第58話 役者が揃いて、幕が上がる
マクガフィンによる原初神の召喚は、即座に皇国中――――いや、世界中の観測機関によって補足。その脅威を瞬く間に知らしめた。
当然、各国は所有する戦力の中でも最精鋭、英雄クラスや、国家最強クラスの者たちを投入しようとしていた。
けれど、彼らは知らない。マクガフィンによる上位世界への接続によって、周囲百キロの空間に乱れが生じ、一時的に空間魔術の使用が不可能となる。加えて、マクガフィンがこの時に備えて、皇都周辺に仕掛けていた多重結界が発動。他にも、皇都周辺に大量の怪異や魔物を出現させ、徹底的に皇都へ近づけないように細工がされている。
「しっかし、マクガフィンも今日は奮発したなー、マジで。契約完了まで、残りの個体を召喚させるなんて。まー、私にとっては、儲かるから別に良いんっすけどねー。さっさと帰って、レバーでも食おーっと」
空間魔術の使用禁止。
多重結界。
怪異の大量出現。
さらに、駄目押しとばかりに『魔術師』によって、八柱の神々を皇国の主要な大規模ゲートへ配置される。これにより、皇国は外国からの救援を得ることもできない。
もちろん、マクガフィンの仕掛けた数々のトラップは、いずれ各国の戦力によって解除され、駆逐されるだろう。絶大な戦力の前には、小細工など時間稼ぎに過ぎないのだ。
そして、マクガフィンにとっては時間稼ぎで充分だった。
現に、タイムリミットが残り一時間を切った現在でも、マクガフィンの者に辿り着けた者はいない。恐らくは、空間魔術による転移が禁じられたことが大きく影響しているのだろう。どれだけの強者だろうとも、その場に間に合わなければ意味が無いのだから。
故に必然と、世界の命運は限られた者のみに託されることになる。
予めマクガフィンの企みに感づいていたか、あるいは、何かしらの事情で皇都へ近づいていた者のみ、舞台に上がる資格を得るのだ。
「…………なーんか、仲間と合流しようと戻ってきたら、凄まじいことになっているなぁ、おい。シイ、あれが何だか分かるか?」
「知らんよ、魔術は不得手だ。だが、明らかにろくでもないことぐらいは分かるだろう? 何せ、あれほどの結界で囲んでいるのだ。これからろくでもないことをします、と明言しているような物だろうが」
「だよな。うし、んじゃあ、とりあえず結界壊して、中に入る方向で」
ならば、この二人が夜の皇都へ近づいていたのは、まさしく天運の為せる物だろう。
田井中賢悟と、シイ・エルゲイン・アジスト。
異世界人と魔王のコンビは、謀らずとも世界を賭けた決戦の舞台へと赴いていた。
「はー、しかし、案外治るもんだな、一日で。ぶっちゃけ、酷い後遺症も覚悟していたんだが」
両者は共に、夜の闇に紛れるかのように外套を羽織っている。空から降り注ぐ星の光や、皇都から発せられる巨大な光源を頼りに進んでいるようだ。ちなみに、外套の内側に隠れた肉体は、二人とも多少の傷が残ってはいるが、戦闘に支障はない。
「当たり前だ。我秘蔵の魔法薬だぞ? 死んでなければ、どんな傷も復元するわ。例え、生首状態でも、ぎりぎり生き返るぞ?」
「すげーなぁ、ファンタジー」
二人は怪異が大量に横行している道路を、平然とした様子で歩いていく。
見渡す限りに怪異に魔物。百鬼夜行もかくやという有様だというのに、不思議と、二人が通ろうとすると怪異たちは『あ、どうぞどうぞ』と言わんばかりに道を開けてくれるのだ。
「凄いと言えば、あれだよな。俺としては、この状況も充分、凄いと思うぜ? 何せ、本来なら雑魚戦だけで体力尽きそうだってーのに、普通にスキップだもんな」
「ふむ、我も驚いたのだが、やってみたらできたのだからいいだろう。てっきり、魔王としての権威や権限で共食いされないのかと思っていたが、どうやら、普通に同類と思われているらしいな」
「…………や、でも思ったんだがな、シイ。お前は普通に同族として、怪異に襲われないとして。何で俺も襲われないんだろうな? こう、強い奴の隣に居るから、それとなく気を使ってんの、こいつら?」
「そんな知能は低位の怪異や魔物に無かったと思うのだが……ふむ」
顎に手を当てて、しばらく考えた結果、シイはそれらしい答えを見つけ出す。
「やはり、魔物用の回復薬を使ったのは、まずかったか」
「待てよこら、え? 何? 俺って今、同族と間違えられるほど魔物っぽいの?
