っている。
まだゆっくりと見たことがないので、また改めてのんびりと見てみたいところだ。
「ヒトシくん、こっちだよ」
危うくはぐれそうになっていたところを、腕を掴まれてついていく。
人が街の外と同じ、いやそれ以上にいて、見たことのないものばかりで目移りしてしまうのだ。
「パット、だよな。リゼとは長いのか?」
「それなりに、かな。気づいたらみんな一緒にいたって感じだけど」
「そっか。幼なじみみたいなものか」
前を歩くジャコとリゼは、何か言い争いをしているが仲が悪いようには見えない。
いつもの光景のように、パットは笑ってその光景を眺めていた。
「あ、ああっ! ごめんね、手なんか握っちゃって」
急に慌てて手を離すパット。
ぱたぱたと手を振って照れ臭そうに笑う。
「あ、いや、助かったよ。迷いそうになったら、捕まえてくれ」
「そ、そう?」
「おう」
なにせわからないことだらけだ。
「こ、こっちだよ」
控えめに手を握って、パットは歩き出した。
見下ろすほどのその小柄な体で、いったいどうやって戦うのだろうか。
自然と自分の背中にある盾に気が向いていた。
そもそも俺自身どうやって戦うのもわかっていない。
「ヒトシくんはリゼの昔からの知り合い?」
「え? そんなことはないぞ」
昨日初めて会ったところである。
「そうなの? やけに仲が良さそうだったから。それに、どこかで会ったことがあるような気がして」
ああ、だから挨拶した時に首を傾げていたのか。
なにか気になることがあったのかと思ってはいたが。
「昨日会ったばかりなんだよ。訳わからないま――」
「昨日!? なのに二人でイチャイチャ買い物してたの!?」
「え?」
「……なんでもないでぬ」
なんでもないわけがないだろう。
なにか見られていたのは間違いない。
にしても、ぬ、ってなんだ。ぬって。
防具屋に行っていたのを見ていたのか?
「ヒトシ! パット! なにぼさっとしてるのよ。はやくこっちきなさい!」
「い、いまいく!」
パットが走り出して、俺も後を追う。
手はつないだままだった。
四人が並んで待っていると、しばらくしてヒナタさんが現れた。
ボスの風格――見事である。
「さて、ヒトシを含め4人になったお前たちは、そろそろ上を目指し始めてもいいだろう。今お前たちはFランク。残り15ランクポイントが必要だが――」
ランクって何だ? と思いつつ頷く。
「わかっていないのに頷くなヒトシ」
「はい。すいませんでした」
知らないことは聞いたほうがいいのはあたりまえか。
「なんだよ、そんなことも知らねーのかこいつは」
同じように頷いていたジャコは偉そうな口ぶりでそう言った。
「説明してみろ、ジャコ」
「うぎっ………………く、クエストするとギルドからもらえるやつだ」
「珍しく答えられたな」
ヒナタさんに褒められてはいるが、やけに長い間考えていたことを思えば、やはりこいつは馬鹿である。
「あたしたちのパーティはまだ下から二番目なのよ。ランクが上がれば、いい仕事を任せてもらえて、いい装備も貰える。クエストを受ければお金も経験値も稼げるし、気長にやっていきましょ」
リゼが補足するように言ってくれた。
見てみれば、リゼとパットは似たような服を着ている。
ジャコの着ている服も、おそらく同じような生地でできているようだ。
「ラットの毛皮(斑)の納品、スライムの粘液の納品――この二つをと考えてるけど……。ヒナタ、今日のクエストはこれでいい?」
「戦闘に慣れていないヒトシもいる。丁度いいはずね。無理はしないように」
「じゃあ装備の確認をして、イムルタ草原ね。ぱぱっと終わらせましょ」
確認するものといえば、と自分の身なりの不恰好さに眉をひそめる。
シャツくらいを買えるほどに報酬は手に入るだろうか。
例の草原にやってきた。
せっせと掘り当てたマナを食べたラットはまだどこかにいるのだろうか。
「まずはスライムの粘液からいきましょうか。ほら、ジャコ行ってきて」
「扱いが雑すぎね?」
と、文句を言いながら背中に背負っていた大きな剣を構えた。
「スライムにはダメージ入らないんだろ? 粘液ってどうやってとるんだ?」
「見てろ。これはオレにしかできないことなんだぜ」
パットにもできるわよ、とリゼがぼそりと言った。
「焼き尽くせ――ブヒヒ!」
ポンっとかわいらしい音をたてて、小さな火の塊がスライムにむかってふわふわと飛んでいく。
スライムに当たるか当たらないか、その寸前で火が止まったと思うと、スライムはぷるぷると震えて逃げ出した。
「よし」
大剣を地面に突き刺して――そもそもわざわざ持つ必要もなかったと思うが、ジャコはスライムのいたあたりまでかけていった。
ごそごそとなにかを拾い上げている。
「これで十分だろ」
ちいさな瓶にたっぷりと入っている透明な液体。
それより気になるのは彼のべたべたした掌だが。
「ジャコこっちこないで。きたないし」
「気色悪い」
女性陣二人にはひどい言われようである。
涙目でこっちに掌をみせてくるな。
なんだよメンタル弱すぎだろ。
