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第57話 その時はきっと

 オリエンスが再びその身にフードを纏ったのは、四柱全ての神を呪殺し終わってからだった。時間にして、おおよそ七時間ほどの激闘。既に日が傾き、夕暮れに染まっている。中腹地帯だったそこは、大きく山を抉り、木々がなぎ倒され、まるで禿山の如く変貌していた。


「…………妙だな」


 しかし、そのような激闘を終えても、オリエンスには息の乱れ一つない。能力を限定され、弱体化していたとはいえ、とても四柱の神を殺したとは思えない様子である。

 ただ、そんなオリエンスに胸中に安堵の感情は訪れなかった。

 むしろ、神世の住人と戦いの最中でも、時間が経つにつれてどんどんと不安が募っていくようだった。

 別に、オリエンスの能力に時間制限があるわけでは無い。神々すら呪い殺す力を持ちながら、二十四時間いつでも、それを行使可能である。

 それだけの力を持ちながら、オリエンスが不安に思うことは一つ。


「……来たか、マクガフィン」

「ええ、来ましたよ、オリエンス」


 わざわざ、四柱の神すら使って時間稼ぎをしていた、マクガフィンの策謀だ。


「貴方とは長い付き合いですが、それも今日で終わりにしましょう。我が宿願のため、貴方をここで止めさせて頂きます」


 夕焼けを背に、マクガフィンは決意を秘めた笑みを浮かべて現れた。

 たった一体。自身の他には、仲間も、怪異も連れず、一体の端末だけで世界管理者であるオリエンスの前に姿を現したのである。


「は、それはいい。お前も私も長く生き過ぎた。それでも、互いに死ねない理由を背負っている。お互いのベクトルは違っていようともな。それを終わらせてくれるのなら、大歓迎だとも」


 くくく、と含み笑って見せた後、オリエンスは冷たい視線をマクガフィンへ。


「もちろん、この世界の平穏と引き換えに安息を得ようとは、思わないがね」


 その冷たく鋭い視線を、穏やかな笑みを持ってマクガフィンは受け止める。


「…………今のうちに言っておきましょうか。正直、私は貴方が羨ましかったんですよ」

「いきなり何を?」


 訝しむオリエンスを手で制して、マクガフィンは語った。


「貴方は覚えていますか? 貴方の始まりを。ええ、私たちはきっと始まりは全員同じだったはずなのです。私も、貴方も、堕落仙人も、最古の魔王も……今は亡き、デウス・エクス・マキナも」

「お前は、やはり……」

「そうです。私たちは皆、元はただの人間だった――――ただの、平凡な世界を生きていただけの、一般市民だったじゃないですか」


 マクガフィンの口調は穏やかだが、その穏やかさには悲愴が詰まっている。


「我々は皆、被害者だ。神の気まぐれに巻き込まれ、突然、反則的な力を与えられてしまった、憐れな人間に過ぎない。今でこそ、大仰な異名で通っている超越者も、きっと昔は、母親へ無駄に反発したり、学校の出来事に一喜一憂したり、普通に恋をしていたんです」

「……だから、どうした? 元が平凡であるからと言って、与えられた力で悪行を為す言い訳にはならない」

「ははは、随分辛辣に言うのですね? 最古の魔王――貴方の妹君だって、そうなのに」

「…………」


 オリエンスは無言で、呪いの塊を顕現させる。

 己の手のひらから吐き出されたそれは、長さ二メートルほどの槍へと形を変え、マクガフィンの眼前へ突きつけられた。


「おや、怒りましたか? 案外、普通に怒るのですね、貴方は。うん、そういう所も、羨ましい。私など、永遠に続く人類への殺意で感情が歪められているというのに」

「黙れ。お前の時間稼ぎに付き合ったのが、間違いだった。ここで、お前の端末を消し飛ばし、早々に本体を探し出してやる。いや、私が探さなくとも、いずれお前は国中から追われて、封印させられるだろうよ」

