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第66話 神様について

「とりあえず、精神的に脆そうなリリーはここで退場。下に戻って、お茶でも飲んでなさい。いいね?」

「……えっ」


 ウリエルは賢悟に微笑んだかと思うと、途端に真顔になってリリーへ忠告する。そのいきなりの豹変ぶりに、リリーは混乱を深めるしかないようだ。


「え? え……」

「おい、リリー。わけわかんねぇと思うかもしれないが、ここは一つ、あいつの言うことを聞いておけ。何か、嫌な予感が――」

「あの方が、私の心配をなさるなんて……」

「そっちかよ! さっさと出てけよ、ボケェ!」

「にょ!?」


 呆然とするリリーを無理やり部屋の外へと押し出す賢悟。

 リリーは本来、賢悟と離れるのを極端に嫌うのだが、今回ばかりは茫然自失しており、すんなりと部屋の外へと押し出される。恐らく、直ぐにウリエルの部下がやってきて、呆然とするリリーを回収して、お茶なり、何かに誘うだろう。


「ははは、我が憐れなる従者も、随分と表情豊かになったじゃないか」


 そんな二人のやり取りを眺めて、ウリエルは愉快そうに笑っていた。


「どこがだ? あれ、無表情だろうが……いや、感情豊かって言うなら分かるけどな?」

「無表情クールを気取っている癖に、激情家だからね、彼女は」

「…………随分と、捨てた奴のことを嬉しそうに語るんだな」

「ま、あの時の私と、今の私は大分違うからね。多少なりとも、後悔や心配していたのさ」


 さらりと語ったウリエルの言葉に、賢悟は眉を顰める。

 エリ・アルレシアは真正の邪悪だ。

 自分以外の他者は総じて、己の玩具か、価値の無いゴミクズ。

 ただ、己の欲望と、飢狼の如き自尊心を満たすために存在する、生きる邪悪。それが、邪神とさえあだ名された少女であるはずだ。

 少なくとも、賢悟が知る限り――エリ・アルレシアの肉体から読み取れた記憶では、そう判断するしかない。


「何を企んでいる?」

「企んでいるのは本当だけど、心変わりしたのも、本当さ……何せほら、君が私の記憶を閲覧できるように、私も君の記憶を閲覧できるわけで」

「…………? 意味が分からん。貴様を感動させるような人生経験はしていないつもりだが?」

「はははは……さて、自覚が無いのは困ったなぁ。君の一途さに、私の邪悪は砕かれたのに」


 くくく、と含み笑うウリエルだが、そこに邪悪な影は差していなかった。変わらず、何かを含んでいそうな面相であるが、それでも、『邪悪では無い』と、賢悟が確信を持てるほどに。


「ふん、意味が分からんが、本当のようだな。肉体の入れ替わりによる精神の変容って奴か」

「そういうこと。ただ、私としては君が私の記憶に引きずられない……というか、全然意にも介さないのは驚きだったんだけど?」

「他人は他人で、俺は俺だからな」


 賢悟の言葉に、ウリエルは目を丸めて驚いた後、神妙に頷いて見せる。


「ふうむ、簡単そうで意外と真理なことだね、それは。それをあっさりと言い切れるからこそ、我が憐れなる従者――リリーも、君の事を好いているのだろう」

「いい迷惑だがな」

「でも、あれだけの美少女に好かれるのはまんざらではないだろう? まだ、君に男心が残っているのなら」

「……ちっ」


 何を反論しても言いくるめられそうなので、賢悟は苦々しい表情で沈黙する。そして、鋭い眼光を向けて、ウリエルに本題を促した。


「ははは、わかったよ、では本題だ。賢悟、君は神様という存在について、どう思う?」

「ああ? いつかは一発ぶん殴りたいムカつく奴」

「君らしい。では、どうしてぶん殴りたいのかな? いや、いい、言わなくても分かるさ。君の事だから、『神様なんざ、上から目線でこっちを見下すクソ野郎だろ?』という風に思っているのだろう?」

「あっているが、貴様に分かったように言われるのは、非常に苛立つな」

「そういう反応だろうということも、知っているとも」


 にやりと不敵な笑みを浮かべて、ウリエルは言葉を続ける。


「君の想像は概ね間違っていない。大体、神という存在は上から目線のムカつく奴だ」

「ただし、唯一神チックな全知全能の万能存在ってわけでもない……ってとこか?」

「その通り。奴らの存在を分かり易く例えるのであれば、『管理者』……あるいは、世界という一つの舞台の脚本家。ゲームの進行を担当するゲームマスターかな」

「…………なるほど、な」


 ウリエルの説明に、賢悟は原初神の態度を思い出す。

 創作者側の視点。

 まるで、ゲーム内で動くNPCに対するような語り口調。

 世界全てを、己が扱うべき『材料』としか思っていない傲慢な目線。

 確かに、ウリエルの言葉は賢悟が納得できるものだった。


「納得したかい? 納得したなら、わかるだろう? あいつらみたいな存在を知ってしまったのなら、この『階位』の世界についても……きっと、分かるだろう?」


 いつの間にか、ウリエルの表情からは笑みが消え去り、瞳には剣呑な光が宿る。


「そういう存在が居るということは、この『階位』の世界は、そういう世界だってことだ。上位世界にとっての、管理対象。流石に、ゲームの中の世界、なんてことはないだろうが、それでも……」