「さて、次。ラットの毛皮、それも斑となると楽にはいかないでしょうね」
「斑っていうと……」
想像するに、以前マナを与えたラットの毛皮を採取すればいいのだろうか。
「想像通りよ、ヒトシ。かなり強いから、しっかり作戦を立てましょ」
武器なしで勝とうとしていたのはだれだよ。
「そういえば、リゼは武器スキル解放されたんでしょ?」
「杖じゃないけどね」
「持ってないからどうせそんなところだろうって思ってたぜ、ハハッ」
「ジャコ死ね」
涙目でこっちを見るな。
ど直球すぎるのもあれだが、お前のそのガラスメンタルはなんなんだよ。
会ってばかりの俺に助けを求めるな。
「あたしとジャコで前に立つから、パットとヒトシは後ろね」
「俺は前にいかなくていいのか?」
守るといった手前、後ろに立つのは気がひける。
「うちのエースはパットなのよ。でもすぐに攻撃はできないの。準備ができるまでは守ってあげて」
「了解」
紐を外して、盾を装備した。
と、すぐ近くに斑模様のラットが姿を現した。
「戦闘準備!」
リゼの声を始まりに、言われたように後ろに立った。
「パット、離れるなよ」
「うん、ありがと」
ラットがこちらに気づいたようで、その体の上に緑のHPゲージが出現した。
戦闘が始まったのだ。
「サーチ!」
パットが何かを詠唱して、魔法を発動させた。
「HP150・AGI29! ごめんこれだけっ」
「速いわね。次、攻撃来るわよ!」
ラットは威嚇をやめて、リゼに襲い掛かった。
「リゼ!」
しかし、リゼは動じず、なにかを詠唱していた。
避けようとはしていない。
慌てて前に出ようとして、パットに止められる。
鋭利な爪。
それはリゼに向かって振り下ろされた――。
「うわぁああああああ!」
ところがその爪は、隣にいたジャコの眉間に突き刺さった。
「……」
まるでジャコ自身が当たりに行ったようにしか見えなかったが。
「ジャコッ!」
パットが倒れるジャコに駆け寄る。
力なく倒れたジャコは、血を吹き出したまま動けないようだ。
「ジャコ……私を置いて死んじゃうの?」
「悪い、力になれなくて……」
ジャコはパットの手を握って、苦しげに声を漏らした。
さっと手を払われる。涙目でこっちを見るな。
「次、ヒトシよ! 急いで! 急襲がくる!」
「お、俺? ジャコはいいのかよ!」
「全滅するわけにはいかないでしょ! はやく!」
「とは言ったって……」
涙を流すパットを横目で見て、盾を構える。
武器スキルがあったはずだ。
使ってみよう。
「シールドパリィ!」
盾にわずかな光が集まった。
たしか攻撃をはじき返すだったか――相手の次の攻撃をうまくできればいいが。
「クリエイトスライム!」
リゼは水球をいくつも生成したとおもうと、宙に浮かべた。
なにか策があるようである。
「いままでありがとう、パット」
「さよなら、ジャコ……」
ジャコは息を引き取った。
すると、まばゆい光に包まれて、棺桶に収納される。
これが、以前リゼのいっていた、女神の加護というものだろう。
「許さない、絶対に、許さないからっ!」
パットは棺桶を踏みつけて叫んだ。
いや、それ、またジャコが泣きそうですよ?
◇スライム
生息分布イムルタ草原全域
種族魔生種
魔法士たちが落としたマナが集まった魔物。危険性はない。
ダメージを与えることができず、そして与えられることもない魔物。
魔法士を目指すものたちは、スライムを練習台にして、武器スキル解放を目指す。
魔力のこもった攻撃を何度も繰り返していると、ダメージを与えられないが、魔力を吸収して巨大化する。あまりに巨大化したものは、スライムたちのリーダーとなり、執拗にスライムうに攻撃をしかけてくる人間に復讐をしかけてくることがある。が、お互いにダメージを与えることができないため、ただの鬼ごっこになることが多い。
モーガン,オリアナ(057)『魔物図鑑』ボボリア=スピルフィア訳,夏色書店
◇ジャコ
レベル1
クラスナイト
武器両手剣
装備E
鉄の両手剣(ATK+24 AGI−5)
魔法士の服♂(DEF+10 MND+10)
皮靴(DEF+2 AGI+3)
HP10 MP10
ATK48(BS+10)(E+24)
DEF22(E+12)
INT10
MND20(E+10)
AGI8(E−2)
☆武器スキルBS
A両手剣使いレベル1
両手剣の扱いが上手くなる。レベルによってATKが上昇する。
パワーブローレベル1 消費MP5
ATK1.3倍ダメージ。
☆魔法スキルMS
A奇跡の流れ弾レベル99 対象自分 魔法種風
相手の攻撃対象になりやすくなる。レベルによって効果が上昇する。
A後出しの強みレベル99 対象自分 魔法種火
被ダメージが増えるが相手の攻撃を受けた後、ダメージ量によってATKが上昇する。
ブヒヒレベル7 対象1 魔法種火 消費MP2
ブヒを調理するのにちょうど良い加減の火をだす。戦闘にはほぼ使えない。
神風レベル1 対象1 魔法種風 消費MP5
少し心地の良い風が吹く。レベルが上がれば奇跡を意図的に起こせるらしい。