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第71話 ボロボロの作戦会議

 ウリエルがイヴと出会ったのは、とある寂れた孤児院で。

 少しでも己を苛む罪悪感を消すため、その時にウリエルはあらゆる慈善を行っていた。それこそ、その名の通り、天使の如く。ただ資金を提供するだけでは無く、恵まれない者たちが生きていく術を持てるように、その頭脳を尽くしていた。

 その孤児院への寄付も、慈善活動の一環だった。


「貴方のような方だったら、あの子も心を開くかもしれません。どうか、会ってくれませんか?」


 当時の孤児院の院長から、そんな風にウリエルはとある少女を紹介された。

 その少女は、艶やかな黒髪と、蒼穹を閉じ込めたような碧眼の少女だった。機械人形のように無機質で、あらゆる感情の動きが察せられない……当時のイヴは、そんな少女だった。

 曰く、気付いたらそこに居た。

 曰く、どれだけ探しても両親が見つからない。

 曰く――――その少女の周囲では、不可解な出来事が多発している。

 眉唾物のうわさに過ぎない、最初、ウリエルはそう判断していた。仮に不可解な現象が起きていたとしても、それはサイエンスに残った『魔法の残滓』でも扱っているのだろうと。


 だが、事実は違っていた。

 そのことをウリエルが知ったのは、マクガフィンが率いる黒子にイヴが追われている姿を見てから。

 次々と襲い掛かる黒子たちを、イヴは『千切って』倒す。三次元の空間を二次元まで瞬間的に貶めて、破き捨てる。さながら、子供が絵本を破いて遊ぶかのように。だがそれは、マジックにおける最高峰の魔術師でも、辿り浮かない空間操作の極致。超越者に並ぶ、御業の如き姿を見て、ウリエルは理解したのだった。

 イヴは正真正銘の異能者にして、世界の敵。

 既存する全ての世界とっての異物。

 存在しているだけで、世界の法則を乱す、受け入れられないイレギュラー。

 イヴは、幼くして己以外の全て敵に回さなければならない宿命を持っていた。

 だからなのかもしれない、不意にウリエルは思ってしまったのだ。

 世界全てが敵ならば、己一人ぐらいが味方になってみても、いいだろう、と。

 片割れである『彼』のように、どうにもならないことに歯向かってみるのも面白い、と。


 邪悪な好奇心からでも、罪悪感からでもなく、素直な興味からイヴの守護者になると決めたのだった。



●●●



「第一回、世界のシステムをぶっ壊そうぜ! 作戦会議ぃー」

「いえー」

「と言っても、私と君の二人しか居ないのだがね。会議メンバー」

「他の二人には別室で暇つぶしのゲームやらせているぜ。なんて言ったって、うちのメイドはお前を前にするとテンション下がるからな、使えない。おい、どうにかしろよ」

「どうにもならないね。一度捨てた女のフォローを昔の主人がやる物じゃないよ。それに、今は君一筋だろうしな」

「どうだかねぇ? ま、それは置いといて、とりあえず互いのコンディションを確認しておこうぜ、今後の作戦のために」

「ふむ、それもそうだね。では、私から…………準備していた呪符の八割は使い切って、奥の手は残しているが、全体的に装備が心もとない。肉体は無駄に丈夫だから問題ないが」

「流石は俺の体だな」

「それには感謝しているとも。それで、君のコンディションは?」

「ぶっちゃけると、死にかけ一歩手前」

「駄目じゃないか」


 賢悟とウリエルの二人は、とあるビジネスホテルの一室で作戦会議を行っていた。

 ウリエルの特殊な術によって、システム側からの発見を誤魔化しており、とりあえずの潜伏場所としての問題は少ない。元々長く潜伏するつもりも無く、直ぐに使い捨てることが可能は拠点として、ビジネスホテルは優秀だった。


 ただ、少ない欠点としてはあまりにも一室が簡素過ぎて、イヴが暇を持て余し過ぎてふて腐れてしまったことだろうか。もっとも、それはリリーがイヴの相手をすることによって、カバーされているようだ。


「大体、君は軽々と命を賭け過ぎじゃないかね? マジックでの活躍は見ていたけど、何度君が死ぬかと思ったか」

「うるせぇ、死んでないからノープロブレムだ」

「問題あり過ぎだよ。半年間に何回死にかけているのだよ? 折角の美少女の体なのだから、大切に扱ってくれたまえよ」

「はっはっは、それをお前が言うかよ、殴るぞ」

「殴ってから言うのはやめて欲しいな、まったく」


 二人はペットボトルのミネラルウォーターを煽りながら、軽妙に言葉を交わす。決して親しい中ではないが、限りなく互いを知り合った者同士だ。自然と会話も弾む。


「それで、君が死にかけた対価として得たのは、システム側に対する完全ステルス。後は、一回限りに絶対奇襲か…………ふむ、賢悟」

「なんだ、ウリエル」

「大変申し訳ないんだが、君にはあと一回、全力で戦ってほしいのだが、よろしいだろうか?」

「おう、任せろ」


 賢悟の即答に、ウリエルは額に皺を作った。


「君ね、もうちょっと自分の体を考えて答えるべきじゃないか?」

「だったら最初から頼むんじゃねーよ」

「それはそれ、これはこれなのだよ」


 はぁ、と呆れたようにため息を吐いてから、ウリエルは賢悟に説明を始める。


「いいかい? 君自身、理解しているとは思えないから言っておくけれど、君の拳は規格外だ。しかし、その規格外にも要因が存在する。君が終幕概念を帯びた拳を放てる要因。それはだね、君の魂に『終わりの因子』が存在しているからなんだよ」