 真顔のまま、ウリエルは賢悟へと訊ねた。

 固く、右拳を握りしめて。


「私たちの命はきっと、見知らぬ何者かの掌の上なんだろうさ」


 それがどうにも気に食わない、とウリエルは拳を机に叩き付けた。すると、机は蜘蛛の巣状のヒビが入り、瞬く間に崩壊する。


「君なら、分かるだろう? この気持ち」

「まぁ、わからんでもないな」

「そう言うと思った。だから、私は君に協力を申し出たのだよ」


 ウリエルの表情が緩み、微笑みを浮かべる。

 賢悟はふと、そんなウリエルの――かつての己の顔を眺めて、不思議に思う。半年前までは、慣れ親しんだはずの顔だと言うのに、何故か今は、とても遠く感じてしまうことを。それこそ、その微笑みを初めて見たと錯覚するほどに。


「君以外の存在なら、例えば、リリーとかならこの世界の真実を知ったのなら、下手に考え込んで自滅しそうでね。できることなら、口外はしないで欲しい……ってん? どうしたんだい? そんな神妙な顔して? というか、そんな顔も出来たのか、私は」

「ははっ、そうだな……うん。なんでもねぇよ」


 気負うことなく、賢悟は自然と苦笑を零した。

 本来、怒りに任せて殺してもおかしくない相手だというのに、奇妙な同一感を覚えているようだ。それも無理はない。

 二つの魂と、二つの肉体。

 それらが交差することによって、現在の賢悟とウリエルが存在しているのだ。記憶を共有し、相手のほとんどを知り、なおかつかつての肉体を持つ相手。シンクロシテニィなどがあっても不思議では無い。


「んで、とりあえずお前、勝算はあるのかよ? 言っておくが、実際に対峙した俺の経験からすると、まじやべぇぞ。戦闘力ともかく、『なんでもやってきそう』な恐怖があった」

「原初神は本来、マジックの管理者だからね。世界の構成をある程度弄ることも可能だったのだろう。そして間違いなく、私が殺そうとしている神――――このサイエンスの管理者も同様だと思うよ」


 肩を竦めて、飄々とウリエルは語る。


「それこそ、力押しならかつて神殺しを成し遂げた七英雄ぐらいの戦力は必要だろうね。頭のおかしい反則じみた英雄、それが七人揃ってやっと、神殺しは成し遂げられる。管理者特権とは、それほどまでに厄介なのだよ」


 世界を改変する特権。

 それを管理者が所有している限り、その世界に生きる者は管理者に抗いが無い。かつて、賢悟が原初神と対峙した時と同じように、世界中に火の雨を降らすことすら可能なのだから。


「ただ、管理者特権に関しては、私に策が在る。断言しよう。短時間……少なくとも、二時間以内であれば、管理者特権を無効にする術が、私にはある」


 そして、と言葉を紡いで、ウリエルは賢悟の目を見据えた。


「その術は、私以外の他者に対しても、受け渡すことが可能だ。例え、世界の理が変わったとしても、効果は変わらず維持される」

「ふん、なるほど。それが二つ目の交渉材料ってことか」


 長々と管理者について話していたのは、賢悟へ管理者の厄介さを教え込むためだったらしい。その上で、厄介な部分――管理者特権への対抗手段があると言われれば、食いつきたくもなってしまうだろう。

 それが、いずれ原初神を殺さなければならない使命を持つ賢悟なら尚更だ。


「推測ってほどでもないが、やはりそのイヴという少女が関係しているのか?」

「関係していた、というのが正確だね。言っておくけど、戦場にか弱い幼女を引っ張り出すほど、鬼畜外道ではないつもりだよ?」

「…………お前の記憶を持つ俺が、それで納得できるとでも?」

「信頼とは積み重ねだからね。これから地道に積み上げていくさ」


 じろりと睨む賢悟の視線を、平然とウリエルは受け止めて見せる。腹に一物あるのは確定的ではあるが、それでも、賢悟が目を凝らしても吐き気を催す邪悪さは見当たらない。


「…………」


 ウリエルの足元には、無言でウリエルに抱き付いているイヴの姿がある。

 賢悟の記憶におけるウリエル――エリ・アルレシアという人格は、他者に触れられるのを拒む偏屈極まりない性質を有していた。だからこそ、リリーはエリから頭を撫でられるという行為に特別な意味を見出していたのである。


 眼前のウリエルは、間違いなくエリ・アルレシアの魂が込められている。偽物では無い。それは、賢悟の魂が疑うことすら許さず、証明している。繋がる、何かを感じている。

 しかし、半年間で人は、生来の邪悪は変わることが出来る物なのだろうか?


