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第8話 戦闘系メイドと魔導具

 基礎的なことだが、『マジック』における魔法とは、即ち『魔素マナの法則』である。そして、魔術が『魔力をもって魔素マナを動かす術』だ。つまり、魔術とは魔法に沿って発動する物なのだ。ボールが物理法則に従って動くように、いかなる魔術も魔法という法則の元から外れることは無い。科学的に言うならば、魔法とは化学式に似ている。世界の構成する最小単位であるマナ。それを魔力で組み換え、現象や物体を生み出すのが魔術なのだから。


 この魔術を物体に組み込み、使用者が魔力を込めるだけで、魔術が発動するようにしたのが魔導具である。いくら複雑な魔術であろうが、魔導具となっているのであれば、必要な魔力を込めるだけで誰でも使用が可能であり、しかも手間が掛からない。魔道具が込められた魔力を導き、組み込まれている魔術へと高速で組み上げるからだ。


 であるから、『マジック』の発展は主に魔導具の発展であると言えるだろう。

 賢悟が生まれた世界――『サイエンス』が、科学を用いて多くの発明が生まれたように、『マジック』は、魔法を用いて多くの発明が生まれたのである。

 それは、家具然り、日用品品然り――――兵器然り、だ。



●●●



 ファンタジー世界だろうが、なんだろうが、兵器を持った人間の脅威は変わらない。

 映画のように、無手の達人が、次々と銃を持った男たちを倒すなんて場面は、まず起きないだろう。普通に考えれば、銃を持った犯罪者に対抗するには、こちらもまた同等以上の兵器で装備しなければならないのだから。

 だから、状況だけ見れば、圧倒的に優位なのはショットガンのような魔導具を構えるリリーの方だった。


「フリーズ。大人しくこちらの要求に従って、お嬢様の……賢悟様の身柄をこちらに渡してください。怨敵とはいえ、年頃の娘の脳漿をぶちまけるのは、私も気分が悪いです」

「リリー、貴方の意識が変わらない限り、私がケンゴをそちらに渡すことは有り得ないわ。だって、貴方……今だにエリの幻影にしがみ付いているだけだもの。まったく、不格好ったらありゃしないわね」

「…………交渉決裂、でよろしいですね?」


 兵器を持っている人間は恐ろしい。

 ましてや、リリーの持っているそれは、散弾を打ち出すタイプの魔道銃器だ。弾倉に込められた弾薬が魔力の干渉を受けて、火のマナを爆発的に生み出し、その衝撃で、銃弾を打ち出す。接近戦状態でも、容赦なく相手をミンチに出来る代物だ。

 リリーはそんな魔導銃器の引き金に、人差し指を掛けた。


「出来るならもっと穏当な手段で、賢悟様を浚いたかったのですが、ここの警備と貴方たちアヴァロン家の人間は優秀過ぎる……恨むなら、自身の優秀さを恨んでください」

「ふん、何時もはエリのブレーキ役だった貴方が、そこまで追い詰められているとはね」


 自身へ向けられた銃口と、リリーの顔を見て、レベッカは侮蔑するように笑う。


「無様ね。主に捨てられた従者が、ここまで無様だとは思わなかったわ」

「――――っ」


 あからさまな挑発だった。

 普段のリリーならば軽く流して、逆に煽り返す程度のそれだったが、今のリリーにとっては耐えられない物だった。爆発寸前の火薬庫に、爆竹を投げ入れられたような物だ。もう、止めることはできない。

 無表情のまま、リリーは人差し指を動かして引き金を引く…………はずだった。


「な…………んです、か、これ……?」

「確かに魔導銃器は、一定レベル以下の魔術師には有効ね。けど、お生憎様。私はこれでも一定レベル以上の、実践的戦闘魔術を修めた魔術師よ」


 鋭く、レベッカの青い瞳がリリーを射抜く。


「実践的戦闘魔術制圧型――《鉛風の重き鎧》。対象の行動を縛り、段々と自由を奪っていく魔術よ。この魔術の恐ろしいところはね、時間経過による違和感でしか魔術を掛けられたと気づけない隠密性にある」

「うぐ、ぐぐぐ…………」

「主に暴徒鎮圧用ね、これは。ほら、例えば貴方みたいに魔導銃器を持って、いつまでも無駄話をしているような間抜けさんにはお似合いなの」

「ま、だ……こんなの――」

「そして、いつまでも敵に抵抗を許す私ではないわ」


 身じろぎし、何とか指先を動かそうとするリリーへ、レベッカは止めの魔術を放つ。


「流転は風を奔らせる!」


 一瞬にして暴風が巻き起こり、リリーの華奢な体を打ち据える。その衝撃は、いくらメイド服の下に魔術防壁を生むインナーを着込んでいても、耐えきれない。リリーはまず、魔道銃器を構えた両腕を弾かれ、次は、体ごと上から押しつぶすように風が吹き付けた。


