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第62話 決着と再誕

 見事、『僧侶』を殴り倒して勝ち誇っていた賢悟だが、その間に、『僧侶』は高速移動能力を持つ魔剣を使って逃げてしまった。どうやら、今の賢悟の拳でも、最古の魔王たる『僧侶』を完全に倒すには足りなかったらしい。


「…………まぁ、あれだ。うん、止めを刺そうと思ったら明らかに時間切れになるだろうし」


 異影牙も殺しきれないと言っていたので、賢悟は素直に頷いてその場から離れる。

 背中には、まだ意識の戻らないリリーを背負い、壊れかけの光の殻へ向かう。

 その途中、立ったまま息絶えた異影牙の亡骸に、一言。


「勝ってきたからな」


 それだけを告げて、再び賢悟は歩き出した。

 今すぐにでも、その遺体を人狼族の里へ届けてやりたい気持ちはあったが、それが出来るだけの時間の余裕が無いことも、賢悟は気づいていた。

 だからこそ、賢悟は真っすぐにマクガフィンの元へ急いでいたのだが、ふと、その足が止まる。そして、瓦礫だらけのあたりを見回して言う。


「出て来いよ。決着を付けに来たんだろ?」

「…………やれ、ばれていましたか」


 すると、瓦礫の影からボロボロに傷ついた『剣士』が姿を現した。

 その和装は所々破けており、決して少なくない範囲を血によって赤く染められている。加えて、それを纏う『剣士』の足取りも、どこかおぼつかない。


「この通り、満身創痍で死にかけの状態なら、完全に気配を消せたと思っていたのですがね。どうしてわかったのです?」

「勘。つか、かまかけ。なんか、お前が出て来そうな気がしたから一応」


 賢悟の呆気からんとした言葉に、『剣士』は弱々しく苦笑する。


「はは、これだから貴方たち英雄は……まったく」

「いやはや、ぶっちゃけ言ってみるだけ、言ってみただけだからな。これで無視されていたら、気のせいだと思ったぜ?」

「その場合でもきっと、奇襲したら防がれていたでしょうよ」

「そもそも奇襲する気が無かったっぽいだろ、お前」

「うん、ご名答」


 二人の会話内容は、物騒ではあるが、口調はとても穏やかだ。

 お互い、死合うにしても一瞬で決着が付くことを理解しているからだろう。加えて、決着の方法は、先ほどの仕切り直しと暗黙の了解で決まっていた。

 それから賢悟は、背負っていたリリーを地面へ降ろして、『剣士』と向かい合う。


「最後に一応訊いておくぜ…………お前、次にあの時に技を使ったら、死ぬだろ?」

「死ぬだろうね」

「死にたくないんじゃなかったのか?」

「はは、そうですね……うん、俺にとってはそれが始まりだし、今も死にたくないさ」


 けれど、言葉を繋いで『剣士』は抜刀の構えと取った。


「だから今、こうしているんだよ。何せ、今の俺から剣の道を取ったら、死人同然ですから」

「はっ、馬鹿野郎だな」

「それはお互い様ということで」


 賢悟と『剣士』は互いに向かい合って、笑みを交わす。

 今度は、殺気すら出さずにその魔剣が放たれた。


「――――抜かずの太刀」


 満身創痍の中、『剣士』は己の刀に命を吸わせて、その絶技を放つ。

 斬るという過程を跳躍し、斬ったという結果のみを押し付ける最速の極み。

 抜刀も納刀すらも必要ない、一つの剣の極致である。

 以前は、リリーが賢悟を庇うように動いたため、賢悟には届かなかったが、今は余計な障害物など存在しない。何も問題無く、『剣士』の剣閃は賢悟の体を切り裂く……はずだった。