そして、それは副作用なのか?」
「副作用であろうなぁ。薄々気づいていたが、貴様の瞳が赤くなってきている」
「気づかないうちに人間やめていたとか、マジかよ。なんか俺、知らない間に肉体が変化している経験が多すぎるんだけど」
「案ずるな、賢悟。多少、肉体構成がおかしくなるだけで、殺人衝動とかは生まれない……多分な。まぁ、衝動が生まれたとしても、貴様の精神力なら打ち克つであろうし」
「…………確かに、死ぬよりはマシだけどさぁ」
致命傷を後遺症無しで回復し、こうやって百鬼夜行を素通りできるメリットがあるだけに、何やら釈然としない賢悟である。
「んんー、あー、でも、普通に命の恩人だしなぁ、お前。うん、文句は言わんよ。ありがとな、後で恩は返すぜ」
もっとも、そんなことは賢悟にとっては些細なことらしく。今は恩人であるシイへ礼の言葉を言うのが優先のようだった。
「ふん、勘違いするなよ、賢悟」
笑顔と共に礼を告げられたシイは、そっぽを向くように視線を賢悟から逸らす。
「貴様は我が倒す。だから、その前に死なれては困るだけだ。いいか? 決して勘違いするなよ? こうやって今、共闘しているのも、あのいけ好かないマクガフィンを殴るためであってだな。決して貴様のためでは……」
「あんまり繰り返すと、ツンデレっぽく思われるから、注意しろよ?」
「ツンデレ!? それなりに長い間生きて来たが、初めて言われたぞ!?」
驚愕しているシイではあるが、先ほどの言動はやはり、ツンデレその物である。テンプレと言ってもいいほどだ。
ただ、実際にツンデレと違うとすれば、本気で戦う機会があれば、本当にシイは賢悟との決闘を……殺し合いを望んでいる事だろうか。
「とりあえず、決闘に関しては面倒事が終わってからな。安心しろ、きっちり全力でぶち殺してやるからよ」
「はっ、ほざけ。勝つのは我だ」
男二人は互いに視線も向けずに、苦笑を交える。
短い間しか共に居なかった二人ではあるが、奇妙な友情のような絆を得ていた。
それは、いずれ自らの手で断ち切ることになっても、後悔の生まれない関係性だ。
「さて、そうこうしている内に着いたな」
「ああ。近くで見ると、良くもまぁ、このような仕掛け、人間に悟らせずに仕掛けていたと思うぞ。あの狐め」
二人は雑談を交えて歩いてく内に、皇都の南門までたどり着いた。
マクガフィンが発動させた結界は、元々、皇都の守護に用いていた結界のシステムを応用させたものであり、極めて強靭だ。まともに壊そうと思えば、シイの全身全霊の一撃を叩きこまなければ難しい。しかも、その結界が三重に重なっているのだ。仮に、怪異の群れを突破してきた者が居たとしても、この時点で立ち往生する結果になっただろう。
「どうだ、賢悟? やれそうか?」
「誰に言ってんだよ…………あの霧よりは難しいが、出来ないわけじゃなさそうだ」
しかし、この場には特殊な拳を持つ、賢悟が居る。
賢悟は結界を構成する要素を即座に看破。加えて、終焉たる概念の理解を得た今の賢悟には、どこをどのように殴れば、その結界が崩れ去るのかが完全に読み取れていた。
終わりを知っているからこそ、それに至る過程を拳で再現することが出来る。
それが、今の賢悟が持ちうる『魔拳』の特性だった。
「――ここだ」
賢悟が拳を振るうと同時に、結界を構成する最重要の要素が破壊。それに伴い、連鎖的に結界は崩壊していき、ガラスが割れるような音と共に、消え去った。
三重に張られた結界の、一番外側を破壊したのである。
「やるな」
「まぁな。さて、お次は二つ目の結界を壊しやすい位置に――――」
賢悟が言葉を言い終える前に、一つの甲高い破砕音が夜の闇に響く。
それは、完全なる気配遮断から放たれた一刀を、賢悟の拳が叩き割った音だった。
「これはこれは、少し見ない間に随分と」
「来ると思っていたぜ、テメェは」
