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第86話 知るかよ、馬鹿が

 マジックにおける悲劇の根源とは何か?

 そう問われれば、真っ先に上がる名前がある。いや、名前というよりは、役職名とでもいいだろうが?


 原初神。

 原初から君臨せし、悪神。

 世界を愛さず、人類を愛さず、ただ、紡がれる物語を愛する気まぐれな神様。

 この神が物語を創ろうと思わなければ、マクガフィンも、マオも、あるいは他の大勢も悲劇に巻き込まれることなどは無かったかもしれない。


 平凡な少女は平凡なままで。

 普通の姉妹は普通に過ごして。

 ちょっと自堕落な少女は、周りに蹴り上げられながら渋々生きていたのかもしれない。

 それが崩れたのは全て、原初神の仕業である。彼の神がそんな所業をしなければきっと、魔物など、魔王などを生まれさせなければきっと、そんな悲劇は生まれなかっただろう。

 ――――人によって作り上げられた、人の悲劇があるだけだっただろう。


「私は悪神だ。まぁ、憎まれているのも分かるし、嫌われているのも知っているよ。ただ、私を殺したら、それはそれで人間同士で殺し合うのだろうさ」


 かつて、七英雄に殺される寸前、原初神は命乞いにもならない負け惜しみを告げた。

 それは紛れも無く負け惜しみであり、七英雄は躊躇いなく原初神を討ち取る。けれど、その負け惜しみは紛れも無く事実であり、予言でもあった。

 奇しくも、神の気まぐれによってマジックという世界は調和を保っていたのだから。


 過ぎた悪が生まれれば、原初神は気まぐれに踏みつぶし。

 過ぎた善が生まれれば、原初神は気まぐれに堕落させる。

 勢力を拡大し過ぎた国があれば、自滅する前に滅ぼす。

 その神罰は決して善良な物ではなかった。大勢人が死ぬし、たくさんの悲劇が生まれただろう。


 しかし、それが一種のストッパーになっていたのは、紛れも無い真実だった。

 人は神が居なければ、際限なく争う生物であるのだから。

 原初神が去った後、魔物が生まれていなければ…………最悪、世界大戦が何度も繰り返され、世界が焦土と化していた可能性すらあった。

 いや、魔物と魔王の存在があったとしても、それは起こり得る可能性すらあった。

 だからこそ、世界管理者と呼ばれる四人の超越者によって、戦争禁止の大結界が敷かれたのである。


 そこまでしなければ、人は戦争を止められない。

 なぜならば、そういう生き物であるから。

 人は争い、破滅への螺旋階段を上がり続けるしかない。進化を続けて、やがて訪れる滅びに至るしかない。

 だからこそ、再臨した原初神は世界を終焉に導こうとしたのかもしれない。

 失敗したシミュレーションゲームをリセットするかのように。

 終わりの決まったゲームの仮定を省略するように。

 飽きてしまった小説の終わりだけ読もうとするように。

 されど、物語を愛する悪神は、予定調和は好まない。

 自らを殺す英雄の存在を歓迎するように、また、原初神は己を殺そうとする者を歓迎する。

 主人公を――田井中賢悟を喝采を持って歓迎する。



●●●



「いやいやいや、なんで決戦前に瀕死になってんの? 意味わかんないね、君」


 ―――喝采を持って、歓迎するはずだった。


 原初神が主人公と定めた者が、途中で全身全霊の戦いを経て瀕死の状態になっていなければ、の話であるが。


「うるせぇ、こちとら不良だ。喧嘩するのに、理由なんざいるかよ」


 原初神の前に現れた賢悟は、既に満身創痍の状態だった。体中すり傷だらけの上、左腕や肋骨が折れて、まともに体を動かそうとするだけで激痛が走るだろう。その場で倒れないだけでも、賢悟の精神が常軌を逸しているのが分かる。


「やー、彼に許可したのは私でもあるんだけどねぇ? それにしても、中ボスぐらいはもう少しさっくりと倒して欲しかったなぁ、主人公?」

「…………ふん」


 賢悟は原初神の言葉を一笑するように鼻を鳴らすと、おもむろに右手に持っていたシイの眼球を口内へと放り込む。そして、躊躇いなく咀嚼。ぷちぃ、と何かが弾けるおとと主に、生肉が噛み砕かれ、血が啜り、嚥下される音が室内に響く。

 するとどうだろうか? 満身創痍の賢悟の体が、マナの粒子に包まれて再構成される。完全回復ではない、だが、骨折などの重傷はあらかた回復しており、体を動かすのには支障が出なくなった。


