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第73話 天上への階段

 そこは、満月に照らされた薄の草原。

 薄闇の中で、煌々と輝く満月は遍く隔離空間を照らし、神の威光すら阻む。

 枯れかけた薄が群生する草原は、やがて終わり行く季節の流れを連想させ、見る者に哀愁を抱かせていた。


 隔離空間・常夜の月。

 それは、管理者ですら手の届かない、異能者の領域である。


「このような場所に隔離すれば、私を倒せるとでも思いましたか?」


 薄の草原に立ち、二つの影が相対していた。

 一つはマクガフィンの核たる存在、赤梨千花。

 もう一つは、神への叛逆を企てる異邦人、ウリエル。

 ただ、イヴだけは姿を隠し、両者の前に姿を表していない。


「もちろんだよ、そのつもりさ」

「傲慢な。いかに超魔の術者と言えど、権能たる私を打倒できるなどと……勘違いが過ぎましたね。大人しく、あの子――イレギュラーを渡して置けば死なずに済んだというのに」

「ははは、どうしたのかね? 地金が透けて見えてきているぞ? 管理者の干渉が届かない所為か? それとも、元々そうだったりするのか?」

「黙りなさい……戯言を」


 ウリエルは薄笑いを張りつけて。

 千花は苦々しい苦渋を隠し切れず。

 されど、両社とも譲れぬ想いを抱いて視線をぶつけ合う。


「圧倒的大多数のために、たった一つの個を切り捨てる。それが、我が神の決断です。何物も、それを阻むことは許しません」

「だが、私はそれが気に食わない。そのどうしようもないことを、覆してやりたくて仕方ないのさ」

「――例え、神を殺しても、ですか?」

「その通り。分かっているじゃあないか」


 薄笑いから、犬歯を剥き出しにしてウリエルは野獣の如き笑みに変わる。

かつて賢悟が浮かべていた獰猛なそれと同じように、ウリエルは虚飾を取り払って、剥き出しの攻撃性で笑って見せる。

笑って、己の攻撃宣告とした。


「私はどうも、自分の目的のためなら、いくらでも他者を踏みにじれる人間だからさ」

「…………ならば、私は多くの幸福のために、貴方たちを排除しましょう」


 千花はスイッチを切り替えるように、己の感情を切り捨てる。

 核となる人格を否定し、最大公約数の幸福のため――マクガフィンというシステムへと存在をシフトさせた。


「マクガフィンとは本来、『何者にも変貌する』ことが可能な要素です。私の権能は、それを用いて多くの人類エキストラを操り、世界を正すこと。けれど、世界に都合が悪い要素が現れたのなら、時に、マクガフィンは『端役』の領域を超えることも可能になります」