門の影が伸びるように現れたのは、賢悟たち同様、漆黒の外套を纏った『剣士』である。どうやら、夜の闇に乗じて奇襲を仕掛けたようだが、賢悟に察知され、迎撃されたようだ。その手に携えた刀身の折れた刀が、『剣士』の失敗を如実に語っている。
「おい、賢悟。こいつは誰だ?」
「ちょいと因縁のある暗殺者だ…………こいつは俺がやるから、シイ、お前は先に行け」
「我が言うのも何だが、貴様は因縁が多くないか? 色々と」
シイはため息を一つ吐くと、颯爽と外套を翻して、賢悟へ背を向けた。
「勝てよ」
「当たり前だ」
背中越しの会話を経て、二人は躊躇いなく別れた。共闘して、『剣士』を倒す考えなど、二人には欠片も無かっただろう。
なぜならば、二人とも男の因縁という奴を分かっているからだ。
男には、タイマンを張って戦わなければならない時があるのを、知っているからだ。
「さて、少しばかり待たせたな。つーか、お前としてはいいのか? シイを先に行かせて」
「ははは、困るのは俺ではありませんから。それに、貴方を止めるのが、マクガフィンさんへの最大の助力ですので」
既に『剣士』は折れた刀を放り棄て、新しい刀を別空間から取り出している。魔力が存在しないはずの『剣士』による魔術の行使。それを見て、賢悟は少し訝しげに眉を潜めたが、『剣士』が苦笑と共に答えた。
「マクガフィンさんから貰った、ただの魔導具の効果ですよ。ええ、別空間にある刀の予備を取り出すだけの物です。ご安心を……それ以外の魔術など、俺には不要ですので」
「だろうな」
『剣士』は、新たな刀を静かに抜刀。
居合では無く、最初からその刀身を見せて、これから切りかかっていくことを予告する。
それに対して賢悟は、無言で包帯に巻かれた右腕を突き出し、構えた。
「来いよ」
かつて感じた死の恐怖は、未だ賢悟の心の中にある。
されど、それは拭い去ることなく、己の拳の中に握りしめる物だと賢悟は知った。故に、待ち構える。己が会得した物を、『剣士』へ突きつけるために、誘う。
「――は」
賢悟の誘いに、短く笑って『剣士』は応えた。
「行きますよ」
当然の如く、神速の一振りを持って。
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「――くそが!」
皇都から数十キロ離れた場所にある、小さな街。
そこを、ギィーナやヘレンたち学生組は一時的な拠点とし、怪我人などの受け入れを頼み込んでいた。幸いなことに、皇都壊滅からすぐに学生の一人が軍部と通信を取り、町の人間に対応をしてもらえることになっていた。
ただし、怪我人の数が多く、全てを街の病院で受け入れることはできない。なので、ある程度軽症な者や、怪我の無い者は、街の一角に臨時として組み立てられたテントの中で夜を過ごしている。
ギィーナやヘレンもその内に入っていて、軍部の救援を待っていたのだが……ギィーナの機嫌が突如として悪くなったのだ。
皇都から遠く離れたこの街でも見える、煌々とした輝きが生まれた時から。
明らかに異常な魔術で大規模な魔術の行使を、確認してから。
ギィーナは何かに急かされるように、ずっと、テントの周囲をうろつき、時に、苛立たし気に拳を地面へ叩き付けたりしていた。
「んもー、うっさいよぅ、ギィーナっち」
そのあまりの落ち着きの無さに、ついにヘレンがわざわざ注意にやってくる。
「…………ちっ、悪い」
ギィーナは注意されると、苦々しく俯いて、その場に座り込んだ。
それでもまだ、体がぴくぴくと動いて、落ち着きの無さが隠せていなかったが。
「どーしたのさ、さっきから? そーんな、そわそわ恋する乙女みたいにぃ。生理? 生理なの? まさか、男で生理が着ちゃったんだぁああねぇええ?」
「ちげーよ。つか、お前も分かるだろうが」
「…………ま、ね」
