第81話 反撃の狼煙を上げろ
ギィーナが『大淫婦』を討ち取った瞬間から、時間は少し巻き戻る。
「ははははははっ!! 我が能力により――暴れろ、シルベ!」
「御意。我が主よ」
マホロ・ハーンとシルベ・ハシセルン。
赤髪の姫と煉瓦髪の従者。
二人は、王都から数キロ先の最前線の戦列に加わっていた。
「皆の者っ! 我が固有魔術を貸してほしい場合は、直ぐに申し出るがいい! 今日は特別に大特価で貸し出してやるぞ!」
マホロは魔物を駆逐している兵士たちの背後から、意気揚々と呼びかけている。これを機に、少しでも自分のカリスマや支持率を上げようという作戦らしい。
しかし、その作戦はあまり芳しくないようだ。
「いや、別に」
「そうそう、別に要らないのですが」
「急に変な能力が生えると、逆に戦い辛いので」
「というか、射撃系能力を持った魔物も居るので、さっさと下がってください、馬鹿」
「そうだよ、さっさと下がれよ馬鹿姫」
王国の兵士たちは特別な力など無くとも、普通に強い。強力な魔導兵器を手足のように自在に操り、なおかつ長時間戦い続けられるような訓練を受けているからだ。加えて、魔物の駆逐は彼らにとっては日課のような物なので、さくさくとスムーズに進められていく。
魔王クラスの得意な能力を持った魔物が現れたならまだしも、ただ数が多いだけの魔物の群れなど、兵士たちにとっては特別な能力を与えられた方がやり辛い。
「な、なんだとぅ!? 馬鹿と言った方が馬鹿なのだ、ばぁーか! ばぁーか!」
「愚かなる我が主。さっさと後退しないと、上方から龍型の魔物によるブレスが――」
「ぎゃぁああああああ! あぶっ! 危ない! 助けろ、我が従者!」
「もちろんでございます」
上空より吐き出された灼熱の火焔を、颯爽とシルベの二刀が切り裂く。加えて、マホロを小脇に抱えたまま跳躍。安全な場所へと瞬く間に移動する。
「一匹、上から来たぞぉ!」
「あいあいさー! 我が一射は雲を裂く!」
そして、マホロたちが反撃をする前に、あっさりと兵士の一人が放った弓矢により、龍型の魔物は撃ち抜かれて墜落。地に落ちた魔物は、当然の如く兵士たちに切り裂かれ、撃ち抜かれ、破壊され尽す。
現代の魔導兵器は、広域殲滅に関しては現代科学――サイエンスに劣っていたものの、害獣駆除。つまり、魔物の殲滅に関してはその威力は凄まじい。鋼鉄に等しい鱗を持つ魔物を、あっさりと放った矢で射抜き、工具のような兵器で解体して見せるほどに。
「…………なんか、我らの出番無くない?」
「その通りでしょうね、マホロ様。大規模戦闘に関しては、単体の特化戦力など、よほどの規格外でなければ意味はありませんので」
「シルベ、お前は一応魔王だろう?」
「魔王である以前に、マホロ様の従者でございます」
「うん、それは嬉しいけど、それだと我の従者である所為で駄目みたいに聞こえるからな?」
結局、思いのほか戦果も挙げられない二人は、地道に魔物を倒すことに。
だが、そんな二人とは対照的に、大いに戦況へ貢献している者が存在する。
「流転は猛き風を巻き起こす。大いに奮い立て、戦士たちよ! その手には敵を打ち倒す刃を! その体には、爪牙を防ぐ鎧を! 風よ、抗う戦士たちと共に吹き荒れろ!」
それは、支援魔術の使い手であるルイスだ。
既に、ルイスの支援魔術の域は学生レベルを超え、英雄の域に至っている。力任せの強化では無い。乱雑なエンチャントでは無い。精緻に計算された強化魔術に、広域に展開される無駄のないエンチャント。
もう、ルイスの強化によって誰かが自壊することなど有り得ない。
膨大な魔力はルイスの強靭な意思によって制御され、今、この戦況で欠かすことの出来ない戦術の一つとなっているのだった。
「はっはー! 隊長殿ぉ! 最高の気分であります! 魔物どもが紙屑同然ですな!」
「おっと、馬鹿野郎ぉ! 油断したら死ぬぞ、死ね!」
「はっはー! 凄まじき防壁も付与されておりますので! 死ねませんなぁ!」
「ならば戦え! この力はそのために与えられたものだ!」
「了解でありますとも! 学生にここまでされたのです! 大人が気張らなくては!」
『魔物は消毒だ! 駆逐だ! 根絶やしだ!』
絶大なる支援効果が付与された部隊は、水を得た魚のように息を吹き返す。体中から活力が溢れ、強靭な防壁が付与されている上に、魔導具を振るえば魔物がゴミのように吹き飛ぶのだ。これで士気が上がらないわけがない。
「皆さん! 私からの支援はまだまだあります! 慎重に、なおかつ思いっきり魔物どもを駆逐してください!」
『おうともぉ!!』
テンションの高い兵隊たちの応答を受け、ルイスは再び詠唱を開始する。