「テメェを倒すのに、あいつの眼球一つ分の時間も要らねぇよ、安心しろ」

「おやおや、随分と自身満々じゃないかぁ。まー、それっくらいが主人公らしい物言いだろうね。うん、それならそれでもいいかなぁ?」


 くくく、と喉を鳴らして原初神は笑う。

 薄く、虚無的な笑みを張りつけて。


「んじゃあ、決戦と行こうか、主人公」


 ぱちん、と何気ない動作で指が鳴らされる。その次の瞬間、瞬く間に部屋から違う空間へ、原初神と賢悟が転移した。


「ようこそ、世界の中心へ」


 そこは満天の星空のような場所だった。

 周囲は夜の海水に満たされたように薄暗い闇で満ちている。けれど、その闇の中に一つ、一つと、光り輝く星のような点が幾つも並べられ、視界が闇に遮られることは無い。見下ろすと、足場すらも無く、下には闇と光が続いてく。星空の中に放り出されたような空間だが、月も地面も見当たらないために、上下の感覚すら曖昧だ。


「ここはアカシックレコードとも、原初の部屋とも呼ばれる空間だ。まぁ、大層な名前をしているけれど、要するに世界の設定と大まかなプロットを決める部屋だね。この部屋の主が即ち世界の管理者となる。世界を描写し、書き換える創作者になるんだ」

「ようするにお前を殴り倒せばいいと」

「そりゃそうだけど、少しは最終決戦っぽく無意味で哲学的な会話でもしようじゃないか」


 だらん、と脱力して原初神はその場に座り込む。


「例えばほら、この世界の真実とか」


 原初神の提案に、賢悟は何も言わない。ただ、先を促すように黙するのみ。


「沈黙は肯定と受け取るよ。んじゃまぁ、話そうかな、この世界の真実でも。いやぁ、七英雄が殺しに来た時は問答無用だったからねぇ。こういうネタバレをする機会が無くて、とても残念だったんだよ」


 へらへら、と気の抜けた笑みで原初神は語り出す。

 マジックについて…………いや、下位世界全ての真相とも呼べる話を。


「まず、薄々君も気づいていると思うけど、この世界は一種のシミュレーションだ。そういう箱庭だ。と言っても、君たちの世界におけるゲームとか、仮想現実とか、そういうのともまた違う。んー、なんというかだね、階位が一つ違うと例え話も難しくなってねぇ」


 しばらく考えた後、原初神はできうる限り丁寧に、己の知っていることに関して説明する。


「私は確かにまぁ、この世界における『神様』ではある。だけど、世界創造に関してはノータッチ。上位から下位。あるいは平行に並ぶ世界の全てを創り上げた者は、私たちですら……いや、私たちよりも上位の世界の管理者でも、解明は出来ていない。ただ、そうある『何か』と定義して、あるがままを受け入れている」

「…………それで?」

「うん、つまり私はこの世界における『神様』ではあるけど、何も特別な存在では無いと言うことだよ。神様としてこの世界に分身を送っているけど、私の元の世界では何の変哲もないオッサンだ。そうだなぁ、君の世界で言う冴えないサラリーマンみたいな立場」

「随分と威厳の無い神様も居たもんだな」

「ははは、その通りだねぇ」


 賢悟は淡々と原初神の言葉に相槌を打ち、手持ち無沙汰なのか、右腕をずっと握ったり開いたりを繰り返している。

 そんな賢悟の様子にも気づかず、原初神は言葉を続けていく。


「でもさぁ、そんな冴えない私の手によって、あっさり世界が終わったり、命が消えたりさ、君たちからしたら馬鹿らしいだろう? 理不尽だろう? それは私もそう思う。何せ、私たちの世界も似たような物だからだ。より、上位の管理者によって、理不尽を受けている。結局、どこの階位だって似たような物なのさ。永遠に続くマトリョーシカの中に居るのかもしれない。いや、あるいは…………世界を創った『何か』すら、ひょっとしたら、誰かの創作物かもしれない」


 もはや、原初神の言葉は賢悟に向けられていない。

 ただ、己の絶望を吐き出すように、ぶつぶつと独り言を呟ているだけだ。


「こんな想像をしたことはないかな? この世界はとある創作物――漫画でも、アニメでも、小説でもなんでもいいさ。そんな空想の中の出来事なんだって。主人公が居て、我々モブはそんな物語のエキストラとして生きながらえているだけなんじゃないかって。いや、それならまだマシだ。ひょっとしたら、私が紡いでいるこの言葉ですら、誰かがキーボードの上で叩き出した文章に過ぎないのかもしれない。そうだとしたら、最悪だ。私の意思などどこにもない。絶望する私の想いですら、何者かの創作でしかないとしたら…………ああ、我々の存在など、始めから無意味では無いのだろうか?」


 原初神は絶望に支配されながら、呟く。

 ある種の妄想を。

 精神病とも言われるような思想を。

 けれど――――紛れも無い、真実を。


 【なぜならば、確かにこれは何者かによる創作物であるのだから】


「なぁ、君はどう思う? 主人公。君の物語において、果たして君の意思は存在するのか? 全ては何者かの創作じゃないのか? 少なくとも、私はそう思えて仕方ない。だからこそ、全てに絶望して、せめて面白い物語の中に生きようと動いてきた……それすらも何者かの創作であると知っていて、なお!」