 すると、千花の周囲が騒めき始める。

 風も無いのに薄が揺らめき、地面が怯えるように震えていく。


「異能によって創り上げた空間に隔離すれば、完全に権能を奪い去ることができるとでも思いましたか? だとしたら、それは間違いです」


 周囲の揺らめきと共に、千花自身もやがて、揺らめいていた。

 それは空間が揺らめいているのではない。千花自身の存在が歪み、曲がり、違う何かに変貌しようとしているのだ。


「マクガフィンの中核。それに与えられたのは、人類の守護者たる使命。ならば、当然の如く、私の姿はこのようになるのですよ」


 黒い髪は金色へと輝き。

 肌は白く、白雪のように。

 幼さの残る肢体は、成熟した豊満な女性のそれへと。

 纏うは、原初の純白を思わせる貫頭衣。

 ――何より、彼女の背中からは三対の……六枚翼の純白が生えていた。


「セラフィム。神に最も近き天使の階位です。これより私は、その能力を存分に振るって、貴方を滅ぼすでしょう」


 ごぉ、と三対の翼が大きく羽ばたく。

 風と共に、多くの羽が舞い、やがてそれらから紅蓮の炎が生み出される。さながら、純白の翼から、炎の羽が零れ落ちて行くかのように。


「油断も慢心もしません。最初から、最大出力です……この偽りの空間ごと、燃え尽きなさい」


 炎は神の審判を示す。

 ありとあらゆる、罪を許さない。

 ならば、当然の如くウリエルは焼き尽くされるだろう。生まれたことが罪である、イヴも同じく。

 けれど、ウリエルはその炎を前にして、審判を前にして、なおも笑って見せる。


「――その瞬間を、待っていた」


 さながら手品師のように、ウリエルが指を鳴らした。

 同時に、隔離世界が自ら壊れていく。己の意思で崩壊が進んで行き、薄も、地面も、夜空も、何もかもが崩れ去っていく中で、一つだけ。

 煌々と輝く満月だけが最後まで残っていた。


「コード:デミウルゴス発動。世界よ、幼き神の秩序に従え!」


 否、それは満月ではなかった。

 満月に擬態し、欺いていたイヴだったのである。煌々と輝く光は月光ではなく、全て彼女の威光。神性を宿した光。秩序を改変する異能の産物である。

 そして、その光を愚かにも千花は無防備に受けてしまっていた。


「しまっ――――」


 気づいた時にはもう遅い。

 突如として、千花が持つ純白の翼が汚されていく。堕天するかの如く、黒く塗りつぶされて生き、やがて炎すらも黒く、イヴの理に染まる。

 マクガフィンは神に従うシステムだ。

 ならば、短時間、限定的であれど、空間全てを完全支配するほどの異能があれば、システムであるマクガフィンを制御下におくことは不可能では無い。

 加えて、今は空間が壊れ、世界との再融合が果たされる境界線上の世界。

 一番曖昧で、一番融通が効く、黄昏の世界である。

 だからこそ、ウリエルの真の狙いが果たされるのだ。


「最初、この計画を立てた時の不安要素は、管理者の防壁の固さでね。イヴの異能と言えど、真っ向から挑んだら弾き飛ばされて、焼き尽くされる。けれど、管理者の一部であるシステムを一時的に掌握することが出来たのなら? それが、己の権能を最大限に強化している時ならば?」

「お、まえ…………っ!」

「どうやら、私の予想は当たっていたようだ」


 千花は強制操作によるノイズに耐えきれず、膝を着き、首を垂れるかのように倒れ伏す。しかし、その背、翼から生み出される黒き炎は止まらない。

 世界を焼くそれは、やがて一つの『空洞』を創り出す。その空洞はやがて、奈落の底に通じるかのようにどんどんと何処かへ際限なく続いていき、『道』となった。


「これで準備は全て整った」


 満足げに頷くウリエルの傍に、そっと降り立ったイヴが寄り添う。

 すでに、二人の周囲にしか世界は無く、他は全て崩壊している。二人の周囲は、曖昧な黄昏の光が満ちているだけ。確かなのは、二人の存在だけだった。


「行こう、イヴ。君の世界を創りに」

「………………うん」


 そして、二人は誓い合うように手を握って。

 世界の中核へ。

 サイエンスの管理者の元へ、進んで行った。



●●●



 ウリエルとイヴがアカシックレコードへと侵入を果たしたことにより、賢悟の役目は終わる。即ち、世界を越える術式が発動し、転送が開始されたのだ。

 これにより、賢悟と二雄の戦いは強制中断される――とは、ならない。


「今更、俺が貴様を逃がすと思うか?」

「……あー、逃がしてくれるとありがてーけど?」

「馬鹿が――――死ね」

「はは、だよなぁ」


 賢悟と二雄の戦いは、二雄が圧倒的に優位だった。

 考えれば、当然のことである。有史以来から、ずっとサイエンスを守護してきたデウス・エクス・マキナの戦闘経験を二雄は所持している。その中には、武器も無く、白兵戦で敵と戦うことになった亊も少なくないだろう。

 生まれてから一世紀にも満たない賢悟の戦闘経験では、どうしても分が悪い。

 加えて、元々賢悟は死にかけの状態だったのだから、敗北は最初から決まっていたような物だ…………そう、命を賭けて一撃終幕でも打たない限りは。


「やっぱり、俺はそんなに強くない、な……まったく」


 路面に倒れ伏す賢悟に、余力は少ない。

 体中を打撲され、なおかつ元々存在が薄れて死にかけていた状態なのだ。これ以上、無理に動けば、死は免れないだろう。


「いいや、貴様は強かった。だが、俺の方が強かっただけだ」


 賢悟の自虐を否定し、二雄はごきりと拳を鳴らす。

 この場に至ってなお、二雄に油断は無い。賢悟の肉体は既に、術式による転送が始まっているが、逃がすつもりも無い。未だ、肉体がサイエンスに残っている間に、転送完了までの時間の間に、賢悟を殺すつもりだ。


 権能は使わない。

 使えば、異能でカウンターを与えてくると知っているから。

 最後まで、権能を使わず、アカシックレコードにもアクセスせず、個体としての能力を用いて賢悟を殺す。

 幸いな事にも、男子高校生の筋力だけでも、素手で人は殺せる。それを、過去に何度も証明してきた。だから、二雄は何一つ疑うことなく、賢悟へと手を伸ばして――


「死ぬのは、貴方です。クソイケメン」


 側頭部に強烈な衝撃を感じた。

 直後、たぁん、という銃声が二雄の鼓膜を揺らすが、その時点でもう二雄にまともな意識は存在しない。微睡むように、奈落へ落ちていくように、意識は消え去る。

 だが、不思議なことに二雄の頭部に傷は一つも存在していなかった。なんか、非物体的な弾丸が、二雄の意識だけを刈り取っていったかのような攻撃だった。


「やっぱり、俺は強くない。なぜなら、仲間を頼らないと、お前に勝てなかったんだからな」


 意識を失い、同じように倒れ伏す二雄へ、賢悟は告げる。

 独り言のように、告解の如く、言葉を紡いでいく。


「ウリエルからお前の戦闘スタイルについては聞かされていた。権能で圧殺するのであれば、俺の異能が刺さる。けど、不利と知ったのなら当然の如く、戦い方を切り替えてくると思ったぜ。ま、出来ればその喧嘩で勝てればよかったんだがな……俺はこの様だ」