有り余っている魔力は、無駄に浪費しなければ三時間は連続で魔術を行使できるほどだ。ならと、ルイスは集中を切らさずに、支援を続けていく。
何故、ルイスの魔術の腕がここまで向上したのか? その答えは簡単だった。
皇国にて、ルイスもまたギィーナと同じように己の力不足を感じていた。エンチャンターでありながらも、賢悟に何の支援も出来なかったことを悔やんでいる。
だからこそ、ルイスは賢悟の捜索を待つ間、恐るべき集中力で己の魔術を鍛え上げた。分からない部分はレベッカや、ヘレンなどの天才たちに訊ねては訓練を繰り返して。
何よりもルイスは修練を繰り返した技術を、実戦で使えるスキルにまで押し上げるほどの強い意思を得ていた。
「私は、絶対に――――」
それは、友との約束。
それは、男の浪漫。
それは、湧き上がる衝動。
「絶対に生きて帰って! もう一度ぉ! エロいキッスをしてもらうんだぁ!!」
つまり性欲である。
ルイスは今、腹の底から湧き上がる性欲によって、恐ろしいほどの意思の力を生み出しているのだった。
されど、性欲と笑うことなかれ。
時に生死の掛かった場面では、『童貞のまま死ねるわけがねぇ!』と根性を見せた者が生き残るという話も少なくは無いのである。
「ふっ、若いな」
「だが、嫌いじゃないぜ、その若さ!」
「かぁー! おっさんも帰ったら、嫁とずっこんばっこんしねぇと!」
「おいおい、所帯持ちかよ、おっさん! 無理すんなよ!」
「若い奴こそ、でしゃばるんじゃねーぜ!」
ルイスを中心とした士気の大幅向上により、ほどなくして王都へ侵攻しようとしていた魔物たちは全て駆逐されることになった。
もっとも、その戦果によって、『大淫婦』討伐による魔物の消滅を知るのが随分遅れてしまうことになったのだが……その程度の時間差など、人類にとっては誤差に等しいだろう。
なぜならば、人類はもっと長い間、魔物と戦い続けてきたのだから。
その戦いの歴史にようやく、幕が降ろされたのだから。
●●●
大貴族であるレベッカの屋敷――その地下には牢屋が隠されている。
本来ならば使う用途など無く、ただの一風変わったインテリアの一つとして、あるいはそれを用いる必要のあった過去を忘れぬための教材として残されているわけだが、今、その地下牢はその役目を果たしていた。
「あー、やっべーわー、しくったわー」
その牢屋で鎖に繋がれているのは、黒衣を纏う灰色髪野少女――『魔術師』だ。
彼女は現在、あらゆる魔術の発動を禁じる魔導具の鎖によって地下牢に繋がれ、身動きを封じられている。加えて、王国が誇る御三家の一つ。紅蓮のアヴァロンの当主によって、肉体の変化を禁じる時間凍結さえも喰らっているのだった。
何重にも、神経質なほどにかけられた封印はもはや、神世の住人ですら突破できないだろう。
「あー、くそー。なーんで、あんなところに最強の剣士が居たんですかねぇ? 私なんて、放っておけばいいのに、あの七英雄の巨乳エルフが『行きがけの駄賃ダヨ!』って捕まえやがるし。あー、世界とか滅べばいいのに」
体の自由を失った『魔術師』は、唯一自分の意思で動かせる口を使って、どうにもならない愚痴を吐き出していた。無論、どんな詠唱を行おうが、魔術行為は一切できないからこそ、情けが掛けられているわけだが。
「マジやっべーわー」
荒んだ目で、諦め半分に『魔術師』はぶつぶつ呟く。
皇国での作戦終了後、マクガフィンによる契約は終わったのでとんずらでもしようかと思った矢先の出来事だったらしい。『魔術師』は偶然にも、ローデとハルヨがコンビを組んで蹂躙劇を繰り広げている最中に補足。その後、巻き込まれる形で捕縛されたのだった。
例え、神世の住人を限定召喚することが可能な『魔術師』だったとしても、世界最強クラスの戦力二人に太刀打ちが出来るわけが無かった。と言うよりも、神世の住人を召喚する暇さえも与えられなかったようだった。
そもそも、今まではマクガフィンの働きによって『魔術師』や『剣士』の情報は隠蔽されていたのだが、今回に限り、マクガフィンは原初神復活のために消滅していた。つまり、何時もならばマクガフィンによる妨害で指名手配を逃れていた『魔術師』だったのだが、今回はばっちりと過去復元による似顔絵付きの手配書が回っていたらしい。そのため、即座にローデとハルヨが『魔術師』を捕縛するという流れに至ったようである。
「どーっすかねぇ? 今までは封印処理を解いたら即座に自滅覚悟で全力召喚かますって脅して何とか繋いでたが……あー、そろそろ精神干渉に特化した奴らが集められそうでこえーわ。精神抵抗を突破されると、自動的に自爆するような仕掛けをマクガフィンが仕込んでやがるしなぁ」
