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第72話 世界を壊す者たち

 草木も眠る丑三つ時。

 街の明かりもほとんど潜められ、街灯やらネオンの光が僅かに闇を押し返している。空は分厚い雲で覆われており、星明りすらまともに差さない。

 暗く、文明の明りが無ければ一寸先も闇に覆われそうな夜であるが、それでも『彼ら』は休まない。世界の異常を正すべく、暗躍を続けていた。


「どうだ、マクガフィン。システムの不具合の正体は解明できたか?」

「いいえ、デウス・エクス・マキナ。干渉者の痕跡ごと、アカシックレコードから荒く消し去られています。少なくとも、あと三日は不明瞭な状況は改善できないでしょうね」


 街灯の下、二人の少年少女たちが佇んでいる。

 片方の少女は、マクガフィン――赤梨千花。

 片方の少年は、デウス・エクス・マキナ――鈴木二雄。

 共に、世界を守るシステムに組み込まれている者たちだった。


「十中八九、イレギュラーを擁する異邦人の仕業でしょう。己を有利にするために、アカシックレコードにすら干渉して見せるとは、侮っていたようです」

「…………侮っていたのは、俺も同じだ。手を抜いていたつもりは無いが、俺の攻撃から逃れたのは事実だからな」

「なるほど。では、お互い様ということで」

「そうだな。数少ない同僚を攻めても仕方あるまい」


 千花と二雄は互いに顔を見合わせて、苦笑する。

 傍から見ていれば、その様子は思春期真っ盛りの学生二人にしか見えないだろうが、二人とも、有史以前から世界のために働いてきた守護者である。

 根底に、システムに選ばれた個人としての人格があったとしても、それは変わらない。


「今回のイレギュラーは厄介すぎる。生まれながらにして、世界を改変する理の所持。さらには、人の胎を介さぬ誕生……最悪、我が神の存在に手が届くかもしれないからな」

「それを擁している異邦人が邪悪であるなら、何としても抹殺しなければいけませんね。例え、その容姿も、中身も、幼い少女だったとしても」

「マクガフィン。あまり『赤梨千花』の人格に引きずられるな。システムが一個人としての道徳を優先したとしても、全体の利益には繋がらないだろう」

「おっしゃる通りですね。けれど、不特定多数の端末を持つ私の特性としては、核たる者の人格に影響されるのは仕方ないことです。ですが、それを仕事の妨げにするつもりはありません」

「なら、いいがな…………それで、見つかったか?」


 二雄の問いに、千花は頷いて答えた。


「はい、捜査網に引っかかりました。ここから約三キロ先の地点で、イレギュラーと共にこちらへ向かっています。恐らく、何らかの策を持って決戦とするつもりでしょう」

「ふん、そうか」


 二雄は軽く鼻を鳴らして、敵対者の浅はかさを嗤う。


「ならば、見せてもらうとしよう。我らに対して、一体どんな策で挑むつもりなのかを」


 なぜならば、二雄は前回の戦いで確信していた。

 次に戦えば、確実に勝利できると。

 例えイレギュラーであるイヴの妨害があったとしても、熟練した戦闘技術を持つ己であれば、対処可能。むしろ、同じ方法で逃れようとするならば、その隙を持って容赦なく排除できると。

 そして、それは間違いない。

 術師であるウリエルと、戦闘に特化した二雄では、どうしても二雄が圧倒的に有利なのだから。まともに相対すれば、当然の如く破れるのが定めである。


「――――こんな策だとさ」


 であるならば、ウリエルもまた当然の如くそれに配慮した策を使用するだろう。

 骨を断って肉を切る奇策を使った、一人の馬鹿を利用して。


「貴様ぁ――」

「おせぇよ!」


 気配を断ち、なおかつ世界との関係性を断っていた賢悟は、システム側の存在に対して絶大なる隠密性を有していた。

 そんな賢悟がいきなり二人の間に割るように殴りこんだのだ、奇襲として成立しないわけがない。


「ひはははは! ちょーっと、俺と喧嘩しようぜ! お兄さんよぉ!!」

「ぐが……まず、マクガフィンっ!!」


 二雄へ振るわれた賢悟の拳は防がれた。

 完全なる奇襲だったが、二雄の戦闘技術はそれに対応して見せたのである。けれど、完全には防げてはいない。その威力を、完全に殺すことが出来ず、なおかつ賢悟が体ごとタックルするように拳を振るってきたのだ。掌で受けたとしても、後方に飛んで衝撃を殺さなければ腕が破壊される。