「……とりあえず――」


 判断には時間が居る。

 そのため、会談を打ち切ろうと賢悟が言葉を切り出した、その時だった。


「まくがふぃん、きた」


 賢悟の言葉を遮るように、イヴがぼそりと呟いて。

 数瞬後、部屋中の窓ガラスが割れ、硬質的な破砕音が響き渡った。


「そうだね、とりあえず……話は、この無粋な乱入者を片付けてからにしようか」


 割れたガラスから、無数の黒い影が侵入してくる。

 それらは皆一様に黒子のような姿で、己の顔を隠して……ただ、その手には毒々しい赤褐色の刀身のコンバットナイフが握られていた。


『我らが神に仇為す忌子に、天誅を』


 黒子たちは声を揃えて、皆一様に……幼い少女の命を狙う。

 イヴという少女へ、禍々しいナイフの切っ先を向けた。



●●●



 黒子たちはそれぞれ、ナイフを携えて疾走。

 狙うは、イヴの柔らかな肢体。

 けれども、当然の如く、ウリエルは迎撃態勢を整えていた。いつの間にか、その手に、指先に挟まれているのは一枚の札。

 全ては、一息にも満たない間に終わる。


「――一撃終幕」


 何よりも早く放たれた、賢悟の拳によって。

始まった闘争を、何よりも早く終幕させた。


「――は、なんて規格外な」


 黒子たちが倒れ伏す光景に、ウリエルはただ、圧倒されるように笑みを浮かべるしかない。常に無表情だったイヴであったとしても、賢悟の為した出来事に目を瞬かせて驚いている。


「ふん、あっちの魔物よりも弱い雑魚ども相手だ。手こずる方がおかしいってもんだろうが」


 ごきりと右拳を鳴らした後、当たり前のように賢悟は言った。

 確かに、黒子たちの身体能力は魔物と呼ばれる存在より低かったかもしれない。けれど、その分統率されていた。群体で一つの存在であるかのように動こうとしていた。まともに戦ったのであれば、明らかに魔物たちより手こずっただろう。


「おい、ウリエル。なんだ、この気味の悪い連中は。思わずぶっ倒して置いたが。殺してはいないから、尋問でもするかよ?」


 ただ、今の賢悟にとっては、一定レベル以下の弱者など、どれだけ統率されていようが意味を為さなくなっただけだ。どれだけ数が多かろうが、関係ない。少なくとも、上位の魔物の群れでもなければ、賢悟は一瞬にして終わらせてしまうだろう。

 『闘争』という概念自体に、『終幕』の概念を叩き込んで。

 過程も、道理も超えて、拳を振るうだけで勝利を掴み取るだろう。


「……いや、この端末相手に尋問は無意味だよ。とりあえず、拘束しておこう…………影・縛・封・失」


 短く区切った呪文と共に、ウリエルは札を――呪符を放つ。

 それは、倒れ伏す黒子たちの頭上に舞ったかと思うと、黒子たちよりも深い黒色の影を生み出し、覆う。黒子たちを覆って、そのまま部屋の四隅に吸い込まれるように消えていった。


「やはり、お前はこの世界でも魔術を使えるんだな、ウリエル」

「その通り。けれど、ちょっとした裏技と、元々この世界に残っていた魔力の使用方法に乗っ取った魔術を使っただけだけどね。そうでなくては、異世界人の私が、この世界の魔術を使うことはできない」

「魂と世界が合わなければ、魔術は使えない……だよな?」

「ご名答」


 魔力を都合したとしても、賢悟がマジックにおいて魔術を使えない理由だ。

 ならば、当然の如く、ウリエルもサイエンスの魔術は使えないはずなのだが、先ほどの超常は明らかに科学の仕業では無い。


「それに、先ほどそいつは『マクガフィン』と言ったよな?」

「…………」


 賢悟の視線に、けれどイヴは答えない。

 故に、代替としてウリエルが言葉を紡いで答える。


「君の知っている悪夢存在ではないよ。このサイエンスにおける世界のシステム。世界にとって害悪となる物を排除する迎撃システムだ」

「……おい、そのシステムがそいつを狙っているなら、つまり」


 ご名答、と笑って見せて、ウリエルは告げる。


「この子こそ、まさしくその名の通り、世界の敵。世界を破壊する『破界者』なのだよ」


 いつの間にか、イヴの視線は賢悟に向けられている。無表情なれど、その視線には僅かな興味が乗せられていた。


「そして、世界の条理に囚われない異能を持つ者。つまり――君の同類だ、賢悟」


 条理に囚われない、終幕の一撃の持ち主。

 条理に囚われない、破界の術の持ち主。

 本来、世界に生まれ得ないはずのイレギュラーにして異能者同士が、邂逅する。

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