「勝負ありよ、リリー・アルレシア」


 もはや、リリーに抗うだけの余力は残されていなかった。

 地面に倒れ伏し、油断することなく放たれたレベッカの拘束魔術によって、完全に体の自由を奪われたからだ。


「ふふん、どんなもんよ、ケンゴ!」


 得意げに笑みを作り、猫耳をぴくぴく動かせるレベッカの姿は、気高く可愛らしい。思わず、事の成り行きを見守っていた賢悟も、釣られて笑顔になるほどに。


「おお、さすがレベッカだ、鮮やかすぎる暴徒鎮圧だぜ…………なんか、悪いな、うちのメイドが」

「まー、元々は私の世界の面倒がそっちに行った形だからにゃー」

「語尾、語尾」

「おっと、安い猫属性キャラになってしまうところだったわ」


 キャラ付けを気にするお嬢様キャラのレベッカだった。どうやら、気を抜いていると、噛みまくりの上、語尾ににゃーを付ける典型的な猫キャラになってしまうらしい。


「さて、どうする? レベッカ、この駄メイド。警察に引き渡す? 軍の人に任せる?」

「それだとアルレシア家の財力で、保釈金を払ってあっという間に出てくるわね。ケンゴ、なんとか説得して襲撃を止めさせてくれない?」


 でないと、とレベッカは言葉を繋いで酷薄な笑みを浮かべる。


「このメイド。ちょっとした事故で行方不明になってしまうかもしれないから♪」

「うわぁ、こえー。貴族こえー」

「下手に敵対者を庇って仲間が傷つく可能性があるのなら、すっぱりと処するわよ、もう。だって、今回魔導銃器とか持ち出して来たし。さすがに、ね?」


 そんなわけでリリーの命運は賢悟に託されたというわけである。賢悟としても、さすがに異世界で初めて出会った少女をこのまま死なせるのも何だと思い、話してみるだけ話してみることにした。


「あー、そんなわけで、リリー。もうこんなこと止めろよ。お前だって、死にたくないだろ?」

「…………忠義に死ぬのなら、それが私の定めです」

「お前のそれは、忠義じゃなくてエゴじゃね?」


 賢悟はゆっくりと倒れ伏すリリーの近くまで歩み寄り、諭すように語り掛ける。


「大体さ、お前はどうしてそんなに俺と一緒に居たいわけ? やっぱり、エリの肉体が目の付かない所にあるのが不安なのか?」

「…………」

「はい、沈黙は肯定ってことだな、おう。まぁ、嘘の好意を示すより大分マシだがな? でもな? 正直、アルレシア家にいるより、アヴァロン家に居た方が俺の身の安全と、精神の安定がかなり違うんだよ」


 アルレシア家での生活は、ほとんどエリの生活習慣をなぞる為に部屋に引きこもりがちで、満足にジョギングやトレーニングも出来なかった。おまけに、変態のメイドがいつも傍にいるわ、勝手に服をすり替えられるわ、なんか屋敷全体の空気が重いわで、気分はよろしくなかった。例え、最高級ホテルの待遇を受けようとも、あそこに住んでいたら精神の健全さが無くなっていくようだった。

 だが、対してアヴァロン家の生活は健全そのものだった。早朝のジョギングやトレーニングはレベッカにより、むしろ推奨されている。レベッカの家族には事情を話しているので、素性を無理に離す必要は無い。おまけに、家族間の仲も良く雰囲気も穏やかだ。おまけに、気の合う友人であるレベッカも、賢悟の話を真摯に聞き入れてくれる。

 まさに、雲泥の差だった。


「ぐぐぐ……環境の違いがそこまでだとは……」

「ついでに言うとだな、リリー。忘れているってことは無いと思うが、その、な?」


 ふぅー、と賢悟は深いため息を吐いた後、にっこりと似合わない笑顔を作って言う。


「誘拐の共犯者と一緒に暮らすとか、マジないから」

「あうあうあうあ…………」

「正論過ぎて、にゃにも言えないわね」


 いかに美少女といえど、相手は賢悟を拉致した共犯者。しかも、エリと近しい存在だ。いくら自分を守ろうとしていても、それはエリの肉体だからであって、恐らく賢悟の精神には欠片ほどの興味も抱いていないだろう。