 だから、とっさに衝撃を殺すために動いて、そこで気づいた。


「逃げろ! お前が標的だ!」


 既に二雄の忠告は遅すぎる。

 二雄が賢悟と共にマクガフィンから離れた瞬間、遠く、三キロ先からウリエルが広範囲の隔離結界を発動させていたのだから。

 広範囲に起動させた隔離結界は、世界の干渉を僅かな事件の間、防ぐ。

 それはたった数秒に過ぎない。けれど、たった数秒さえあれば、ウリエルには十分すぎる。


「ちっ、どけぇ!」

「おっと、俺を前にしてそれは、都合が良すぎるんじゃねーか?」


 二雄による援護も、今は賢悟が封殺していて、実質不可能。

 賢悟を完全に無視すれば、あるいは行使できるかもしれないが、それだけの隙を見せれば二雄自身が危うい。

 マクガフィンもまた、それを知っていた。

 故に、隔離結界から逃れようともがくことはせず、大人しく状況を受け入れている。


「よろしい、異邦人よ。私との相対が目的ならば、こちらも望むところです」


 その言葉を最後に、マクガフィンは強制転移を受けた。

 超遠距離からの強制転移はマジックにおいても至難であるが、それを為すからこその天才だ。それでこその、ウリエルだ。滞りなく、決闘のために用意した空間へとマクガフィンを引きずり込んでいる事だろう。


「…………それで、貴様が俺の相手か?」

「おうともさ」


 この場に残された二人は、互いに戦意を視線に乗せてぶつけ合う。

 特に、何らかの策によって分離された二雄としては、いち早く千花と合流したい所だった。


「女一人で、この俺を倒せるとでも?」

「女じゃねーよ、男だ」

「どこが?」

「魂が」

「はぁ? だから、どこがだ」

「えっ?」


 苛立ちの混じった純粋な疑問に、賢悟の背筋から嫌な汗が流れる。


「…………」


 そして、しばしの沈黙の後に、生まれた迷いを振り切るように叫んだ。


「う、うるせぇ! ち○こがあるぐらいで偉そうに言ってんじゃねぇよぉおおおおおおっ!!」

「なにこいつ、意味わからん!」


 一撃終幕の拳を持つ賢悟と、ご都合主義の怪物である二雄。

 両者の対決は、どうにもいまいち締まらないような始まり方であった。



●●●



「ひははははぁ! どうしたどうしたぁ!? それでも、テメェは世界の守護者様かよ!? ああん!?」

「ちぃ、チンピラ風情が!」


 戦況は賢悟が優勢だった。

 街灯だけが頼りな闇の中を、賢悟は恐るべき直感を用いて的確に動き回る。いや、それだけでは無く、パルクールのような立体的軌道を用いて、二雄へ縦横無尽に拳を叩き込んでいるほどだ。そのスペックを、最大限に発揮していると言えよう。


「…………白兵特化型を――」

「させねぇよ!」


 対して、二雄は己のスペックを活かしきれていない。

 なぜならば、二雄のような存在にとって、賢悟はまさしく天敵に等しい能力を有していたのだから


「ぐっ……厄介な」


 顔を顰めて、二雄は己の不利を悟る。

 賢悟と戦い始めて数分が経っていたが、二雄は未だに、己の不利を克服できていない。

 二雄が所有するデウス・エクス・マキナとしての権能は、アカシックレコードから、あらゆる才能、技術、特性を自在に引き出すことだ。

 それは本来、敵対者がどれだけ強力強大だとしても、世界からのバックアップを受けている限り負けることは無い、反則能力だ。亊戦闘に限っては、管理者以上に権能を上手く活用し、敵を排除することが可能なシステム。

 それが、ご都合主義の怪物であるデウス・エクス・マキナだ。


「おらぁ! それでも戦っているつもりかよ!? 気合い入れろやぁ!!」

「ぐ、が」


 賢悟の拳が二雄の腹部を撃ち抜く。

 膨大な魔力で強化された、世界自身にも等しい防御力を持つ二雄の肉体。けれど、賢悟の拳はそれを安々と貫いて衝撃を伝える。


「そう……か。貴様も、イレギュラー……異能者か」

「ご名答。ま、お前らの本命よりは、融通が利かないがね」


 条理に沿わず、世界の法則を改ざんする異能。

 賢悟の拳は、世界のバックアップに大きく依存して戦う者にとっては天敵に等しい。加えて、イヴのように法則を作り替えるのではなく、『終わらせる』ことに特化しているので、異能の行使は高速だ。そのため、拳が振るう一瞬に二雄が干渉し、その異能を相殺するという芸当も出来ない。