「はーん? なんじゃ、そりゃ。お前の記憶にも無い単語だが」

「それもそうさ。君の活躍を閲覧し、イヴの存在を知って、やっと知り得た情報なのだからね」


 一度、ミネラルウォーターで喉を潤わせて、ウリエルの言葉は続く。


「君が内包しているのは、恐らく、世界全てに存在する『終わり』という概念。始まりが在る物は全て終わりを保有しているが、君の場合は自身だけでなく、あらゆる世界存在の『終わり』が内包されている。絶対なる終焉にして、終幕。何物も抗えないエンドマーク。その因子を、君は扱うことができるのだよ」

「もっと簡単に言え」

「君のパンチは凄いパンチ。なんでもブッ飛ばせるぞ」

「よし、分かった」


 賢悟は納得したように頷く。

 エリの頭脳が在る故に、実は説明の内容は大体理解できているのだが、やはり要点を掴むのは大切だな、と思っている。要するに、俺のパンチは凄い、ってことだな、と。


「やれ、適当な……まぁ、それはともかくとして、ここからが大切だから、よく聞きたまえよ?」

「あいよ。大体、言いたいことは分かっているが、聞くだけは聞くぜ」

「…………君の一撃終幕。規格外の拳。それを振るえば振るうほど、君の『終わりの因子』は活性化する。ある程度、間が空いていれば問題は無いのだが……けれど、君はあまりにも多くの拳を振るい過ぎた。異能を使い過ぎた」

「…………」


 否定せず、沈黙する賢悟へ、ウリエルは鋭く告げる。

 手遅れになってしまう前に、深々と釘を打ちこむために。


「このまま君が一撃終幕を使い続ければ、いずれ君は『全てを終わらせる者』になるだろう。そして、イヴ以上の世界の敵になって……最悪、君自身が大切な者を終わらせてしまうかもしれない」


 それは、賢悟自身の理解していた当然の代償である。

 作用反作用。

 強すぎる力は、その反動が自身へと返ってきてしまう。どれだけ都合の良い異能を持っていようとも、現実は、ノーリスクで何もかもがご都合主義で解決されない。

 反則技があったとしても、その代償は必ず支払わなければならないのだ。


「は、『全てを終わらせる者』とは、随分大仰な者だな」

「笑い事でも、冗談でもないとも。君は最悪、この階位に存在する世界全ての『終点』となってもおかしくないのだから。その力はほどほどにしておかないと、やがて他の世界……あるいは、上位世界から抹殺されるかもしれないぞ」

「そうか……ん、わーったよ」


 ぽりぽりと頭を掻くと、観念したように賢悟は息を吐く。


「俺だって進んで死にたいわけじゃねぇ。守るべき約束もあるし、一生養わないといけない妹も居るんだ」

「そういえば、君はナチュラルに家族を増やしていたよね? なんなのかな? フラグ建設なのかな?」

「茶化すな。そして、この体でフラグ云々などある物かよ……ええい、ともかくだ。お前に言われるのは複雑だが、忠告は忘れずに覚えておく。ま、ムカつく原初神でもぶっ殺したら、こんな反則技はしばらく封印するだろうさ」


 喧嘩をする時、こんなずるをしてもつまらねーし、とぼそりと賢悟は言葉を付け足す。どうやら、何度も死線を潜り抜けたというのに、喧嘩屋の気質は抜けないようだった。


「そうしてくれるとありがたいね。無事に管理者の座を奪った後に、君が原因で滅ぶなんて、私は御免だからね」

「俺だって御免だってーの。せっかく友達が出来たんだ。この件が終わったら、嫌と言うほど青春を楽しんでやるぜ」

「君の青春が血みどろに彩られない事を祈るよ……さて、話を戻そうか」


 ごくごくとミネラルウォーターを飲み干すと、ウリエルは要件を切り出す。


「私の最終目的は、サイエンスにおける管理者の打倒。そして、成り変わりだ。そのために、君は厄介なデウス・エクス・マキナを片付けて欲しい。無力化、打倒させなくとも、三十分ほど引き付けてくれれば、それでいい」