本来ならば、容赦なく拷問と尋問を受けて情報を引き出される立場にある『魔術師』だったが、『魔術師』は血を媒体にして神世の住人を召喚する規格外。加えて、下手に藪を突いて、この緊急事態で戦力を余計に裂きたくないというのが、王国の判断だった。
そうでなければ、今頃『魔術師』はグロい意味での成人指定を受ける有り様になっていただろう。王国でなくとも、国家規模の組織であるならば敵対者は許さない。自国に被害を与えるテロリストならば当然、人権を剥奪して、あらゆる手段を持って後悔させるだろう。
それを知っているからこそ、『魔術師』は己の立場どれだけ危うい物か理解しているのだ。
「となると、逃れる術は一つだよなー」
『魔術師』が己の今後についてため息交じりに考えていると、石段を下りる硬質的な足音が響いてきた。
その足音の主は躊躇うことなく牢屋の扉を開けると、拘束されている『魔術師』の眼前まで歩み寄った。堂々と、恐れることなく。
「こんにちは。大量殺戮者にして、国際テロリスト集団『ジョン・ドゥ』の一員。神世の住人だけ召喚できる化物召喚士――『魔術師』さん」
「…………あー、こんっちゃー」
『魔術師』の眼前に現れたのは、美しき金髪を持つドレス姿の少女――レベッカだった。レベッカは『魔術師』の荒んだ目を、己の碧眼で臆することなく見据えた。
そして、声を張り上げて言う。
「私の名前はレベッカ・アヴァロン。覚えなくていいわ。どうせ、貴方とは短い付き合いになる予定だもの」
「あ、ははは、やっぱり、デストローイ?」
「安心なさい。私は誇りある貴族よ――――きっちり、塵一つ残らずに燃やしてあげるわ」
「うへぇあ」
基本的にレベッカは悪党に容赦はしない。それが大量殺戮犯であるなら、尚更だ。だが、誇りある貴族であるので、下手に長引かせずに、きっちりと苦痛を味あわせて焼き尽くす宣言をしているようだった。
最低限の情けはあるが、それはそれとして断罪はきっちり行うのがレベッカの流儀らしい。
「なんかもう、爆弾抱えるのも面倒だし、逃げられて戦力として復活された嫌なの。そんなわけで、この場できっちり殺すわ」
「ステイステイステイ。ちょいと命乞いを聞いて欲しいなー?」
「信用できない相手の言葉などには耳を貸さないわね」
「契約! 契約を結んでから話すから! な? マジでいい情報持ってんのよ? だからさ、命だけは助けて欲しいわけ。や、生きる理由とか無いけど、とりあえず死にたくないんで」
「…………ふむ」
数秒考えて、レベッカは答えた。
「どんな情報を持っているか、語ってみなさいな? もっとも、不要だと判断したら、その瞬間に臓腑を焼くわ」
指先を『魔術師』の喉元へ突きつけて。
その指先には、魔術発動寸前まで高められた、魔力が込められている。
一切容赦なく、冗談の一つでも飛び出せば、そのまま躊躇うことなく焼き殺す構え。その殺意と覚悟を感じ取ったのか、『魔術師』はしばしの間沈黙した。
沈黙したのは、三秒間。
三秒後に『魔術師』は覚悟を決めたように言葉を紡ぐ。
「最古にして最悪の魔王――ミツルギマオの居場所を知っている」
『魔術師』が口にした名前は、無視をするにはあまりにも大きすぎた。
気まぐれにして、悪意に溢れる存在。なおかつ、世界最強クラスの力を持っているのだから、性質が悪い。仮に、マオがその気になって王都を襲撃すれば、いかに準備を整えていたとしても、少なくない打撃を受けてしまうだろう。
それは、魔物が消滅し、反撃に移ろうとする今だからこそ、貴重な情報だ。余計な横槍を入れられる前に、その動向を調べられるのは充分な利点である。
なにより、原初神討伐へと挑む賢悟の障害になるかもしれない。
気まぐれに、何もかもを台無しにするように乱入するかもしれないのだ。さながら、皇都の最終決戦を再現するかのように。
「なるほど、わかったわ……契約用の魔導具を用意しましょうか」
よって、レベッカは笑みを持って『魔術師』の交渉を受け入れた。
だが、その笑みは友好のそれでは無い。もっと冷たく、なおかつ胸の奥が恐ろしいほどの熱情によって燃えている者にしか作れない覚悟の笑みだった。
「…………おっかねーわ」
レベッカの笑みを見て、思わず『魔術師』は呟く。
あれは己の命を燃やし尽くしてまで、何かを為そうと決めた者の目である。
そして恐らくは、レベッカが為そうとしている事は一つ。
「うちの身内に手を出した愚か者は全て、焼き尽くしてあげるのが家の教えなのよ……待っていなさい、ミツルギマオ」
あまりにも無謀なそれを、レベッカは当然の如く宣言した。
「貴方を殺すわ――――『私たち』が」
己の想いに連なる者たちの分も含めて。