 そして、ボロボロの体をゆっくりと立ち上がらせ、バツが悪そうに勝ち誇った。


「だから、その不足分を優秀なメイドに補って貰ったんだよ……今度戦う時は、お前も仲間を連れてくるといい」


 勝ち誇る賢悟の傍らに、いつの間にか拳銃を携えたリリーが寄り添っていた。

 パーカーでは無い、本来の正装であるメイド服姿で。


「…………そんな賢悟様、優秀なメイドなんて…………お礼にキスしてください」

「やだよ。だってお前、直ぐに気絶するじゃん」

「気絶しない場合、直ぐにぜっち――いえ、何でもありません」

「うわぁ、俺、こいつに助けられたのか……」


 賢悟は物凄く前言撤回をしたくなったが、助けられたのも事実なので、何も言わずに我慢する。これでもう少しまともなら、賢悟も喜んでリリーの片割れであることを認めるのだが、残念ながら普段の態度が変態なのだ。変態の隣に居ることは喜べない賢悟だった。


「しかし、成功するもんだな。ライフルじゃなくても、狙撃による奇襲。ぶっちゃけ、なんか予知されたかの如く避けられるかと思っていたぜ」

「あのクソイケメンがデウス・エクス・マキナとしての権能を振るっていたなら、避けるまでも無く弾かれていたでしょう。ですが、その権能を閉じて、一個人として戦っていたのなら、彼女が創り上げた特殊弾丸を避けられるはずがありません」


 リリーが携えている拳銃も、二雄へ打ち出し非実体の弾丸も、全てはウリエルの提供である。ある程度作戦を立てた後、二雄との戦いに備えて……後は、マジックへの餞別としてリリーへ持たせたのだった。

 エリが開発した物を、リリーが扱う。

 それがかつての関係性だった。

 だからかもしれない。ウリエルは最後に、エリとしての言葉をリリーに囁きかけて、それで本当にリリーとの関係性を終わらせたのである。

 リリーが、現在愛する者と幸せに生きていけるように。


「そっか…………性格は悪くて本当にイラつくし、今も許していないが、うん、あいつは有能だからな」

「ええ、彼女は有能でした。けれど、今はもういませんもう、彼女は彼になって……いいえ、小さな神様に寄り添う天使になったのですから」


 リリーは無表情を崩して、はかなげに微笑む。

 既に、リリーの仮面は崩れ去っていた。もう、リリーが必要以上に、無理やり、無表情を装うことは無いだろう。

 だから今も、当たり前に笑って、当たり前に微笑むのだ。


「そうか」

「はい、そうです」

「…………リリー。歩くのがしんどいから、肩を貸せ」

「喜んで」


 リリーは寄りかかる賢悟の体を、優しく支える。

 既に術式転送の影響からか、ほとんど体重は存在せず、肉体も段々と霧のように存在が薄れていた。

 あとわずかで、賢悟はサイエンスからマジックへと転移するだろう。

 己の痕跡すら無くなくなった世界から、消え去るだろう。


「賢悟様」

「なんだ?」

「賢悟様には、本当に今まで迷惑をおかけしてきました…………正直、メイド失格ではないかと思っています、私」

「俺は最初からお前がメイドだとは思っていないぞ。メイド服を着た変態美少女だと思っていた」

「そんな、美少女なんて……」

「都合の良い耳だなぁ、おい」


 賢悟は呆れたように息を吐いて、その傍でリリーがくすりと笑った。


「はい。これからもご迷惑をおかけすると思うので、都合の良いことだけ聞いておこうかな、と思いまして」

「ははははは、満身創痍じゃなかったらデコピンしていたところだ」

「そこで殴っていたところだ、と言わない辺りが好感度の上昇が。ああ、幸せ」

「…………はぁ、なんでよりにもよってこいつに助けられたんだか、俺は」


 口をへの字に曲げる賢悟へ、リリーは微笑んで言う。


「これからも、貴方を助けて、支え続けますよ、私は。こうやって、貴方と共にずっと、ずっと歩んで行きたいから」


 それはさながら、月のような微笑だった。

 太陽の光を受けて、それを神秘的な輝きに変える存在。太陽と共に、空へと浮かぶことは難しいけれど、片割れとして共にあり続ける月。

 そうでありたいと、リリーは強い決意を胸に抱く。

 心に刻み込む。

 時が移ろい、世界が変わり果てても、胸に抱いた決意と想いだけは変わらないように、と。


「そうか……」


 賢悟は少し考えた後、リリーからそっぽを向くようにして答えた。


「まぁ、それも悪くないかもな」


 そして、二人はサイエンスから消え去り、マジックへ。

 二人が進むべき未来がある世界へ、共に進んで行った。

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