「その間に、お前がマクガフィンと管理者を倒すのか? いくら何でも時間的に厳しいと思うんだが」

「それに関しては心配ない」


 ウリエルは説明する。

 イヴの術式を応用した探査術式により、既に管理者の居場所は掴んでいるのだと。そして、そこは時間の流れから隔絶された、サイエンス世界の中心空間。

 アカシックレコードにおいて、ウリエルは神殺しを為そうとしている、と。


「マクガフィンに関しては、既に情報解析は済ませている。割と長い付き合いだからね、そろそろ対抗策も仕上げているところさ。管理者に対する切り札も準備がある。ただ、あの機械仕掛けの守護者だけは厄介でね。それを君に任せたいのだよ」

「それに関しては別に構わないが、肝心の報酬についてはどうなる?」

「もちろん、ぬかりは無いとも」


 不敵に笑うと、ウリエルは手の中に呪符を二枚、出現させて見せる。さながら、手品師の如き手際の良さであるが、この場合、ウリエルは本物の魔術師なので、それも当然だ。当然の出来事を、いかにももっとらしく振舞うあたり、プライドの高さはあまりエリの時と変わってはいないようだった。


「まず、一枚目。門のマークが描かれてある呪符だね。これは、私がアカシックレコードに突入すると同時に、君たちをマジックへ戻す術式が込められている」

「ふむ」

「次に、二枚目。林檎のマークが描かれている呪符。これは、私が用意した対管理者用のとっておきが込められている。君があの忌々しい原初神を討つときに使いたまえ」

「…………うん、嘘は無いな」


 賢悟は観察の結果、ウリエルに虚偽が無いと判断する。

 互いの事はある意味、自分以上に理解しあえている関係であるため、もはやどれだけの技巧を凝らそうとも、賢悟とウリエルの間では嘘は無意味なのだが、念のための行動だった。なぜならば、信頼とはまず、相手を疑うことから始まるのだから。


「はっはっは、当たり前だとも。ここで嘘を吐いても、私には一切のメリットが無い」

「エリの時だったら、単に他者の破滅が見たいという理由でやったかもしれんからな」

「残念ながら、今それをやると、罪悪感という刃が突き刺さるからね、ぶっすりと」


 苦々しく顔を歪めて、ウリエルは舌を出す。さながら、口の中で苦虫でも噛み砕いてしまったかのように。

 どうやら、今だに過去の罪悪感はウリエルの心に少なくない傷を残しているらしい。

 そんなウリエルのリアクションに、賢悟は目を丸める。


「なんだ、お前は本当に改心したのかよ」

「改心ってほどじゃないよ。君の肉体と記憶の所為で、強制的に真っ当な価値観とやらを植え付けられただけさ。おかげで私がどれだけ、罪悪感を減らすために身を費やしたか……今ではリアルに天使呼ばわりされるほどだよ!」

「自業自得の上に、良いことじゃねーか」

「はーん、他者から良い奴に見られるほど面白くない事はないね」


 肉体が変わっても、心が変容したとしても、そのひねくれ加減は変わらないウリエルだった。


「お前は本当に、そういう奴だよな」

「それを言うのなら、君って奴は本当に仕方ない奴だよ」


 賢悟とウリエルは互いに言葉を交わす。

 肉体と、魂が交差し、交わるように。


「もう少し真っすぐ生きろよ」

「君こそ、少しぐらい曲がってもいいんじゃないかな?」

「俺はこういう生き方しかできねーよ、今のところ」

「だから、度々死にかけるんだ」

「生き延びているし、これからも生き抜くからいいんだよ。つーか、お前こそ死ぬなよ? お前が死ぬと、あのガキもセットで死ぬだろうが」

「言われなくても、ね。イヴは魂を賭けても助けるさ。それが今の私の信念という奴だからね。というか、君こそもうちょっと己の身を大切にしなよ」

「知らん。つーか、無理しなきゃ死ぬんだよ、マジで。そういうのは、俺の喧嘩を売ってくる奴らに言ってくれ」

「君、それを心配してくれる彼女たちの前でも言えるかね?」

「お前、それはずるいだろうが」


 二人の言葉は延々と交わされていく。

 互いに間にある感情は、決して親しい物では無い。罪悪感や、恨み、怒り、決して明るくない感情が織り交ぜられている。

 けれど、その中にも確かに、尊敬や、信頼も混じっていた。


「では、互いの勝利を祈って頑張ろうか。そろそろ、別室のイヴを構ってやらないと、拗ねる頃だろうし」

「そうだな。リリーの奴も、あんまり長く話し込んでいるといらん心配をする」

「…………ははっ」

「…………ふんっ」


 二人は互いに顔を見合わせる。

 ウリエルは愉快そうに笑い、賢悟は憮然と鼻を鳴らす。対照的で、けれどどこか似ている二人は、どちらからでもなく拳を突き合せた。


「精々、あちらの世界で青春をエンジョイするといいさ、賢悟」

「テメェの信念なんざ知ったことじゃねーが、ガキの一人ぐらいは守ってみせろよ、ウリエル」


 これにて、二人の邂逅は終わる。

 後は別れて、互いに神殺しを目指して歩むのみ。

 振り返る必要も、意味も無く……故に、二人の邂逅はこれが最後になった。

 ――――少なくとも、互いが人間である内は、もう出会うことも無いだろう。

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