 まさしく、権能を扱う者にとって賢悟は死神の様だろう。


「時間凍結能力を――」


 拳が振りぬかれると同時に、きぃん、という硬質的な破壊音が夜に響く。


「だから、おせぇよ」


 二雄がどんな能力を引き出そうとしても、その瞬間、世界と『繋がっている』経路を賢悟の拳が破壊する。終焉させる。


「ほら――もう一発だ!」


 さらに、異能を行使する賢悟の拳は、貫通力に優れている。

 あらゆる防御過程を終わらせて、貫き、確実に拳の衝撃を相手に伝える。拳を打ちこまれてしまったのなら、その結果から逃れることはできない。

 例え、神様相手だとしても。


「おらおらおらぁ! ほら! 男だったら、殴り返してみろやぁ!」


 猛々しい笑みを張りつけて、果敢に拳を振るい続ける賢悟。

 されど、絶対的に賢悟がこの戦いにおいて有利というわけでは無い。なぜならば、賢悟の背筋には、疲労とは別に流れる汗があるのだから。それも、少なくない量だ。

 賢悟がサイエンスに対して行使した、関係性を終わらせる一撃。

 その余波によって、賢悟は一時的に存在消滅の危機に陥っていた。完全自業自得に。


 賢悟は、ウリエルの術によって存在崩壊を食い止め、リリーと触れ合うことによって存在情報を取り込んだ。その二つの要因によって、賢悟は、死にかけの状態で辛うじて留まっていたに過ぎない。完全に回復はしていないのだ。

 故に、世界の理に干渉する異能を使い続ければ、当然、賢悟は死に傾く。

 拳を振るった分だけ、賢悟は死んでいくのだ。


「貴様、いい加減に――」

「すると思うかぁ!? ああん!?」


 だが、賢悟は拳を振るうことを躊躇わない。

 死に近づくとしても、拳の勢いは緩めない。それは、決して己の命を軽んじているからでは無く、そうしなければまともに二雄と戦うこともできない、と理解しているからだ。

 二雄の万能性は、ウリエルから伝え聞くに限り、最古の魔王であるマオにも劣っていない。いや、世界のバックアップを全面に受けるとすれば、それ以上に恐ろしい力を振るうかもしれないのだ。

 だから、賢悟は振るう拳を躊躇わない。

 己の身が削れようとも、確実に仕留める覚悟を持って戦い続ける。


「…………そうか、わかった」


 ぽつりと、戦いの中で、二雄が悟ったように呟く。

 すると、今まで防がれることに無かった賢悟の拳が、二雄の手のひらの中に納まっていた。その結果、二雄の片腕が衝撃で痺れて使い物にならなくなったが、問題はそこではない。

 二雄が賢悟の拳を、覚悟を己の故障を対価としてでも受け止めた、ということだ。


「謝罪しよう、名前も知らぬ異能者よ。俺は、どうやらそのつもりも無く貴様を侮っていたらしい」


 淡々と、けれど確かな覚悟を持って二雄の言葉は紡がれている。


「貴様を『排除』しようと、驕っていたよ。だが、今からは違う。ようやく理解できた。今から俺は、貴様と――」

 痺れているはずの二雄の手は、賢悟の拳を離さない。


 魔力強化も薄れた腕が、恐るべき意思の力で賢悟の拳を掴んでいるのだ。


「全身全霊で、『戦う』としよう」


 二雄は顔に薄い笑みを浮かべて、もう片方の腕で拳を握った。

 もちろん、それは拳を賢悟への横っ面に叩き込むために。


「がぁ!?」


 振るわれた二雄の拳は、賢悟の顔面に叩き込まれた。先ほどまでは、悠々と二雄の行動を制していたはずの賢悟の直感が、鈍くなっているからだ。

 その原因は明白である。

 二雄が、己自身の手で世界との経路を断ち、己の身だけで拳を振るったからだ。それも、ろくな肉体強化さえも施さずに。


「どうやら、貴様と戦うにはこちらの方が都合良いようだ。マクガフィンには悪いが、俺は貴様を仕留めることに集中しよう」

「…………ははっ、やっと調子がでてきたかよ、おい?」

「ふん、当たり前だ」


 賢悟がお返しとばかりに拳を振るうが、二雄はそのフォームを見切っていた。拳を振るう動きを見切り、その流れを掴み、誘導する。さながら合気の達人の技の如く、二雄は賢悟の体を片手で投げ飛ばした。


「ちぃっ!」


 投げ飛ばされながら体勢を整え、賢悟は受け身を取る。着地によるダメージは無い。されど、追撃とばかりに踏みつけを行う二雄の攻撃は、後手に回らざるを得ない。


「貴様に教えてやろう。俺が、この世界の守護者であることを」

「はっ、そりゃ恐悦至極だぜぇ!」


 二人は互いに拳を打ち合う。

 両者とも、碌に肉体強化を行わない、ただの白兵戦。殴り合い。殺し合いにもならない喧嘩の延長戦。

 されど、二雄はそれが賢悟を倒す最善だと理解して。

 そして、賢悟は『時間稼ぎ』という本来の目的を忘れながら、それを果たして。

 二人の戦いは、世界の行く末が決まるまで、続くことになる。

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