「ええ、貴方の妹君がやらかした所為で」


 どっ、と容赦なくマクガフィンの右胸を呪いの槍が貫く。

 物理的に貫かれた時点で致命傷ではあるが、さらに呪いの槍は抵抗を許さない。死体に蟻がたかるように、呪いの羅列がマクガフィンの体へ流れているのだ。


「か、は…………ははは、痛い、ですね…………大分、性能を向上させた個体なのですが、やはり……無意味、でしたか……」

「小細工を使わせる暇も与えない。さっさと朽ちるがいい」

「ははは、は……小細工、ですか? あいにく、それは、もう……」


 呪いで体の自由が奪われていく中、マクガフィンは僅かに唇を歪めた。


「発動、していますよ?」


 マクガフィンが言葉を言い終えるよりも先に、二人の足元が――その空間が渦巻き状に歪む。


「んな! これは――っ!?」

「四柱の生贄に加え、堕落仙人の空間建築。その影響を受けて、今、此処は『マジック』においてもっとも世界間の『壁』が薄い。それならば、私程度でも世界の境界をこじ開けることぐらいできますよ?」


 僅かに動く右手で、しっかりと呪いの槍を掴むマクガフィン。

 その目には、確かに決意と覚悟が宿っていた。


「貴方が羨ましかった。力に振り回されず、正道を行く貴方にはずっと勝てないと思っていた。けれど、一泡吹かせることならできます」

「お、まえ……っ!」


 何とか逃れようともがくオリエンスであったが、既に足は別の世界への転送が開始されている。加えて、マクガフィンの貫かれた肉体が濃密な霧へと変換され、オリエンスの自由を奪おうと絡みついてくるのだ。時間をかければともかく、今すぐには逃れられない。


「いくら貴方でも、神世に落とされれば……三日は戻って来られないでしょう? その間に、決着は付けておきますので」

「…………いくら、私を排除しても無駄だ。既に心臓は堕落仙人へ渡った。貴様がいくら策を練ろうとも、あの子たちに比べて、我々の想いがあのニートを動かすわけが無い」

「知っていますとも。あいつは私を憐れむけれど、救いはしませんからね」


 マクガフィンの言葉に、オリエンスは引っ掛かりを覚えた。

 確かに、今、オリエンスは一泡ふかされて、まんまと別世界へ封印されようとしている。けれど、だからといって堕落仙人との交渉が困難と知りつつ、それを肯定。あまつさえ、三日の内に片付けると豪語したのだ。オリエンスを盤上から排除しただけで、それだけの自身を持つのは、おかしい。

 ならば、オリエンスが何かの前提を間違えていて、既にマクガフィンが王手をかけている状態であるならば、どうだろう?


「まさか、お前は――――」

「それでは、しばらくの間、さようなら、オリエンス…………いいえ、ミツルギトウコ」


 オリエンスの言葉を待たずに、マクガフィンの体が全て濃霧へと変換。

 濃霧はオリエンスの体を全て覆い隠し、渦巻き状のゲートへと落とす。

 これにより、超越者が一人、盤上から弾かれる。圧倒的な能力によって、全ての策が粉砕されるご都合主義は消え去った。

 故に、これから始まるのだ。

 世界と自身の運命をベッドした、マクガフィンの賭けが。



●●●



 小さな頃の夢は、公務員。

 我ながら女の子らしくない、いや、子供らしくもない現実的な夢だったと思う。

 けれど、子供ながらにして私は割と淡泊な方だった。

 好きな男子が居ても、他の誰かが好きだと知るとすぐに諦めたし。

 欲しい本やアクセサリーが売り切れだったら、二三か月はゆっくり待てる。

 友達からはよく、「お前はお婆さんか?」ってツッコミを入れられてたっけ? あはは、さすがにお婆さんは嫌だよね、お婆さんは。

 えっと、話はなんだっけ? そうそう、公務員の話だね。

 私のつまらない、夢の話。

 私は子供の頃から多くを望まなかった。それなりに裕福で、それなりに幸せで、それなりに温かい家族と友達に囲まれて育ったから。こんな時間がゆっくりと進んで欲しかったんだ。

 だから、公務員なの。

 今から思えば、公務員もそれなりに大変なところとかもあったりするらしいんだけど、当時に私にとっての印象は『安定』と『日常』だったと思う。

 あんまりお金が入ってこない職業だけど、ちゃんと食べていける。そんなに大変じゃなくて、家族や友達との時間も作れる。そういう風に思っていたから、私は公務員になりたかったんだ。


 ん? なりたかったって過去形じゃないかって?