 呟きはいつの間にか、叫び声に変わっていた。

 絶望に支配された、憐れな男の嘆きに変わっていた。


「答えてくれよ、主人公ぉ! 君はそれでも拳を握るのか!? 君の人生も、思想も、何もかも、運命というシナリオに、何者かによる創作物だったとして! それでも君は戦うのか!? それも何者かの創作では無いのか!? 君の行動に胸を張れるのか!?」


 憐れな男は賢悟に訊ねる。

 神様でもなんでもなく、ただ絶望しただけの男は賢悟に縋る。

 答えてくれ、と。

 どうすればこの絶望に立ち向かえるのか、答えろと、喚き散らす。


「君は全てが誰かの思い通りに動くとして、それでも生きるのか!? 君は――」



「知るかよ、馬鹿が」



 その言葉を、絶望を、真理を、賢悟の拳は全てまとめて叩き潰した。


「――――あ?」


 原初神には何が起きたのかも知覚できなかった。

 喚きながらも、絶望しながらも、原初神の周囲には世界のシステムが防壁を張っており、例え、一撃終幕の拳であろうとも、受け止めるはずだった。

 そう、賢悟の体内で展開された神殺し――ウリエル特製の、管理者特権を一部凍結させる術式が無ければ。


「お前の言っていることは全部、クソくだらねぇ、戯言ばかりだぜ、原初神」


 原初神が語っている間に、既に賢悟は己の体内に神殺しの術式を展開させ、それを拳に馴染ませていたのである。適当に相槌を打ちながらも、己の一撃終幕と組み合わせられるまで馴染むまで待って、馴染んだから終幕の拳を叩き込んだ、それだけだった。

 己の限界まで、『終わりの因子』を叩き込んでやった、それだけの一撃終幕である。


「何、を……」

「仮にお前の言うことが全て真実だとして、だからどうしたんだよ? この世界で起こる全ては何者かによる創作物? おお、結構結構、勝手に書いてろや」


 賢悟の拳は、原初神相手でも、紛れも無い一撃終幕と成り得た。

 殴り飛ばされた原初神の肉体は既に崩壊を始め、四肢の先からマナへの還元現象が起こっている。例え、世界の管理者特権を、権限を持っていたとしても、もはや崩壊を止めることは不可能だった。


 だから本来、賢悟は原初神の言葉に応える義理などない。奇襲に成功したのだから、そのまま見送っても良かったのである。

 けれど、賢悟は許せなかったのだ。


「俺の行動も思想も、全てが誰かの創作物? おう、上等だ。そうだとしても、まるで問題ないな」

「どう……して? どうして、そんな虚無が、問題ないと……」

「馬鹿かテメェは。創作物であると仮定するならよ? 先にあるのは文章じゃねーだろうが。絵でも、プロットでもねぇだろうが」


 どうしようもない、原初神の弱さが許せなかったのだ。


「先にあるのは、俺だ。名前も性別も、思考も思想も決まって無くても、最初にあるのは俺だ。俺があるから、後に物語が生まれるんだよ。物語があるから、俺が用意されるんじゃない。俺が拳を振るう理由も、全部、俺から生まれるんだ……何が変わっても、それだけは変わらない」


 だからこそ、誇り高く賢悟は原初神へと告げる。

 つまらない真実を殴り飛ばす、彼の信念(真実)を。



「性別が変わっても、肉体が変わっても、思想が変わっても、俺は俺だ。田井中賢悟だ。それだけは、変わらなかったからな」



「…………は、はは、なんだそれは? 強すぎるぞ、君は……」

「違う。お前が弱いだけだ、原初神。お前は、マクガフィンよりも、『剣士』よりも、『僧侶』よりも、シイよりも、この世界で生きる何者よりも弱い」


 賢悟は再度、拳を握りしめる。

 既に一撃終幕は成ったけれど、最後、崩壊に任せて見送るのは主義では無いと。幕を引くのは言葉では無く、己の拳であるべきだと。


「そうか……そうか……それが、君か。田井中賢悟。なら、問おう。最後の、弱っちい神様からの、最後の意地悪だ」


 故に、原初神が最後に賢悟に向ける悪意は、言葉となる。

 原初神の絶望は、徹頭徹尾、言葉によって生まれた妄想であるからこそ。己の根源を、相対者へと叩き付ける。


「もしも、もしもこの世界が創作物だとして。何かが、絶大なる権限を持つ何かが、君を殺そうとしたら? 悲劇に叩き込もうとしたら? 君はどうするんだ?」

「んなもん、決まっているだろうが」


 にやりと、見送るように笑って賢悟は原初神へ拳を振るう。


「どうにかするさ。『例え、滝つぼに落ちても蘇ってみせた』名探偵のように」

「は、ははは、ははっははっ――」


 賢悟の拳は、憐れなる神の肉体を消し飛ばす。

 崩壊していく原初神の肉体は、ただ、拳の先が触れただけでも崩壊し、何もかもがマナへと還元されて、存在が無へと還される。

 そして、最後に残ったのは、笑い声だけだった。

 己の絶望を殴り砕かれた者の笑い声だけが、虚空の中で響いていた。


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