ギィーナとヘレンの二人は、何となく皇都で何か、世界の命運を決めるような大きな出来事が起きていることを、察していた。いや、ギィーナとヘレン以外にも、この場に居る実力者たちは、肌が泡立つように威圧を感じているだろう。
威圧が発せられる元は、皇都の空に浮かぶ、煌々と光り輝く何か。
それがろくでもない物であることを、この世界の住人は遺伝子に刻み込まれて知っているのだ。あれはいけない、と。
けれど、それを知りつつもギィーナたちは何もできない。
空間転移を禁じられている所為もあるが、何より、これだけの異常事態に加えて、近隣の怪異たちの動きが活発になってきているのだ。あの光り輝く何かが発生してから。
それに故に、怪我を負っていない実力者たちは、街を守る戦力にならなければならない。街に対する恩義に報いるというのもあるが、何より、怪我を負った者の中には、学生たちの大切な者が多く存在する。中には、『僧侶』の襲撃から住民を逃がすために、我が身を犠牲にして重傷を負った者も居る。
少なくとも、そんな者たちを置いて無責任に駆け出すのを、ギィーナの武人としての誇りは認めなかった。
「私たちには、私たちに出来ることをやるしかねぇえええんですよぉおお?」
「わかっているよ、んなことは」
ギィーナは己の不甲斐なさを嘆き、それ故に苛立つ。
皇都に『僧侶』と名乗る規格外の化物が襲撃した時もそうだった。ギィーナは遠目で見ただけで、彼我の実力差を理解し、戦わない事を選んだのである。正確には、非戦闘員たちを逃がすことに、全力を注ぐことにしたのだ。
それ自体、ギィーナの行動は何も間違っておらず、正しい。
人として正しく、けれど、武人としては正しいとは言い切れなかった。稀に見ぬ強さの持ち主が居たら、死を覚悟してでも挑むべき……とまでは思い込めないが、もっと何かやりようがあったのではないかと苦悩しているんだ。
そんな苦悩するギィーナを嗤うように、けれど、労うようにヘレンは提案する。
「だったら、やれることをやらないと、駄目だーぜー? へいへい、とりあえず今は、一緒に、簀巻きにしたあの馬鹿の様子を見に行こうぜ! 万が一、脱出とかされていたら探すのが面倒だしさぁ!」
「…………ああ、そうだな」
ヘレンの言葉を励ましと受け取り、ギィーナは頷く。
そして、提案された通りに、馬鹿……もとい、捕縛してあるリリーの様子を見に行くことに。
リリーを捕縛し、置いているのは他の住人が居る場所では無く、隔離された小さなテントである。何せ、他の住人と一緒ならば、言葉巧みに騙そうと――出来るかどうかはともかく――して、拘束を解こうとするからだった。
「おおい、生きているか、馬鹿?」
「いい加減、反省したかってんだよぉおおお? このばぁあああああかぁあああ!」
隔離されたテントの中。
そこには、薄くテントの中を照らすランプと、簀巻きになって身動きを固定されているメイドの姿があるはずだった。
「……あ?」
しかし、そこにあったのはリリーの姿では無い。メイド服を着せられた、マネキン人形だった。リリーの姿は、テントの中をどれだけ探しても、見当たらない。
「逃げた、だと? だが、どうやって?」
訝しげにギィーナが辺りを見回すも、それらしき影は一つも見えない。
だが、ヘレンは何か思うことがあったようで、そのマネキン人形へと近づき、「ふんふん」と呟きつつ、何かを調べている。手や足の関節部分を動かし、さらにはメイド服の匂いまで嗅いで、ヘレンは納得したように頷いた。
「彼のエリ・アルレシアが残した魔道人形か。悔しいけれど、私のより精密じゃあないか。稼働時間は少ないけど、その間はまさしく本物と見間違えたよ」
「おい、それはつまり……まずいだろうが」
「そうだぁーね、とてもまずーい」
んべぇ、と舌を見せた後に、ヘレンはため息と共に言った。
「あの馬鹿。まだ、皇都にいやがるなぁ」