 あははは、うん、そうなの。少しだけ、夢が変わったんだよ。あ、でも、今の夢の方が女の子らしいかな?

 あはは、急かさないでよ。

 うん…………ちょっと恥ずかしいけど、うん、そう……『綺麗なお嫁さん』になるのが、私の夢になったんだ。えへへ、恥ずかしながら、彼氏とラブラブ中なのでありますよ!

 …………あー、ごめん、ミツキ! 怒んないでよ、もう。はいはい、わかりました、惚気話はここまでにしますよ。

 それで、進路の話だけど…………もう、だからニートは駄目だってば。うん、だからね? 私も一緒に探してあげるから、頑張ろうよ。

 うん、その時はきっと、とっても楽しくて、嬉しくて、泣いちゃうかもしれないね。



●●●



 ―――懐かしい夢を見た。

 けれど、夢の内容は覚えていない。既に彼女の記憶は、長い年月で摩耗しきっており、大切だったはずの何かさえも思い出として留めていくことも出来なかった。

 ただそれでも、勝手に涙だけは流れて行く。


「…………あー、少しばかり寝てしまいました。いやはや、流石にオリエンスの封印には力を使い過ぎて、意識が飛んでしまったようです」


 双眸から流れゆく涙を手の甲で拭い、彼女は覚醒する。

 どうやら、机にうつ伏せになったまま、寝ていたらしい。幸いなことに、涎の犠牲になったのは一部の書類だけで、そこまで被害は甚大ではないようだ。


「ふぅ、よかった。この書類なら、まぁ、汚してセーフです」


 彼女が寝ていたのは、小さな個室だった。大きさは六畳ほどで、机と箪笥、後は寝具が在るだけの簡素な造りの部屋。

 ただ、その簡素なはずの部屋は、部屋の主である彼女の手によって、これでもかと言うほどに散らかされていた。

 彼女を中心に、数えきれないほどの枚数の紙切れが、部屋中に散らばっている。

 大きさはA4サイズほど。そこには、『マジック』世界の文字で蘇生に関する魔術的な見解について、上位存在の招来についてなど、様々な事柄が書き記されていた。加えて、その内容はいずれも、世界中の魔術研究家を驚かせるほどに高度で、完成されている代物だ。


「いけません、いけません。時間が無いのに…………よし、切り替え完了です。うん、では早速最終段階に取り掛かりますか」


 独り言で己に喝を入れ、彼女は別空間に封印していた幾つかの物を取り出す。

 それは義眼だったり、手甲だったり、片足だけの革靴だったりと、傍から見ればバラバラで統一感の無い物だった。

 しかし、見る者が見れば、瞬時に理解できるだろう。

 それらはすべて神器。

 原初神の遺骸を用いて創り上げられた、魔導具である。


「えっと……んー、集まったのは全部で七つですか。うん、上々ですね。『僧侶』さんのおかげで半数以上集まりましたが……そもそも、あの人があんな馬鹿をしなければ、これだけ急ぐ必要も無かったんですがね」


 彼女は七つ全ての神器を確認すると、それを全て自身の権能たる霧で覆う。霧で覆われた神器は不思議なことに、即座に霧化。臙脂色の霧となって、ミルクのように深い白色に混ざっていく。


「我が身に戻れ、神の権能たちよ」


 そして、命じられるがままに、全ての霧は彼女の口を通して、肉体に吸収される。


「――く、かっ」


 全ての霧を吸い込んだ次の瞬間、彼女は、くの字に曲がって吐血した。それだけでは無く、体の至る部分が、蠢き、血管が浮き出て、血が滲んでいる。

 無理もない。

 いかに世界のシステムに組み込まれた肉体とは言え、元は単なる少女の華奢なそれだ。神器の有する膨大な魔力と、権能、それを受け入れるにはあまりにも小さな器である。


「かは…………はは、これしきのことで」


 しかし、彼女は己の身から溢れんばかりのそれを、恐るべき精神力で抑え込む。神話の時代から、狂わず『悪役』を担ってきた彼女の精神は、まさしく金剛無比。肉体が分解しそうな一歩手前の状態から、見事に制御しきってみせた。