 相手に優しくされたいのであれば、相手に優しくしなければならない。

 自分を見てほしいのなら、相手をよく見なければならない。

 これは、リリーの自業自得の結果である。


「うあぁうあ……」

「あ、また泣いた」


 ぽろぽろと、うめき声を上げながら涙を零すリリー。そんな状態でも、鉄仮面は崩れず、無表情なので正直、君が悪いと思う賢悟だった。

 そもそも、賢悟は、リリーの表情を泣いているか、鉄仮面フェイスしか知らない。

 だから、それは単なる気まぐれであり、肉体に残った僅かな情に動かされただけだ。


「…………しょうがないな、本当に」


 賢悟は不愉快ながらもエリの記憶から、とある行動を再現する。

 それは、初めてエリがリリーの笑顔を見た時にとった行動で。恐らく、今この場でリリーを泣き止ませるには、これしかないと思ったから。


「リリー」

「…………え?」


 ぽふ、と優しくリリーの頭に賢悟の手のひらが乗せられる。

 それは、よくエリがリリーを褒める時にやっていた時と同じ仕草で。


「我慢しろ。いい子にしていたら、ちゃんと会いに行くから」


 けれど、口調は賢悟自身のそれで、リリーに語り掛けた。

 優しさと情けが半分で、もう半分が『これでダメだったらもう知らんわ』という諦め半分だったけれど。


「…………わかりました」


 僅かに含まれた優しさは、リリーの胸に届いたらしい。


「いい子にします。もう襲撃はしません。だから、たまに会いに来て、頭をなでなで……」

「はいはい、わかった、わかった。中身がこんな男でよかったら、いくらでもやってやるよ」

「…………なでなで、嬉しいです……」


 リリーが若干頬を染めて、賢悟の『なでなで』を受け入れている。

 その様子を、レベッカがジト目で見つめていた。そして、ぽつりと呟く。


「手慣れているのね」

「まさか。エリの記憶を再現しているだけで、俺としては友達が一人もいない、寂しい少年だったんだぜ?」

「ふぅん…………一匹狼?」

「そんな上等なもんじゃない……つか、元々の一匹狼も要するにただのボッチだしなぁ、あれ」


 けらけらと自虐するように笑った後、賢悟はレベッカに言う。


「でもまぁ、今はお前が居るし」

「うにゃ?」


 賢悟の言葉に、目を丸くするレベッカ。


「何だよ、その態度。つーか、え? 俺は勝手に友達だって思ってけど、違う? うわ、マジか、距離感間違えた? いやいや、だって一か月も気の合う雑談をしてたなら、それなり友達になっても……ええい、わからん!」

「なでなでが……荒々しいです……」


 異世界に来てよかったことが、生まれて初めての友達が出来たことだと思っていた賢悟としては、レベッカの反応は普通にへこむ物だった。周りから孤高扱いされていたが、それは別に望んでなったわけでは無く、ある意味状況に流されてしまった結果だろう。


「あー、別にそういうことじゃないのよ? ただ、ケンゴからそういうことを言ってくるとは思わなくて」

「死んだ爺さん曰く、想いは言葉にしなければ伝わらないらしいからな」


 だから賢悟は、幼少の頃から絡んでくる不良どもに対して『折る! 絶対に二本は骨折る!』と具体的な脅しを叫んできたのだ。賢悟は自覚してないが、間違った想いの伝え方である。


「……ふっ、そうね」


 ぶっきらぼうで仏頂面だった賢悟が、焦燥するように、戸惑うように視線を動かす様を見て、レベッカは小さく微笑みを作った。


「うん、安心しなさい! 私と貴方は友達よ、タイナカ・ケンゴ! そうと決まれば、これからは客人としてじゃなくて、友達として容赦なく接してやるわ!」

「具体的には?」

「これから私のトレーニングに付き合いなさい。ちょうど、接近戦の苦手を克服しようと思っていたところよ」


 こうして、賢悟とレベッカは名実ともに友達となった。

 賢悟としては、異世界に来てから初めての、否、生まれてから初めての友達だった。


「さぁ、来なさい、ケンゴ! もっと強く! そう、抉りこむようにボディを!」

「えぇ……んじゃ、そい」

「ぐにゃぼっ…………ふふふふ、まだまだぁ、さぁもう一回……」

「レベッカ、後でちょっとお話しようぜ」


 初めての友達は、無自覚エムだった。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] 同等以上の兵器で装備 ↓ 同等以上の兵器で武装 正直、君が悪い ↓ 正直、気味が悪い [一言] リリーもレベッカも登場時からは考えられない濃さになってる(゜ω゜)
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