「悪いな。一度目ならともかく…………二度目でそれを喰らうほど、間抜けじゃねーよ」


 しかし、賢悟の体に剣閃は刻まれない。

 それどころか、抜刀もしていないはずの『剣士』の刀が鞘ごと砕けている。


「終わりを知るってことは、その始まりも逆算して導き出すこともできる。なら、お前が絶技を放つ一瞬の間を、『始点』を狙い撃てばいい」


 ただ、語る賢悟の右拳からは絶技を越えた対価として、少なくない量の血が流れていた。


「刀身を砕かれれば、過程を省略しても、俺に刃は届かないだろ」

「……はは、なんと……規格外、な」


 己の絶技を越えられた『剣士』は、そのまま力なく地面へ崩れ落ちる。気力も、体力も底を着いて、指先から段々と体が冷たくなっていく。

 薄れゆく意識の中、『剣士』は最後に小さく呟いた。


「あ、あ……しにたく、ない……なぁ…………」


 それっきり、『剣士』は動かなくなる。

 名も無き英雄殺しの剣士。

 彼の死に様を見届けると、賢悟は吐き捨てるように言った。


「誰だって同じだ、それは」


 修羅となった男の死に様は、否応が無しにかつての賢悟の生き方を想起させた。

 何かを間違えれば、約束が、守る物が無ければ、賢悟もまた、『剣士』のような死を迎えたかもしれない。

 されど、今、賢悟の背中には明確に、守るべき者の温もりがある。


「…………さぁて。ぶっちゃけ、時間がかなりやばそうな気がするが……うん、ダッシュで頑張ってみるかぁ」


 賢悟はリリーを背負ったまま、マクガフィンの元へと駆けていく。

 いい加減、そろそろ賢悟も疲労で息が切れてきているが、それでもなお、足を動かすことは止めない。

 守るために、前へと進む。



●●●



「ダウンロード完了。これより――――マスターコードを顕現します」


 結果から言えば、賢悟はその時に間に合わなかった。

 あるいは、『剣士』との決闘さえ回避していたら、辛うじて何とかなっていたかもしれない。しかし、そうはならなかった。

 時間は平等である。

 ご都合主義のように、賢悟が駆け付けるまで待ってはくれない。

 故にこれは、平等に与えられた猶予のおいての決着となる。


「――――あぁあああああああああああああああああっ!!」


 光の中心にあるマクガフィンは、喉が張り裂けんばかりの咆哮をあげた。

 それは、情報の過負荷による苦痛によって。

 それは、新たな存在へと生まれ変わる恐怖によって。

 それは、神に成り変わる歓喜によって。

 マクガフィンの咆哮は、夜の帳を切り裂くように皇都中へと響き、神の降臨を告げる。

 光の殻は、内側からの圧力によって弾けて消えた。

 瞬間、光の柱が空から……上位世界に通じたゲートからマクガフィンへ降り注ぐ。

 夜を晴らすかのような、圧倒的な光量。

 周囲の空間すら捻じ曲げるほどの、膨大な存在情報。

 この時、皇都に居る者は誰しも魂が震えるような錯覚を覚え、畏れを抱いただろう。まだ見ぬ、上位存在の降臨に。


「ふぁーあ……っと。はいはい、呼ばれて飛び出てみましたっと」


 そして、原初の神が現世へ再誕する。


「うっわ、なにこれ、暗いなぁ。夜? んーっと、儀式するなら昼間辺りが効率的だったと思うけど、何? 私の情報量的にイレギュラーな召喚だったわけかね?」


 圧倒的な光は瞬く間に止み、再び夜が皇都を覆う。

 その中でぽつりと、皇都の中心へと降り立った人影が一つ。

 中肉中背の、くたびれた男だった。

 外見年齢は三十代前半ほどだろうか? よれよれのシャツに、色の褪せたスラックス。妙に野暮ったい黒縁の眼鏡。それだけでも疲れた印象を抱かせるのに、身に着ける本人の容姿もだらしない。適当な長さに延ばされたぼさぼさの黒髪に、徹夜明けですと言わんばかりの無精ひげ。顔つきからは覇気が一切感じられず、卑屈そうな薄笑いが張り付いた男だった。

 そのくたびれた男こそ、『マジック』を創造したとされる原初神である。


「えーっと、ログを遡ってと…………あー、はいはい、うん。なるほどね、マクガフィンが私を召喚した、と。あー、そっか。あいつらに嵌め殺しにされてから、ずっとアバター送り込んでないもんなぁ。そりゃ、こういう結果にもなるわ、うん。ま、私としてはどちらでもいいんだけど。どちらにせよ、私が殺された時点で、もう役割は終わったわけだし」


 原初神はぶつぶつと独り言を呟いたかと思うと、急に振り返って呼びかけた。


「そんな私が今更呼ばれてしまったわけだ。さて、どうしたらいいと思う? 田井中賢悟君」


 気配を隠し、瓦礫の影から奇襲する機会を伺っていた賢悟へ、声をかけた。

 声をかけられた賢悟は、数秒迷ったが、大人しく原初神の前へ姿を現す。


「どうしたもこうしたも、やることが無いなら、さっさと死ねよ」

「わぁい、辛辣だぁ」


 へらへらと、賢悟の敵意に、原初神は卑屈な笑みを持って返した。

 人間のような反応だった。

 現に、賢悟は目の前の男から、何の覇気も感じられない。対峙してみても、『剣士』や『僧侶』の方が恐ろしく思えたし、下手をすればそこら辺の怪異よりも脅威に感じられない。

 普通の、くたびれたダメ人間のようにしか、思えないのだ。

 マクガフィンが世界中を敵に回しても、召喚した存在だというのに。

 それが何より、賢悟には不気味に感じた。


「でもなぁ、死ぬのはどうかと思うんだよ、私。だってほら、一応、マクガフィンの上司だったわけで。しかも仕事を押し付けてから随分とほったらかしでさぁ。それなりに労って、彼女の願いを叶えてあげるのもいいと思うわけだよ、うん」