「はは、は……余裕、でしたね、ええ。さて、後は仕上げです」


 それはさながら、表面張力の限界まで注がれたコップの如く。されど、それを零さないように、彼女は繊細に体を動かしていく。


「ふむ、もう夜でしたか」


 彼女が部屋のドアを開いた先には、煌々と輝く星々。そして、眼下には青く輝く丸い惑星が。

 現在、彼女が部屋を固定させているのは、『マジック』が存在する惑星、その大気圏ギリギリに位置する超高度である。

 何者も届かなぬ、遥かな天上。

 そこにこそ、彼女の本体が隠れ住んでいたのだった。


「では、行きましょうか」


 彼女はまるで、散歩にでも行くように、その身を宙へ放り出す。緩やかな重力の鎖は、即座に彼女の体を捉えて、遠い大地へ落としてく。


「転移――――地点・皇都」


 本来ながらば、長い時間をかけて行く時間を、空間転移でショートカット。予め、マーキングしていた皇都上空へと姿を現した。


「やれ、改めて見ると、酷い有様です」


 皇都の美しい町並みは既に存在しない。

 夜は木造の建物から零れる、柔らかな灯の光が美しく、幻想的ですらあったが、今は違う。彼女の眼下には、光無き瓦礫の山が広がるのみ。加えて、夜であるが故に、軍から調査として派遣された者たちも、今は近場の宿で入っていた。つまり、ほぼ無人である。


「ですが、今は好都合」


 ぱぁん、と一つ。

 無人の皇都に、清涼な柏手の音が響き渡る。

 それと同時に、夜空に大きく浮かび上がったのは、一つの魔法陣。されど、現存するどの魔術にも該当しない――――かつて、原初の神が降臨した際のみに記された、上位世界への干渉術式。


「――――アクセス」


 膨大な魔力の奔流が、魔法陣の中心に君臨する彼女を中心に、吹き荒れる。それはさながら、台風の如く風を巻き、高く高く……天上へと繋がるように巻き上がっていく。


「星辰を正しく並べ」

 やがて、巻き上がるような風は、魔法陣から零れるような光を拾う。空から降り注ぐ、星の光の欠片だ。


「龍脈をなぞり」


 皇都の瓦礫の下……否、それよりももっと地下から呼応するように、光の河が現れる。それは蛍の灯が集まったかのごとく黄金色に輝き、やがて、風がそれすら巻き上げていく。


「高天原へと、いざ参らん」


 二種類の光を含んだ風は、やがて竜巻状から、彼女を中心に球状へと流れを変える。さながらそれは、一つの巨大な卵を形作るように。


「発動せよ。我が神器にして、我が呪い――――【恩讐幻鬼の代替機関マクガフィン】!」


 そして、彼女は――――マクガフィンは、己の切り札の発動を宣言した。

 マクガフィン。

 それは、今は亡き原初神が創り上げた世界のシステムにして、原初の神器である。

 原初神自身が、己の権能を行使する敵対者として創り上げたコピー。

 世界を書き換える権能を持ち、例え死のうが再び蘇る不死身の存在。

 ―――神の代替たる者だ。

 であるならば、複数の神器を取り込んだ今ならば、マクガフィンはその名の通り、近似存在として神すら代替するだろう。

 本来の中心パーツである『心臓』よりも、遥に適格な中核として。


「コード:××××」


 彼女が口にしたのは、原初たる神の言葉。

 世界に認識されない、神性言語。

 なれど、現在に限り、それは上位世界への呼びかけとなる。


「…………認証、接続を確認。これより、ダウンロードを開始します」


 よって、今より皇都は上位世界へ接続された。

 上位世界より、原初の神たる者のデータがマクガフィンに転送され、マクガフィンは次第に神へと成っていく。

 完全に神へと成り変わるのは、現在から四時間三十二分後である。

 世界には、それだけの猶予しか残されていない。


「さぁ、選べなかった者の悪意を知りなさい」


 長い、夜が始まる。


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