「だったら、やるかよ?」

「さて、どーしようかな?」


 賢悟が向けた殺気に対して、原初神はまるで反応が無い。

 しかも、隙だらけだ。ぼりぼりと頭を掻いて、あくびをする姿などは、徹夜明けのサラリーマンにしか見えず、確実に殺せると賢悟は確信してしまう。

 今ここで、終幕の一撃を喰らわせられれば。


「やめときなって、賢悟君。今の君、あんまり調子良くないでしょ?」


 そう思った瞬間、心を読んだかのように原初神は忠告する。


「弱そうに見えるけどさ……や、実際には弱いんだけどね? 一応ほら、この世界では上位存在だから。いくら『終わりの因子』を内包する君とはいえ、流石に殺しきれないと思うよ? うん、少なくとも、マオちゃんを逃がした君ではね」


 淡々と、けれど本心からの忠告だった。

 保身など無く、本当にそうした方がいいと思ったから原初神は忠告してきたのだと、賢悟は理解してしまった。

 同時に、賢悟は先ほどから原初神に感じていた不気味な違和感の正体に気付く。


「お前……一体、何者だ? 本当に、神って奴なのか? でも、神世の奴とはまるで違う。神格を持っているとか、格が違うとか、そういう話じゃない」


 先ほどからずっと、原初神は、『ディスプレイ越し』のような目線で賢悟を見ていた。さながら、何かの創作物のキャラクターが動くのを眺めているように。


「次元が違うぞ、お前の視点は」

「はははは、流石は彼の魂を持つ者だ。うん、いいね、そういう気づきがあると、一気に世界は面白くなる。少なくとも、彼ら七人はそうだった」


 三次元の人間が、二次元を見ているかのような視点。

 それこそが、賢悟が不気味に感じていた理由である。原初神に見られていると、まるで己が、二次元の世界の住人になったかのように錯覚してしまうのだ。


「よし、君は中々面白いし……折角だから、マクガフィンを労うのと一緒に、一つ。物語でも創ってみようかな」


 そして、原初神はさながら、物語を紡ぐ作家の如く呟いた。

 軽々と。

 小説のプロットのネタでも思いついたかのように。


「うん、君を主人公にして物語を創ろう。ちょうど役柄としては適格だ。そんなわけで一つ、世界の危機でも演出してみようかな」


 破滅を導く言葉を紡いだ。

 その途端、世界は姿を変え、空の色が一変する。

 夜の暗色から、目が覚めるような鮮やかな赤へ。けれど、それは夕暮れの赤では無い。世界を焼き尽くす、紅蓮の劫火の色だ。


「ん、な――――!?」


 魔力を使った痕跡も無く、特別な能力を使った素振りすらない。

 けれど、見渡す限りの空は瞬く間に灼熱へと塗り替えられてしまったのである。


「とりあえず、世界人口の三割ぐらい削ってみようか」


 あまりにも軽々しい、原初神による殺戮宣言。

 されど、世界は、空は、原初たる神の命令通り、紅蓮に染まった灼熱の雨を降らそうとして――――


「やめろよ、クソ野郎」


 それより前に、賢悟の拳が原初神の顔面へ叩き込まれる。


「いきなり現れて、好き勝手言った上に……あげくは、世界の危機を演出します? 世界人口の三割削ります? テメェは一体、何様のつもりなんだよ!?」


 吠え猛る怒りを込められた、賢悟の拳。

 されど、それは完全な終幕概念を帯びず、結果、不可視の力によって原初神の顔面から数ミリ先の所で止められた。


「もちろん、神様だよ、私は。それも、最低の悪神でさ」


 卑屈な笑みと共に、原初神の右腕が横凪に振られる。極めて無造作で、素人極まりない動き。けれど、たったそれだけの動きで、不可視の力が荒れ狂い、賢悟を木の葉の如く吹き飛ばす。


「だったら――――今、此処で殺す! テメェなんざ、出落ちで充分だ!」


 されど、今まで戦った経験が賢悟の肉体を冷静に駆動させる。くるりと、虚空を落ちる猫の如く、しなやかに身を反転。勢いを殺すように着地したかと思うと、即座に原初神に向かって駆けていく。

 守るべき想いを背中に背負い、打ち込むべき終幕を拳に握りしめて。


「ははは、それも面白いと思うけど。うーん、そうだな。あー、残念ながら、認められない。そんなわけで、ほら、負けイベントの開始だよ、賢悟君」


 原初神は、申し訳なさそうな顔つきで賢悟を迎え撃つ。

 ただ、その目に映るのは対等な相対者では無く、シナリオに反抗するキャラクターに過ぎない。『創作者の視点』は変わらない。


「――一撃終幕っ!」

「――彼岸の花と散れ」


 二つの強大な力がぶつかり合い、空間が捻じ曲がる。

 いや、それだけでは無く、世界の境界自体が歪み、曲がって、そして――――



 田井中賢悟は、『マジック』から姿を消すこととなる。


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